本道外画難病療治(ほんどうげがなんびょうりょうじ)

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本道外画難病療治

やぶくすし竹斎[ちくさい]娘
名医 こがらし



「悩病[のうびょう]には唐茄子[とうなす]の胡麻汁をたべるとすぐさま全快しますとさ おやおやのうびょうかぼちゃのごまじる 実に驚いた

「中風には蛸[たこ]と貝類を食べなとおおせられたが 中風たこかいなと申[もうし]ましたとさ

「癇癪[かんしゃく]は造作[ぞうさ]もなく治り升 ぶしつけながら人のものではいけません 自分の内[うち]の瀬戸物や塗り物又は大事な物をたのとおいて じれったへ時にむやみと壊しなせへ 毎日そうすると日々損が立つのでだんだん治ります

人面相 此節[このせつ]人面相にまで飯を喰われて困り かう先生にねがったら 米屋の書き出しを見せろとおっしゃるからその通りに致しましたらだんだん治って参りました

「痩女[やせおんな] わたくしは痩せて痩せて困り升から 先生にねがいましたら 豆をたんと丸飲みにして水をおもいれ飲めと言われました そうしたところがこんなにはち切れるほど太りました 錫[すず]のへこみを治すと同じあんばいだが 何と妙ではございませんか

「わたくしは神経病で困り升と申たら鯰[なまず]と豆腐[とうふ]を食べろと申されました しんけいなまづとうふ は奇妙々々

「虫歯 歯の痛むと難儀なものでござる これは残らず抜いてしまって上下とも総入歯[そういれば]にすれば一生歯の痛む愁[うれ]いはござらぬ

ろくろ首 これは髪の油の中へ鉄の粉[こ]を入れて髪を結[ゆは]せ お尻の方へ磁石をあてがっておくと頭の鉄を吸い寄せる 何と奇体な術もあるものだ これではろくろ首も治りませう

でっしりの療治は尻へ竹の箍[たが]を掛け賑やかなる所を見物して歩くと みっともねへからだんだんちぢこまるかたちだ そうしている内にはだんだんと年が寄るから自然と痩せるわけだなんと良い療治の仕方だらう

「一寸法師で困るからお頼み申ましたら 図抜けに高い足駄[あしだ]を履いて図抜けに図抜けに長い着物を着て歩けとおっしゃったが どう見ても一寸法師とは見へません

「貧病[ひんびょう]で困ると申たら黄金湯を二三杯も立[たて]つけて飲めば 立[たち]どころにすぐさま全快 又信心をしても良いと仰せられた さつない時の神だのみとは

「ちんば わたくしは片足短いか又は片足長いか俗にちんば又はびっこといふのだ 先生のお療治には草履[ぞうり]と下駄[げた]を履かせろとおっしゃったが実に感服

近眼[ちかめ] わたくしは近眼[きんがん]で困ります 近眼[きんがん]と申ても蜜柑[みかん]の小さいのではござりません 先生が百眼[ひゃくまなこ]遠眼鏡[とおめがね]をはめてかけろとの御指図[おさしず] なかなか凡夫[ぼんぷ]わざではござりません

あばた わたくしのやうな大あばたでも この金[かね]でこしらへた面型[めんがた]をはめて湯の煮へ立つ所へ顔を出して蒸していると 顔がふやけてあばたが埋まって良い器量になり升

鼻なし わたくしは瘡[かさ]で鼻が落ちましたが先生にねがったところが紙で鼻をこしらいて下さりました しごく良い具合であります

「眼病で困りますからねがいましたら勝栗[かちぐり]を食べろとおおせられました 千金方と申[もうす]書物に かちぐりがんびょうおいつかづといふ事がありますとさ

「はやり風をひきましたから御療治[おりょうじ]をねがいましたら 成丈[なるたけ]家を不潔にせぬやうにやたらに掃除をしろとおおせられました風がはたきの世の中とは実に感服々々




落合よし幾戯画
彫弥太

明治二十三年六月 日印刷 明治二十三年六月 日出版
印刷兼発行者 福田熊次郎




国芳と芳幾の絵の比較参考(部分)
国芳と芳幾の絵の比較参考(部分)
◆国芳『きたいな名医難病療治』の「人面疽」と「痩せ男」
◆芳幾『本道外画難病療治』の「人面疽」と「痩せ女」
芳幾のは女の子化なのであった。

明治23年(1890)落合芳幾によって描かれた3枚続きの錦絵です。嘉永3年(1850)に版行された歌川国芳の『きたいな名医難病療治』を下敷きにしている作品。明治10年代以後の芳幾の錦絵作品には何か新聞社と連携した時事のニュースを織りまぜていることがほとんどであり、こちらの作品もそのような意図があったものである事が想像できます。
芳幾は地口をつねに考えて言っているような人物であったためか、本作にも多く地口が使われています。

▼唐茄子…かぼちゃ。
▼おやおやのうびょうかぼちゃのごまじる…「おやおやどうしょう南瓜の胡麻汁」という唄の文句の地口。
▼中風たこかいな…数をかぞえる時に唱える「ちゅうちゅうたこかいな」の地口。
▼内…家。
▼塗り物…漆器。
▼損が立つ…損をしてしまう。
▼人面相…人面瘡、人面疽。はれものやきずなどが人間の顔のようになってしまう病気。米や水を欲しがったり、口をきいたりしたともいいます。
▼米屋の書き出し…お米屋さんからの掛け取りの請求書。
▼おもいれ…おもいっきり。
▼錫…『きたいな名医難病療治』では「錫のとっくり(徳利)」とある。
▼しんけいなまづとうふ…「弁慶七ッ道具」の地口。
▼ろくろ首…眠っているときなどに、首がのびて飛び上がっていってしまったりするという「病気」。
▼髪の油…びんつけ油。
▼でっしり…出尻。おしりがずとーんと出っぱってる。
▼箍…桶などを作るときに使われている部品。竹や金属などでつくられていて、桶材をしめて固定している。
▼ちぢこまる…ちぢんでいく。
▼年が寄るから…年寄りになっちまう。
▼図抜け…とんでもなく。ずばぬけて。
▼足駄…げた。
▼さつない時の神だのみ…「切ない時の神だのみ」の地口。「さつ」は「おさつ」(紙幣、ぺら)のこと。
▼蜜柑の小さいの…きんかん(金柑)。近眼との地口。
▼百眼…三笑亭可上が舞台上などでおこなったという演芸。様々な表情の目かづらをつけたりして口演をした。ここではその目かづらのこと。
▼遠眼鏡…望遠鏡。つまり、目かづらの目の明いている部分に遠くを眺めることの出来るレンズをはめ込んだということ。
▼凡夫…凡人。へいぼんなる脳細胞。
▼あばた…顔や体などに出来たできものの跡。特に疱瘡(天然痘)のできもののあとがあばたとして顔などに残ってしまうことは昔は多かった。菊石、あばた面、みっちゃ。
▼金…かなもの。金属製。
▼器量…見た目。
▼鼻なし…梅毒などによって鼻が欠け落ちてしまった状態。
▼瘡…楊梅瘡。梅毒のこと。
▼こしらいて…「こしらえて」の訛語。
▼かちぐりがんびゃうおいつかづ…「稼ぐに貧乏追いつかず」の地口。『千金方』という医書の名前をあげたのは「びんぼう」というところと「千金」とを掛け合わせたかったものと見えます。
▼風がはたきの世の中…「金がかたきの世の中」の地口。「はたき」を出したかったから掃除をしろという竹斎処方にしてるのですが、清潔は良き薬なり。
校註●莱莉垣桜文(2015) こっとんきゃんでい