○▼鵺[ぬへ]○以津真天[いつまで]
○邪魅[じゃみ]○魍魎[もうりゃう]
○貉[むじな]○野衾[のぶすま]
○野槌[のづち]○土蜘蛛[つちぐも]
○比々[ひひ]○震々[ぶるぶる]
○百々目鬼[どどめき]○天井下[てんじゃうくだ]り
○骸骨[がいこつ]○大首[おおくび]
○大禿[おほかぶろ]○金霊[かねだま]
○百々爺[ももんぢい]○▼天[あま]の邪[じゃ]こ
○日の出
▼鵺…本文では[空+鳥]の字という点に注意。
▼天の邪こ…「あまのざこ」との文字表記の違いに注意。
[空+鳥][ぬえ]
[空+鳥][ぬえ]は深山[しんざん]にすめる化鳥[けてう]なり▼源三位頼政[げんさんみよりまさ]頭は猿[さる]足手は虎[とら]尾は▼くちなはのごとき異物[いぶつ]を射おとせしになく声の▼[空+鳥][ぬえ]に似たればとてぬえと▼名づけしならん
▼源三位頼政…源頼政。御所の上空に出た怪鳥を射落としたことは『平家物語』や『源平盛衰記』にあるもの。
▼くちなは…蛇。『源平盛衰記』では尾は狐。
▼[空+鳥]…「ぬえ」は「とらつぐみ」など夜中に鳴く鳥たちの事をさしてた言葉で、その声は気味の悪いものとされていました。
▼名づけしならん…能や浄瑠璃で「ぬえ」という呼び名が使われていた事に対する意見。
以津真天[いつまで]
▼広有[ひろあり]▼いつまでいつまでと鳴[なき]し怪鳥[けてう]を射し事太平記に委[くは]し
▼広有…隠岐広有。御所の上空に出た怪鳥を射落としたことは『太平記』などにあるもの。
▼いつまでいつまで…『太平記』でも「いつまでいつまでとぞ鳴ける」とか「其声響雲驚眠」とかその鳴き声が書かれてます。
邪魅[じゃみ]
▼邪魅は▼魑魅[ちみ]の類[たぐひ]なり妖邪の悪気[あくき]なるべし
▼邪魅…ひとに悪事をなすもの。
(参照→和漢百魅缶「
じゃみ」)
▼魑魅…山にすむ、虎のような姿のもの。
(参照→和漢百魅缶「
ちみ」)
魍魎[もうりゃう]
形三歳の小児[せうに]の如し色は赤[あかく]黒し目赤く耳長く髪うるはしこのんで亡者の肝を食[くら]ふと云[いふ]
▼魍魎…木石、あるいは水の怪といわれているもの。書き入れは『淮南子』にある「状如三歳小児 赤黒色 赤目 長耳 美髪」をそのまま引いたもの。(参照→和漢百魅缶「
もうりょう」)
貉[むじな]
貉の化[ばく]る事▼をさをさ▼狐狸[きつねたぬき]におとらずある辻堂に▼年ふるむじな僧とばけて▼六時の勤[つとめ]おこたらざりしが食後の▼一睡[いっすい]にわれを忘れて尾を出[いだ]せり
▼をさをさ…まったく。
▼狐狸におとらず…狸と貉は土地によって(佐渡など)同じものと見られていて、数々の化け術や神通力で人間を驚かしたりしています。
▼年ふる…年月を経た。
▼六時の勤…いちにちのおつとめ。
▼一睡…腹の皮つっぱると目の皮たるむ。
野衾[のぶすま]
野衾は[鼠+吾][むささび]の事なり形[かたち]蝙蝠[かうもり]に似て毛[け]生ひて翅[つばさ]も即[すなはち]肉なり四の足あれども短く爪長くして木[こ]の実[み]をも喰[くら]ひ又は▼火焔[くはゑん]をもくへり
▼火焔をもくへり…火を食べる事は『本草綱目』にある「食火烟」を引いたもので、ここに書かれているのは全て「むささび」の生態。
野槌[のづち]
▼野槌は草木[さうもく]の霊をいふ又[また]▼沙石集に見えたる野づちといへるものは目も鼻もなき物也といへり
▼野槌…野椎、野霊とも。おおきな蛇のようなもの。(参照→和漢百魅缶「
のづち」)
▼沙石集…学僧の霊が、死後に手足目鼻がなく、口しかない野槌という畜類になってしまった話が載っています。
土蜘蛛[つちぐも]
▼源頼光[みなもとのよりみつ]土蜘蛛を退治し給[たま]ひし事[こと]児女[じぢょ]のしる所也
▼源頼光…平安時代の武士。土蜘蛛を退治したことは能や浄瑠璃や歌舞伎を通じて多くの人に知られていました。
比々[ひひ]
ひひは山中[さんちう]にすむ獣[けもの]にして猛獣をとりくらふ事鷹[たか]の小鳥をとるがごとしといへり
百々目鬼[どどめき]
▼函関外史[かんくわんぐはいしに]云[いはく]ある女生[うま]れて▼手長くしてつねに人の銭をぬすむ忽[たちまち]腕に百鳥の目を生ず是[これ]▼鳥目[てうもく]の精也[なり]名づけて百々目鬼と云[いふ]外史は函関以外[はこねからさき]の事をしるせる奇書[きしょ]也[なり]一説にどどめきは▼東都[とうと]の地名ともいふ
▼函関外史…実際にある書物なのかは不詳。
▼手長くして…手が人より長い者は手くせが悪いという俗信から。
▼鳥目…銭の異名。おちょうもく。
▼東都…江戸。
震々[ぶるぶる]
ぶるぶる又▼ぞぞ神とも▼臆病神[おくべうがみ]ともいふ人おそるる事あれば身[み]戦栗[せんりつ]してぞっとする事ありこれ此神[このかみ]の▼ゑりもとにつきし也[なり]
▼ぞぞ神…怖いときに立つ「ぞぞ髪」を引いて臆病神と混ぜたものか。
▼臆病神…ひとを怖気づかせると言われていたもの。ビクビクする事を「臆病神に憑かれる」と言われていました。
▼ゑりもと…襟元。
骸骨[がいこつ]
▼慶運法師[けいうんほうし]骸骨の絵賛にかへし見よおのが心はなに物ぞけふを見声をきくにつけても
▼慶運法師…南北朝のころの僧侶。祇園別当などを勤めていました。
天井下[てんじゃうくだり]
むかし▼茨木童子[いばらきどうじ]は▼綱[つな]が伯母[おば]と化[け]して破風[はふ]をやぶりて出[いで]今この妖怪は▼美人[びじん]にあらずして天井より落[おつ]世俗の諺[ことはざ]に▼天井見せるといふはかかるおそろしきめを見する事にや
▼茨木童子…平安京に出た鬼のひとり。
▼綱…渡辺綱に腕を斬られたとき、綱の伯母上に化けて家に入り、まんまと腕を取り戻し、屋根の破風から逃げたという。
▼美人にあらずして天井より落…僧正遍照の「あまつかぜ雲のかよひぢ吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ」にあるような天上から降りて来た天女を引いて天井と掛けたもの。
▼天井見せる…「天井みせる(みせた)」は「苦しめる」あるいは「へこませる」という意味の流行り言葉。「ぶち倒す」というところから。
大禿[おほかぶろ]
伝へ聞[きく]▼彭祖[ほうそ]は七百余歳にして猶[なほ]慈童[じどう]と称す是▼大禿[おほかぶろ]にあらずや日本にても▼那智高野には▼頭[かうべ]禿[かぶろ]に歯[は]豁[あばら]なる大禿[おほかぶろ]ありと云[いふ]しからば男禿[おとこかぶろ]ならんか
▼彭祖…大菊の甘水を吸って若い姿のまま長寿をほこったという仙人。『神仙伝』には「七百六十七歳而不衰老」と書かれています。
▼大禿…彭祖が「菊慈童」と呼ばれたことを引いて、子供の髪型「かぶろ」を匂わせたもの。
▼那智高野…那智山や高野山の寺院で。
▼頭禿に歯豁…はげで歯っ欠け。頭がはげで歯がぼろぼろな爺のことを示す「頭童歯豁」を引いたもの。
大首[おほくび]
大凡[おほよそ]物の大[おほひ]なるもの皆おそるべしいはんや▼雨夜[あまよ]の星明[ほしあか]りに▼鉄漿[かね]くろぐろとつけたる女の首おそろしなんともおろか也[なり]
▼雨夜の星明り…「真っ暗い中で見えない」という意味のことば。ここでは「星明り」に当たる光るものが「おはぐろ」なので黒い中に真っ黒。
▼鉄漿…おはぐろ。
百々爺[ももんぢい]
▼百々爺[ももんぢい]未詳[つまびらかならず]愚[ぐ]▼按ずるに▼山東[さんとう]に▼摸捫窩[ももんぐは]と称するもの一名▼野襖[のぶすま]ともいふとぞ▼京師[けいし]の人小児をいましめて啼[なき]を止[とど]むるに元興寺[がごぢ]といふももんぐわとがごじとふたつのものを合せてももんぢいといふ歟[か]原野[げんや]夜ふけて▼ゆききたえきりとぢ風すごきとき老夫[らうふ]と化[け]して出て遊ぶ行旅[こうりょ]の人これに遭へばかならず病むといへり
▼百々爺…「ももんがぁ」などと同様におばけなどを示すことばで「百々爺」というのはあて字。毛もじゃなものをさす語としてもよく使われています。
▼按ずるに…考えてみるに。
▼山東…関東の地。
▼摸捫窩…「ももんが」で、おばけを示すことば。「百々爺」同様にあて字。漢字があてはめられているのはこの「百々爺」の書き入れの前半が漢文調の文だからです。地名もまた漢文調。
▼野襖…「むささび」や「ももんが」のこと。
▼京師…京のみやこ。
▼ゆききたえ…往来絶えて。
金霊[かねだま]
金だまは金気[きんき]也[なり]唐詩[とうし]に▼不貪夜識金銀気[むさぼらずしてよるきんぎんのきをしる]といへり又[また]論語にも▼富貴在天[ふうきてんにあり]と見えたり人[ひと]善事[ぜんじ]をなせば天より福をあたふる事必然の理[り]也[なり]
▼不貪夜識金銀気…杜甫の「題張氏隠居」を引いたもの。山に隠棲した張どのは経済と無縁になったからこそ逆に金銀の精の気配を知れるようになったでしょう、というもの。
▼富貴在天…金運というのは天の配剤だよということ。『論語』を引いたもの。
天逆毎[あまのざこ]
或書云
素盞烏尊猛気満
レ胸
吐為
二一神
一人身獣首鼻高耳長
雖
二大力神
一懸
レ鼻
走
二千里
一
雖
二強堅刀
一噛砕作
二段々
一
名
二天逆毎姫
一服
二天之逆気
一
独身而生
レ児名
二天魔雄神
一
云々
▼或書[あるしょ]に曰[いは]く▼素盞烏尊[すさのおのみこと]猛気胸に満ち吐[はき]て一[ひとつ]の▼神を為[な]す人身獣首鼻高く耳長し大力の神と雖[いへど]も鼻に懸[かけ]て千里を走り強堅の刀と雖[いへど]も噛み砕[くだき]て▼段々と
作[な]す天逆毎姫[あまのざこひめ]と名[なづく]天之逆気を▼服し独身にして児[こ]を生む天魔雄[あまのさく]神と名[なづく]と云々
▼摸捫窩主人 賛
▼或書…『古事記』や『日本書紀』には出て来ず、『先代旧事本紀大成経』などに出て来ます。
▼素盞烏尊…いざなぎから生まれた神様のひとりで、嵐のかみさま。「やまたのおろち」を退治した事などで有名。
▼神を為す…かみさまをうんだ。
▼段々…ばらばら。
▼服し…のみこんで。
▼摸捫窩主人…「摸捫窩」というのは「ももんが」で、おばけを示すことばからの戯名。
日の出
夫[それ]▼妖[よう]は徳に勝[かた]ずといへり百鬼[ひゃくき]の闇夜[あんや]に横行[わうぎゃう]するは▼侫人[ねいじん]の闇主[あんしゅ]に媚びて時めくが如し大陽[たいやう]のぼりて万物[ばんもつ]を照せば君子の時を得[え]明君[めいくん]の代にあへるがごとし
▼妖は徳に勝ず…邪なるものは正しきものに打ち勝ちがたしということ。『史記』にある「妖不勝徳」を引いたもの。
▼侫者の闇主に媚びて時めく…悪玉な家臣たちが実際を知らぬ王様にへつらって大勢力を得ること。「闇主」は「明君」の対語。
鳥山石燕豊房画
▼校合門人 ▼子興 ▼燕二 ▼燕十
▼安永八己亥春
彫工 町田助右衛門
御書物所 江戸日本橋通壱丁目
出雲寺和泉掾
書林 元飯田町中坂
遠州屋弥七
開版
▼校合…版の刷り上りを校訂する作業。
▼子興…石燕の門弟のひとり。前作『
画図百鬼夜行』(1776)でも校合をつとめています。
▼燕二…石燕の門弟のひとり。
▼燕十…石燕の門弟のひとり。この本の校合とともに『
大通俗一騎夜行』(1780)の執筆をしていたことは、登場している妖怪の傾向などからもうかがえます。
▼安永八己亥…安永8年(1779)