普通麦飯にするのは▼大麦であって、パンに造るは小麦である。之れを分析すれば
大麦
水分 一三.七 |
蛋白質 一一.一 |
脂肪 二.一 |
▼無窒素物 六五.六 |
▼繊維素 四.八 |
▼灰分 二.六 |
これを飯に炊くと左の如し。
水分 七六.〇 |
蛋白質 三.七 |
脂肪 〇.二 |
無窒素物 一八.七 |
繊維素 〇.七 |
灰分 〇.四 |
と姿が変[かは]って了[しま]ふのである。序[ついで]に小麦の方も一瞥[いちべつ]すれば、
水分 一四.五 |
蛋白質 一一.〇 |
脂肪 一.二 |
無窒素物 七一.六 |
繊維素 一.〇 |
灰分 一.七 |
これがパンに製出[せいしゅつ]されると左の割合にある。
水分 一二七.七 |
蛋白質 六.九 |
脂肪 一.二 |
無窒素物 五三.四 |
繊維素 〇.九 |
灰分 〇.七 |
斯様[こんな]結果を見るから、蛋白質の多いだけ滋養分に富むとすれば、米の有する六.七乃至[ないし]八.八と比べると、麦の方が蛋白質に富む事になるので、単にそれのみを見ると確かに好[よ]いやうであるが、米に比較して遜色ある点が三ッある。即ち
第一 消化が悪いこと
第二 食して味の悪いこと
第三 繊維素の多くあること
消化の宜しくないと云ふ事は面白からぬ現象であるが、喰[くっ]て味が悪いと云ふは直ぐ食欲に響く、美味[おいし]いと思って喰[た]べることは延[ひい]て栄養に利があるが、不味[まづい]と思って喰[た]べることは害にならない迄が好結果を奏せぬ、又繊維素の多いと云ふのは、▼腸を刺戟して蠕動運動を促[うなが]すことが多いので腸を傷[いた]める虞[おそ]れがある。斯[か]う欠点のみを挙げて来ると、麦は殆んど食用に適せぬものと貶[けな]すやうであるが、物は従って▼用所[ようしょ]に依[よっ]て役に立つことを考へねばならない。分析の意味から考へると、用所に依[よっ]ては麦の方が米より好[よ]い場合もある。例へば▼通痢[つうり]の悪い人、脚気病者に至っては確[たしか]に効果が認められる。脚気に麦を用ふるの利益は、凡[すべ]ての成分が米に似てゐるから米に代用して好[よ]いのである。
誰[た]れも麦飯を食すると早くお腹が減ると云ふ、如何[いか]にも減ったやうに感ずる。之れは繊維素が多い為に消化管系統の受ける刺戟が多いので、只だ単に腹が減った感じがする迄であって実際の消化力より云へば一般に考へて居るほど好[よ]くも無く、腹の減ると云ふことが必ずしも消化が好[よ]いと云ふ証拠には成らないのである。尚[な]ほ麦飯に就ては漸次述べる所を能[よ]く▼咀嚼[そしゃく]して貰ひたい、此処では只だ麦の消化力に就て其の大体を簡単に▼縷述[るじゅつ]して置くのだから、麦飯を常食としての如何[いかん]には言及しないのである。