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怪談摸摸夢字彙(かいだんももんじい)

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○化物[バケモノ]虚字[ウソジ]之部


女ニ尾ノアルハ【キツネ】トヨム

リッシンベンニツノハ【心の鬼】トヨム

カシラノ上ニ皿ノアルハ【カッパ】ト云字デモアラフカ

カゼガマヘクビスヂト云字ヲカキテ【ミコシ入道】トヨムソノワケハナゼトイツテミサツセヘクビスヂカラカゼヲ引ハサ

イトヘンニカヒト云字ハ【ネコ】トヨム

コレハタレガミテモ【三ッ目入道】ト云字ナリ

井ノナカニ皿ト云字ハタレガミテモ【サラヤシキ】トヨマフ

イトヘンニ目ト云字ヲカキテ【ゴイサギ】トヨムソノ心ハアンジン町デキイテミナ

イトヘンニクビハ【ロクロクビ】ナリ

女ト云字ノ白キハ【ユキ女】トヨム

女ト云字ノコシカラ下モノクロイハ【ユウレイ】トヨム此字ハモト評判記ノ上ノ字ヨリハジマル

ムネノウヘニ手ヲオケバ【ウナサルル】ト云字ナリ

リッシンベンニマヨフトカキテ【バケモノ】トヨム化物トミルハオホカタ心ノ迷ナリ

コンナ文字ガニモアロスアイナア
山東庵京伝 戯著
享和三年癸亥孟春

▼虚字…漢字を組み合わせてつくった造字あそび。『小野たかむら歌字尽』をもじった『小野ばかむらうそ字尽』などから出た言葉。
▼キツネ…娼妓のこと。
▼カゼガマヘ…風搆え。風や凩の部首。なかなかひねりの利いた虚字解。
▼クビスヂ…頚。
▼イトヘン…見ればわかりますが「糸偏」ではなく正しくは「食偏」
▼ネコ…あわびの貝殻などが飼猫のえさ皿として使われていた所からの虚字解。
▼サラヤシキ…播州皿屋敷。井戸の中からお菊さんが皿を数えますぜという虚字解。
▼ゴイサギ…五位鷺が化ける動物の典型として挙がっている一例。
▼アンジン町デキイテミナ…江戸の安針町にあった鳥屋、東国屋を指したもの。鳥の目を針で縫い殺していた所から。
▼ロクロクビ…糸のように首がスルスル延びるという虚字解。
▼ユウレイ…腰から下がなぜ黒いのかは一考が必要。
▼評判紀ノ上ノ字…役者の評判記に書かれる「上々吉」などの文字にある、半分白抜きになった文字を指したもの。
▼ムネノウヘニ手ヲオケバ…眠るときに胸の上に手を置いていると、悪夢をみたりうなされたりするという俗信からきた虚字解。
▼化物トミルハオホカタ心ノ迷ナリ…古川柳に曰く「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
▼唐…漢字のふるさと。

およそ和漢の著述を見るに多くはひまなる人のしわざなり紫式部は石山寺[いしやまでら]にひきこもりて山水のよい景色を観ながら据ゑ膳で源氏をつくり宇治大納言は茶店をいだし旅人のくにばなしを聞きて宇治拾遺をつくるこれみな日遣番匠[ひやりばんじゃう]の仕事なり他によい株式のある人のせし事なり唐人[とうじん]の書をつくるもおほくは株家督[かぶかとく]ある人のあそびしこと楽隠居の深山幽谷にひきこもりて人にみせる気もなく書きつけおきたる物なり

そもそも草双紙の作といふやつは師匠もなく弟子もなく法もなく式もなく胸から出次第やたら無性に書くものなりさればその代はり引書[いんしょ]もなく手本もなくどこをつかまへて安生[あんじゃう]といふあてもなく闇の夜に鉄砲を放つが如きものにておならの如くただふっとした案じよりいづるものなりそのくせ本屋の催促日をかぎりて性急なり[とく]と考へる間もなくいつも壁へ馬をのりかけてつくるものなれば出来不出来はあるはづなり

「もしもし草双紙の作は出来ましたか毎日毎日催促で足がすりこぎになります野郎人丸か凡夫の如意輪観音といふ身で寝押してござりますとさすが本屋の小僧だけ少しは思ひつきを言って此[この]一丁を賑やかすこれ忠心者なり

▼石山寺…大津にある寺。紫式部が源語をここで書き始めたと俗に言われてます。
▼源氏…源氏物語。
▼宇治大納言…源隆国。
▼宇治拾遺…宇治拾遺物語。
▼日遣番匠…毎日こつこつと作ること。
▼師匠もなく弟子もなく…曲亭馬琴が山東京伝のもとへ弟子入りを志願して来た際にも同様の事を語っています。
▼引書…引用書目。参考文献。
▼日をかぎりて…本の原稿をいただく日はこの日でオネガイシマス。
▼篤と考へる間もなく…念入りに構成を考え込んでる時間などは存在しないのヨ。
▼壁へ馬をのりかけて…大いそがしで。
▼足がすりこぎ…足が棒になる。
▼野郎…野郎頭。ちょんまげ。
▼人丸…柿本人丸の画像が筆を持った右手をひざの上に置いて顔を少しあおむけている形なので考えごとをしてる事を示します。
▼如意輪観音…こちらの仏像の姿が右手でほおづえをついてる形なので人丸と同様、考えごとをしてる事を示します。
▼寝押してござります…画面で京伝が筆を持ちながらほおづえをついて居眠りしている様子をつけ加えたもの。
▼一丁…ふくろとじ製本のページ単位。この場合は見開きのこと。

●予[よ][この]ごろ本屋の頼みによつてかの闇の夜に鉄砲の気取りにて考へてみたところがさっぱりよい案じが出ず篤[とく]と考へるひまは無し本屋の催促は毎日なりしゃうことなしの山科に由良之助がそら寝入り鯉口ちゃんと夢ものがたり一夜づけの急作左の如し

「草双紙の趣向に夢とは古いやつほんの切ない時の神だのみだと寝言に言ふ

▼闇の夜に鉄砲…適当にやってもどうにかうなるだろう、という料簡。
▼しゃうことなし…しょうがねぇ。
▼由良之助…『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助。直前の「山科」は、討入りの準備時に山科で隠棲してたことから。
▼鯉口ちゃんと…『仮名手本忠臣蔵』七段目。大星力弥が刀の鯉口の音を鳴らして眠っていた由良之助を起こすお芝居から。
▼古いやつ…当時から既に夢の中での場面展開は定番。画面では京伝から夢が吹き出していて、以後の妖怪たちは夢の中のものとして登場しています。

○見越入湯[みこしにふとう]
見越入湯は金持ち親父の亡魂なり据ゑ風呂の中へ入って居るうちも油断はせず台所の味噌塩のいりめそれでは薪がついえるそれでは汁が濃すぎるなどと菜箸[さいばし]の転んだ事までも目をぬかれまいぬかれまいといふ一念にておのづから首が長くなるなり据ゑ風呂の中から家内のすみずみを見越してにらみまはすゆゑ見越入湯となづけてやうちぢうが怖がるなり
ゑり首三千丈見越によってかくのごとく長しとはおれがことだ
「此親父ゑりをひらがなのへの字のやうにのばしてそこらをにらむ
「今年は金ものびたがゑりものびたでこれではゑりまきを二丈五尺も買はずばなるまい上総木綿では間尺に合はぬ

▼見越入湯…見越入道の地口。京伝は『皐下旬虫干曽我』(1793)で「ヘマムシ夜入道」を「へまむし夜入湯」という地口にもしています。
▼据ゑ風呂…家に置かれている内風呂。これが完備されている時点でとても豪華なおうち。
▼いりめ…費用。
▼やうちぢう…家内中。
▼ゑり首三千丈…白髪三千丈の地口。李白の「秋浦歌」という漢詩の一句。「見越によってかくのごとくながし」も続く「縁愁似箇長」の地口。
▼ゑりものびたで…おおいにおかねがもうかること。襟(えり)はお金持ちという意味。
▼二丈五尺…一反。
▼上総木綿…上総国の特産品。丈が短いことから、情の無いひとをこう呼んだりもします。

○悋気の角[りんきのつの]
悋気[りんき]の角はなんのとりとめたることはなくただ人のしゃくりやかげごとを聞きて生へたる角なり此女[このをんな]悋気つよく常に亭主をひざの下におっかってぎうと物言はせぬ性[せう]にしなし己[おのれ]は却[かへ]って身をたかぶり何かしぞあると亭主を脇へかきのけてしゃしゃりいでつべこべと口をたたき朝寝昼寝宵睡[よひまどひ]大ざけ食好[しょくごの]に銭づかひ荒くややもすれば大声で呶鳴り家内を暴[あた]け散らす恐ろしきばけものなり
「ああら恨めしいの木首尾[しゅび]の松いまごろかへってねこがばばその手を食はうか食ふまひか思ひ知らせんももんぐはあももんぐはあとは古風なおどしやうなり
このふみを残らず読んだがみのうへの大事とこそはなりにけりだなどと由良之介もどきで亭主平気の顔なれども実はかかあをおそろしがる

▼悋気…嫉妬。やきもち。
▼おっかって…おしこんで。
▼ぎう…ぎゅうとも言わせない。
▼宵睡…暗くなるとすぐ眠い。
▼食好み…食べ物の趣味に凝ること。
▼恨めしいの木…「うらめしい」と「椎の木」のかけことば。
▼しゅびの松…浅草の御米蔵にあった松の古木で、隅田川の名物のひとつ。
▼ももんぐはあ…子供などを驚かす時に発するお化けを表わす言葉。「ももんがぁ」
▼古風…19世紀初頭の段階で「ももんがぁ」は、古めかしい世代のおどかし方であるとの認識がありました。
▼このふみを…画面では旦那さんが愛人からの手紙を見られている様子が描かれています。
▼由良之助…『仮名手本忠臣蔵』七段目で、ひみつの手紙の内容をお軽に読まれてしまった由良之助が言うせりふ。

○古銭場の火[こせんじゃうのひ]
このところは昔よくどう四郎兵衛爪長がたてこもりし土倉[どぞう]づくりの一城のあとなりとんだ高利[かうり]欲の川原一銭[いっせん]に地獄の一足とびをして借銭[しゃくせん]の淵にはまり謀叛[むほん]勝負に敗北して一家一門なし身代[しんだい]残らず討ち死にしたる古掛[ふるがけ]の古銭[こせん]じゃうなり
いまも雨の降る夜ならば爪にともしたる火燃えてああら一分[ぶ]恋しやなヒウドロドロドロドロドロドロと泣き叫ぶよし土人[どにん]のものがたりなり
なまいだなまいだなまいだなまいだ念仏はかうしっかりとなまいだにくぎを打つやうに申さねば役にたたぬ

▼よくどう四郎兵衛爪長…つめが長いのはケチのしるしとしてよく描かれるもの。
▼土倉…足利時代の金貸し。
▼とんだ高利欲の川原…「高利」と「郡」、「欲の皮」と「川原」のかけことば。
▼一銭…「一銭」と「一戦」のかけことば。
▼一家一門なし…「一家一門」と「一文無し」のかけことば。
▼身代…財産資産。
▼古掛…ふるくからある借金。
▼一分…金貨。四分で小判一両。
▼土人…土地の者。
▼なまいだなまいだ…南無阿弥陀仏のちぢまったもの。画面では火に対して巡礼の六部が鉦を鳴らしています。
▼なまいだに…生板に。

○のうらく息子[のうらくむすこ]
のうらく息子は商売のことに疎[うと]く若いみそらでのらくらとしてずんど働きの無きばけものなり自手[わがで]に稼いで食ふことを知らず常に年寄りたる親爺の痩せた臑[すね]をかぢり身のあぶらをなめてゑじきとす憎むべし戒むべきばけものなり
●古人桑楊庵光[そうようあんひかる]ざれ哥[うた]に○母のちち父のすねこそこひしけれひとりでくらふことのならねばといへるも此[この]ばけもののことなるべし
「おとっさんのすねは干し大根のやうな味がするこれから身のあぶらをなめましゃう頭のあぶらは薬缶のやうで銅[あかがね]臭ひ同じことできんたまのあぶらは気がないぞ
「子は三界の首枷[くびかせ]とはよくいったもんだおのれいつになってもおれがすねばかりかぢりをる年寄りて身代[しんだい]のやりくりはああくるしやくるしや

▼身のあぶら…家の財産。
▼薬缶…はげあたま。
▼桑楊庵光…狂歌師。つむり光。「ひかる」の号どおりな髪型をしていたことで有名。一筆庵文調の門弟でもあり文笑の号も。
▼ざれ哥…狂歌。
▼干し大根…おとっさんの脚は年が寄ってしわしわだから大根では無く干し大根だヨ。

○こんにゃくの幽霊[こんにゃくのゆうれい]
こんにゃくの幽霊はよく人のいふ事なれどただぶるぶるするばかりにて何のうらみによりて迷い出[いで]たるかいまだ詳[つまび]らかならず和漢の化物本にもかつてなき新型仕出しのゆうれいなり
ある人の曰[いはく]
こんにゃくの幽霊は身に竹の串をさされ鍋のふたの上でたたかれとうがらしみそを塗られたる恨みなりそれだからこんにゃくは水に入れても浮かまずといふしかるやいなやを知らず
いくら親爺の法事にあがってもやっぱりこんにゃく屋のこんにゃくでいまに石灰[いしばい]のなかに白くなって迷ふているわいナァ糸のやうな声でうらみを言ふこれ糸こんにゃくのはじめなり
「なんぼおでんあったかいといってもこっちは寒くってぶるぶるしてゐやんす
「みがるになって早く逃げましゃう荷を捨ててこそ浮かむ瀬もありだ

▼ぶるぶるするばかり…「こんにゃくの幽霊」は洒落言葉のひとつで、そのこころがこの「ぶるぶるするばかり」
▼化物本…おばけを取り扱った本や絵草紙。
▼竹の串をさされ…おでんにされちゃったということ。
▼浮かまず…浮かばないことと成仏して浮かばれないことをつきあわせた茶説。
▼石灰…こんにゃくの材料の一ッ。
▼しかるやいなやを知らず…そうだかそうでないかは知らん。
▼おでんあったかい…屋台のおでん屋さんの呼び声。
▼荷を捨ててこそ…「山川の末に流るるとち殻も身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」という空也の歌の地口。

○十面のおやぢ[じふめんのおやぢ]
夜遊びにいで酒に酔って帰りたる息子の目で見れば何もかもちらちらして親爺の顔は十面にみへる長三[ちょうざ]の文句におやぢは十めんかかは五めんといふは此ことなり母親は甘口にて今度ばかりは了見してやらしゃいませどうぞごめんごめんと親爺の立腹のそばから詫言[わびごと]してやるゆへにかかは五めんといふよし或[ある]物識[ものしり]の語りき
「あなたのおつぶりはいれかはり役者付[やくしゃづけ]の隅のほうか五百羅漢の土用ぼし冬瓜[とうがん]のばけものと見へます
「あなたが居相撲[ゐすもう]をとるといふ身でご立腹はよくよくな事ご堪忍ご堪忍
「おのれにっくいやつの久米の平内[へいない]とおれとはひぢの張りあんばいはどうだもう一面あるとおれも観音さまにまけぬ惜しいこった
「おれがあたまは芝居のきりおとしをかぶったやうであらうがや

▼十面…おこった顔を表わす「渋面」を十個の顔面としたものですが、「渋面」を「十面」と書く用字はもともと。
▼長三…おかん長三郎の浄瑠璃。
▼了見して…目をつぶっておいて。
▼おつぶり…あたま。頭部。脳みその小屋。
▼役者付…芝居の絵番付。出演する役者の絵が描かれていますが、その隅のほうに端役の顔がぎっちりつまってる様子を言ったもの。
▼五百羅漢の土用ぼし…五百羅漢が並んでる様子を十個頭が並んでるのに見立てたもの。
▼冬瓜舟…冬瓜をいっぱい載せて運ぶ舟。冬瓜のぎっしりを頭に見立てたもの。
▼居相撲…すわりずもう。居相撲をとってるような勢いでりきんでいる様子。
▼久米の平内…浅草にある有名な石像。平内自身が斬り殺した人の供養のために自分の石像を踏みつけてくれ、と置いもの。両手をひざについてムスッとした顔で座った形をしているので、十面の親爺どのはそれを意識して画面ではひざに手をついています。
▼観音さま…十一あれば十一面観音になるネ。
▼芝居のきりおとし…芝居小屋の舞台から一番前の席のこと。やっぱり頭がいっぱいある事を言ったもの。

○壁に耳[かべにみみ]
壁に耳あり垣に目あり人のかげごとを言ひ後ろ暗きことをすべからず五月雨[さみだれ]のうち続きたる時分壁や畳に毛のはへるをみれば耳も目もありかねまじきことなり
みみがいふ
「ちと[かんざし]をかしておくれ耳にもろもろのぶしゃう者もこころに此頃のぶしゃうを思はずだ[あぶ]にならぬうち[ち]と垢[あか]を取りましゃう
垣の目も負けずに口を利く
「おれが顔へ蔦[つた]めがからみついてうっとうしくてならぬ目の下のまいまいつむり泣きぼくろと見へねばよいが
「ちょっと耳を貸しなあののみみつとう
此女[このをんな]十二段の牛若をむかひにでるといふ身で立ってゐる

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▼垣に目あり…「障子に目あり」よりもこちらが対として使われていたようです。あるいは器官が増えて「垣に目口」とも。
▼後ろ暗き…うしろめたい。
▼壁や畳に毛がはへる…かびの誕生。
▼ありかねまじき…あるかも知れない。
▼簪…かんざしは耳かきにも使われてました。画面でも壁の耳が耳そうじをしてる様子が描かれています。
▼虻にならぬうち…耳あかをためこみ過ぎるとよくないですぜという俗説。
▼まいまいつむり…でんでん虫。
▼泣きぼくろ…目の下にポツンとなみだの粒のように生えてるほくろ。
▼此女…画面では壁の耳と垣の目の間に庭を歩きながら耳打ちをしてる女がふたり描かれています。
▼十二段…『浄瑠璃物語』に登場する牛若丸を垣ごしに出迎える浄瑠璃姫にあてはめたもの。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい