六足の駕[ろくそくのかご]
俗に▼三枚と云ふ
▼古戦場鐘懸松[こせんじゃうかねかけまつ]に博物志[はくぶつし]を引[ひい]て曰[いはく]▼三ン足[ぞく]の蛙[かはづ]よく仇[あだ]を伏[ぶく]し▼三ン足[ぞく]の五徳[ごとく]よく薬缶[やくわん]を載すと詳[つまびら]かに載せたれど六足の駕[かご]は未[いま]だ見ざるところなり至って足の早きものにて恰[あたか]も宙を飛ぶが如く昼は出[いで]ず夜になると暗闇[くらやみ]に隠れ居て▼ヘイかごヘイかごと鳴く常に▼酒料[さかて]を餌食[ゑじき]とす
蜜人とりのみいら[みいらとりのみいら]
ひとの倅[せがれ]不所存にて遊興に耽[ふけ]り数日[すじつ]家に帰らず父母嘆[なげ]きにせまり懇意のひとを頼み御苦労にては候[そうら]へども貴様教訓なされて何卒[なにとぞ]倅[せがれ]を家に連れ帰り下さるべしと頼まれ則[すなは]ち▼遊興の地に行きて彼[か]の倅[せがれ]に会い連れ帰らんと教訓を用ゆるとき彼[か]の倅[せがれ]の云へるは随分貴公様[きこうさま]の御異見に随ひ速[すみや]かに帰り申[もうす]べし然[さ]りながら先[ま]づ▼御酒[ごしゅ]一盞[いっさん]召上[めしあが]って下されと進められ▼下地[したぢ]は好きなり一盃のみ二盃のみ遂には其[その]倅[せがれ]と倶[とも]に不行跡を為[な]し両人ともに家に帰るを忘る之[これ]を号[なづ]けて▼蜜人[みいら]とりのみいらになるとは申[もうす]なり之[これ]甚だひとの子たるものには▼毒薬なり
このみいらは随分▼おりをみやわせ度々[たびたび]▼異見でおろし砕末[さいまつ]して用ひずば薬にはなるまい
うその皮[うそのかは]
▼うそと云ふ獣[けだもの]は形むささびの如く▼目から鼻へ抜出[ぬけで]る通力[つうりき]を得てひとを惑はすものなり面皮[つらのかは]至って厚く▼舌は二枚あって下腹[したっぱら]には毛の無き獣[けだもの]にて其昔[そのかみ]めっぽう弥八まんざらの万八と云ふ両人[ふたり]の狩人[かりうど]▼空鉄砲[からでっぽう]を放して撃留[うちとめ]たりと云ふ又一名を▼すっぱの皮とも云ふ財布に造りたるをすっぱの皮の革財布と云ふなり
「▼しめこのうさぎをつい逃がしたから此獣[このけだもの]を▼せしめうるしにしてこまそふ
▼物前[ものまへ]になると此[この]▼尻尾[しっぽ]を出[いだ]して人に見らるるなり
両頭の筆[りゃうとうのふで]
▼両頭の筆は常に詩人[しじん]歌人[うたよみ]俳諧師の懐[ふところ]に隠れ住み▼花のとき月のころは多く現はれ出[い]で色紙短冊を▼取喰[とりくら]ふ又ひとの扇[あふぎ]などを見ると濫[みだ]りに取喰[とりくら]ふなり
ひうどろどろどろどろ
之[これ]は不思議なこと
あれあれ両頭の筆が硯[すずり]の海から▼天上[てんじゃう]します
手の長き猿[てのながきさる]
▼猿猴[ゑんかう]猿は水の月を捉[とら]んとし此[この]手長猿は財布の金を盗[とら]んとす鳴く声▼ぶっぽうそうと云ふ鳥に似て此[この]街道は▼ぶっそうぶっそうと鳴く
都[みやこ]▼山崎の山中に住む其昔[そのかみ]▼早野勘平[はやのかんぺい]と云ふ狩人[かりうど]鉄砲にて仕留[しとめ]たり
さてさて手長い猿じゃ手長いのやすたり三十八文と来ている
山の神の角[やまのかみのつの]
山の神の角と云ふは人の女房に生へる角なり▼凡夫[ぼんぶ]の眼[まなこ]には見へねども恐ろしき角なり之[これ]皆[みな]▼心の鬼の所為[しょゐ]にて▼悋気嫉妬[りんきしっと]の甚[はなはだ]しきが募って斯様[かやう]の角を生やす恐るべし慎むべし
三足の猫足[さんぞくのねこあし]
三足の猫足は常は▼芝居に住み月見[つきみ]忘年[としわすれ]などの座敷へ折々[おりおり]出[いづ]るなり鳴く声面白く▼しのぶいらしゃんせんかいにゃあにゃあと鳴く
頭の黒鼠[あたまのくろいねづみ]
▼頭の黒鼠は▼あしかと云ふ獣[けもの]にて昼は居眠りばかり為[な]し夜になると目を皿の如くにして現わるる▼しっぽこなどを掻探[かきさが]し鰈[かれい]の骨なぞをしゃぶり種々[いろいろ]▼食物[しょくもつ]を荒らすまた夜更[よふけ]に三味線を齧[かぢ]るなり
▼徒然[つれづれ]なるままにひぐらし文案[ふづくゑ]に向[むか]ひ。▼擂粉木[すりこぎ]に羽根の生へたる。▼鳥羽僧正[とばそうじゃう]の絵巻物。▼見越入道[みこしにうどう]の▼縞の布子[ぬのこ]着たる▼赤本[あかぼん]の戯画[たはれゑ]などそこはかとなく繰り広げみれば。心にうつりゆくもの皆[みな]化物[ばけもの]にあらざる事なし。薬缶[やくわん]は▼天狗に似て。壁の飛沫[しぶき]は幽霊と疑ふ。然[しか]はあれど。怪しきを見て怪しまざれば怪しきもなし。と云へる古語[こご]を思へば皆[みな]我意[わがこころ]の迷ひなり。ただ人の心の妖怪[ようぐわい]ほど恐ろしきは無し。皆[みな]の子供衆[こどもしゅ]とかく心の化物[ばけもの]を退治すべし合点[がてん]か合点[がてん]か
▼千秋万歳 京伝戯作 画工可候
▼京伝見世[みせ]各々様[おのおのさま]御贔屓[ごひゐき]あつく日に増し繁昌仕[つかまつ]り有難く奉存候[ぞんじたてまつりそろ]裂地[きれぢ]▼紙煙草入[かみたばこいれ]御鼻紙袋[おはながみぶくろ]類[るい]御煙管[きせる]当年は別[わけ]て珍しき新型出来申候[もうしそろ]御求[おんもとめ]可被下候[くださるべくそろ]
▼大道[だいどう]にて京伝作と申[もうし]売り候[そうろふ]▼よみうりの類一切▼わたくし作にては無御座候[ござなくそろ]