御飯の炊き方百種(ごはんのたきかたひゃくしゅ)

はしがき
目次

もどる

玄米の飯

  玄米の御飯が滋養分に富むいふ事は、既に世間に知られて居る。脚気病や便通などには最も妙で、之を喰[た]べてゐれば脚気には罹[かか]らない、便通が良い等の効能がある。其の成分は

水分

蛋白質

脂肪

澱粉質

繊維鉱物

玄米

十四.三〇

八.六〇

二.〇〇

七二.九〇

二.二〇

白米

二〇.六〇

五.八〇

〇.三〇

七二.五〇

〇.八〇

  玄米ばかりで炊いた御飯は、温かい時は好[よ]いが冷めるとモソモソする。米粒は一粒一粒バラバラに成って、食すのに骨が折れる。食欲の乏しい折などにはを掛けるか、茶でも掛けないと喰ひ悪[にく]いものとして、一般では歓迎されて居ないが、滋養または衛生の点から云へば、我れ我れの常食とすれば、台所経済と相俟[あいまっ]推称に価[あたひ]すべきものである。

▼最も妙…ふしぎにほどに効くんだよ。
▼繊維…繊維質。ファイバー。
▼鉱物…鉱物質。ミネラル。
▼汁…おみそしる。
▼推称…ほめてつかわす。

磨ぎ方

  余り念入りに磨いでは、折角玄米を食せんとする意味を没却[ぼっきゃく]して了[しま]ふから、成るべくザット濁水[だくすゐ]の澄むを度とし、最[も]う一度か二度も流さねばと思ふ処で止[とど]め置くがよい。余り洗ひ過ぎると滋養分を流し、玄米の効力を弱めることになる。洗って了[しま]ったら其の水に浸しておくのだ。米揚笊[こめあげざる]などに揚げて置いては悪い、玄米は水を吸収する量が多いものであるから、笊[ざる]に揚げておいて翌朝飯に炊く場合までには、笊の上にある米の上皮ばかり乾きて、バラバラに成り、笊の下積みとなって居るものは、猶[な]ほ水分を十分に保留してゐるので、炊きあがって出来損じが生ずる、で、洗米は水に浸し置くが宜しい、又玄米は洗った米を直ぐ炊くは宜しくない。殖え方も違ひ出来損じもする、朝炊きにする御飯なら忘れずに前夜磨ぎ、水に浸しおかねば成らないのである。

▼濁水…おこめをといだ時に出るみず。
▼米揚笊…洗っておわったおこめのみずをきるためのざる。

炊き方

一、前夜磨いでおいた米を釜に入れ、翌朝炊くやうに仕掛けるには、其の浸しおいた水を釜にて沸騰させ、グラグラ煮立つ時に洗った米を熱湯中にザブリと入れて炊くのである。水から洗米を入れて炊くも別に変りはないが、熱湯の中へ跡[あと]から入れる方が、炊きあがりも速く出来も好[よ]いのである。手数は少し余計に掛っても此の方が炊き損ひがないのである。

二、玄米に白米を交ぜて炊く場合には、前項の手数を踏み、玄米のお釜の中でブツブツと噴出[ふきだ]すとき、更に白米を入れると好[よ]い。此の混合飯は玄米のみの御飯よりも味に於ては一段の美味を加へる。又湯の煮立った中へ最初より玄米と白米との洗ったのを一所にして入れても好[よ]い。玄米中へ白米の割込む枡目は、仮に一升の御飯を炊くとして、玄米八合に白米二合位の割合が丁度好[よ]く、折半[せっぱん]などにすると味に於ては美味[おいし]く喰[た]べられるが、折角玄米を食すると云ふ趣意を失ふのである。

▼折半…はんぶんはんぶん。

三、玄米を炊くに美味[おいし]く且つ冷飯に成ってボロボロするを防ぐには、一升の御飯ならばその中[うち]の一合に餅米を交ぜるのだ。餅米は粘り気も強く且つ滋養分子も多いものだから、白米を交ぜたものから見ると、味に於ても数倍の美味を有[も]ち、冷飯に成ってもボロボロする事が無い、で、玄米を食するには九に対する一の割合を以て、餅米を入れるが実験上に於て最も好[よ]い炊き方である事を推称する。

水加減

一、炊き方の第一に対して米の一倍乃至[ないし]一倍八分の間に於て、其の米質の水を吸収する度合を考へて水加減を取れば好[よ]い。例へば一升の米なら一升五合以上一升八合を適度とするのだ。玄米飯は初めは少し軟らか目に炊かないと、冷飯になって一層ボロボロして困るものである。

二、第二の玄米八合白米二合の交ぜ炊きに対しても、前述の水加減より割出せば好[よ]い、即ち玄米の八合に対しては一升二三合と、白米の二合に対する二合に水とを合[あは]した水加減で好[よ]く、又折半ときには双方の水加減を考え、一升の御飯とすれば一升三四合の水にて炊けば、普通の場合は炊き損じはないものである。

三、炊き方第三の場合には、餅米は水の吸収力が弱い質を有するから、玄米に対する水加減、即ち玄米九合分の水加減、一升三合五勺に僅かに強めにすれば好[よ]いのである。

其の他の用意

【火加減】は普通の御飯を炊くのと大差ない、只だむらし方を少し長くすれば好[よ]い。

【冷飯】はボロボロして喰ひ悪[にく]いから、冬季などは湯煎に付し飯蒸[むし]て暖めて食すれば、炊きたての飯と同じ味に喰[た]べられる。

【防腐】に於ても玄米飯に限って特に腐敗を防ぐ方法がある訳でない。梅干を入れて炊き又は酢を一升の飯に対し三勺位、水加減する時に交ぜれば好[よ]い。その他は米飯に対する注意と異[ことな]る点が無い。

【釜】並一升炊きの釜で、一升を炊いては殖ゑない、炊き揚げた御飯も美味[おいし]くは出来ないものである、並一升炊きの釜んらば八合、二升炊きならば一升五六合を炊くが好[よ]い、左様[さう]すると美味[おいし]い御飯が炊ける。

校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい