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化物和本草(ばけものやまとほんぞう)

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温飩げの花[うどんげのはな]
温飩げの花は三千年に一度[ひとたび]花開くと云ふ彼[か]の優曇華[うどんげ]の如く世界に稀[まれ]なるものにてはあらねど味[あぢは]ひ美なるは尠[すくな]し此花[このはな][もと]ひも川の辺[ほとり]に生じ葉は切麦[きりむぎ]の如く花鰹[はながつを]の如き花咲き胡椒[こしゃう]に似たる実を結ぶと云ふ
うどんげのはな待ち得たる曽我兄弟が科白[せりふ]は此[この]花のことなり
珍しい花でござる此[この]鉢植ゑをもってもより良き所に倹飩店[けんどんみせ]が出したい

▼温飩げの花…数千年に一度だけ花をひらくという「優曇華」(うどんげ)の花の地口。
▼ひも川…「ひもかわうどん」と「川」の洒落。
▼切麦…うどんや冷麦のような小麦でつくった麺のこと。
▼花鰹…うすくけずったかつおぶし。
▼曽我兄弟…曽我五郎と曽我十郎の兄弟。父親のかたき工藤祐経(くどうすけつね)を討ったことで有名。かたきに巡り遭うのが大変な事を、目の前にブチ当たる確率が非常に低いという意味で「盲亀の浮木、優曇華の花」と表現する所からの引きごと。
▼倹飩店…町なかでうどんやそばを売っていた簡単な食べ物屋。

四四しんちうの鼠[しししんちうのねづみ]
一名ねづみ屋張り
田鼠[でんそ]は化[け]して鶉[うづら]となり[この]真鍮[しんちう]の鼠[ねづみ][け]してとなる時は老[おい]を養ひ釣鐘[つりがね]と変じ金仏[かなぶつ]と化[け]する時は菩提[ぼだい]の為ともなる常に煙草[たばこ]の葉を餌食[ゑじき]とし口より煙[けぶり]を吐く独居[ひとりゐ]の徒然[つれづれ]を慰め旅路[たびぢ]の憂[うさ]を晴し客の持成[もてなし]ともなる能[のう]あって甚敷[はなはだし]き毒は無き鼠なりしんちうしんちうと鳴く声四四十六づつ鳴くゆへ四四しんちうの鼠と号[なづ]
[も][この]鼠の脂[やに]の毒に中[あた]り酔[ゑい]たる時は砂糖湯[さとうゆ]を飲むべし忽[たちま]ち治す又蛇に刺されたるとき此[この]鼠の脂[やに]を付くれば其[その]毒を去る蝮[まむし]に刺されたるにもよし之[これ]きっとした書物に出[いで]て確[たしか]なれば人の為に茲[ここ]に記[しる]
鉄鼠[てっそ]と云ふは聞いたが真鍮の鼠とははて珍しい
「鉄ではござらぬしんちうしんちうしんちうしんちう
「はて変はった鼠じゃ

▼「獅子身中の虫」と煙管の金具に使われる金属「真鍮」の地口。「獅子身中の虫」から二体もデザインおばけを造り出している事になります。こちらは画面で、『伽羅先代萩』などに出て来る鼠に化ける術を持った悪玉の仁木弾正(にっきだんじょう)を打ち据える善玉の荒獅子男之助(あらじしおとこのすけ)のような武士が描かれていて、「獅子」とのかけことばをうかがわせています。
▼鼠屋張り…鼠屋は人形町にあった芝居の小道具を造っていた店。「張り」は煙管の造りを示すときに使われる言葉尻。
▼田鼠は…『礼記』にある「田鼠化鶉為」という古い大陸の季節の表現をひいたもの。あるものが意外なものに変化するということ。
▼飴…唐人飴売りが吹いていたラッパが真鍮製というところから。
▼金仏…金属でつくられた仏像。
▼しんちう…「真鍮」とねずみの「ちゅう」という鳴声の地口。
▼此鼠の脂…煙草のやに。以下の薬効の説はみんな煙草のやにを使ったもの。『大和本草』などには「蛇ニタバコノヤニヲツクレバ忽色カハリテ死ス」と出ています。
▼きっとした書物…かたい本。
▼鉄鼠…頼豪阿闍梨(らいごうあじゃり)が比叡山への怨みから断食をして変化したという鼠の怪物。

金のなる木[かねのなるき]
金のなる木は世の中に絶へて無きもののやうに思へども然[さ]にあらず皆[みな]人々[にんにん]の家々[いへいへ]に在[あり]て其[その]種を所持すれども稼業に怠[おこた]り勤むること疎[おろそ]かなるがゆへに身代[しんだい]の地面荒地となり資本[もとで]の畠[はたけ]こやしすげなく種を蒔[まき]ても花咲き実ることなし大いなる富貴[ふうき]は天にあれども小なる富貴は勤むるにありそれぞれの生業[すぎわひ]に怠[おこたら]ざる時は豈[あに]金のなる木なからんや金のなる木は如何[いか]なるものぞと云ふに先[ま]づ商人[あきびと]の家の金のなる木は花は心の臓の形の如く葉は符帳紙[ふてうがみ]の如く実は算盤[そろばん]の珠の如し職人の金のなる木は花は鉋屑[かんなくず]の如く葉は鏝[こて]に似たり鑿[のみ]の如き実を結ぶ百姓の金のなる木は花は早乙女[さうとめ]の笠の如く葉は鋤鍬[すきくは]にして五穀の実りあり武士[さむらい]の金のなる木は花は[まと]の如く葉は木刀の如く矢の如く鉄砲玉のやうなる実を結ぶ士農工商みなそれぞれに稼業の田畠[たはた]に耕して金のなる木を蓄[たくは]へ玉へ合点[がてん]か合点[がてん]か是程[これほど]の道理は三ッ子でも知ることなれども言われてみねば怠[おこた]りあり吾が講釈を笑ふひとあらば笑ひ玉へ
御共[ごども]静かにして御講釈を聞け
成程[なるほど]ごもっとも長講釈[ながかうしゃく]金のなる木は我々が家にござる

▼金のなる木…木の葉や実のかわりに小判や銀貨が枝になるというふしぎな木。欲しい時にスッとお金を出してくれるひとをこのように呼んだりもしますが、ここでは堅実に自分の稼業に勤める事こそが真の金のなる木じゃ、と真面目に説いています。
▼身代…財産。
▼すげなく…かんばしくない。
▼富貴…おかねもち。
▼生業…しごと。
▼心の臓の形…秤に使う分銅を示しています。
▼符帳紙…帳簿。
▼早乙女の笠…田植のときに女性たちがかぶる飾りなどをつけた笠。
▼五穀…こめ、むぎ、ひえ、あわ、まめ。
▼的…弓のまと。
▼三ッ子…三歳の子供。幼児でもという意味。
▼御共…みなの衆。

利欲の鳥[りよくのとり]
利欲の鳥は不義の富を願い常に浮かべる雲の上に舞ひ遊び頭[かしら]ふたつあって二心[ふたごころ]あり偽りのみ多く人を惑わす鳥なり此[この]鳥は此[この]娑婆[しゃば]にあって慈悲善根[じひぜんごん]の心いささかも無く我身[わがみ]に徳のつくことあれば人の難儀に及ぶことを弁[わきま]へず不義不仁[ふぎふじん]の金銀を貪[むさぼ]り貯め一生を有財餓鬼[うざいがき]火宅[くはたく]に苦しみたる事を知らぬ強欲のひと死して後[のち]その魂魄[こんぱく]高利の地獄へ堕[お]ち此[この]鳥と化[け]して中有[ちうう]に迷ひ苦しむなり人たるもの恐れ慎むべし此[この]鳥にならぬやうに心掛け玉へ
「はて珍しい鳥が飛ぶぞへ
「はて珍しい鳥じゃ捕まへて見世物に出したら十二文の茶代はおさへたものじゃと云ふが則[すなは]ち利欲の鳥なり

▼利欲の鳥…翼を一枚ずつ持っていて二羽が一緒になると飛べるという「比翼鳥」と「利欲」の地口。同じ趣向のものは後に曲亭馬琴の『夢想兵衛胡蝶物語』(1809)にも登場します。
▼二心…おもてうらがある。
▼有財餓鬼…おかねに対する執着心が大きすぎるひとを餓鬼にたとえたもの。本来は何かしらのきっかけがあれば食べ物を口にする事が出来る責苦を受けている餓鬼たちを示す言葉でおかねは関係ない。
▼火宅…欲にまみれて苦しむ世界。
▼魂魄…たましい。
▼高利の地獄…「高利」と「氷」の地口。
▼中有…ゆうれいがウロウロしてる区域。

奴のひぼし[やっこのひぼし]
人はとかく異なるものを尊[たっと]み日用のものを卑[いやし]む都のひと麦飯を尊[たっと]み米の飯を珍しがらぬ類[たぐ]ひなり然[され]中昔[なかむかし]異国の珎物[ちんぶつ]を好むひとあっておらんだ人の尻を洗ふ壺へ花を活[いけ]て楽しみしを長崎のひと看[み]て笑ひしと云ふ話もあり茲[ここ]に唐土[もろこし]を去る事万八里ひがしの海中[かいちう]春風紙鳶国[しゅんぷうしゑんこく]と云ふ国あり昔この国へ奴凧[やっこだこ]の糸切れて飛び風に順[したがっ]て此国[このくに]へ落ちたれば此国のひと奴のひぼしなりとて珍しがり遂[つゐ]に大王[だいわう]へ献上したる由[よし]異国の珎物[ちんぶつ]に千金を費[ついや]すひとまた斯様[かやう]の間違いあるべし日用の品こそ尊[とうと]けれ
尾篭[びろう]ながらわたくしの宅の雪隠[せつゐん]のわき梅の木の枝に掛かっておりました
「あまり珍しきものゆへ大王[だいわう]へ献上仕[つかまつ]ります
[む]まれてからはじめて見ました

▼中昔…すこしむかしのこと。
▼尻を洗ふ壺…便所で使う洗い水を入れて置く壺。ここではこれを花瓶と思ったというおかしみがつづられていますが、茶器として有名な焼物にも本来は海外のただの日用品だったものがある事を考えるとソウオ笑イ草デモナイ。
▼万八里…18000里。うそつきの呼び名のひとつ「万八」から。
▼海中…海のまんなか、島ということ。
▼春風紙鳶国…おしょうがつたこそよよの国。もちろん架空の異国。
▼奴凧…やっこさんの形をした凧。これをやっこさんが乾燥しきってぺらぺらになったものと見間違えたという趣向。
▼尾篭…きたない。
▼雪隠…お便所。
▼生まれてから…画面では奴凧を人民から献上された大王様がたがこのようなお言葉をたれています。

疳積の虫[かんしゃくのむし]
疳積の虫は額[ひたい]に筋[すじ]多くしゃきばりたる虫なり多分は大酒[おほざけ]を好み擂鉢[すりばち]擂粉木[すりこぎ]皿鉢[さらはち]を打割[うちわっ]て喰[くら]ふ其昔[そのかみ]気侭[きまま]の国気随[きずい]村に[この]虫多く生ず悠々寺の閑々和尚[くわんくわんおしゃう]囲炉裏[ゆるり]鑵子[くわんす]のぬるま湯を掛けて気を長く加持[かぢ]したまい此[この]虫を済度[さいど]し玉ふ人たるもの此[この]虫に憑かれる時は遂に身を滅ぼすなり気侭気随を慎み此[この]虫を近づけべからず
修羅道[しゅらどう]の苦しみをたすかれたすかれ

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▼しゃきばり…ピクピクする。
▼鑵子…湯わかし。
▼済度…成仏させてあげる。
▼気侭の国気随村…「気侭」も「気随」もどちらも「思うまま」にという意味。
▼修羅道…争いごとを好むものが転生するという世界。毎日阿修羅たちが合戦を繰り広げていると言います。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい