○船幽霊[ふなゆうれい]
▼永久馬史[えいきうばし]に曰[いはく]むかし▼青銅[せいどう]三十二年▼くらやみから丑のとし船幽霊といふものありしが今はそのあとをも見ず此[この]幽霊にあへばたちまち▼鼻落ちてふがふがとなるおそるべし人を見かけて▼もんしもんしと呼びかくる幽霊なりその頃は財布の底の無き▼四百をもって惜しげなく呉[くれ]て行く人もありきと土人のものがたりなり
「▼南無ゆうれいほんじょう菩提南無やみ陀仏くらやみ陀仏
犬が曰[いはく]
「まくらもとで▼なまゑだぁなまゑだぁと云ふから▼生酔[なまゑ]なら大かた▼犬悦[けんゑつ]を吐きおるであらふ一杯してやるべぃと思って目をさましたに寒念仏[かんねんぶつ]とは当[あて]が違ったとんだ句が▼書抜[かきぬき]になるもんだ
○大面[おほづら]
大面といふ化物は上見ぬ鷲[はし]の尾の山奥▼持参金鼻欠[はなかけ]地蔵の奥の院▼いきすぎの木の上にたかくとまって人を下目[しため]に見下ろす化物なり元来[もとこれ]成り上[あが]りの▼山の神の化身なりとぞ
「此[この]化物はなはだ根性骨[こんじゃうぼね]がまがって人をしゃくったり毒気[どっき]を吹きかけたりしてあつくさせる悪しき化物なり
●▼柴刈りながら口上を以[もっ]て御披露[ごひろう]仕[つかまつ]ります▼此所[このところ]ばかり白紙[しらかみ]でもおかれませねば
あの草刈小僧[くさかりこぞう]とわたくしと掛合[かけあひ]の地口[ぢぐち]を申上[まうしあげ]ます逃げながらの地口なれば悪い所は▼やなぎに御覧下されましゃう
「おおさぶこさぶ▼川から泥鰌[どじゃう]が浮いて来た
「どうでろくな地口ではござりませぬが一ッ申しましゃう
「▼六串[むくし]うなぎあったとさ▼ぢぢむな皿へ▼うまがりに
○岡目八もく[おかめはちもく]
岡目八目は目を碁石[ごいし]のごとく白く黒くしてみてゐるああ助言[じょごん]がしたひしたひといふ一念のかたまりなり
我が身で我が身のよしあしは知れぬものなりそれでは悪いこれでは良いといふは▼岡目八目[おかめはちもく]にしくはなし
しかし岡目八目もあまり助言[じょごん]がすぎると人に腹を立たせることあるゆゑにこれもまづ化物のうちにしておくなり▼これ発端にいふ如く一夜漬けの急作にしてあぶら屋の▼久松[ひさまつ]が親父が作なればなり
「一ッ▼ぢぐりたいものだが凝っては思案にあたはずだ此本[このほん]の作者も困らうがおれも言種[いひぐさ]に困るぞ困るぞ
「碁仇[ごがたき]といふことわざで地口がありさうなものださぁ出ないは出ないは▼碁仇の夜の雨はあんまり▼くちもとだ▼碁仇女郎衆はよい女郎衆はどうだどうだ悪いか悪いか
○邪魔あらし[じゃまあらし]
▼上戸[じゃうご]ゥにては四升樽[よんしょうだる]大酒にては大どんぶり下戸[げこ]にては手酌[てじゃく]の燗鍋[かんなべ]で息もつかずお目にかけました邪魔あらしといふけだものはこれなり昔▼づぶ六孫左衛門といふ両人[ふたり]の狩人[かりうど]▼池田[いけだ]伊丹[いたみ]の満願寺[まんぐわんじ]丹波の国の山奥ならぬ岩田の山々からどろのごとく酔ひだす所を生捕ったる異獣[いじう]なり▼のたまくになって▼くだをまきそこらあたりをよろめき歩き人の邪魔をしてよろこぶゆゑに誰いふともなく邪魔あらしと号[なづ]く
「お目通[めどほ]りに置きましてただいま此[この]▼耳盥[みみだらひ]の中へ▼げろげろをはかせておめにかけます徳利[とくり]と御覧なされましゃう
「▼水引の結び目をひげと見た所はよいがあとは身の切ない案じだ
「ながいきをすればこんなこじつけな化物を見るものだ前代未聞の▼茶飯のたねに見ておかふ
○山水天狗[やまみづてんぐ]
山水天狗は▼のしこし山にすむ天狗どのなり昔▼御ぞんじの虚無僧廻国[くわいこく]の折りから土蔵の白壁[しらかべ]にて此[この]天狗にでっくはせ▼長つるの▼巣ごもりをのぞまれて吹きければ天狗どの奇絶奇絶[きぜつきぜつ]と高慢に褒めてたちまち消へ失せけるとぞ
「▼御用そのとっくりを置いてゆけ▼日に三熱の熱燗も此頃は工面が悪くって嗅[かひ]でもみねへ
○▼御用よぶでっちかへすな花の鳥とは其角が句だなどと此[この]天狗▼誹気 [はいき]があると見へる
「蔵の間に住む天狗だから▼蔵間天狗[くらまてんぐ]とぞ申べし▼此[この]三人みな子供だから言種[いひぐさ]なし作者の困ったにはあらず
○瓶花蟹[へいくわがに]
此[この]瓶花蟹と言ふはむかし平家先生[へいけせんせい]の門人▼八島庵[やしまあん]が▼壇の浦に於[おい]て活け花百瓶[ひゃくへい]の戦ひ▼吊花活[つりはないけ]の舟いくさの折りから張り幕の中[うち]より第一番に名乗りいでたる武者一騎▼獅子口の前立て物うったる兜鉢[かぶとばち]の如き花活[はないけ]を▼鶴首[つるくび]に着なし赤毛氈[あかもうせん]の緋縅[ひおどし]を床の間にとって投げかけ竹の手すりの十文字の槍をひねって轡[くつわ]どめの▼馬盥[ばだらい]にうちまたがり▼表徳[ひゃうとく]を筆太に書いたる紙札[かみふだ]の幡[はた]を翩翻[へんぽん]とひるがへし活花[いけばな]見せんと言ふままに▼源平咲き分けの桃の枝をとって見事に投げ入れたる兵[つはもの]の化したるものとぞ
「蟹は甲羅に似せて穴を掘り人は豪奢に見せて花を活ける良い出来は奇妙奇妙と褒めるも瓶花[へいくわ]のひきだふしではないか
○大磯のはけ地蔵[おほいそのはけぢぞう]
▼大磯のはけ地蔵とはあんまりこじつけで作者も皆様の手前めんぼくなく奉存上候[ぞんじあげたてまつりそうろ]しかしながら一夜漬けの作にござれば▼初午[はつうま]の行灯[あんどん]とおぼしめしお目長[めなが]に御覧下されましゃう抑[そもそも]此[この]化地蔵の縁起[ゑんぎ]を詳しくたづねたてまつるにこれは箱根山▼賽河原[さいのかはら]の地蔵菩薩の息子どのにて親のきつい秘蔵菩薩と甘やかして育てたるゆへにとんだのうらく地蔵にてむかし大磯に▼廓[くるわ]ありし時分なれば夜な夜な▼地廻りにいで玉ふ然[しか]るにきつい奴にでっくはせ出し抜けに金の無心[むしん]を大袈裟にぶっかけられ玉ひしより懲々[こりごり]としてそれより夜遊[よあそ]びに出[いで]玉はずと言ひ伝ふ今にその▼古傷うまらず▼盆まへ大みそかには痛むといふ
欲道能化全体[よくどうのうげぜんたへ]貧乏菩薩とはおれが事だまだ嬶[かかぁ]を持たねへから妻[さい]の代はりもする地蔵菩薩だ
「さてさて長ひ▼刷毛[はけ]だ顔は強飯[こはめし]のやうで刷毛は長い▼長刷毛[ながはけ]から強飯とは此[この]ことであんべぇ
○欲路首[よくろくび]
どんなおたふくでも▼牡丹餅[ぼたもち]に振袖▼立臼[たちうす]に帯といふやうな娘でも▼持参金さへ多ければ仲人[なかうど]の杖▼錦木[にしきぎ]の千束[ちづか]と立つこれを見ればみな欲の世界に極[きは]まったり少々いぐち鼻かけでも金さへあれば▼楊貴妃[ようきひ]▼小町[こまち]におとるべからず此[この]欲路首と言ふも持参金を沢山[たくさん]持って来て婿[むこ]のつらを金で張ったる化物と見えたり欲路首の字義[じぎ]此[この]ゆへなり
婿が云ふ
「これ程の牡丹餅ではあるまいと思ふた持参金に目が瞑[くれ]て見合いのとき▼欲路首見なんだが誤り誤り
「おれは牡丹餅が棚から落ちたかと思ふた
○屁の玉[へのたま]
▼今は昔▼にんにく村と言ふ所に韮右衛門[にらゑもん]と言ふ百姓ありけり一人の娘おならと言ふを▼掌中[しやうちう]のにぎり屁と寵愛したるがふと病[やまひ]に冒[おか]され水中の屁の如く▼ぶくぶくとして▼儚[はかな]くなりぬ韮右衛門此世[このよ]はゆめのうちの屁の如しと悟り▼道心して名を放屁坊[ほうひぼう]と変へ▼屁国[へこく]修行にいでけるが▼臭津[くさつ]の宿にて▼行き暮れの宿しけるに芋のやうなる岩の中よりブウブウと言ふ声ひびくと斉しく▼黄色なる玉いくつとなく飛びいでその臭き事あたかも鼬[いたち]のけつをまくらにしたるが如しこれ屁の玉と言ふものなりとぞ此玉[このたま]いびつもほそきもながきもありスウスウとたちのぼる事あたかも玉屋の花火の如し
「ああ臭い臭い▼へくさいゑんめいへないあんぜんと来たは
○へび女
へび女は▼丹波の国より▼山出しの女にて顔からして化物なり朝夕[あさゆふ]▼骨を惜しみ顔は仏頂面にて尻は▼ひき臼の如く口をたたかせては▼剃刀の如し常に仮病を使ひ▼蛇をつかふ事が▼得手物[えてもの]なり▼あしかに見こまれたとみへて行灯[あんどん]の火さへ見ると▼つぎものをしかけては居眠[いねぶ]り又まっ昼間も台所の炭消壷[すみけしつぼ]に寄りかかりて▼船を漕ぐそのいびきあたかも▼うはばみの如し▼子に報ひたる親の因果よりもこんな女を置充[おきあて]たる旦那が因果なり
ねごと
「それそれ▼久三どの棚のすりこ木が落ちてすり鉢の中へ身を投げた助けぶね助けぶね