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鯰魚社会ノ怪異(なまずしゃかいのかいい)

本文

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作 服部撫松 Hattori Busyo
明治11年(1878)

明治時代、「なまず」と称されてた官員たちの様子を、鯰魚社会来たるといった主題でまとめた戯文。『東京新誌』99号に掲載されました。

『東京新誌』は、人気を得ていた撫松の漢文を主軸に、その時代の諷刺にあふれる戯文を様々に展開させていましたが、のちに発行停止の処分を受けました。

▼なまず…官員たちがヒゲを生やしてたことから生まれた呼び名。
(参照→和漢百魅缶「ねんてき」)
▼服部撫松…発売当時一万数千部をこえる売上げを誇ったという『東京新繁昌記』をはじめ、漢文で多くの作品を執筆をしていました。
▼九春社…明治9年の4月に発足したのが社名の由来なんだとか。東京の竹川町十二番地、のちに数奇屋町二丁目九番地に在りました。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい