世帯平記雑具噺(せたいへいきがらくたばなし)下のまき
二階より加勢として▼敷紙[しきがみ]の幡、まっさきに押し立て、▼紙衣[かみこ]山▼天徳寺入道なむさん坊を先として、▼辻番[つじばん]の▼火鉢坊買尊[ひばちぼうかいそん]▼炭団九郎判官[たどんのくろうほうがん]▼木枕痛志坊弁慶[きまくらのいたしぼうべんけい]唐傘六郎古骨[からかさろくろうふるぼね]合羽引王丸[かっぱのひくおうまる]そのほか、二階の雑具[がらくた]勢、さしもに険しき梯子[はしご]坂、まっさか落としに攻めくだり、後陣へこそ加はりたり、都合その勢、十能[じゅうのう]茶筅[ちゃせん]柄杓[ひしゃく]▼小重[こじゅう]余騎、一度に繰り出し金盥[かなだらい]を叩き立て、鯨波[とき]の声、天井に響き棚ばりに轟き、勢ひ猛[もう]に進んだり、
この折りから座敷方には、▼三井寺[みいでら]の時斗法師[とけいほうし]、櫓[やぐら]の上より是を見て、鯨波[とき]の声を合はせ、磁石の剣先、東西南北に振り回し、櫓の下には▼分銅[ふんどう]武者、いづれも不意を打たれしことなれば、時を移さば敵はじと、中にも軍[いくさ]に▼香車[きょうしゃ]なる▼将棋駒王丸[しょうぎのこまおうまる]は、金銀の鞍おいたる桂馬に打ち乗り、いそぎ王手を囲ひ、▼角道[かくみち]を押し開き、敵を今やと待ち駒の、手の無きときは、▼はじの歩[ふ]を突棒[つくぼう]刺叉[さすまた]馬鉄砲[うまでっぽう]の用意をなす、この時、半銅火八郎[はんどうひはちろう]は、石火矢[いしびや]▼焙烙火矢[ほうろくひや]を打出[うちいだ]す、碁盤高信[ごばんたかのぶ]双六半蔵[すごろくはんぞう] 馳せ来て、三の間のこたつ櫓にかけのぼり、三百六十一の碁石をつかんで、飛礫[つぶて]に打ちかけ跳ねかけ、「敵の奴輩[やつばら]いちいちに▼四ッ目殺しにしてくれん」とばらばらと打出[うちいだ]せば、引き続いて双六半蔵、丁目斜めの嫌ひなく、黒白[こくびゃく]の石をかいつかんで、▼三一一六[さんぴんぴんろく]かためおとしと▼五二五五[ぐにぐぞろ]と投出[なげいだ]す、寄せ手は飛礫[つぶて]に当惑するとぞ見へにける、
かくて、座敷方の惣大将、▼真鍮納言金物[しんちゅうなごんかなもの]公の長男、引出箪笥錠鍵成[ひきだしたんすのじょうかぎなり]▼紙叩[かみはたき]の▼采[さい]おっ取り、大に振って下知をなす、折りから乗り出す先陣の大将、六枚屏風太夫縁有[ろくまいびょうぶのたゆうふちあり]、 すずめがたの陣羽織を着[ちゃく]し、▼狩野の餌づきし馬に▼英[はなぶさ]かけ、金砂子[きんすなご]の鞍おいて打ちまたがり、▼墨画[すみえ]の槍を横たへ、 左右には明障子[あかりのしょうじ]唐紙立分[からかみたてわけ]、あとに続くは、その頃天下一と呼ばれたる▼鏡三郎祐安[かがみのさぶろうすけやす]が忘れがたみの兄弟、▼柘植十郎梳櫛[つげのじゅうろうすきぐし]▼五郎解櫛[ごろうときぐし]は、▼際墨[きわずみ]と名づけたる駿足に▼小枕おいて打ちまたがり、▼鬢差[びんさし]の弓に▼元結[もとゆい]の弦[つる]を張り、簪[かんざし]の尖り矢たづさへ乗出[のりいだ]す、後陣の大将、▼手習駿河守机為塗[てならいするがのかみつくえのためぬり]は、むさずみと名づけたる駒に草紙の鐙[あぶみ]をかけ、硯長雄[すずりながお]が作の鞍おいて打ちまたがり、「流儀は▼御家[おいえ]の筆のやり先、つづくだけ手並み見せん」と乗出[のりいだ]す、扨[さて]弟子組子の者には、大文字角兵衛[おおもじかくべえ]▼徒垣反古蔵[むだがきほぐぞう]小遣帳太[こづかいちょうた]算盤主計▼二一天作[そろばんかずえにいちてんさく]をはじめてして、九九、八十一騎当千の座敷勢、我おとらじと乗出[のりいだ]す、 そのほか名を得し着類[きるい]勢、箪笥[たんす]の内にありといへども、去る▼貧久[ひんきゅう]年中、質川[しちがわ]のみぎり、流れ矢に当たり、又は▼日なしの催促勢に攻め寄せられ、▼屑波五左衛門古金[くずはござえもんふるかね]が秤りごとにかかって討ち死になし、この合戦の間には合はぬと見へたり、
かくて勝手方、先陣の大将、鍋九郎宗任[なべのくろうむねとう]は、備後表[びんごおもて]畳ヶ原まで備へを繰出[くりいだ]せしが、案内知らざることなれば、当惑致し進みかねてぞ見へにけり、このとき行灯影油左衛門[あんどんかげゆざえもん]、後陣より進出[すすみい]で、「我らは毎夜座敷方へ入込みし故、かって覚へありければ、いざ御案内致さん」と▼有明[ありあけ]の駒に打ちまたがり、一番乗りとぞ呼ばはったり、つづいて▼瓦灯暗之助消政[がとうくらのすけきえまさ]油注蔵[あぶらつぎぞう]▼かんてら門兵衛[かんてらもんべえ]おのおの一騎当千の者ども、我おとらじと乗入[のりいれ]ば、座敷方にては燭台蜃気郎[しょくだいのしんきろう]会津のろうそくの牛にどっと上がりければ、寄せ手はしたりと受け迎へ、さしもに広き畳ヶ原に、ごみけむりを踏み立て蹴立て闘ふなかに、勝手二階の不敵武者、まっさきに進出[すすみい]で、 「我こそは生まれついたる腕の力は千人力士も裸足で逃げる、▼紙合羽[かみがっぱ]の▼引王丸[ひくおうまる]といふ者なり」と敵に向かって声たからかに呼ばはれば、是を聞くより茶の湯座敷の住人▼芦屋釜之助煮立[あしやかまのすけにえたつ]からからと打ち笑ひ、「▼茶杓[ちゃしゃく]な合羽が▼高言[こうげん]かな、相手になって得させん」と茶柄杓[ちゃびしゃく]押取[おっと]り打ってかかれば、合羽はひらりと身を躱[かわ]し、尻を狙って組まんとすれば煮立[にえたつ]「▼合羽に尻を見込まれては、こは敵[かな]はじ」と後ろを見せて逃げ入りたり、
是を味方の座敷より、長者が孫の玩具[もてあそび]、わんぱく天皇の▼後胤[こういん]、▼てれつく天狗の面八鼻高[めんぱちはなたか]と名乗り、合羽をめがけてむんずと組み、互ひに劣らぬ天狗と合羽、しばし勝負も見へざりしが、かかるところへ面八が郎党[ろうとう]まったり三介、馳せ来たり、豆鉄砲に鼻薬を込め、火蓋[ひぶた]を切って放てばあやまたず、合羽は胸板撃ち抜かれ、かっぱと倒れ伏したりけり、是を見るより合羽が一族、唐傘六郎古骨[からかさろくろうふるほね]下駄政季[げたのまさすえ]足駄高介[あしだのたかすけ]声々に 「引王丸が当[とう]の仇[かたき]まったり三介を討ち取れ」と呼ばはれば天狗の面八、「高慢の鼻高ァ、▼起きァがれこぼし、そりゃァねへぴいぴいかざぐるま、がらがらがら」と打ち笑ひ、竹馬に打ち乗り、三介つづけと城中さして引き退く、
再び乗出[のりいだ]す大将、ふんどし越中太紐有[ふんどしえっちゅうだひもあり]と名乗り、替え縅[おどし]の大鎧、▼しみ付き毛の駒に股鞍[またぐら]置いてひらりと打ち乗り、有切[ありぎれ]と名づけたる三尺あまりの太刀、真っ向にひらめかし、群がる敵へ切って入る、その勢ひ凄まじく、敢へて寄りつく者なし、この時、勝手二階より天徳寺入道なむさん坊、▼腐帷子[くされかたびら]に身を固め、▼垢月毛[あかつきげ]の駒に▼貧覆輪[ひんぷくりん]の鞍おいて、▼紙張[しちょう]の幌[ほろ]をざっくとかけて、寒中しのぎに鍛へたる▼借銭貫目[しゃくせんかんめ]の貧棒[びんぼう]、火の車のごとく振り回し、ふんどし越中太と渡り合ふ、互ひに勝負を決せんと、鎬[しのぎ]を削りて闘ひしが、天徳寺の打つ棒に越中いかにしたりけん、遂に入道に破られ、敢へなく爰[ここ]に討ち死にす、是を見るより越中太が▼宿[やど]の妻、▼緋縮緬の湯文字の方[ひぢりめんのゆもじのかた]、▼年は二八の白刃の長刀[なぎなた]小脇に掻込[かいこ]み、 「夫のかたき、逃さじ」と呼ばはれば、天徳寺ふはりと飛退[とびの]き、ごそごそごそと打ち笑ひ、「小癪[こしゃく]な湯文字の方、夫婦もろとも、この世に暇[いとま]とらせん」と打ってかかれば丁[ちょう]と受け、上段下段秘術を尽して闘ひける、 敵も味方も入り乱れ、陣鉦[じんがね]太鼓、鯨波[ときのこえ] どっと吹き来る神風に、ことなる神体[しんたい]現はれ玉ひ、「我はこの家[や]の▼三防荒神[さんぼうこうじん]なり、▼夫[それ]三防とは、用心第一▼てんびん防、倹約第一▼しわん防、これを合はせて三防荒神なり、我を信ずる諸輩[ともがら]は倹約もっぱらとして、▼物の費[つい]えを厭[いと]ふべし、今、汝等[なんじら]私事[わたくし]の同士軍[どしいくさ]は倹約の利に違[たが]ふ」と神々三妙の託宣に、諸道具しなじな畏入[おそれい]りて、まま和睦に及びけり、