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世帯平記雑具噺(せたいへいきがらくたばなし)下のまき

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下のまき

二階より加勢として敷紙[しきがみ]の幡、まっさきに押し立て、紙衣[かみこ]天徳寺入道なむさん坊を先として、辻番[つじばん]火鉢坊買尊[ひばちぼうかいそん]炭団九郎判官[たどんのくろうほうがん]木枕痛志坊弁慶[きまくらのいたしぼうべんけい]唐傘六郎古骨[からかさろくろうふるぼね]合羽引王丸[かっぱのひくおうまる]そのほか、二階の雑具[がらくた]勢、さしもに険しき梯子[はしご]坂、まっさか落としに攻めくだり、後陣へこそ加はりたり、都合その勢、十能[じゅうのう]茶筅[ちゃせん]柄杓[ひしゃく]小重[こじゅう]余騎、一度に繰り出し金盥[かなだらい]を叩き立て、鯨波[とき]の声、天井に響き棚ばりに轟き、勢ひ猛[もう]に進んだり、

▼敷紙…渋紙などで作る敷物用の紙。
▼紙衣…紙でつくった安くて粗末な衣裳。
▼天徳寺…わらを粗末な紙で包んでつくった布団。紙衾。
▼辻番…むかし町々を区切っていた木戸のそばに設けられていた治安のための番小屋。
▼火鉢坊買尊…常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)の地口。
▼炭団…炭の粉などをまるめてつくる安い燃料。街々の番小屋などでも売ってた。
▼木枕…木で出来た四角い枕。堅い。
▼小重…小ぶりの重箱。

この折りから座敷方には、三井寺[みいでら]の時斗法師[とけいほうし]、櫓[やぐら]の上より是を見て、鯨波[とき]の声を合はせ、磁石の剣先、東西南北に振り回し、櫓の下には分銅[ふんどう]武者、いづれも不意を打たれしことなれば、時を移さば敵はじと、中にも軍[いくさ]香車[きょうしゃ]なる将棋駒王丸[しょうぎのこまおうまる]は、金銀の鞍おいたる桂馬に打ち乗り、いそぎ王手を囲ひ、角道[かくみち]を押し開き、敵を今やと待ち駒の、手の無きときは、はじの歩[ふ]を突棒[つくぼう]刺叉[さすまた]馬鉄砲[うまでっぽう]の用意をなす、この時、半銅火八郎[はんどうひはちろう]は、石火矢[いしびや]焙烙火矢[ほうろくひや]を打出[うちいだ]す、碁盤高信[ごばんたかのぶ]双六半蔵[すごろくはんぞう] 馳せ来て、三の間のこたつ櫓にかけのぼり、三百六十一の碁石をつかんで、飛礫[つぶて]に打ちかけ跳ねかけ、「敵の奴輩[やつばら]いちいちに四ッ目殺しにしてくれん」とばらばらと打出[うちいだ]せば、引き続いて双六半蔵、丁目斜めの嫌ひなく、黒白[こくびゃく]の石をかいつかんで、三一一六[さんぴんぴんろく]かためおとしと五二五五[ぐにぐぞろ]と投出[なげいだ]す、寄せ手は飛礫[つぶて]に当惑するとぞ見へにける、

▼三井寺…近江の国の古刹。
▼分銅武者…「分銅」と「坂東武者」のしゃれ。
▼軍に香車…軍に「巧者」の地口。
▼将棋駒王丸…源義仲(みなもとのよしなか)の幼名「駒王丸」から。
▼角道…「角行」を動かすための道。
▼はじの歩を突棒…「はじの歩を突く」という将棋の戦術言葉と「突棒」のしゃれ。
▼焙烙火矢…爆薬を飛ばして攻撃する火器。
▼四ッ目殺し 碁の手のひとつ。
▼三一一六…盤双六の賽の目のひとつ。
▼五二五五…盤双六の賽の目のひとつ。

かくて、座敷方の惣大将、真鍮納言金物[しんちゅうなごんかなもの]公の長男、引出箪笥錠鍵成[ひきだしたんすのじょうかぎなり]紙叩[かみはたき][さい]おっ取り、大に振って下知をなす、折りから乗り出す先陣の大将、六枚屏風太夫縁有[ろくまいびょうぶのたゆうふちあり]、 すずめがたの陣羽織を着[ちゃく]し、狩野の餌づきし馬[はなぶさ]かけ、金砂子[きんすなご]の鞍おいて打ちまたがり、墨画[すみえ]の槍を横たへ、 左右には明障子[あかりのしょうじ]唐紙立分[からかみたてわけ]、あとに続くは、その頃天下一と呼ばれたる鏡三郎祐安[かがみのさぶろうすけやす]が忘れがたみの兄弟、柘植十郎梳櫛[つげのじゅうろうすきぐし]五郎解櫛[ごろうときぐし]は、際墨[きわずみ]と名づけたる駿足に小枕おいて打ちまたがり、鬢差[びんさし]の弓に元結[もとゆい]の弦[つる]を張り、簪[かんざし]の尖り矢たづさへ乗出[のりいだ]す、後陣の大将、手習駿河守机為塗[てならいするがのかみつくえのためぬり]は、むさずみと名づけたる駒に草紙の鐙[あぶみ]をかけ、硯長雄[すずりながお]が作の鞍おいて打ちまたがり、「流儀は御家[おいえ]の筆のやり先、つづくだけ手並み見せん」と乗出[のりいだ]す、扨[さて]弟子組子の者には、大文字角兵衛[おおもじかくべえ]徒垣反古蔵[むだがきほぐぞう]小遣帳太[こづかいちょうた]算盤主計二一天作[そろばんかずえにいちてんさく]をはじめてして、九九、八十一騎当千の座敷勢、我おとらじと乗出[のりいだ]す、 そのほか名を得し着類[きるい]勢、箪笥[たんす]の内にありといへども、去る貧久[ひんきゅう]年中、質川[しちがわ]のみぎり、流れ矢に当たり、又は日なしの催促勢に攻め寄せられ、屑波五左衛門古金[くずはござえもんふるかね]が秤りごとにかかって討ち死になし、この合戦の間には合はぬと見へたり、

▼真鍮納言…「真鍮」と「新中納言」のしゃれ。
▼紙叩…不要な紙などでつくる、はたき。
▼采…采配。
▼狩野の餌づきし馬…狩野元信(かのうもとのぶ)の描いた馬が絵の中から抜け出て草をたべたという昔話から。
▼英…英一蝶(はなぶさいっちょう)から。
▼墨画の槍…墨画の「画」と「柄」のしゃれ。
▼鏡三郎祐安…河津三郎祐安(かわずのさぶろうすけやす)の地口。曽我兄弟の父親で、天下一の力持ち。
▼柘植十郎梳櫛…曽我十郎祐成(そがのじゆうろうすけなり)の地口。
▼五郎解櫛…曽我五郎時致(そがのごろうときむね)の地口。
▼際墨…毛の生えぎわにぬる化粧墨。
▼小枕…まげをふくらませるために、髪の中に入れる紙製の台。
▼鬢差…びんをふくらませるために、髪の中に入れる針金やくじらのひげ。
▼元結…まげを結うときに使う紙。
▼手習駿河守…「する」と「駿河」のしゃれ。
▼御家…御家流。幕府の通用書体。
▼徒垣反古蔵…「赤垣源蔵」の地口。「ほぐ」は「ほご」と同じ。
▼二一天作…割り算の時に使う公式。
▼貧久…「建久」と「貧窮」のしゃれ。
▼日なし…借りたその日のうちに返済する形式の金貸し。
▼屑波五左衛門古金…屑屋さんに売られたということ。

かくて勝手方、先陣の大将、鍋九郎宗任[なべのくろうむねとう]は、備後表[びんごおもて]畳ヶ原まで備へを繰出[くりいだ]せしが、案内知らざることなれば、当惑致し進みかねてぞ見へにけり、このとき行灯影油左衛門[あんどんかげゆざえもん]、後陣より進出[すすみい]で、「我らは毎夜座敷方へ入込みし故、かって覚へありければ、いざ御案内致さん」有明[ありあけ]の駒に打ちまたがり、一番乗りとぞ呼ばはったり、つづいて瓦灯暗之助消政[がとうくらのすけきえまさ]油注蔵[あぶらつぎぞう]かんてら門兵衛[かんてらもんべえ]おのおの一騎当千の者ども、我おとらじと乗入[のりいれ]ば、座敷方にては燭台蜃気郎[しょくだいのしんきろう]会津のろうそくの牛にどっと上がりければ、寄せ手はしたりと受け迎へ、さしもに広き畳ヶ原に、ごみけむりを踏み立て蹴立て闘ふなかに、勝手二階の不敵武者、まっさきに進出[すすみい]で、 「我こそは生まれついたる腕の力は千人力士も裸足で逃げる、紙合羽[かみがっぱ]引王丸[ひくおうまる]といふ者なり」と敵に向かって声たからかに呼ばはれば、是を聞くより茶の湯座敷の住人芦屋釜之助煮立[あしやかまのすけにえたつ]からからと打ち笑ひ、茶杓[ちゃしゃく]な合羽が高言[こうげん]かな、相手になって得させん」と茶柄杓[ちゃびしゃく]押取[おっと]り打ってかかれば、合羽はひらりと身を躱[かわ]し、尻を狙って組まんとすれば煮立[にえたつ]合羽に尻を見込まれては、こは敵[かな]はじ」と後ろを見せて逃げ入りたり、

▼有明…有明行灯から。
▼瓦灯…土製の照明器具。
▼かんてら門兵衛…髭の意休の手下、かんぺら門兵衛(もんべえ)の地口。
▼紙合羽…油紙や油単でつくる比較的価格の安い合羽。
▼引王丸…曽我十郎の幼名、箱王丸(はこおうまる)の別名。
▼芦屋釜之助…茶釜の名産、芦屋釜から。
▼茶杓な…「茶杓」と「小癪」のしゃれ。
▼高言…無礼なくちぶり。
▼合羽に尻を…「合羽」と「河童」のしゃれ。しりこだま取られちゃうゼということ。

是を味方の座敷より、長者が孫の玩具[もてあそび]、わんぱく天皇の後胤[こういん]てれつく天狗の面八鼻高[めんぱちはなたか]と名乗り、合羽をめがけてむんずと組み、互ひに劣らぬ天狗と合羽、しばし勝負も見へざりしが、かかるところへ面八が郎党[ろうとう]まったり三介、馳せ来たり、豆鉄砲に鼻薬を込め、火蓋[ひぶた]を切って放てばあやまたず、合羽は胸板撃ち抜かれ、かっぱと倒れ伏したりけり、是を見るより合羽が一族、唐傘六郎古骨[からかさろくろうふるほね]下駄政季[げたのまさすえ]足駄高介[あしだのたかすけ]声々に 「引王丸が当[とう]の仇[かたき]まったり三介を討ち取れ」と呼ばはれば天狗の面八、「高慢の鼻高ァ、起きァがれこぼし、そりゃァねへぴいぴいかざぐるま、がらがらがら」と打ち笑ひ、竹馬に打ち乗り、三介つづけと城中さして引き退く、

▼後胤…御子孫。
▼てれつく…お囃子の擬音。
▼起きァがれこぼし…ここのせりふは『外郎売』の一部から。玩具つながり。

再び乗出[のりいだ]す大将、ふんどし越中太紐有[ふんどしえっちゅうだひもあり]と名乗り、替え縅[おどし]の大鎧、しみ付き毛の駒に股鞍[またぐら]置いてひらりと打ち乗り、有切[ありぎれ]と名づけたる三尺あまりの太刀、真っ向にひらめかし、群がる敵へ切って入る、その勢ひ凄まじく、敢へて寄りつく者なし、この時、勝手二階より天徳寺入道なむさん坊、腐帷子[くされかたびら]に身を固め、垢月毛[あかつきげ]の駒に貧覆輪[ひんぷくりん]の鞍おいて、紙張[しちょう]の幌[ほろ]をざっくとかけて、寒中しのぎに鍛へたる借銭貫目[しゃくせんかんめ]の貧棒[びんぼう]、火の車のごとく振り回し、ふんどし越中太と渡り合ふ、互ひに勝負を決せんと、鎬[しのぎ]を削りて闘ひしが、天徳寺の打つ棒に越中いかにしたりけん、遂に入道に破られ、敢へなく爰[ここ]に討ち死にす、是を見るより越中太が宿[やど]の妻緋縮緬の湯文字の方[ひぢりめんのゆもじのかた]年は二八の白刃の長刀[なぎなた]小脇に掻込[かいこ]み、 「夫のかたき、逃さじ」と呼ばはれば、天徳寺ふはりと飛退[とびの]き、ごそごそごそと打ち笑ひ、「小癪[こしゃく]な湯文字の方、夫婦もろとも、この世に暇[いとま]とらせん」と打ってかかれば丁[ちょう]と受け、上段下段秘術を尽して闘ひける、 敵も味方も入り乱れ、陣鉦[じんがね]太鼓、鯨波[ときのこえ] どっと吹き来る神風に、ことなる神体[しんたい]現はれ玉ひ、「我はこの家[や]三防荒神[さんぼうこうじん]なり、[それ]三防とは、用心第一てんびん防、倹約第一しわん防、これを合はせて三防荒神なり、我を信ずる諸輩[ともがら]は倹約もっぱらとして、物の費[つい]を厭[いと]ふべし、今、汝等[なんじら]私事[わたくし]の同士軍[どしいくさ]は倹約の利に違[たが]ふ」と神々三妙の託宣に、諸道具しなじな畏入[おそれい]りて、まま和睦に及びけり、

▼しみ月毛…「しみつき」と「月毛」のしゃれ。
▼腐帷子…鎖帷子の地口。
▼垢月毛…「垢」と「赤」のしゃれ。
▼貧覆輪…「貧」と「金」覆輪のしゃれ。
▼紙帳…紙で出来た安い蚊帳。野宿の時などにも使う夜具。
▼借銭貫目…借「銭」と「千」貫目のしゃれ。
▼宿の妻…おかみさん。
▼緋縮緬の湯文字の方…「ひぢりめん」も「ゆもじ」も女性の下着。こしまき。
▼年は二八の…16さい。若い女性をしめす定番の形容詞。
▼三防荒神…三宝荒神のこと。かまどの神様。
▼三防とは…「三防とは…」と言ってるくせに、荒神さまはなぜか二ッ目までしか「ぼう」の例を言っていません。
▼てんびん防…天秤棒。
▼しわん防…しわん坊。しわいや、けちのコト。
▼物の費…むだづかい。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい