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硝灯之怪談(ランプのかいだん)

本文

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作 服部撫松 Hattori Busyo
明治10年(1877)

明治時代、芸者の間で使われていた「らんぷ公」という言葉が登場している戯文。服部撫松みずからが設立した九春社で編集発売していた『東京新誌』という雑誌に掲載されたのが初出です。

『東京新誌』は、人気を得ていた撫松の漢文を主軸に、その時代の諷刺にあふれる戯文を様々に展開させていましたが、のちに発行停止の処分を受けました。

明治20年代に入ると『東京新誌』以後に出版されていた同様の雑誌『吾妻新誌』や『京華春報』も廃絶して、漢文調が次第に雑誌や新聞から無くなってゆくのですが、明治10年代まで戯文の一山脈として隆盛していた漢文の巨嶺と目されていた撫松居士の文章の一端を、ここでは御鑑賞下さい。

▼らんぷ公…無粋なお客をさしていた言葉。
(参照→和漢百魅缶「らんぷこう」)
▼服部撫松…発売当時一万数千部をこえる売上げを誇ったという『東京新繁昌記』をはじめ、漢文で多くの作品を執筆をしていました。
▼九春社…明治9年の4月に発足したのが社名の由来なんだとか。東京の竹川町十二番地、のちに数奇屋町二丁目九番地に在りました。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい