今昔画図続百鬼(こんじゃくがずぞくひゃっき)巻之上

巻之上
巻之中
巻之下

もどる

百鬼夜行題辞

曰維。覿絵事由墨画而生丹青焉。是猶由大篆而生八分自結縄而有六経也。夫書与画同厥体而倶文房之雅具也。然而古之人而画古画。不要厥雅焉自雅也。今之人而写古之画尤患其易俗焉耳。茲用世難得其善画至伝神妙者。属都下画人石燕者。著画譜三巻。命曰百鬼夜行介詮虎告余曰。願得師題言以木之燕子余雖未識其面。余与詮乕善。因諾焉。余時雖[病-丙+占]作而伏力獲寓目。乃嘆曰。美哉燕子之為枝一至此極耶奇則画驢悩僧。逸乃誤筆成牛。況此譜。其変態百体。細閲一一改観。迺覚一洗多日[病-丙+単]熱可謂得手応心至精妙者也。余素匪知絵事若六法者。雖然試以此方古之画譜云者。筆之精孔之惟肖於是知燕子之於以。芸不同庸庸人。世之精茲技輩。概見可曙焉。
 時 安永戊戌季秋日
 頑菴道人題于東都日暮里吉祥林之穿牛観

▼墨画…墨のみで描かれた絵画。すみゑ。
▼丹青…赤と青の絵の具。彩色すること。
▼大篆…統一された漢字の字体の中では一番ふるいもの。印鑑などに使用されています。
▼八分…漢字の書法のひとつ。隷書体。
▼都下…みやこのちまた。江戸の住人。
▼画譜…絵本。絵手本。
▼詮虎…屋代弘賢。幕府の祐筆役として勤めていた武士。蔵書家としても高名。
▼燕子…石燕どの。
▼詮乕…詮虎におなじ。
▼[病-丙+占]…瘧。熱病。
▼安永戊戌…安永7年(1778)
▼季秋日…あきのころ。
▼頑菴道人…未ダ詳シカラズ。
▼東都…江戸。

ももの鬼のよる行[ゆく][あり]さまふるき世よりつたへて上手どもうつしたる家々にひめをけるを人の需[もとめ]にてをろかなる筆にも写し侍[はべ]りし目に見へぬ鬼のかほをおどろおどろしく書出[かきいだし]ぬる事はじちにはいたらめど人の目おどろかす斗[ばかり]の事も有[あら]ぬべしとめづらかにけうときかたちどもをたはぶれのてに又かきこころみ侍りぬされどかかる絵たびたび書[かく]るをめで誠の鬼などのあらはれいでば何がしが龍のたつひにいかばかりおそろしかりなんとかい撫[なで]侍るを[ふみ]の林のあるじが見いでてさきのとしの一巻[ひとまき]に つがんとせちに乞[こひ]侍ればいなみがたくてこれを[のぼらせ]といふことを鳥山石燕みづから毫[ふで]を月窓[つきまど]のもとにとる

▼ももの鬼…「百鬼」のやまとことば読み。
▼上手ども…むかしの画の名手たち。
▼うつしたる…土佐家(あるいは狩野家)百鬼夜行絵巻を写したもの。
▼じちにはいたらめど…実際のものとは程とおいけれど。
▼けうときかたち…へんなかたち。
▼たはぶれの手…拙筆。
▼誠の鬼などのあらはれいでば…竜を非常に好んでいた葉公の前に竜が遊びにやって来たら葉公は恐れ慄いて倒れたという「葉公好龍」の故事を引いたもの。
▼何がし…だれそれさん。葉公のこと。
▼書の林…本屋。
▼さきのとし…昨年。
▼いなみがたくて…ことわりづらくて。
▼上る…製版をすること。

○逢魔時[あふまがとき]○鬼[をに]
○山精[さんせい]○魃[ひでりがみ]
○水虎[すいこ]○覚[さとり]
○酒顛童子[しゅてんどうじ]○橋姫[はしひめ]
○般若[はんにゃ]○寺[てら]つつき
○入内雀[にうないすずめ]○玉藻前[たまものまへ]
○長壁[おさかべ]○丑時参[うしのときまいり]

逢魔時[あふまがとき]

黄昏[たそがれ]をいふ百鬼の生ずる時なり世俗小児を外にいだす事を禁[いまし]む一説に王莽時[わうもがとき]とかけりこれは王莽前漢の代を簒[うば]ひしかど程なく後漢の代となりし故[ゆゑ]昼夜のさかひを両漢の間に比してかくいふならん

▼黄昏…夕暮れが終わる頃。日没。
▼王莽…王莽(おうもう)は前漢の時代の人物で、帝を謀殺してついには自らが皇帝の位につきましたが、劉秀によって討たれました。
▼両漢…前漢と後漢。

[おに]

世に丑寅[うしとら]の方を鬼門[きもん]といふ今鬼[おに]の形を画[ゑが]くには[かしら]に牛角[うしのつの]をいただき腰に虎皮[とらのかは]をまとふ是[これ]丑と寅との二ッを合[あは]せてこの形をなせりといへり

▼丑寅…北東の方角。
▼今鬼の形を画くには…俗に土佐光信がこの形をつくりだしたと言われていますが、原型は天竺や唐土の仏画に源流にあります。
▼虎皮…鬼の腰巻としてよく描かれています。絵巻物には鹿や豹の皮も見られます。

山精[さんせい]

もろこし安国県[あんこくけん]に山鬼[さんき]あり人の如くして一足[いっそく]なり伐木人[そまびと]のもてる塩をぬすみ石蟹[いしがに]を炙[あぶ]りくらふと永嘉記[ゑいかき]に見えたり

▼もろこし…漢土。
▼伐木人…きこり。

[ひでりがみ]

一名を旱母[かんぼ]といふもろこし剛山[がうざん]にすめりその状[かたち]人面[ひとのおもて]にして獣身[けもののみ]なり手一ッ足一ッにして走る事風の如し凡[およそ]此神[このかみ]出る時は旱[ひでり]して雨ふる事なし

▼旱母…ほかには旱神、赤魃、魃鬼などの呼び名があります。「黄帝」の娘であるという『山海経』などにある説をひいているものに主に使われている名前ですが。
▼もろこし…漢土。
▼剛山…王圻『三才図会』に書かれている魃の住所。西方にある山。

水虎[すいこ]

水虎はかたち小児[せうに]のごとし甲は[魚+綾−糸]鯉[せんざんかう]のごとく膝頭[ひざがしら]虎の爪に似たりもろこし[さんずい+束]水[そくすい]の辺[ほとり]にすみてつねに[いさご]の上に甲を曝[さら]といへり

▼水虎…書き入れはすべて『本草綱目』にある水虎の文を引いたもの。
▼小児のごとし…『本草綱目』に「三四歳小児」とあります。
▼沙の上に甲を曝す…『本草綱目』に「秋曝沙上」とあります。

[さとり]

飛騨美濃[ひだみの]の深山[しんざん][けものへん+矍][くはく]あり 山人[やまびと][よん]で覚[さとり]と名づく色黒く毛長くよく人の言[こと]をなしよく人の意[こころ]を察すあへて人の害をなさず人これを殺さんとすれば先[まづ]その意[こころ]をさとりてにげ去[さる]と云[いふ]

▼[けものへん+矍]…大陸に伝わる大きな猿のような獣。

酒顛童子[しゅてんどうじ]

大江山いく野の道に[ゆき]かふ人の財宝を掠[かすめ]とりて積[つみ]たくはふる事山のごとし輟耕録[てっこうろく]にいはゆる鬼贓[きざう]の類なりむくつけき鬼の肘[かいな]を枕としみめよき女にしゃくとらせ自[みづか]ら大盃[おほさかづき]をかたぶけて楽[たのし]めりされどわらは髪に緋の袴[はかま]きたるこそやさしき鬼の心なれ末世[まつせ]に及んで白衣[びゃくゑ]の化物[ばけもの][いづる]と聖教[せいげう]にも侍るをや

▼大江山いく野の…小式部内侍の「大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立」を引いたもの。酒呑童子
▼白衣…仏典でいう俗人のこと。

橋姫[はしひめ]

橋姫の社[やしろ]は山城の国宇治橋にあり橋姫はかほかたちいたりて醜し故に配偶なしひとりやもめなる事をうらみ人の縁辺[ゑんぺん]を妬[ねたみ]玉ふと云[いふ]

▼橋姫の社…京都の宇治にあります。
▼かほかたち…面貌。
▼配偶なし…配偶者がござらぬ。能の『鉄輪』に出て来る女は夫に捨てられた寡婦。

般若[はんにゃ]

般若は経の名にして苦海をわたる慈航[じかう]とすしかるにねためる女の鬼となりしを般若面といふ事は葵の上の謡[うたひ]六条のみやす所の怨霊行者の経を読誦[どくじゅ]するをききてあらおそろしのはんにゃ声やといへるより転じてかくは称せしにや

▼経の名…大般若経。
▼ねためる女…妬婦。
▼葵の上…『葵上』。『源氏物語』を素材にした能で、葵上(あおいのうえ)を苦しめている怨霊を横川の小聖が成仏させる筋はこび。
▼六条のみやす所の怨霊…葵上を苦しめていた六条御息所の霊。

寺つつき[てらつつき]

物部大連守屋[もののべのおおむらじもりや]は仏法をこのまず厩戸皇子[うまやどのわうじ]のためにほろぼさるその霊一ッの鳥となりて堂塔伽藍[だうとうがらん]を毀[こぼ]たんとすこれを名づけててらつつきといふとかや

▼物部守屋…きつつきに変じた話は『源平盛衰記』などにあるもので、数千万羽のきつつきに変じたとあります。
▼厩戸皇子…聖徳太子。『源平盛衰記』などにのっている話では、きつつきに化した守屋の霊を、聖徳太子が鷹に変じて退けています。
▼ほろぼさる…物部氏は仏法信仰を含め色々の点で蘇我氏と対立していて、用明天皇の2年(587)蘇我馬子らによって滅ぼされました。
▼堂塔伽藍…寺院の建物。

入内雀[にうないすずめ]

藤原実方[ふじはらのさねかた]奥州に左遷せらるその一念雀と化して大内に入り台盤所[だいばんどころ]の飯[いひ]を啄[つひばみ]しとかや是を入内雀と云[いふ]

▼藤原実方…平安時代の公家。中古三十六歌仙のひとり。長徳元年(995)宮中で口論の末に藤原行成の冠を撲り落とした様子を一条天皇に目撃され、そのかどで陸奥の国に遷されてしまいました。
▼大内…内裏。

玉藻前[たまものまへ]

瑯邪代酔[らうやたいすい]に古今事物考を引[ひき]て云[いん]の妲己[だつき]は狐の精なりと云々その精本朝にわたりて玉藻前となり帝王のおそばわけがさんとなんすべて淫声美色の人を惑す事狐狸[きつねたぬき]よりもはなはだし

▼商…殷。
▼本朝…大和朝廷。日本のこと。
▼玉藻前…お伽草子の『玉藻草子』などがそのお話の古い例。
▼淫声美色…妖しい歌声や美しい容色。狐狸が化けたのより遊女などのほうが怖いョという話。

長壁[おさかべ]

長壁は古城[こぜう]にすむ妖怪なり姫路におさかべ赤手拭とは童[わらんべ]もよくしる所なり

▼姫路…姫路城の天守閣には「おさかべひめ」という妖怪がある、という事は。

丑時参[うしのときまいり]

丑時[うしのとき]まいりは胸に一つの鏡をかくし頭[かしら]三つの燭[ともしび]を点じ丑三つの比[ころ]神社にまうでて[すぎ]の梢[こずへ]に釘うつとかやはかなき女の嫉妬より起りて人を失[うしな]ひ身をうしなふ人を呪咀[のろは]ば穴二つほれとはよき近き譬[たとへ] ならん

つぎへ

▼三ッの燭…五徳を頭につけそれぞれの脚に火をともす形は、能の『鉄輪』にも見られる姿。
▼人を呪咀ば穴二つほれ …ひとに呪いをかける時はその分おなじ報いを受けるということ。「呪咀」は「呪詛」。