当世化物づくし(とうせいばけものづくし)

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当世化物づくし

田鼠[でんそ]化して鶉[うづら]となり腐草[ふさう]化して蛍[ほたる]となる月令[げつれい]の決定文句[きまりもんく]その文象[もんさう]の崩し始めに[あはせ]を曲[まげ]て松魚[かつを]とす初平[しょへい]が石羊[せきよう]の対句とせしは寛政時代の戯文なり戯文化して開化の洒落となり転じて新聞雑報の用をなす洒落の変に化[ばけ]たる物[もの]雑誌の漢文に編入す号[なづ]けて変体古来[へんてこらい]と称す実に奇なり実に妙なり彼[かの]川柳点の狂句 孑孑[ぼうふり]が蚊にばけ蒲団[ふとん][虫+厨][かや]にばけ 此季[このとき]や醴店[あまざけや]氷舗[こほりや]と化け炭団売[たどんや]は白玉氷水冷[ひや]ッこい冷ッこいと化[ばけ]るに至る夫[それ]維新以降化[ばけ]たりな化たりな大名は華族と化け武士[さむらひ]は士族とばけ平民と化け平民は官員と化け蝌蚪[おたまじゃくし][なまづ]と化け鯰変じて山商[さんしゃう]の魚と化[ばけ]る事あり潔斎情人[けっさいしゃうにん]蛸の入道とばけ邪宗門は聖教と化け講義は演説と化け学者は論説家と化け城門[みつけ]の突棒[つくぼう]刺又[さすまた]警備の三尺棒とばけ飛脚屋は郵便局と化け便屋[たよりや]どんは新聞の配達とばけ唐物屋[とうぶつや]は洋品屋と化け芝居は劇場とばけ役者は俳優とばけ格子[かうし]の中[うち]に網[あみ]を張る女郎蜘蛛飛娼妓[とびしゃうぎ]の自由とばけ昔の鰌[どぢゃう]一度[ひとたび]鯨舎[げいしゃ]と変じ現今[げんこん]猫妓[ねこ]とばけて通力自在[つうりきじざい]間々[まま]細君[おくさん]と化[ばけ]るあり鹿恋者[かこいもの]地娯苦[ぢごく]とばけお捺摩雇女[さすりやとひ]安権妻[やすごんさい]とばけ蛤蜊女[はまぐりむすめ]綿羊[らしゃめん]と化け公事師[くじし]代言屋[だいげんにん]と化け大屋[おほや]は差配人[さはいにん]と化け自身番[じしんばん]は区務所[くむしょ]とばけ駕丁[かごかき]は人力車夫と化ける抔[など]通情[つうじゃう]の化物[ばけもの]ながら慷慨家の暴徒と化けて平穏[おだやか]の世を鬧[さはが]すは彼[かの][口+蒙]悶瓦亜[ももんぐわあ]喫驚[きつきゃう]する一時[いちじ]の痛胸[つうきゃう]といたく異[ことな]り百鬼常に夜行するの恐怖[おそれ]ありハテおそろしい[念[しうねん][ぢゃ]なぁ怒論[どろ]々々々々

明治11(1878)年7月、魯文珍報(20号)に掲載されたもの。仮名垣魯文による作品と見られます。
▼田鼠化して鶉…どちらも『礼記』の月令に書かれている文を引いたもの。妖怪変化の戯文にはさんざん登場してる文句の一ッです。
▼袷を曲て松魚とす…着物を質屋に入れて初がつおを喰う、ということ。
▼初平が石羊…黄初平がむちで石をたたいたらそれが羊になった、という漢画にもよくかかれる故事を引いたもの。
▼新聞雑報の用…新聞の雑報欄には、明治20年代に入るまで戯文が多く使われていました。
▼雑誌の漢文…明治10年代の雑誌には漢詩文が投稿も含めて多く載っていましたし、その多くは戯文調でした。
▼川柳点…川柳のこと。
▼氷舗…氷水(かき氷)を売ってた露店。
▼官員…公務員。
▼鯰…官員。(参照→和漢百魅缶「ねんてき」)
▼山商の魚…「さんしょううお」と「政商と結んだ官員」をまぜたもの。
▼蛸の入道…なまぐさぼうず。
▼邪宗門…ご禁制だったキリスト教。
▼警備の三尺棒…おまわりさんの持ってた棒。
▼便屋どん…江戸市内で手紙などを届けてくれていた業者。
▼唐物屋…輸入品をあつかっていた店。明治に入ってもこの名を冠していた店もありましたが、だんだん無くなっていきました。
▼女郎蜘蛛…女郎のこと。
▼飛娼妓…明治5年(1872)に女郎たちの自由廃業令がしかれた事を受けたもの。
▼鯨舎…芸者。
▼猫妓…芸者のこと。魯文が大いに流行らせた言葉のひとつ。
▼細君と化るあり…芸妓から大臣の奥様に化けたひとは多いョ。
▼鹿恋者…囲い者。おめかけさん。
▼地娯苦…隠売婦。
▼安権妻…「権妻」は「おめかけ」のこと。
▼綿羊…外国人のおめかけさん。
▼代言屋…その後、「弁護士」と化けました。
▼自身番…江戸の各町内に置かれてた番屋。
▼[口+蒙]悶瓦亜…ももんがぁ。子供をこわがらせるときに使っていた言葉。
▼喫驚…びっくり。
校註●莱莉垣桜文(2011) こっとんきゃんでい