怪談摸摸夢字彙(かいだんももんじい)

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○五ッまへ小僧[いつつまへこぞう]
これもへび女とは同国から出たる化物なり使ひにやれば道草を食ひ手習[てならひ]そろばんを習はせればあぶらを売る夜は五ッ前から居眠[ゐねぶ]りをするゆゑ五ッ前小僧と号[なづ]くこの化物[ばけもの]番頭どのの目を抜いて売貯[うりだめ]の小銭をせしめ駄菓子の買食ひを餌食[ゑじき]とす斯様[かやう]なる子を持つは親の因果なり此様[このやう]な化物をつかふ旦那どのも又因果なり因果と因果の寄合[よりあい]なれば因果因果ろっこんこんじゃうの直るやうに御祈祷すべしゆゑにへび女の次へいだして誡[いましめ]とす
まづ天ぷらをせしめてそれから船を漕ぎましゃう
あの根性では人にはなられぬ根性五ッ前兎角[とかく][らち][あか]

▼五ッまへ小僧…「五ッ目小僧」の地口。画面では五ッ目をした商家の小僧さんが描かれています。江戸ッ児発音なれば「いつつめぇ」なり。
▼へび女…ひとつめぇのおばけ。(中の巻
▼手習…お習字。
▼あぶらを売る…のろのろたらたらすること。
▼五ッ前…夜の8時まえごろ。
▼寄合…あつまり。
▼ろっこんこんじゃう…「六根清浄」と「根性」のかけことば。
▼根性五ッ前兎角埒明ん…「本所五ッ目五百羅漢」の地口。羅漢寺にある五百羅漢さま。

○気の車[きのくるま]
気の車は嫉妬[りんき]のあまりに胸の火燃へて心の鬼これを曳くなりこれ前に記せる悋気[りんき]の角同木同作[どうぼくどうさく]の化物なりこれ生きながらの地獄にて二本の角あごのぎざぎざ鉄の棒とらの皮の犢鼻褌[ふんどし]まで皆[みな]我が心の中[うち]に仕込んであり
「気の車の輪は鏡なり[かぢ]は鏡立てなり
「ここから見ると不動様引越しを見るやうだ
「此[この]火にてやきもちを焼けばよく焼けるといふ
「となりの嬶[かかぁ]根性わるにて傍[そば]からいろいろの事を吹込だり焚付[たきつけ]たりして気の車を熱くさせる
火吹竹[ひふきだけ]にて耳にべちゃくちゃべちゃくちゃと吹込み[ふみ]かんな屑居続けぐちの付木[つけぎ]にて焚付[たきつけ]ると気の車まっくろになって熱くなる

▼心の鬼…心の中に生じるという悪鬼。
▼悋気の角…はじめのほうに出て来たおばけ。(上の巻
▼同木同作…同工異曲。根はおなじ。
▼あごのぎざぎざ…鬼の絵にみられる口の脇にあるぎざぎざ。
▼梶…車のかじ棒。
▼不動様引越し…画面にある火に包まれた車をひいてる姿を、背中に火炎を背負ってる不動明王にたとえたもの。
▼火吹竹…火をおこす時などに使う道具。画面では隣のおっかぁが火吹竹で何やら吹聴してる様子が描き添えてあります。
▼文…別の女から来た手紙。
▼かんな屑…かまどの火を起こす時の燃料。
▼居続け…何日も遊んで帰ってこないこと。
▼付木…硫黄などがぬってある薄い木で、火打石で起こした火を大きくするもの。

○番頭空屋敷[ばんとうからやしき]
神は神主が良くなければ威を増さず仏は御住持が正しからざれば利益なしあきんどは番頭が実体[じってい]でなければ繁昌せぬものなり番頭が悪いと身代[しんだい]を空[から]っぽうにするゆゑこれを号[なづ]けて番頭空屋敷と言ふ井戸のはたから出た茶碗の幽霊これあぶなき身代なりと言ふなぞの化物でござる作者の案じのせつないのではござらぬ
「もうしもうし小びんの欠けを焼き継いでくんな
「茶碗の欠けで頭こっきりやられぬうち逃げろ逃げろ
瀬戸物の焼き継ぎ茶のみわりなかのしびんかなと小謡[こうた]で逃げる

▼番頭空屋敷…播州皿屋敷などの地口。
▼御住持…住職。
▼実体…まじめで正直もの。
▼身代…財産。
▼なぞ…なぞかけ。「井戸端の茶碗」というのは「あぶなっかしい」という意味の言葉で、それとかけてあるのじゃということ。
▼焼き継いで…割れた瀬戸物を直すこと。画面には焼き継ぎ屋さんが描かれています。
▼瀬戸物の焼き継ぎ…割れた茶碗や皿を直してくれた商売のひと。焼き継ぎ屋。
▼小謡ひ…「瀬戸物の焼き継ぎ茶のみわりなかのしびんかな」は能の『羅生門』にある「つわものの交り頼みある中の酒宴かな」の地口。

○質の亡魂[しちのぼうこん]
むかし一人の息子金銀に邪見なるものにて常に金を殺して使ひその上掛け替への無き夜着蒲団[よぎふとん]を情けなくも打殺[ぶちころ]して質屋の蔵へうづめたりその質の亡魂[ぼうこん][うか]み上がらず十月目[とつきめ]十月目に現はれいでて利あげ利あげと責むるこれその質の一両の取憑きたるにて見るひと二分[にぶ]るいをしておそれざるは無しとぞ言ひ伝へる
「ああらうらめ獅子に牡丹唐草の夜着蒲団[よぎふとん]質屋の蔵にしつ臭くなって浮かまれぬ思ひ質[しち]たか思ひ質[しち]たか
「此[この]化物毎月毎月百で四文づつの利を取り喰らふ恐ろしきことなり
「此[この]亡魂[ぼうこん]の為に流勘定[ながれかんでう]をこしらへ入れ替へするとも利あげをするともして後を弔[とむら]へばたたりなしといふ然[しか]れども一度打殺[ぶちころ]したる質の浮かんだる例[ためし]なし置くまじきものは質なり

▼殺し…金銭を使い散らしてしまうこと。
▼夜着蒲団…かいまきのように着物状になっている蒲団。昔はこのような形の蒲団が一般に使われていました。
▼打殺して…質屋に品を入れること。
▼一両…「一両」と「怨霊」の地口か。
▼にぶるい…一両の利子「二分」と「身ぶるい」の地口。
▼うらめ獅子…「恨めしし」と「獅子」の地口。後につづく「牡丹唐草」は獅子からの縁語です。
▼思ひ質たか…「思い知ったか」の洒落。
▼流勘定…質流れの「勘定」と、妊婦などを供養するために建てる「ながれ灌頂」の地口。

○戯鳥[けちゃう]
此鳥[このとり]とんびとろろとんびとろろと鳴く
万八太平記[まんはちたいへいき]に曰[いはく]むかし鳥羽の絵の御時[おんとき]お台所の棚の上に夜な夜な戯鳥[けちゃう]いでていつまでいつまでと鳴きくわらくわらくわらと響くによりて一名[いちめう]雷木鳥[らいぼくちゃう]と号[なづ]くお台所のあづかり久三[きゅうざ]広有[ひろあり]といふ兵[つはもの]旦那の命をかうぶり提灯の弓にろうそくの矢をつがへ鍋弦[なべづる]の如く引きたもってヒャウと放す矢ついに戯鳥を射止めたり火をともしよく見れば頭[かしら]山椒[さんしょ]の木の如く羽根は切匙[せっかい]に似たりその御褒美としてあやめ団子を沢山[たくさん]下されしとかやこれは平家物語と太平記をよごしにしたやうな事なり
すりこ木に知らすな蓼[たで]の花ざかり
  山崎宗鑑[やまざきそうかん]
すりこ木も紅葉[もみぢ]しにけり蕃椒[とうがらし]
  西山宗因[にしやまそういん]

▼とんびとろろ…とんびの「ひょろろ」という鳴声に、山芋の「とろろ」を加えたもの。
▼万八太平記…『太平記』になぞらえた架空の書名。「万八」は「うそつき」という意味。
▼鳥羽の絵…「鳥羽天皇」と来そうなところを「鳥羽絵」にした洒落。擂木に羽根が生えたものが鳥羽絵の画題にあるところからのもの。
(参照→和漢百魅缶「れんぎどり」)
▼夜な夜な戯鳥…『太平記』や『平家物語』などにある内裏の上に夜な夜な怪鳥が出た事をぶち込んだもの。
▼いつまでいつまで…『太平記』にある、建武の頃に現われた怪鳥の鳴き声を採ったもの。
▼雷木鳥…「すりこぎ」の「擂木」という用字からの名前。
▼久三…下男。ごんすけ。
▼広有…隠岐次郎広有(おきのじろうひろあり)を持ち込んだもの。内裏の上に夜な夜な出た怪鳥を射落とした武士。
▼山椒…すりこぎの材料。
▼切匙…すりばちにくっついた物をすくう道具。
▼あやめ団子…四叉に割った竹串に刺してあるお団子又はあんこをつけたお団子。おいしいおやつ。
▼よごし…ごまあえ。まぜてみたということ。
▼山崎宗鑑…足利時代の連歌師。一休を敬慕しており滑稽や書の才に長けていました。
▼西山宗因…寛永ごろの連歌師。滑稽にあふれる句が多くあり、「古今の俳諧上手は肥後の宗因と伊賀の桃青」と呼ばれていました。

○ヘマムシヨ入道[ヘマムシヨにうだう]
へまむしよ入道は寺子屋に住[すみ]ていたづらな手習子[てならいこ]のあくびを取り喰らひ退屈の時をうかがひて手習草紙[てならひざうし]の中[うち]に姿を現はし手習の邪魔をして或[あるい]は居眠[ゐねぶ]りさせ或[あるい]は徒書[むだがき]をさせて遂[つひ]には無筆明盲となす恐ろしき化物なり子供衆[こどもしゅ]かならず徒書[むだがき]をして此[この]入道に化かされ一生明盲となりたまふな
のらつきばかり良きものは無し
入道曰[いはく]
「これ松さんその手習草紙[てならひざうし]へおれが容子[なり]を書[かい]てみなお前[めへ]は絵心が無[ね]へから書得[かきえ]へやしめへなどと急[せか]せる●鬼の留守には洗濯[せんたく]お師匠さんの留守には横着だ

▼ヘマムシヨ入道…文字絵。「へのへのもへじ」のように文字で横顔の坊主を描くもの。万象亭の『画本纂怪興』(1791)にも登場しています。 ▼寺子屋…子供に読み書きを教えていた私設の塾。
▼手習子…寺子屋に来てる子供たち。
▼手習草紙…お習字をするための帳面。
▼無筆明盲…文字の読み書きが満足に出来ない。
▼のらつき…だらけること。
▼お師匠さん…手習いの先生。

○金玉[かねだま]
[この]金玉といふものは持主[もちて]の心次第にて何時[なんどき]となく飛び出して又我気[わがき]の向いたる所へ飛込むものにて至って機嫌の取難[とりにく]きものなり少しにてもまがった事を嫌ひ正直なる人を好む天理にかなはぬ利を貪[むさぼ]る人の所に少しのうちは居るやうなれど忽地[たちまち]飛出[とびいだ]して再び来[きた]る事なし此[この]金玉を呼[よば]んと思はば物事つましくして良く稼ぐべし然[しか]る時は孫曾孫[まごひこ]の代までも良く尻を落ち着けて飛出[とびいだ]す事なし少しにても驕[おご]りの心おこれば直[じき]に飛出[とびいだ]すなり此[この]化物ばかりには誰もでっくはせたきものなり
「金玉の飛込む所あたかも万福長者が夕立に遇ふたる如し
「お金玉は家[うち]にか金が豪気[がうぎ]に光った
「何か蔵の前でどっしりと音がした黄色に光るは金玉かも知れぬ
「これは無間[むげん]の鐘[かね]の底が抜けたさうな夫婦で稼ぐおかげ忝[かたじけな]

▼金玉…ひとの家に福を授けていくという金の精霊で、これは特に地口であつらえたおばけではなく、お金に対してのこころがけを含んだ教訓もののような一節になっています。鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』(1779)などにも書かれています。
▼天理…天の理窟。道徳。
▼万福長者…ものすごい長者さま。
▼豪気…立派に。はげしく。
▼無間の鐘…鳴らすと一代限りという制限つきで大変な財産が手に入るという鐘で、これによる財産を得た人は死後に無間地獄に落ちるといいます。浄瑠璃の『ひらかな盛衰記』での梅ヶ枝のせりふでよく知られていました。

○節鬼[せっき]
[すべ]て化物は陰気なるものなれば夜でなければ出[いで]ず昔から昼ばけものの出た例[ためし]なしこれは天道さまの陽気を恐るるがゆゑなり 又節鬼といふ鬼はつねづね仏のやうな人大晦日の晩ばかりは鬼のやうにならねば掛けが取れぬゆゑによんどころなく鬼になるなり此[この]鬼に責められまいと思はばつねづね稼業を精出し物事つましく少しも油断なく稼げば此[この]鬼の気づかひは少しもなし此[この]鬼大晦日の夜中[よぢう]駆け回りて人を責め渡れどもからすががあがあと鳴き天道さまがお目が覚めて東がしらみあふぎあふぎたからぶねたからぶねと言ふ声がすると皆々もやもやへ立ち帰り夕べの鬼は今朝の礼者と変はり明けましては良い春でございますさていつもお若いと笑ひ顔になるはあらたまの春のめでたさなり
「あくるわびしきかつらぎの紙屋も先へ帰ったそうだ
「はやく帰って雑煮を祝はふ掛取りも夜が明けては格好の悪い者だ
「化物と掛取りは夜の者だ夜が明けてはみぢんみぢん

▼節鬼…節季の支払を済ませにやって来る各商店の掛取りの人々を鬼に仕立てたもの。
▼天道さま…おひさま。
▼仏のやうな人…「貸すときの仏顔済すときの閻魔顔」などを引いたもの。
▼大晦日の晩…一年間あるいは半年間の支払を全てする日が大晦日の晩となっていました。
▼掛け…掛け売りのこと。その場ではお金を支払わずに盆や大晦日に支払をする商法。
▼からすががあがあと鳴き…夜明けの効果音。
▼あふぎ…お正月の年始廻りの際にお年玉としてよく配られていた扇(ばらばら扇)を買い取る「扇買い」の呼び声。
▼たからぶね…いい初夢を見るためにまくらの下に敷く宝船の絵を売る「宝売り」の呼び声。「扇買い」と共にお正月になった街頭の光景。
▼礼者…お年始のあいさつに来る。
▼かつらぎの…「葛城の神」と「紙」の地口。画面には米屋、味噌屋、酒屋、肴屋、薪屋などが提灯を持って掛取りに出ています。
▼みぢんみぢん…ちりぢりばらばら。

口上
現金掛値なしせり売りおろし売り一切不仕候[つかまつりさふらはず] 世間にまぎらはしき品あるよし御心可被下候[おこころゑくださるべくそろ] 当年も相変[あいかは]らず新切れ御(煙草入)畳紙入・進物御(煙草入)・革まがひ外縫い御(煙草入)・蝋引き縮緬御(煙草入)・極上々ふすべ紙御(煙草入)類品々・新型御(きせる)・新切れ御紙入れ類・一ッさげ・筒つき下げの類いろいろ珍しき新物[しんもの]出来仕候[しったいつかまつりそろ]
京伝店

▼口上…節鬼の描かれている半丁に書き込まれている京伝の経営していたお店の広告口上です。文中の(煙草入)と(きせる)は絵文字で描かれています。
▼まぎらはしき品…模倣品。にせもの。
▼新物…新商品。
▼京伝店…銀座一丁目にあった京伝の店。口上にあるごとく煙草入が主な商品。

楽屋の中[うち]をしらばけに奉申上候[もうしあげたてまつりそろ] 一切この草紙の趣向作者の夢とはうその皮じつは夜中[よぢう]まんぢりともせず夜の九ッどきより明け七ッまで三ときが間にこじつけたる一夜漬けの急作なりもっとも丑三ッ頃もっぱら案じたれば化物本[ばけものぼん]には相応なり化物も足を洗ひて引っ込む時分丁度出来上がりホット息をつくとひとしく喜びがらすがあがあがあ本屋の亭主はこれ小僧よ作者の所へ行って草紙の作をトッテコウコウコウ
「いつも日遣番匠[ひやりばんじゃう]に案じたる作と違ひ一夜漬けの急作でござればこじつけたところは御目長[おめなが]に御覧下されましゃう千秋万歳めでたしめでたし

醒世老人 京伝戯作

▼うその皮…うそ。
▼夜の九ッどきより明け七ッまで…夜12時ごろから朝の4時ごろ。
▼丑三ッ…夜中の2時ごろ。
▼トッテコウコウコウ…鶏の鳴声と「取って来う」を合成再生したもの。
▼日遣番匠…毎日こつこつと作ること。
▼千秋万歳めでたしめでたし…めでたしめでたしは絵草紙の定型エンドテロップ。

読書丸[どくしょがん]
[しんの]覚世道人[かくせいどうじん]伝方
一包十五粒入代壱匁五分
○第一気根を強くし物覚へをよくす○心腎虚したるによし○気のかたぶらぶらわづらひによし○常に身をつかはず心のみをつかひて心労多きひと老若男女に限らず一まはりニまはり用ひて身に覚へて効験[しるし]あれ○道中する人か病身なる人は常に貯はへ持つべき薬なり○気鬱[きうつ]酒の酔ひつかえ腹痛の類は一粒にて効験[しるし]あり委[くは]しくは能書[のうがき]をみて知るべし
売弘所 江戸 京伝店

▼読書丸…京伝が自分のお店で販売していた丸薬。作者の自家売薬の広告は、絵草紙にはたびたび出てくるお知らせ。
▼伝方…教えてもらった薬の調合。
▼心腎虚…心虚や腎虚。身体精神の疲労。
▼ぶらぶら…ぶらぶらやまい。ふさぎこんでしまったり、体の不調がつづく病気。若いお嬢様などがよくかかったりします。
▼道中する人…旅行するおひと。
▼能書…のうがき。薬の効能書。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい