此商売の種類は中々[なかなか]多けれど、大別すれば出版、取次、古本の三種なり、出版専門の内にも帝国書籍株式会社、大日本図書株式会社、六盟館、開成館、成美堂、目黒、松邑、水野、老鶴圃等の如き中小学校教科書専門の向[むき]もあり、春陽堂、文禄堂の如き文学専門の店もあり、南江堂、朝香屋等の如き医書専業あり、建築書院の如き工業専門あり、或[あるひ]は博文館、東京堂、嵩山房、大倉の如き教科書以外の参考書等多方面に及ぶもあり、其他[そのほか]冨山房、金港堂、弘文館、林平、前川等の如きは教科書参考書文学書類を兼ね裳華房、有隣堂等は農業書を専門とし、法律書には有斐閣、清水書店あり、▼田口博士の経済雑誌社は大部の史料を事とし、丸善株式会社は洋書の取次と実業書の出版を重[おも]とし、大川屋、金桜堂等はいはゆる▼講談物を専業とするなど多種多様なれば僅[わづか]に其[その]一斑を示すのみ。
取次を手広く扱ふ向[むき]は市内に十数軒なれども、小売は殆[ほとん]ど千軒に及ぶべく、▼暑中休暇の間は▼重なる顧客が帰省中の事とて、商売の方も休暇の如き観あれど、其他[そのた]はいづれも門前市をなすの有様、▼文運の発達目出度[めでたし]といふべし。
に至りては其数[そのかず]また夥[おびただ]しく神田の或[ある]一町内に三十有余軒甍[いらか]を並べ居るにても知る浅倉屋、斎藤、松山堂、高岡等を大なりとす。
出版業となれば極少なくとも五千円以上取次業にて少し手弘くせば三千円位は入用なり、されど一寸[ちょっと]した小店なれば五百円もあらばよし。
出版業は随分暴[あら]き商売なれば。損益を平均すれば先[ま]づ二割と見て大差なかるべく、古本はこれ以上に上る事論なく、取次は卸の方三分乃至[ないし]五分、小売は一割位なれども世利市会[せりいちくわい]などにて仕入れたる格安物などにて時には三四割にもなる事ありとぞ。
惣じて荷為換[にかはせ]或は月末払ながら取引店よりは何[いづ]れも信用金として、多きは四五千円少なきも二三千円の現金を預り居り、之[こ]れに銀行並の利子は付し居れど、その為[た]め決して品物の支払金は容赦せず頗[すこぶ]る厳格なるもの也[なり]
は多く講談類を置き併て文芸倶楽部[ぶんげいくらぶ]新小説[しんしゃうせつ]さては諸名家の小説類を仕入[しいれ]、その貸料[かしれう]は一定しあらねど、人気よきもの二三百冊を蔵し居れば、一ヶ月の▼収利優に五両一分には当るといふ。但し▼花柳界へ脊負[しょ]ひ行くものはこれ以上の利を得る事いふまでもなし。