御飯の炊き方百種(ごはんのたきかたひゃくしゅ)

はしがき
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強飯

  強飯は俗に赤飯とも云ひ、多くの場合には祝ひに用ふるもので餅米[もちごめ]即ち糯米[もちごめ]に、小豆の煮汁[にしる]へ煮た小豆を加へて蒸し炊きにするのである。其の炊き方は餅米一升に小豆一合といふ割合であるが、小豆の多きを好むときは、米八合に小豆一合にする者もある。普通の場合には一割の小豆で好[よ]いのである。又小豆の代りに金時[きんとき]といふ大角豆[ささげ]を用ふるのもある。小豆よりは粒大きく細く長くも赤き色の出ることも小豆より美しいので、多く此の方が一般に用ひられて居るのである。

▼糯米…もちごめの漢語表記。餅米は俗用。
▼金時…小豆に似た赤黒い豆。ささげ。現在も赤飯用の豆として使われています。

  強飯を炊くには先づ小豆なり大角豆[ささげ]なりを煮て、煮汁を数々[しばしば]搾りて器物に取り、又水なり湯なりを入れて柔かになるまで煮る。之れを灰汁[あく]を引くと云ふ。斯[か]くして搾り取った煮汁は、洗ひあげた餅米を一夜水に浸すとき、其の水の中に入れて浸すから、翌日米を笊[ざる]に揚げるときは其の煮汁の色が染[し]み、薄赤い色になって居るものであるが、小豆または大角豆の煮汁ばかりでは、蒸しあげてから鮮やかな美しい色に成らないと思ふ時は、米を浸すときに食用紅を少し混[こん]じる。斯[か]うすると餅米には好[よ]い色が染[し]み込んで居る。処で、翌日蒸[ふか]す前に餅米を笊に揚げて能[よ]く水を切り、煮てある小豆、大角豆の中[うち]を米と掻き交ぜ、浸して置いた汁を幾度も掛けて蒸籠[せいろ]に取り、また汁をかけ蒸し揚げるのである。

  猶[な]ほ強飯には白蒸しと云ふて、小豆を入れず色の着かないのもある、又黒豆を煮て入[いれ]るもある、此の二種は祝儀には用ひない、大抵仏事に関する際に用ひられてゐる。

簡易な強飯製法

  簡易な強飯の製法は蒸すのでなく、普通の御飯を炊くやうにして炊くのである。頗[すこ]ぶる便利であって蒸した強飯と喰[た]べたところでは変りが無い。其の炊き方は先づ初めは小豆なり大角豆[ささげ]なりを、前のと同じ割合にて煮て、煮汁を十分に取って保存しおき、餅米の洗ったのを笊に揚げ、前のは一夜煮汁水を浸すのであるが、之れは洗米を笊に取って水気[すゐき]を十分に去るやうにする。

  炊くときは釜の中に別器に取りおいた煮汁を入れ、小豆または大角豆の煮たものを、洗米に能[よ]く掻き交ぜて釜の中へ移し、水加減は煮汁だけにて不足する時は、水を加へ釜中[ふつう]の米と水分とすれすれ位にして炊き、少し噴き掛けたら火気を思ひ切って強くする。そしてまだ噴き了[おは]らない中[うち]に火を引き、十分に蒸[む]らせば好[よ]いのである。若[も]し出来損じたと思ふ時は、熱湯を振り掛けて又蒸[む]らせば、立派な赤飯が出来て蒸籠で蒸したのか、釜で炊いたのか更に分らない。喰[た]べて見たところでも分るものでない。そして炊きあがる時間は蒸籠で蒸すから見ると、非常に早く普通の御飯を炊くよりも速い程である。塩気[しほけ]のあるのを好むならば適宜に塩を入れると、態々[わざわざ]胡麻塩をこしらへる手数も省ける。

校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい