温飩げの花[うどんげのはな]
▼温飩げの花は三千年に一度[ひとたび]花開くと云ふ彼[か]の優曇華[うどんげ]の如く世界に稀[まれ]なるものにてはあらねど味[あぢは]ひ美なるは尠[すくな]し此花[このはな]元[もと]▼ひも川の辺[ほとり]に生じ葉は▼切麦[きりむぎ]の如く▼花鰹[はながつを]の如き花咲き胡椒[こしゃう]に似たる実を結ぶと云ふ
うどんげのはな待ち得たると▼曽我兄弟が科白[せりふ]は此[この]花のことなり
珍しい花でござる此[この]鉢植ゑをもってもより良き所に▼倹飩店[けんどんみせ]が出したい
四四しんちうの鼠[しししんちうのねづみ]
一名▼ねづみ屋張り
▼田鼠[でんそ]は化[け]して鶉[うづら]となり此[この]真鍮[しんちう]の鼠[ねづみ]化[け]して▼飴となる時は老[おい]を養ひ釣鐘[つりがね]と変じ▼金仏[かなぶつ]と化[け]する時は菩提[ぼだい]の為ともなる常に煙草[たばこ]の葉を餌食[ゑじき]とし口より煙[けぶり]を吐く独居[ひとりゐ]の徒然[つれづれ]を慰め旅路[たびぢ]の憂[うさ]を晴し客の持成[もてなし]ともなる能[のう]あって甚敷[はなはだし]き毒は無き鼠なり▼しんちうしんちうと鳴く声四四十六づつ鳴くゆへ四四しんちうの鼠と号[なづ]く
若[も]し▼此[この]鼠の脂[やに]の毒に中[あた]り酔[ゑい]たる時は砂糖湯[さとうゆ]を飲むべし忽[たちま]ち治す又蛇に刺されたるとき此[この]鼠の脂[やに]を付くれば其[その]毒を去る蝮[まむし]に刺されたるにもよし之[これ]は▼きっとした書物に出[いで]て確[たしか]なれば人の為に茲[ここ]に記[しる]す
「▼鉄鼠[てっそ]と云ふは聞いたが真鍮の鼠とははて珍しい
「鉄ではござらぬしんちうしんちうしんちうしんちう
「はて変はった鼠じゃ
金のなる木[かねのなるき]
▼金のなる木は世の中に絶へて無きもののやうに思へども然[さ]にあらず皆[みな]人々[にんにん]の家々[いへいへ]に在[あり]て其[その]種を所持すれども稼業に怠[おこた]り勤むること疎[おろそ]かなるがゆへに▼身代[しんだい]の地面荒地となり資本[もとで]の畠[はたけ]こやし▼すげなく種を蒔[まき]ても花咲き実ることなし大いなる▼富貴[ふうき]は天にあれども小なる富貴は勤むるにありそれぞれの▼生業[すぎわひ]に怠[おこたら]ざる時は豈[あに]金のなる木なからんや金のなる木は如何[いか]なるものぞと云ふに先[ま]づ商人[あきびと]の家の金のなる木は花は▼心の臓の形の如く葉は▼符帳紙[ふてうがみ]の如く実は算盤[そろばん]の珠の如し職人の金のなる木は花は鉋屑[かんなくず]の如く葉は鏝[こて]に似たり鑿[のみ]の如き実を結ぶ百姓の金のなる木は花は▼早乙女[さうとめ]の笠の如く葉は鋤鍬[すきくは]にして▼五穀の実りあり武士[さむらい]の金のなる木は花は▼的[まと]の如く葉は木刀の如く矢の如く鉄砲玉のやうなる実を結ぶ士農工商みなそれぞれに稼業の田畠[たはた]に耕して金のなる木を蓄[たくは]へ玉へ合点[がてん]か合点[がてん]か是程[これほど]の道理は▼三ッ子でも知ることなれども言われてみねば怠[おこた]りあり吾が講釈を笑ふひとあらば笑ひ玉へ
▼御共[ごども]静かにして御講釈を聞け
成程[なるほど]ごもっとも長講釈[ながかうしゃく]金のなる木は我々が家にござる
利欲の鳥[りよくのとり]
▼利欲の鳥は不義の富を願い常に浮かべる雲の上に舞ひ遊び頭[かしら]ふたつあって▼二心[ふたごころ]あり偽りのみ多く人を惑わす鳥なり此[この]鳥は此[この]娑婆[しゃば]にあって慈悲善根[じひぜんごん]の心いささかも無く我身[わがみ]に徳のつくことあれば人の難儀に及ぶことを弁[わきま]へず不義不仁[ふぎふじん]の金銀を貪[むさぼ]り貯め一生を▼有財餓鬼[うざいがき]の▼火宅[くはたく]に苦しみたる事を知らぬ強欲のひと死して後[のち]その▼魂魄[こんぱく]▼高利の地獄へ堕[お]ち此[この]鳥と化[け]して▼中有[ちうう]に迷ひ苦しむなり人たるもの恐れ慎むべし此[この]鳥にならぬやうに心掛け玉へ
「はて珍しい鳥が飛ぶぞへ
「はて珍しい鳥じゃ捕まへて見世物に出したら十二文の茶代はおさへたものじゃと云ふが則[すなは]ち利欲の鳥なり
奴のひぼし[やっこのひぼし]
人はとかく異なるものを尊[たっと]み日用のものを卑[いやし]む都のひと麦飯を尊[たっと]み米の飯を珍しがらぬ類[たぐ]ひなり然[され]ば▼中昔[なかむかし]異国の珎物[ちんぶつ]を好むひとあっておらんだ人の▼尻を洗ふ壺へ花を活[いけ]て楽しみしを長崎のひと看[み]て笑ひしと云ふ話もあり茲[ここ]に唐土[もろこし]を去る事▼万八里ひがしの▼海中[かいちう]に▼春風紙鳶国[しゅんぷうしゑんこく]と云ふ国あり昔この国へ▼奴凧[やっこだこ]の糸切れて飛び風に順[したがっ]て此国[このくに]へ落ちたれば此国のひと奴のひぼしなりとて珍しがり遂[つゐ]に大王[だいわう]へ献上したる由[よし]異国の珎物[ちんぶつ]に千金を費[ついや]すひとまた斯様[かやう]の間違いあるべし日用の品こそ尊[とうと]けれ
「▼尾篭[びろう]ながらわたくしの宅の▼雪隠[せつゐん]のわき梅の木の枝に掛かっておりました
「あまり珍しきものゆへ大王[だいわう]へ献上仕[つかまつ]ります
「▼生[む]まれてからはじめて見ました
疳積の虫[かんしゃくのむし]
疳積の虫は額[ひたい]に筋[すじ]多く▼しゃきばりたる虫なり多分は大酒[おほざけ]を好み擂鉢[すりばち]擂粉木[すりこぎ]皿鉢[さらはち]を打割[うちわっ]て喰[くら]ふ其昔[そのかみ]▼気侭[きまま]の国気随[きずい]村に此[この]虫多く生ず悠々寺の閑々和尚[くわんくわんおしゃう]囲炉裏[ゆるり]▼鑵子[くわんす]のぬるま湯を掛けて気を長く加持[かぢ]したまい此[この]虫を▼済度[さいど]し玉ふ人たるもの此[この]虫に憑かれる時は遂に身を滅ぼすなり気侭気随を慎み此[この]虫を近づけべからず
「▼修羅道[しゅらどう]の苦しみをたすかれたすかれ