○五ッまへ小僧[いつつまへこぞう]
これも▼へび女とは同国から出たる化物なり使ひにやれば道草を食ひ▼手習[てならひ]そろばんを習はせれば▼あぶらを売る夜は▼五ッ前から居眠[ゐねぶ]りをするゆゑ五ッ前小僧と号[なづ]くこの化物[ばけもの]番頭どのの目を抜いて売貯[うりだめ]の小銭をせしめ駄菓子の買食ひを餌食[ゑじき]とす斯様[かやう]なる子を持つは親の因果なり此様[このやう]な化物をつかふ旦那どのも又因果なり因果と因果の▼寄合[よりあい]なれば因果因果▼ろっこんこんじゃうの直るやうに御祈祷すべしゆゑにへび女の次へいだして誡[いましめ]とす
まづ天ぷらをせしめてそれから船を漕ぎましゃう
あの根性では人にはなられぬ▼根性五ッ前兎角[とかく]埒[らち]明[あか]んだ
○気の車[きのくるま]
気の車は嫉妬[りんき]のあまりに胸の火燃へて▼心の鬼これを曳くなりこれ前に記せる▼悋気[りんき]の角と▼同木同作[どうぼくどうさく]の化物なりこれ生きながらの地獄にて二本の角▼あごのぎざぎざ鉄の棒とらの皮の犢鼻褌[ふんどし]まで皆[みな]我が心の中[うち]に仕込んであり
「気の車の輪は鏡なり▼梶[かぢ]は鏡立てなり
「ここから見ると▼不動様引越しを見るやうだ
「此[この]火にてやきもちを焼けばよく焼けるといふ
「となりの嬶[かかぁ]根性わるにて傍[そば]からいろいろの事を吹込だり焚付[たきつけ]たりして気の車を熱くさせる
「▼火吹竹[ひふきだけ]にて耳にべちゃくちゃべちゃくちゃと吹込み▼文[ふみ]の▼かんな屑や▼居続けぐちの▼付木[つけぎ]にて焚付[たきつけ]ると気の車まっくろになって熱くなる
○番頭空屋敷[ばんとうからやしき]
神は神主が良くなければ威を増さず仏は▼御住持が正しからざれば利益なしあきんどは番頭が▼実体[じってい]でなければ繁昌せぬものなり番頭が悪いと▼身代[しんだい]を空[から]っぽうにするゆゑこれを号[なづ]けて番頭空屋敷と言ふ井戸のはたから出た茶碗の幽霊これあぶなき身代なりと言ふ▼なぞの化物でござる作者の案じのせつないのではござらぬ
「もうしもうし小びんの欠けを▼焼き継いでくんな
「茶碗の欠けで頭こっきりやられぬうち逃げろ逃げろ
「▼瀬戸物の焼き継ぎ茶のみわりなかのしびんかなと▼小謡[こうた]ひで逃げる
○質の亡魂[しちのぼうこん]
むかし一人の息子金銀に邪見なるものにて常に金を▼殺して使ひその上掛け替への無き▼夜着蒲団[よぎふとん]を情けなくも▼打殺[ぶちころ]して質屋の蔵へうづめたりその質の亡魂[ぼうこん]浮[うか]み上がらず十月目[とつきめ]十月目に現はれいでて利あげ利あげと責むるこれその質の▼一両の取憑きたるにて見るひと▼二分[にぶ]るいをしておそれざるは無しとぞ言ひ伝へる
「ああら▼うらめ獅子に牡丹唐草の夜着蒲団[よぎふとん]質屋の蔵にしつ臭くなって浮かまれぬ▼思ひ質[しち]たか思ひ質[しち]たか
「此[この]化物毎月毎月百で四文づつの利を取り喰らふ恐ろしきことなり
「此[この]亡魂[ぼうこん]の為に▼流勘定[ながれかんでう]をこしらへ入れ替へするとも利あげをするともして後を弔[とむら]へばたたりなしといふ然[しか]れども一度打殺[ぶちころ]したる質の浮かんだる例[ためし]なし置くまじきものは質なり
○戯鳥[けちゃう]
此鳥[このとり]▼とんびとろろとんびとろろと鳴く
▼万八太平記[まんはちたいへいき]に曰[いはく]むかし▼鳥羽の絵の御時[おんとき]お台所の棚の上に▼夜な夜な戯鳥[けちゃう]いでて▼いつまでいつまでと鳴きくわらくわらくわらと響くによりて一名[いちめう]を▼雷木鳥[らいぼくちゃう]と号[なづ]くお台所のあづかり▼久三[きゅうざ]▼広有[ひろあり]といふ兵[つはもの]旦那の命をかうぶり提灯の弓にろうそくの矢をつがへ鍋弦[なべづる]の如く引きたもってヒャウと放す矢ついに戯鳥を射止めたり火をともしよく見れば頭[かしら]は▼山椒[さんしょ]の木の如く羽根は▼切匙[せっかい]に似たりその御褒美として▼あやめ団子を沢山[たくさん]下されしとかやこれは平家物語と太平記を▼よごしにしたやうな事なり
すりこ木に知らすな蓼[たで]の花ざかり
▼山崎宗鑑[やまざきそうかん]
すりこ木も紅葉[もみぢ]しにけり蕃椒[とうがらし]
▼西山宗因[にしやまそういん]
○ヘマムシヨ入道[ヘマムシヨにうだう]
へまむしよ入道は▼寺子屋に住[すみ]ていたづらな▼手習子[てならいこ]のあくびを取り喰らひ退屈の時をうかがひて▼手習草紙[てならひざうし]の中[うち]に姿を現はし手習の邪魔をして或[あるい]は居眠[ゐねぶ]りさせ或[あるい]は徒書[むだがき]をさせて遂[つひ]には▼無筆明盲となす恐ろしき化物なり子供衆[こどもしゅ]かならず徒書[むだがき]をして此[この]入道に化かされ一生明盲となりたまふな
「▼のらつきばかり良きものは無し
入道曰[いはく]
「これ松さんその手習草紙[てならひざうし]へおれが容子[なり]を書[かい]てみなお前[めへ]は絵心が無[ね]へから書得[かきえ]へやしめへなどと急[せか]せる●鬼の留守には洗濯[せんたく]▼お師匠さんの留守には横着だ
○金玉[かねだま]
此[この]金玉といふものは持主[もちて]の心次第にて何時[なんどき]となく飛び出して又我気[わがき]の向いたる所へ飛込むものにて至って機嫌の取難[とりにく]きものなり少しにてもまがった事を嫌ひ正直なる人を好む▼天理にかなはぬ利を貪[むさぼ]る人の所に少しのうちは居るやうなれど忽地[たちまち]飛出[とびいだ]して再び来[きた]る事なし此[この]金玉を呼[よば]んと思はば物事つましくして良く稼ぐべし然[しか]る時は孫曾孫[まごひこ]の代までも良く尻を落ち着けて飛出[とびいだ]す事なし少しにても驕[おご]りの心おこれば直[じき]に飛出[とびいだ]すなり此[この]化物ばかりには誰もでっくはせたきものなり
「金玉の飛込む所あたかも▼万福長者が夕立に遇ふたる如し
「お金玉は家[うち]にか金が▼豪気[がうぎ]に光った
「何か蔵の前でどっしりと音がした黄色に光るは金玉かも知れぬ
「これは▼無間[むげん]の鐘[かね]の底が抜けたさうな夫婦で稼ぐおかげ忝[かたじけな]い
○節鬼[せっき]
凡[すべ]て化物は陰気なるものなれば夜でなければ出[いで]ず昔から昼ばけものの出た例[ためし]なしこれは▼天道さまの陽気を恐るるがゆゑなり 又節鬼といふ鬼はつねづね▼仏のやうな人も▼大晦日の晩ばかりは鬼のやうにならねば▼掛けが取れぬゆゑによんどころなく鬼になるなり此[この]鬼に責められまいと思はばつねづね稼業を精出し物事つましく少しも油断なく稼げば此[この]鬼の気づかひは少しもなし此[この]鬼大晦日の夜中[よぢう]駆け回りて人を責め渡れども▼からすががあがあと鳴き天道さまがお目が覚めて東がしらみ▼あふぎあふぎ▼たからぶねたからぶねと言ふ声がすると皆々もやもやへ立ち帰り夕べの鬼は今朝の▼礼者と変はり明けましては良い春でございますさていつもお若いと笑ひ顔になるはあらたまの春のめでたさなり
「あくるわびしき▼かつらぎの紙屋も先へ帰ったそうだ
「はやく帰って雑煮を祝はふ掛取りも夜が明けては格好の悪い者だ
「化物と掛取りは夜の者だ夜が明けては▼みぢんみぢん
口上
現金掛値なしせり売りおろし売り一切不仕候[つかまつりさふらはず]
世間に▼まぎらはしき品あるよし御心可被下候[おこころゑくださるべくそろ]
当年も相変[あいかは]らず新切れ御(煙草入)畳紙入・進物御(煙草入)・革まがひ外縫い御(煙草入)・蝋引き縮緬御(煙草入)・極上々ふすべ紙御(煙草入)類品々・新型御(きせる)・新切れ御紙入れ類・一ッさげ・筒つき下げの類いろいろ珍しき▼新物[しんもの]出来仕候[しったいつかまつりそろ]
▼京伝店
楽屋の中[うち]をしらばけに奉申上候[もうしあげたてまつりそろ]
一切この草紙の趣向作者の夢とは▼うその皮じつは夜中[よぢう]まんぢりともせず▼夜の九ッどきより明け七ッまで三ときが間にこじつけたる一夜漬けの急作なりもっとも▼丑三ッ頃もっぱら案じたれば化物本[ばけものぼん]には相応なり化物も足を洗ひて引っ込む時分丁度出来上がりホット息をつくとひとしく喜びがらすがあがあがあ本屋の亭主はこれ小僧よ作者の所へ行って草紙の作を▼トッテコウコウコウ
「いつも▼日遣番匠[ひやりばんじゃう]に案じたる作と違ひ一夜漬けの急作でござればこじつけたところは御目長[おめなが]に御覧下されましゃう▼千秋万歳めでたしめでたし
醒世老人 京伝戯作
読書丸[どくしょがん]
清[しんの]覚世道人[かくせいどうじん]▼伝方
一包十五粒入代壱匁五分
○第一気根を強くし物覚へをよくす○▼心腎虚したるによし○気のかた▼ぶらぶらわづらひによし○常に身をつかはず心のみをつかひて心労多きひと老若男女に限らず一まはりニまはり用ひて身に覚へて効験[しるし]あれ○▼道中する人か病身なる人は常に貯はへ持つべき薬なり○気鬱[きうつ]酒の酔ひつかえ腹痛の類は一粒にて効験[しるし]あり委[くは]しくは▼能書[のうがき]をみて知るべし
売弘所 江戸 京伝店