御飯の炊き方百種(ごはんのたきかたひゃくしゅ)

はしがき
目次

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外国米の炊き方

其取扱方

  外国米の取扱ひは内地産米を扱ふのとは、其の扱ひ方に注意を要する点がある。

一、内地産米は御飯に炊く時、直ぐ磨[と]いで炊いても水加減に注意すれば、炊き損[ぞこな]いは無い。又朝炊くのに宵に磨いでおき、釜に仕掛けて置いて炊いても好[よ]いが、外国米は磨いで直ぐ炊くと出来損なふ。釜底の方は巧く炊けても上皮[うはかは]ツマ米が出来たり、心[しん]のある御飯になったりするから、磨ぎあげて十時間以上十五六時間は、水に浸して置かないと膨[ふっ]くりした美味[おいし]い御飯は出来ない。晩の御飯が足りないからと云って、ガサガサと磨いで直ぐ炊くやうな事は出来ないものと心得ねば成らない。

二、炊きあげてからは何[ど]うも臭ひがある、此の臭気を去る方法を取らねば成らない、全然臭気を去ることは出来ない迄[まで]も、之れを薄くする手段を取る必要がある。

三、外国米は粘り気が少い、冷飯[ひやめし]に成るとボロボロする、口に入れるとモソモソして喰ひ悪[にく]いものである。何[ど]うしたら粘り気が付[つい]てボロボロしないかと云ふ研究が必要である。

四、外国米のみの御飯、又は外国米と内地米と混合した御飯は、内地米のみを炊いた御飯より腐敗が速い、それは何[ど]うしたら防げるかと云ふ研究を要する。

五、外国米の御飯は炊き損ないする事が多いから、最も深い注意を払はねば成らないのである。

▼ツマ米…なかまで火が通っていない状態のごはん。
磨ぎ方

  外国米は総[すべ]て粘り気がなく其の質が脆[もろ]いものであるから、内地米を磨[と]ぐやうに力を用ひてゴシゴシ磨ぎ、又は強くガサガサ掻廻[かきまは]して磨ぐ時は、米の形が砕けて小米[こごめ]が多くなる虞[おそ]れがあるものである。で、之れを磨ぐには静かに手先で掻廻しては、下から上へ転覆[ひっかりか]へすやうにして、斯[か]うして水の稍[や]や澄むまで洗ひあげるが一番好[よ]い。洗米器と云って撞木[しゅもく]のやうなものでゴシゴシ洗ふ器械があるが、此様[こんな]もので掻廻はしては粉になって了[しま]ふから、磨ぎ方には最も注意をしなければ成らぬのである。

一、磨ぐのには普通のごとく水にて磨ぎ、何度も何度も洗ひ流すが好[よ]い。磨ぎあげた米は其の侭[まま]水に浸[ひた]しおき、釜に仕懸けるまで余り動揺しないやう成しおくが好[よ]い。

二、磨ぐときに微温湯[びおんたう]にてする時は、速く磨ぎあがる。

三、また熱湯をサッと注ぎかけ、極[きは]めて軽く掻廻し、夫[そ]れより普通の水にて磨ぐと臭気を去ると云ふ、脆[もろ]い砕け易い質であるから、熱湯を懸けた時に掻廻すに、一層の注意をして静かにしないと、ボロボロに欠ける虞[おそ]れがある。此の点には余程注意をしないと洗って居る中[うち]に遣[や]り損ふ。

四、何[いづ]れの方法にても磨ぎあげた米を、水に浸[ひた]しおくことは忘れては成らぬ、外国米は日本米より四五時間多く水に浸し、猶[な]ほ浸す水に一掬[きく]の塩を投じ、甜[な]めて塩気[しほけ]を感ずる位の度とし、少くも十時間以上浸しおいて炊きあげてから臭気の失[うせ]るのだ。

▼小米…砕けたおこめ。
▼洗米器…容器のなかに米を入れ、付属の棒でこれをかきまわして洗うもの。手をぬらさずにおこめがとげるというシロモノですが、普及率はいまひとつだった。
▼撞木…丁字型の木。鉦などに使われるばちの形。
▼微温湯…ぬるま湯。
▼一掬…ひとすくい。少々。
仕懸け方

  いよいよ御飯に炊く一段になって内地米に交[ま]ぜるのなら、洗米に能[よ]く掻き交ぜて釜に仕懸けね、その仕懸けには二様[やう]の遣り方があるが、之れは内地米の仕懸けと変[かは]りがない。

一、水にて仕懸けるもの。

二、湯にて仕掛けるもの。

▼仕懸け…こめを釜に入れる。
水加減

  これには同じ外国米と云っても産地、または米質に依[よっ]て大きな相違がある。それに外国米ばかりを炊くのと、内地米に交[ま]ぜて炊くのと水加減が一様[やう]に成らない。元来外国米は水を吸収することが多量である。内地米を炊く積[つも]りで仕馴れた水加減で遣るときは、意外[とんだ]失敗を招きオヤオヤと云っても最[も]う後の祭りである。左[さ]の標準に依ては適宜各自の工夫を要する。

  熱湯の中へ米を入れる場合には初[はじめ]より水を煮沸[しゃふつ]させるにより、廿分の一乃至[ないし]廿分の一半を減ずる、即ち二升の水加減とすれば一升九合或いは一升八合五勺とするが適度である、実験上に於て前項より此の方が殖える。

第一法

  【悉皆[しっかい]外国米で炊く時】は、一升の米に対して水一升五六合のものは、水の吸収力の余程少量なのである。普通は一升七八合位から二升程を要する、若[も]し磨ぎ立ての外国米のみを炊くとせば、一割以上も増さねば釜中[ふちう]上部の御飯は膨[ふっく]りしたものき出来ない。

  実験上外国米だけで炊く時は、水を吸収することが多いだけそれだけ一番分量が殖えるのであるが、食べてあまり感心できぬ場合が多い。だから経済上から割出した場合は致方[いたしかた]ないが、甘[うま]く喰[た]べようと思ふなら、第二法、第三法、第四法、第五法、第六法を用ふるがよい。又胡麻塩をふりかけて喰ふもよい。 

▼悉皆…ぜんぶ。すべて。
第二法

  【内地米と外国米と折半】にして炊く場合には、一升の米量に対する水加減は一升三四合以上一升六七合の間[かん]に於て見計らはねばならぬ、之れも熱湯の場合には最も多量なので一升五合、最も少いので一升三合位の割合である。殖えることは第一法よりは無論少ないが、日本米を喰[た]べつけてる人には味に於ては此の方が一番よい様[やう]に思はれる。

第三法

  【外国米三合、内地米七合】の割合にて一升の米を炊く場合には、水加減は一升二合五勺位の割にて好[よ]いのである、之れも熱湯にて炊くときは、三勺ほどの分量を減ずる。尚[なほ]外国米四合に内地米六合の場合もこの割合に準じて水加減をすればよい。経済本位、喰[た]べ頃本位の人にはこの位の割合に混ぜたものなら、最も喰[た]べ加減である。

第四法

  【外国米二合、内地米八合】の割合ならば、前の比例に準じ約一升一合五勺位の水加減をするは云ふまても無いことである。これはほとんど内地米本位のやり方であまり経済上徳用ではないが、外国米をあまり喰[た]べつけぬ人なら、先[ま]づ此方法より始め、漸次[ぜんじ]に外国米の分量を多くした方がよい様[やう]である。

▼漸次…だんだんに。
第五法

  【外国米五合、内地米四合、餅米一合】の割合にて炊く場合には、一升三四合から一升六七合位水加減を応用して差支[さしつか]へなくよく出来る。実験上この割合に配合した御飯は食して美味[おいし]く感じ且[か]つ徳用であり相当に殖えもする。安価、美味、共に推奨すべき最も日本人に適した配合法であらふと思ふから、一般的にこの方法を広く応用してもらひたいものである。

第六法

  【外国米七合、餅米三合】の割合にて炊く場合には、水一升四五合にては出来損ずることがあり、炊きあげた後[のち]もちと硬[こわ]いから普通一升六七合と云ふ辺が適当の水加減である。併[しか]し前にも述べた様[やう]に米質に依[よっ]て水の吸収力に大変相違があるのであるから、時と場合により多少の増減は勿論[もちろん]工夫を要するのである。この方法は東京府立高等女学校が実験発表した最良の炊き方で「外国米八合に内地米二合」としても結構である。

第七法

  【外国米五合、内地米三合、挽麦[ひきむぎ]二合】の割合にて炊くとせば其[その]水加減は一升四合位の加減をよしとす。大体内地米も挽麦[ひきむぎ]もあまり水を吸収せざるもの故[ゆゑ]其積[そのつも]りにて水加減をすべし。この割方は徳用の割方なれどあまり喰[た]べて美味ならず。胡麻塩をふりかけ食すべし。

▼胡麻塩…胡麻塩をかければ、とりあえずは、ごまかしごまかし食べられるようである。
第八法

  【外国米一升に甘藷[かんしょ]百五十匁】と食塩少量を加へ炊くも好[よ]し、この水加減は一升七八合を度とする。中々[なかなか]殖えるから至って徳用である。

▼甘藷…さつまいも。
第九法

  【外国米七合、鳩豆三合】これも食用として安価なるも人により凡[すべ]てに推賞し難[がた]し。水加減は一升六七合を度とする。

▼鳩豆…煎った大豆。とりのえさ用として売られていた粗末なもの。ポソポソ。

  前記九法の内最も中流階級に適当するものは第二法(五、五の割)、第三法(三、七乃至四、六の割)、第五法(五、四、一の割)の三法適当し、下級階級にて外国米本位のものは第一法(全部)第六法(七、三の割乃至八、二の割)、第七法第八法を適当とす他[た]は其場合により便宜配合して宜[よ]しとす。

火加減

  旧来の土竈[どへっつい]と開閉自在の竈[かまど]とは火力が違ふし、又土焜炉[つちこんろ]に土製の釜輪[かまわ]を置きて竈に代用するものとは、前者と後者には大きな相違がある。御飯の出来る火力は同一であっても、燃料に就ては無論一様でないが、火の燃[も]し加減引き加減は別に特種の遣り方は無いのである。

  普通の御飯を炊く原則通り、初めヂワヂワと燃[も]し、中頃火力を加へ、噴き出したら文火[とろび]にして蒸し炊きにするのであるが、此の蒸し炊きにする時間を米飯を炊くのより長い間おくがよい。殊に外国米のみ炊く場合とか或ひは外国米の分量が多い場合などは、蒸し炊きの時間を成るべく多くして、むらし方も長時間を置くと膨[ふっく]らした御飯が出来る。

▼土竈…土をぬりかためて造った昔ながらのかまど。
▼土焜炉…素焼きのこんろ。七厘。
▼釜輪…お釜を乗せることが出来るようにとりつけるへっつい形のもの。
炊き方

  以上の順序を追ふて炊くのであるが、内地米を炊くのと外国米を炊くのとは異なる点がある、それは左[さ]の通りである。

一、噴き止んで残らず水を引いて了[しま]った時を図って、釜中[ふちう]の御飯を上から下へ能[よ]く掻き交[ま]ぜて廻転させ、十分にむらすと炊き損じる事は無い。併[しか]し此の法は御飯が速く腐敗する虞[おそ]れがある。之れは外国米を折半以上に混交して炊く御飯に限る。

二、噴き止んでむらす時に、一升の御飯に対して約一合以下の熱湯を、満遍なく上より振り掛けると、上部の御飯も能[よ]く蒸されて、膨[ふっく]りと出来るが、之れは外国米ばかりの時でなく、内地米と交[ま]ぜて炊く場合にも応用して差支[さしつか]へない。

  また熱湯を用ふると同じやうに、清酒を吹き掛けるは猶更[なほさら]妙である、これは少し贅沢な遣り方である。内地米でもツマ米の出来た時には此の法に限るが、特に強飯[こわめし]には此の法が好[よ]い。

▼折半以上…五割以上。
▼強飯…おこわ。
むらし方

  火を引きて後[のち]むらす間は、外国米の御飯および外国米の多く交[ま]じった御飯ほど普通の御飯よりも此のむらし方わ長くしないと、膨[ふっく]りした御飯に成らないのである。外国米ばかりのものとか折半のものなどに至っては、普通よりは倍以上をむらすのが好[よ]いとする。最も炊き方も違っては居るが、支那などでは半日もむらすと云ふことである、二合三合の外国米が入った御飯でも、普通の御飯より長い間むらすのが好[よ]い。

うつし方

 むらしあがった御飯を御櫃[おはち]にうつすには、成るべく釜肌[かまはだ]即ち釜に付着した部分は後よりうつすやうにするが好[よ]い。釜肌に着いた部分は何[ど]うしても水分を多く含んで居るから、腐敗することが速いので、釜肌を後でうつせば其の飯は御櫃[おはち]の上皮になる、依[よっ]て食するに速い、腐敗するまで喰って了[しま]ふからである。

▼御櫃…ごはんを入れとく木製の桶。おひつ。
臭気を去る法

  これには種々[しゅじゅ]の法があって薬品などを用ふる人もあるやうに聞くが、あんまり素人が薬品などを用ふると反[かへ]って危険の虞[おそ]れが無いとも言[いは]れないから、ごく 簡単でしかも効験のあるものを挙げておく。其[その]撰定は各自の採るに任せるとして、実験上第四の法が最も効力があるやうで、防腐を兼るから一挙両得である。

一、最も簡単であるは、生薑[なましゃうが]を一ッ入れて炊くと臭気を全く去る訳には往かぬが、余程薄く成って鼻に触れない程度までには成る。

二、磨いだ時甜[な]めて見て漸[やうや]く塩気[しほけ]を感ずる位の程度の塩水に浸して置くと、炊きあげてから臭気を著[いちじ]るしく減じ、米質に依ては殆ど臭気を去って了[しま]ふ。

三、ユカリ(紫草[しそ]のこな)の少量を加ふるもよく風味ありて臭気を消す。

四、釜に米を投じて仕懸ける時、一升の米に対して三勺位の酢を入れて炊くと、臭気が取れるばかりでなく、腐敗を防禦[ばうぎょ]する効能がある。

防腐の法

  外国米で炊いた御飯、外国米の交[ま]じった御飯は、実験上何[ど]あも腐敗が速い。殊にむらしに掛けて居る間に、釜中[ふちう]にて未[ま]だ半炊きの飯を廻転させたものは、夏場から秋口にかけて飯の腐[くさ]れ易い時期には、何[ど]うかすると朝炊いたものが夕方にはもうベタ付いてくる。甚だしいのに成るとプンと臭ひがする事がある。翌朝になると僅か二三合入れたのでも、杓子に引っ付き銀色の光を出してきて、湯茶を掛けると白く濁って、ひどくプンと臭ひが鼻を襲ふが例であるから、外米を利用するには四季の別なく、腐敗を防ぐ方法を取る要がある。

一、飯を炊く時梅干一粒を入れると酸味が出て、御飯の腐敗を防ぐに重宝である。又飯櫃[おはち]へうつす時、底へ梅干一粒入れ置いても腐敗を防ぐ効はある。

二、前のよりは実験上から酢を入れる方が効力の多いことを保証する、外国米に対しても内地米に対しても、御飯中に酢を入れると保[たも]ち方が著[いちじ]るしく異なる、朝炊いた御飯を手置きさへ好[よ]くすれば、仮令[たとへ]外国米ばかりの御飯でも、翌日の正午頃までは湯茶を掛けても濁ることは無い。外国米その物の特有なる臭気も失せ、腐敗も防げるから全く両得であるので。内地米の能[よ]く磨ぎあげて炊いた御飯なら、翌日は愚[おろか]、翌々日の朝ぐらゐまで茶の濁ることもなく、飯粒に銀色を帯びてテラテラ光ることなどは毛頭無いのである。

校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい