×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

世帯平記雑具噺(せたいへいきがらくたばなし)中のまき

上のまき
中のまき
下のまき

もどる

中のまき

つき従ふ面々には、越後の国の住人、縮野三郎[ちぢみのさぶろう]合羽義太夫[かっぱのぎだゆう]松坂志摩守[まつざかしまのかみ]武蔵坊弁慶縞[むさしぼうべんけいじま]股引はく兵衛[ももひきはくべえ]ふんどし越中前司締安[ふんどしえっちゅうのぜんじしめやす]なり、そのほか一騎当千の勢ありといへども、内証[ないしょう]のやり九郎[やりくろう]が為にぶち殺され、合戦の間に合はぬと見へたり、

▼縮野三郎…越後は「ちぢみ」の名産地。
▼松坂志摩守…「松坂縞」からのしゃれ。
▼武蔵坊弁慶縞…格子模様の縞がらのひとつ「弁慶縞」から。
▼内証のやり九郎…家計のやりくり。
▼ぶち殺され…質屋へ品物を出すコト。箪笥の家臣たちの死因の真相。

[かく]て双方、勢を揃へ、座敷ヶ原[ざしきがはら]と板の間ヶ原[いたのまがはら]との境、敷居溝川[しきいのみぞがわ]へ押出[おしいだ]す、頃は、てんつく天皇の御宇[ぎょう]焙烙[ほうろく]元年、へのえいたちの十三月、猫の一天に両陣一度にどっと鯨波[とき]をつくり、討手方[うってがた]の先陣、食篭弁当[じきろうべんとう]の手より、梅干しの種子島[たねがしま]、鉄砲玉の座禅豆[ざぜんまめ]を、はらはらと打ち出す、座敷方よりは、将棋の判官[しょうぎのはんがん]飛車くて角なわ十文字に備へを破らんと、駒をならべて乗出[のりいだ]す、これを見て、つるかけ升之介白米[つるかけますのすけはくまい]一升懸命[いっしょうけんめい]に計[はか]って勝利を得物[えてもの]米挿[こめさし]の竹槍をひっつかみ、無二無惨に突き立つれば、先手[さきて]はくづれて将棋倒しにばらばらばら、是を見るより馬上左衛門[ばじょうさえもん]と名乗り、提灯[ちょうちん]の皮具足に身を固め、くじらの弓に銅鎖[あかがねぐさり]の弦[つる]を張り、 矢の根会津の百目がけ、釜冠者をめがけ放す矢先は運のつき、升之介が胸板へ、ろうそくの流れ矢きたって、はわしと立つ、眼もくらみ、板の間ヶ原にて討死になす、

▼御宇…時代、御代。
▼焙烙…土製のひらたいかたちの鍋。年号でいえば「永禄」の地口か。
▼へのえいたち…「ひのえたつ」の地口。おならなので動物はいたち。
▼猫の一天…時歴はすべて架空のものなので十二支にいない猫が使われているという寸法。
▼種子島…てっぽう。
▼一升懸命…升之介なので「一升」
▼米挿…米だわらに突き刺して、中の米を取り出す竹の筒。品質検査の時に使う道具。
▼先手…戦の相手。
▼馬上左衛門…馬上提灯。
▼くじらの弓…くじらのひげを使って作る、馬上提灯用の長い柄。
▼矢の根…矢尻。
▼会津の百目がけ…大きなろうそく。会津はろうそくの名産地。
▼はわし…矢の刺さる擬音。

ここに於いて勝手方より山椒介入道擂粉木[さんしょうのすけにゅうどうすりこぎ]と名乗って押出[おしいだ]す、座敷方よりふんどし越中前司[ふんどしえっちゅうのぜんじ]「身丈[みのたけ]三尺に足らずして、擂粉木[すりこぎ]味噌をつけんと打ってかかれば、擂粉木は越中を突き破らんと打ち立つる、越中、擂粉木を包み取らんとす、 されども擂粉木、手練[しゅれん]の早業[はやわざ]八人前、ちょくと飛退[とびの]きゆかんべい、越中怒[いか]ってひしゃぐを、擂粉木、鍋切[なべきり]といふ十能微塵[じゅうのうみじん]に切り立つれば、擂粉木、報ず報ずと切り結ぶ、互いに勝負を決せんと[しのぎ]を削る折からに、不思議や見世[みせ]の神棚の、天の扉[あまのとびら]を開かせて、神の御声[みこえ]のしかじかと、「かかるめでたき君が代に雑具道具[がらくたどうぐ]の同士軍[どしいくさ]、早々和睦[わぼく]と曰[のたま]へば、数多[あまた]の諸道具、がらくたがらくたがらくたと平伏[ひれふし]て、そのまま和睦に及びける、

▼味噌をつけん…恥をかかせてやる。
▼十能微塵…「十能」と「縦横無尽」のしゃれ。
▼報ず報ず…相手の攻撃を受けとり受けとり。
▼鎬を削る…激しくたたかう。

是よりしばらく太平の世となりしが、爰[ここ]に天竺四日市[てんじくよっかいち]やっかい長者が召使い、釜元爨介入道[かまもとさんすけにゅうどう]と言へる者、 日頃あつかひどころの勝手の諸道具、座敷の道具と威勢を争ひ、去[さんぬ]る焙烙元年へのえいたちの十三月、既に一戦に及びしかど、大神宮の神徳[しんとく]により早速和睦[わぼく]ありしが、今その憤[いきどお]り止むことを得ず、再度[ふたたび]軍勢を揃へ、座敷道具を打ち潰さんと企[くわだ]つる、されば討手[うって]の大将、竈将軍火の元土塗[かまどしょうぐんひのもとのつちぬり]下知に任せ、執権職[しっけんしょく]鍋九郎太夫宗任[なべのくろだゆう むねとう] 釜輪五郎尻炭[かまわのごろうしりすみ]、おのおの組下の物どもをひそかに呼ぶこの笛を福徳三年、味噌漉[みそこし]水嚢[すいのう]米上笊[こめあげざる]、我も我もと馳せ来たる、

▼釜元爨介入道…山本勘助(やまもとかんすけ)の地口。ごはんのしたくをする「おさんどん」から。
▼十三月…架空の時歴。
▼下知…命令。
▼鍋九郎太夫宗任…安倍宗任(あべのむねとう)の地口。
▼釜輪五郎尻炭…金輪五郎(かなわのごろう)の地口。蘇我入鹿の手下。
▼竈将軍火の元土塗公…「火の元」は「みなもと」の地口。
▼味噌漉…すりつぶした味噌から豆のかす等をとりのぞく道具。
▼水嚢…水を切りながらものをすくう道具。目のこまかいあみが張ってあります。
▼米上笊…お米をとぐ時につかうざる。

頃は引窓[ひきまど]障子元年、明かりを取[とり]の年、皿さ鉢月七厘の日の早天[そうてん]に、板の間ヶ原に軍勢を揃へ、座敷道具の籠もりたる備後表[びんごおもて]の畳ヶ原の城郭さして発向[はっこう]なす、まっさきには綴[つづ]れの錦に釜敷きの跡ついたる雑巾襴[ぞうきんらん]の旗、縁下風[えんしたかぜ]に翩翻[へんぽん]と吹きなびかせ、先陣の大将、鍋九郎太夫宗任、あぶりこ[おどし]の大鎧、勝手兜にお玉杓子[たまじゃくし]の指物なし、鍋敷きの駒に藁房[わらぶさ]さげて打ちまたがり、鍋弦[なべつる]かけたる鉄弓[てっきゅう]を引きしぼり、「火箸のとがり矢、なべやあられと射かけん」と喚進[おめきすす]んで乗出[のりいだ]す、引きつづいて銅鍋綱[あかなべのつな]末葉[ばつよう]、いりとり鍋五郎蓋塗[いりとりなべごろうふたぬり]反古[ほご]張り団扇の前立て物、五徳と名づけし三足[みつあし]の駒に打ち乗り、菜箸[さいばし]振り立て下知をなす、中陣の大将釜輪五郎尻炭が装備[いでたち]は、蒸篭甑[せいろうこしき]の陣羽織、敷寐[しきね]の幌[ほろ]武者にて、焚付毛[たきつきげ]の荒ら馬に、あぶくたって備へ立ったり、あとにつづいて、かちかち山の住人、火口九郎左衛門箱長[ほくちくろうざえもんはこなが]、火の玉縅[おどし]の大鎧を草摺り[なが]に、さっくと着なし、横たへ出[いづ]る鎌槍[かまやり]は、火打ちの石突、硫黄の穂先、附木[つけぎ]の駒の平首[ひらくび]に引添[ひっそ]へ、「ほん升屋が打ちたる刃[やいば]の味はひ見せんぞ」火打文字[ひうちもんじ]に乗出[のりいだ]す、後陣の大将、近江煎司茶釜[おうみのせんじちゃがま]の嫡流[ちゃくりゅう] 茶々木茶夢郎茶雅綱[ちゃちゃきのちゃむろうちゃがつな]、茶壷の胴丸に茶つ頭[ちゃつがしら]の茶ぶとを着し、茶袋の幌[ほろ]をかけ、茶び月毛の駒に茶ら鞍[ちゃらくら]置いて、ちゃっと乗出[のりいだ]したり、

▼引き窓…天井にあけてある明かり取りの窓。
▼障子…「障子」と「正治」のしゃれ。
▼明かりを取の年…引き窓の「明かり取り」と「酉年」のしゃれ。
▼早天…早朝。
▼備後表…備後産のいぐさであまれた畳表。
▼発向なす…攻め込む。
▼雑巾襴…「雑巾」と「金襴」のしゃれ。
▼あぶりこ…大きめな竹製のかご。衣服をかぶせて中に火鉢を入れ、温めたりする。
▼藁房…たわしのように使うもの。
▼鉄弓…魚を焼くときに使う鉄の網。
▼なべやあられと…「雨やあられと」の地口。
▼末葉…子孫。
▼反古貼り団扇…そまつなうちわ。
▼蒸篭甑…「せいろ」と「こしき」は食物を蒸すための調理道具。「こしき」と「五色」のしゃれ。
▼敷寐…人や物の下に敷く布。
▼あぶくたって…物が煮えたときの「あぶくたった」と馬に乗るときの「あぶみたって」のしゃれ。
▼火口…火種。
▼草摺り…腰からさげる防具。たれ。
▼附木…うすい木片に硫黄が塗ってあるもの。火打石などでおこした火をうつすもの。
▼升屋…江戸の芝にあった火打石の専門店。
▼火打文字 真一文字の地口。
▼嫡流…正統の子孫。
▼茶々木茶夢郎茶雅綱…佐々木三郎高綱(ささきさぶろうたかつな)の地口。
▼茶つ頭の茶ぶと…「やつがしらのかぶと」の地口。
▼茶ら鞍…「ちゃらくら」は落ち着きのないコト。

遊軍には砥石[といし]山の住人、庖丁四郎砥政[ほうちょうしろうとぎまさ]水桶皮[みずおけがわ]の鎧に兜鉢[かぶとばち]を猪首に着なし、 太刀は名に負ふまぐろ切り、軍[いくさ]にかつを作りの細身ながらも、挿し添へて薄刃の長刀[なぎなた]脇に掻込[かいこ]み、真菜板[まないた]の駒に真菜箸[まなばし]の鞭[むち]を当て、平一面[ひらいちめん]に乗出[のりいだ]す、はるかに遅れて物置の住人、松木臼井定光[まつのきうすいのさだみつ]は、さんだらぼうしの前立て打ったる兜を着[ちゃく]し、白く搗毛[つきげ]の駒に米鞍[こめくら]置いてゆらりと打乗[うちの]り、むかし取ったる杵柄[きねづかを横たへつき米、籐[とう]の大弓に一升枡の弦をかけ、とぎすましたる白羽[しらは]の矢の根、大雁又[おおかりまた]携へたり、是等[これら]の兵を大将として、随ふところの武士には、薬缶太夫煮湯熱盛[やかんのたゆうにえゆのあつもり]鎌倉五合徳利酒政[かまくらのごんごうどくりさけまさ]糠味噌腐臭守香師直[ぬかみそくさしのかみこうのもののう]膳谷判官坪平[えんやはんがんつぼひら]箸波一膳守塗吉[はしばいちぜんのかみぬりよし]湯桶入道汁注[ゆとうにゅうどうしるつぎ]木鉢宮の大藤内[きばちのみやのおおどうない]肥前の擂八[ひぜんのすりばち]皿三太郎[さらさんたろう]をはじめとして、そのほか、なんのご茶湯[ちゃとう]に欠け茶碗、へちまの皮、灯明皿[とうみょうざら]片口[かたくち]など、くちぐちにささやき合ひ、何[いず]れも向ふ水がめの血気の早り気八人前、敵と引組[ひっく]み取って押さへ、くび桐柄杓[きりびしゃく]と勇みに勇み、我おとらじと発向[はっこう]す、

▼庖丁四郎砥政…北条四郎時政(ほうじょうしろうときまさ)の地口。
▼水桶皮…「水桶」と鎧の「桶皮胴」のしゃれ。
▼真菜箸…魚を切ったりする時に庖丁と一緒につかう、魚をおさえる箸。
▼松木臼井定光…碓井貞光(うすいのさだみつ)の地口。
▼さんだらぼうし…たわらのふた。
▼つき米…「舂米」と「突き込め」のしゃれ。
▼一升枡の弦…「つるかけ升」ということ。
▼大雁又 大きな又状になっている矢尻。
▼薬缶太夫煮湯熱盛…無冠太夫敦盛(むかんのたゆうあつもり)の地口。
▼鎌倉五合徳利酒政…鎌倉権五郎景政(かまくらごんごろうかげまさ)の地口。
▼糠味噌腐臭守香師直…武蔵守高師直(むさしのかみこうのものろなお)の地口。
▼膳谷判官坪平…塩冶判官高定(えんやはんがんたかさだ)の地口。
▼箸波一膳守塗吉…羽柴筑前守秀吉(はしばちくぜんのかみひでよし)の地口。
▼へちまの皮…あまり役にたたぬもの。
▼片口…注ぎ口がひとつのお銚子。
▼くび桐柄杓…「首切り」と「桐柄杓」のしゃれ。

[さて]討手方の惣大将は火廼要鎮[ひのようじん]と書いたる幡[はた]をまっさきに押立て、竈将軍火の元土塗[かまどしょうぐんひのものとのつちぬり]公、その日の装備[いでたち]には、欅[けやき]皮の厚板に金物打ったる大鎧、消壷[けしつぼ]の兜を猪首に着なし、惣銅壷[そうどうこ]の銅[あかがね]づくりの太刀を佩[は]き、灰毛[はいげ]の駒に打ちまたがり、随ふところの勇士には、薪割鉄之介焚炭[まきわりてつのすけたきすみ] 大鉞[おおまさかり]を真向[まっこう]に搆へたり、引き続いて雑木の松王[ぞうきのまつおう]堅木の梅王[かたきのうめおう]桜薪[さくらまき]、都合主従、斧一挺[よきいっちょう]割り込み割り込み、 「敵の奴輩[やつばら]ひといぶし、いぶしてくれん」 と焚きつけ駆けつけ、相[あい]加はる、

下のまきへ

▼消壷…火消し壷。
▼大鉞…大きな寸法のまさかり。
▼雑木の松王…『菅原伝授手習鑑』の松王丸(まつおうまる)から。雑木は燃料のひとつ。
▼堅木の梅王…『菅原伝授手習鑑』の梅王丸(うめおうまる)から。堅木は燃料のひとつ。
▼桜薪…『菅原伝授手習鑑』の桜丸(さくらまる)から。桜の薪木は良質の燃料。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい