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化物和本草(ばけものやまとほんぞう)

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六足の駕[ろくそくのかご]
俗に三枚と云ふ
古戦場鐘懸松[こせんじゃうかねかけまつ]に博物志[はくぶつし]を引[ひい]て曰[いはく]三ン足[ぞく]の蛙[かはづ]よく仇[あだ]を伏[ぶく]三ン足[ぞく]の五徳[ごとく]よく薬缶[やくわん]を載すと詳[つまびら]かに載せたれど六足の駕[かご]は未[いま]だ見ざるところなり至って足の早きものにて恰[あたか]も宙を飛ぶが如く昼は出[いで]ず夜になると暗闇[くらやみ]に隠れ居てヘイかごヘイかごと鳴く常に酒料[さかて]を餌食[ゑじき]とす

▼三枚…かごかきを三人つけて運ばせる駕篭の乗り方。
▼古戦場鐘懸松…『古戦場鐘懸の松』(1761)この浄瑠璃の文句に「数万の蛙挑み争ふ」と蛙合戦の様子が出て来て、それを和漢の故事をひいて説く場面があることから。
▼三ン足の蛙…三本足のがまがえる。仙人などがよく連れています。画面では六足の駕の顔にかえるが使われています。後ちに『這奇的見勢物語』(1801)では蛙の顔を抜きにしたデザインでこの六足の駕を再登場させています。
▼三ン足の五徳…やかんや鍋をのせる五徳。
▼かごかご…「だんな、駕篭はいかがですか」の呼び声。
▼酒料…かごかきにあげるこころづけ。

蜜人とりのみいら[みいらとりのみいら]
ひとの倅[せがれ]不所存にて遊興に耽[ふけ]り数日[すじつ]家に帰らず父母嘆[なげ]きにせまり懇意のひとを頼み御苦労にては候[そうら]へども貴様教訓なされて何卒[なにとぞ][せがれ]を家に連れ帰り下さるべしと頼まれ則[すなは]遊興の地に行きて彼[か]の倅[せがれ]に会い連れ帰らんと教訓を用ゆるとき彼[か]の倅[せがれ]の云へるは随分貴公様[きこうさま]の御異見に随ひ速[すみや]かに帰り申[もうす]べし然[さ]りながら先[ま]御酒[ごしゅ]一盞[いっさん]召上[めしあが]って下されと進められ下地[したぢ]は好きなり一盃のみ二盃のみ遂には其[その][せがれ]と倶[とも]に不行跡を為[な]し両人ともに家に帰るを忘る之[これ]を号[なづ]けて蜜人[みいら]とりのみいらになるとは申[もうす]なり之[これ]甚だひとの子たるものには毒薬なり
このみいらは随分おりをみやわせ度々[たびたび]異見でおろし砕末[さいまつ]して用ひずば薬にはなるまい

▼遊興の地…遊里。よしわら。
▼御酒一盞…どうぞ一杯飲んでくだされ。
▼下地…ほんとのところは。
▼蜜人とりのみいら…「みいら取りがみいらになる」ということわざに出て来る「ミイラ」になった人を採り上げたもの。画面ではガラスびんの中に、吉原へ居続けになっちゃったせがれと意見人が描かれています。
▼毒薬…「ミイラ」が薬として使われていた事を受けたもの。『大和本草』にはいろいろな病気や傷への処方が記されています。
▼おりをみやわせ…ときどき、おりを見て。
▼異見でおろし…「意見」と「薬研」(やげん)の地口。ガミガミ意見でせめたてなければならぬョということ。

うその皮[うそのかは]
うそと云ふ獣[けだもの]は形むささびの如く目から鼻へ抜出[ぬけで]通力[つうりき]を得てひとを惑はすものなり面皮[つらのかは]至って厚く舌は二枚あって下腹[したっぱら]には毛の無き獣[けだもの]にて其昔[そのかみ]めっぽう弥八まんざらの万八と云ふ両人[ふたり]の狩人[かりうど]空鉄砲[からでっぽう]を放して撃留[うちとめ]たりと云ふ又一名をすっぱの皮とも云ふ財布に造りたるをすっぱの皮の革財布と云ふなり
しめこのうさぎをつい逃がしたから此獣[このけだもの]せしめうるしにしてこまそふ
物前[ものまへ]になると此[この]尻尾[しっぽ]を出[いだ]して人に見らるるなり

▼うそ…うそっぱちという意味で使われていた「嘘の皮」という言葉からつくった獣。
▼目から鼻へ抜出る…脳の回転のいいひと。調子のいいひと。
▼舌は二枚…うそつきの特徴。
▼すっぱの皮…詐欺師のこと。
▼空鉄砲…銃弾を込めずに撃つ鉄砲。
▼しめこのうさぎ…わなにはまったうさぎ。
▼せしめうるし…上等なうるしの呼び名「せしめ漆」と「せしめる」の地口。
▼物前…盆と暮れ。昔の集金の期日。
▼尻尾を出して…「アイツは詐欺だった」とだまされてた人がわかるということ。

両頭の筆[りゃうとうのふで]
両頭の筆は常に詩人[しじん]歌人[うたよみ]俳諧師の懐[ふところ]に隠れ住み花のとき月のころは多く現はれ出[い]で色紙短冊を取喰[とりくら]又ひとの扇[あふぎ]などを見ると濫[みだ]りに取喰[とりくら]ふなり
ひうどろどろどろどろ
[これ]は不思議なこと
あれあれ両頭の筆が硯[すずり]の海から天上[てんじゃう]します

▼両頭の筆…画面では軸の両端に目の玉のついた穂がある筆が描かれています。左右に竜頭が置かれた形の筆立からの連想か。
▼花のとき月のころ…はるのお花見、あきのお月見。
▼取喰ふ…にわかな文人墨客が色紙や短冊を書きつぶす様子を茶化したもの。
▼天上します…竜などが湖や山などから天にのぼること。

手の長き猿[てのながきさる]
猿猴[ゑんかう]猿は水の月を捉[とら]んとし此[この]手長猿は財布の金を盗[とら]んとす鳴く声ぶっぽうそうと云ふ鳥に似て此[この]街道はぶっそうぶっそうと鳴く
[みやこ]山崎の山中に住む其昔[そのかみ]早野勘平[はやのかんぺい]と云ふ狩人[かりうど]鉄砲にて仕留[しとめ]たり
さてさて手長い猿じゃ手長いのやすたり三十八文と来ている

▼猿猴…牧谿の「猿猴図」などで知られる手の長いお猿で、水に映った月をとろうと手を延ばしている姿は「猿猴捉月」という漢画の画題として有名です。
▼ぶっぽうそう…山にすむ鳥の一種で、鳴き声を「仏法僧」と言いならわしています。
▼ぶっそう…物騒。
▼山崎…忠臣蔵の五段目に出て来る山崎街道。画面はすべてこの山崎街道の場面に趣向をとっていて、手の長い猿は斧定九郎、それに襲われて財布を盗られそうになっている親爺は与市兵衛のしぐさをモトにしています。
▼早野勘平…忠臣蔵の登場人物。与市兵衛を殺して財布をうばった定九郎を鉄砲で撃つのですが、自分が殺してしまったのは義父の与市兵衛だと勘違いをして切腹してしまいます。

山の神の角[やまのかみのつの]
山の神の角と云ふは人の女房に生へる角なり凡夫[ぼんぶ]の眼[まなこ]には見へねども恐ろしき角なり之[これ][みな]心の鬼の所為[しょゐ]にて悋気嫉妬[りんきしっと]の甚[はなはだ]しきが募って斯様[かやう]の角を生やす恐るべし慎むべし

三足の猫足[さんぞくのねこあし]
三足の猫足は常は芝居に住み月見[つきみ]忘年[としわすれ]などの座敷へ折々[おりおり][いづ]るなり鳴く声面白くしのぶいらしゃんせんかいにゃあにゃあと鳴く

頭の黒鼠[あたまのくろいねづみ]
頭の黒鼠あしかと云ふ獣[けもの]にて昼は居眠りばかり為[な]し夜になると目を皿の如くにして現わるるしっぽこなどを掻探[かきさが]し鰈[かれい]の骨なぞをしゃぶり種々[いろいろ]食物[しょくもつ]を荒らすまた夜更[よふけ]に三味線を齧[かぢ]るなり

▼山の神の角、三足の猫足、頭の黒鼠の三体は、画面で「とんだ霊宝」(お寺の霊宝開帳の興行の形式をとって、こじつけの細工物を見せていたもの)の風景を描いています。
▼凡夫…ふつうのひと。
▼心の鬼…ひとを疑うこころの中に生じるという鬼。
▼悋気嫉妬…やきもち。
▼芝居…三足の猫足は、常磐津に使われる見台の足(俗に蛸足と呼ばれていて、くるりんとまるまっています)を猫の足とみたもの。常磐津は歌舞伎の音曲のひとつ。
▼しのぶいらしゃんせんかいにゃあ…常磐津の『垣衣恋写絵』(1775)に出て来るしのぶ草売りの呼び声を猫っポクしたもの。
▼頭の黒鼠…店から金品をちょろまかしたりする使用人のこと。給料どうぼう。
▼あしか…居眠りばっかりしているひとのことをこう呼びます。
▼しっぽこ…しっぽく料理。長崎を経由して伝わったちょっと高額なお食事。
▼食物を荒らす…遊郭のお座敷で出た料理をガツガツ食べる様子。

徒然[つれづれ]なるままにひぐらし文案[ふづくゑ]に向[むか]ひ。擂粉木[すりこぎ]に羽根の生へたる。鳥羽僧正[とばそうじゃう]の絵巻物。見越入道[みこしにうどう]縞の布子[ぬのこ]着たる赤本[あかぼん]の戯画[たはれゑ]などそこはかとなく繰り広げみれば。心にうつりゆくもの皆[みな]化物[ばけもの]にあらざる事なし。薬缶[やくわん]天狗に似て。壁の飛沫[しぶき]は幽霊と疑ふ。然[しか]はあれど。怪しきを見て怪しまざれば怪しきもなし。と云へる古語[こご]を思へば皆[みな]我意[わがこころ]の迷ひなり。ただ人の心の妖怪[ようぐわい]ほど恐ろしきは無し。皆[みな]の子供衆[こどもしゅ]とかく心の化物[ばけもの]を退治すべし合点[がてん]か合点[がてん]

千秋万歳   京伝戯作 画工可候

▼徒然なるままに…兼好法師の『徒然草』の序の文章を下敷きにしたもの。
▼擂粉木に羽根…鳥羽絵に描かれている擂木に羽のはえたもの。
(参照→和漢百魅缶「れんぎどり」)
▼鳥羽僧正…鳥羽絵の始祖とされている平安時代の天台僧。『鳥獣戯画』などの作者だと言われています。擂木な鳥が鳥羽絵の画題として描かれていることからの登場。
▼見越入道…絵草紙や狩野家の絵に描かれているおばけ。
(参照→和漢百魅缶「みこしにゅうどう」)
▼縞の布子…桜川慈悲成の『変化物春遊』(1793)南杣笑楚満人の『化物大閉口』(1797)など、絵草紙に出て来る見越入道が決まって着ている太い縞模様や格子縞が入った着物。
▼赤本…子供向けの絵草紙。
▼天狗に似て…やかんの口を鼻とみたもの。
▼千秋万歳…「めでたしめでたしめでたし」同様、絵草紙の最後に書かれる事のある縁起のいい字句。画面では坂田金平が達磨大師のように払子と刀をたずさえて椅子に座ってムスッとしている様子が描かれています。

京伝見世[みせ]各々様[おのおのさま]御贔屓[ごひゐき]あつく日に増し繁昌仕[つかまつ]り有難く奉存候[ぞんじたてまつりそろ]裂地[きれぢ]紙煙草入[かみたばこいれ]御鼻紙袋[おはながみぶくろ][るい]御煙管[きせる]当年は別[わけ]て珍しき新型出来申候[もうしそろ]御求[おんもとめ]可被下候[くださるべくそろ]

▼京伝見世…銀座一丁目にあった京伝の店。煙草入れなどが主な商品。
▼紙煙草入…紙を素材に造ってある煙草入れ。京伝の店の主力商品。

大道[だいどう]にて京伝作と申[もうし]売り候[そうろふ]よみうりの類一切わたくし作にては無御座候[ござなくそろ]

▼大道…路上。天下の往来で。
▼よみうり…道ばたなどで売られていた簡単な刷り物。
▼わたくし作にては…江戸の街頭でよみうり屋が「京伝の作でがす」と言って売ってるものはわたしの作物ではございませぬ、という珍しいおことわりの文言。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい