化楽的用六十語言素(かがくてきようろくじゅうごげんそ)

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化楽的用六十語言素

アタレネー 甚ダ過激ノ散類ニシテ時トシテハ防禦スベカラザル勢アリ
アマリクトヤム 何物ニ依ラズ過度ニ食スルト此原素トナルコトアリ
イッパイノーム クローワイント性質ヲ同ス然レドモ過度成時ハ忽チ「サアベルフル」トナルコトアリ
イバリータ ムヤーミ氏ノ発見ニシテ誠ニ宜シカラザルモノナリ
ウマイビーフ クートウマイ氏ノ得意ニ之ヲ求メ「トリヨリウメー」酒ヲ製ス
ウレンデコマール 東洋社中ニ在ル原素ニシテ之ヲ以テ真粉ヲ製スレド当時発売困難中
ウントコセイ 重力器ヲ運転スルニ際シ不意ニ発声スルモノナリ
オイラン 此妓ニ近ヨル可カラズ金銀ト最モ親和力ノ強キモノナリ
オーリール 高キ所ヨリ下ニ降ル原素
オキスエーゼン タイン氏之ヲ強売スル者ニシテ之ヲ頂戴セヌハ男ノ恥ト云フ
オドロイタム 明治十五年四月六日岐阜県下ニテ発見ス
オヌシヤウチャー 長州派ニ限リテ之ヲ産ス
オヒャラカシーム オベンチャラムニ類似スレドモ一層人ヲ愚ニスルノ知アリ
オベンチャラム ウソツキー氏ガ発明ニシテ専ラ当時発売スルモノ多シ
オモシロイン キビダンゴト云フ者ヲ団々製スルニ従ヒテ生ズル原素ナリ
オヤカシーム 独身党ヨリ製出スル情発気ナリ
カイシンタム 当時最モ勢力ノ烈シキ原素ノ一ナリ
カッパァ 水中ニ産スル者ニシテ尻子玉ヲ抜クモノナリ
カッポレ ジンクト其質殆ンド類似スル陽気ナリ
カネシダイダム 蝠痴博士ノ発明シタル源素
クローワイン ノムトヨー氏ノ発明ニシテアルコール性分ノモノナリ
クワンケンタム 迷痴滅法忠曖者ノ発迷ニカカル原素
ゲキウトリーム クワンイン酸ヲ製スルニ用ウルモノナリ
ケツホル 島屋ノ番頭初メテ之ヲ試験ス
コイトロジン 葛西等ノ地ヨリ産ス一名「オワイ」ト云フ
コッケイン 此原素ノ功能雉子町ノ団々社ニ熟知セラレ大安売セラル
コロリンシャン 松風ノ音ノ如ク極メテ風雅ナルコトナリ
サアベルフル 兵隊先生酒狂ニ乗ジテ偶然ニ発迷シタルモノ
ザイセイキーム 目下何地ニモ産セザルコトナキ難物ナリ
サンサガリーム オザツキースムノ後チニ発絃シタルモノナリ
シケンコワイ 三百代言師ト云ヘル学者ノ最モ通用スルモノナリ
シツヒゼン 手足等ヨリ発スル汚物ニシテ人ノ最モ忌ミ嫌フモノナリ
ジンク アルコール分ヲ汲飲スルニ従テ此気ヲ発シ大浮レト成レリ
スッテンテレツク カラッケツー氏常ニ之ヲ成勢ス
タベロン 味キ物ヲ拵ヘ之ヲ食セシト欲スル者ハ「タベロン」ト云フ
ヂシンキライン クワンイン酸ト把合セバ沸騰シブツブツ云フ者ナリ
チャンコロリン 各国ニ通用最モ便利成者ナレドモ之レニ縁ナシ
チントンシャン ニャンテキームト最モ得意ニ親和スルモノナリ
ドッコイション ウントコセイト親和力アリテ分ツベカラザルモノナリ
ドデゴンス 之ヲ見立ノ初リトシタルハ「チエヲカソーカ」氏ナリト
ドドイツン 此気ハカッポレジンク抔ヨリハズット上等ノ絃素ナリ
ナグルゾン 短気成者ニ出逢ヒグヅグヅスルト此原素ニ逢フコトアリ
ニャンテキーム 毎月十七日己後其他ハンドン等ニ必用ナルモノナリ
ハイトルジン 手ニ打蝿器械ヲ持テ気候ノ暖和ニ従テ諸所ニ見ユル者也
ハヤクシロン 廿三年迄「マタレネー」ト抱合シタル気発物ナリ
ハヤックライ 気ノ長キ者ハ此原素ニ圧セラルルコトアリ
ハヤリーム 何々堂ト種々様々ノ原素ヲ為ス一ノ流行物ナリ
フケーキ 市中一般ブツブツ沸騰ノ蒸発気ナリ
ブタレゾン ナグルゾンノ為メニ此気ニ感染シ損害ヲ蒙ル謹シムベシ
ブックウル 書生氏究迫シテ金策ニ尽キ遂ニ之ヲ発売ス
ブットカーム 犬抔ヲ鞭撻スル時不意ニスル食気ナリ
ヘケタレー 一名「コシヌケー」ト云フ甚ダ柔弱ナルモノナリ
ベロリンカン 空々寂々坐食スル者ニ多シ
ボーモタム ジュン酸ヨリ上流シテ之ヲ採リ「ゲーブン」ヲ製ス
ボーロン 過激的製造ニ用ル原素
ホンカン 極メテ劇役ニシテ之ヲ製セシハ六ヶ月已上八ヶ年ノ重禁錮ニ処セラル
メカケン 一名コンキウバイント云フ一ポンド三円已上ニテ求ムルコト易シ
ヨシニシヨン 此気ハ小生頻リニ投書ヲ考ル際計ラズモ発明セリ
ワイドン 九州地方ニテ多ク得ラレタル原素
ワカラネーヤ 屡々之ヲ説諭スレドモ分解セザル者等ヲ云フ

明治15(1882)年5月、驥尾団子に数号にわたって(183〜185号)掲載されたもの。梅廼家の作。化学元素を主題のモトにしているものですが、内容は徳川時代からつづく蛮語風にものごとを表わす言葉遊びです。
復刻にともない、アイウエオ順に再構成しました。
▼アマリクトヤム…あまり喰うと病む。
▼ウマイビーフ…美味い牛肉。
▼オキスエーゼン…据え膳くわぬは男の恥でござる。
▼オドロイタム…ここであげられているオドロキ事件は、板垣退助が暴漢に刺された件。
▼オモシロイン…「キビダンゴ」は、この作品が掲載された雑誌『驥尾団子』から。「段々と」を「団々と」と文字狸かえているのは、出版社の「団々社」を利かせたもの。
▼オヤカシーム…おやかす。むらむらする。
▼カイシンタム…立憲改進党。
▼カッパァ…河童。
▼カッポレ…かっぽれ。豊年斎梅坊主とそのなかまたちが多く路上で演じていたものが芝居にも取り入れたりされ、お酒の席や寄席などでもひろく唄われました。
▼カネシダイダム…蝠痴博士というのは、福地源一郎(福地桜痴)のことかと思われます。
▼クワンケンタム…官権党。
▼クローワイン…食らうワイン。ノムトヨー氏は飲むと酔う。
▼ゲキウトリーム…月給取り。「クワンイン酸」は「官員さん」から。
▼ケツホル…尻掘る。「島屋の番頭」は、むかし島屋という店の番頭さんが店の小僧さんを犯しておしりを破壊し、殺してしまった事件から。
▼コイトロジン…肥取。東京へ葛西などから便所の下肥取りをしに来ていたひとたちを言ったもの。「オワイ」は「おわい屋さん」という呼び名から来ています。
▼コッケイン…滑稽。「雉子町」とは、出版社であった団々社の住所、東京神田雉子町三十二番地から。
▼サンサガリーム…三下がり。三味線の音の調律のひとつ。
▼シツヒゼン…皮癬。身体に生じる皮膚病。
▼ジンク…甚句。お酒の席などで唄われる事から、アルコール分との関係が書かれています。
▼スッテンテレツク…すってんてん。からっけつ。おかねが無い無い。
▼ヂシンキライン…地震きらい。「地震」というのは、官員が職を飛ばされたり解かれたりすることを言っていたもの。
▼チャンコロリン…銭、おかねのこと。
▼チントンシャン…三味線。
▼ドデゴンス…どでごんす。お酒の席で、扇、盃、箸などだけをつかって色々なものをつくりだすおあそび。
▼ドドイツン…都々逸。三味線で伴奏をすることから「原素」を「絃素」と文字狸かえてます。
▼ニャンテキーム…猫的(にゃんてき)。芸者さんのこと。
▼ハヤクシロン…明治二十三年に国会の開設をすると言った政府に対しての気発物。
▼ブックウル…おかねが無くなってブックを売る書生さん。
▼ボーモタム…「ジュン酸」は「巡査」か。
▼ボーロン…暴論。
▼メカケン…妾。「コンキウバイン」は「困窮売淫」で、貧家の娘さんのことをいったもの。
▼ヨシニシヨン…止しにしよう。雑誌連載でのもともとの構成ではこの原素がいちばんおしりに書かれていて、おちになっています。
校註●莱莉垣桜文(2012) こっとんきゃんでい