市中到る処[ところ]此[この]営業あらざるはなけれど、中にも浅草[あさくさ]森下町 [もりしたちゃう]同寿町[ことぶきちゃう]京橋[きゃうばし]八丁堀[はっちゃうぼり]などは其[その]▼淵叢[えんさう]にて、上等の店則[すなは]ち骨董商は日本橋東仲通[ひがしなかどほり]に▼櫛比[しっぴ]し居れり。
は骨董商▼茶道具商立派なる店となれば数万円を要し、露店の古道具屋俗にガラクタ或[あるひ]はゴミヤといふに至りては僅か五十銭にても出来る也[なり]。されど先[まづ]普通の店としては三百円より五百円位を要し、人形町あたりの露天商にて二三百円の品をもてるは珍しからず。
の此位[このくらい]一定せざる商売なけれど、中にも最も利あるは茶道具[ちゃどうぐ]書画[しょが]陶器[とうき]類にて、買手次第にて殆[ほと]んど倍額となるものあり。又普通の箪笥[たんす]火鉢[ひばち]等は大物[おほもの]と称し、店の装飾の一となし、露店にては後の囲[かこ]ひとなす、斯[か]くせざる時は他の陳列品が引立[ひきたた]ぬ故[ゆゑ]なり。是等[これら]の物は一割五分乃至[ないし]二割の利あり、総じて箪笥火鉢に限らず、安物の方[かた]利多く又[ま]た品質によりては古物[こぶつ]の方[かた]新物[あらもの]より高きものなり。
ともいふべきは▼執達吏[しったつり]と結託して、債務者の物品を殆[ほど]んど無価[ただ]も同様に買取る輩[やから]あり。両者予[かね]て計れる事にて、競売場にての入札は役人の直段[ねだん]切出[きりだし]を俟[まっ]て極めて安直段[やすねだん]にて買取れば、百円の品も僅[わづか]十円にて手に入る訳にて、望みの商人へは二割三割付[つけ]して売上げ、猶且[なほかつ]充分の儲[まうけ]あるもの也[なり]。勿論[もちろん]利益は執達吏と分配す。
といふは何商に限らず、品質の目利[めきき]が出来ねばならず、ハタ師は各所の▼市[いち]へ百円なり百五十円なりの道具を持行[もちゆき]て口ぜりにす、さてそれに一分なり二分なりの利ありても売放[うりはな]ち、又百円のものが八十円にしか売れずとも少しも驚かず、其[その]気前[きまへ]江戸子肌[えどっこはだ]にして決断よからねば、とてもハタ師たる事かたし。さて又目利の人ほど貧乏のものにて、其[そ]は自分目が利くだけ市にて無法の鎗[やり]も入[いれ]られず、躊躇[ちうちょ]する間に眼識なき者に徳を取らるる事多し。品物いよいよ珍なる物となれば、一応鑑定家の目を煩[わずら]はす事なるが、中には往々▼食[くへ]ぬ先生ありて道具屋と結託し、偽物[ぎぶつ]を承知の上にて▼折紙[をりがみ]を付[つけ]るに至るは嘆[なげ]かはしき事なり。
は絶[たへ]ず▼紳士紳商[しんししんしゃう]向[むき]へ出入[でいり]し、一度自分の売付[うりつけ]たる茶器の先方に厭[あき]の来る頃を見計らひ それより良き品を持込[もちこみ]て先のは何割引かに引取り良品と交換して▼大利[だいり]を占[し]むるもの也。されば俗にこれを▼幇間半分[ほうかんはんぶん]の商売と称し、風俗さへ一見[いっけん]茶人[ちゃじん]の如くに作り居れり。
は時季によりて異[こと]なり、春はその頃の物、夏は夏らしくする事なり。当今はそれに▼正札[しゃうふだ]を付[つけ]る事流行す、これは客も買ひよく、一厘も引かずと定めあれば、主人は留守にても女房[にょうぼう]子[こ]にも容易に商売の出来る事なり、其[その]代り余分の儲[まうけ]は得難[えがた]かるべし。