御飯の炊き方百種(ごはんのたきかたひゃくしゅ)

はしがき
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朝鮮米の炊き方

  朝鮮米は誰[た]れも知る如く其の米質は内地米と同一である。成分に於ても亦[ま]た殆ど変[かは]りが無い、朝鮮米は内地米の三等米と同じ位であるから、取扱ひも亦[ま]た内地米と違へなくてよいのである。双方とも一升に対する力(滋養量)を比較して見ると、

内 地 米

五・二四〇

朝 鮮 米

四・九八〇

  斯[か]くの通りであって、其の差は僅々〇・二六〇より無い訳になるのだ。で、朝鮮米と内地米との差等が無い事も明[あきら]かである。御飯にして喰[た]べて見ると其の味に於て美味には乏しいが、三等白米と同等の滋養分であれば、味にも大差が無いとする時は、台所経済として朝鮮米の方が、[あたひ]に於て廉[れん]であるから、之れを食する方針に出るを便[べん]とする、何を困[くる]しんで高価な内地米ばかりを喰[た]べやうとするのは愚の至りである。

▼力(滋養量)…カロリー。
▼価に於て廉…おやすい。

  精白米に就て実験上の談に拠ると、最も精白した米ばかりを鳥獣に与へると、脚気病[かっけびゃう]のやうな状態になるものである。精白しない米を与へると夫[そ]れが癒[なほ]る。そこで初めから精白しない米ばかり与へてゐると、決して其様[そんな]状態には陥[おちい]らない。此の極[きは]めて脚気に似た病気を、医者の方では白米病と言[いっ]てゐる。之れも鳥獣にのみ限っての状態でない、人間にも亦[ま]た応用することが出来る事実がある。脚気病者に麦飯が好[よ]いと云ふのもつまりは此の理であるから、人間が高価を払って最上等の米を喰[た]べるのは、余り感心した訳には成らない、人間が最上等の精白米を喰[た]べるよりも、半搗[はんつき]の二等米位を喰[た]べるのが丁度好[よ]い、半搗米を嫌ふものならば普通三等米が適当であると云ふ事である。之れに拠って見ると三等米と同一なる滋養分を有する朝鮮米は、我れ我れ生活上に対して又適切なる飯米[はんまい]と成る訳である。滋養分に於ても味に於ても大差のない、朝鮮米を常用とする事は台所経済の最も注意を要すべきであるが、只[た]だ朝鮮米は小石や砂が割合多い。それは米の性質が陸穂[をかぼ]であって籾[もみ]を磨[す]るときに注意の足りない為め、砂石[しゃせき]が自然と米の中へ混合するのである。然[しか]し追々改良されてる声を聞くから、混砂[こんしゃ]の割合も次第に減少するに違ひない。

▼脚気病…ビタミン不足から発生する病気で、おもくなると死に至る。白米にはビタミンが無いため、おかずでビタミンを摂る仕組みが確立されていなかった昭和初期までの献立では、白米食がその原因になりやすかった。
▼混砂…砂とか小石が混じっていやがること。やや不良品。

  御飯に炊きあげて喰[た]べる時に、ジャリリと歯に当ったり舌へザラリと来ては、気持の好[よ]いものではない。如何[いか]に美味[おいし]い御飯でも喰ひ心地の宜しいもので無いから之れを除去する方法を講じなければ成らない。産出地の朝鮮では笊[ざる]に柄[ゑ]の付たものの中へ米を入れ、軽く動かし砂を漉[こ]して小石を拾ひ取ってゐる。其の遣り方は極[きは]めて幼稚で迂遠[うゑん]の除去方法であるが、斯[か]うすると砂は大抵漉[こ]して了[しま]はれる。砂の漉[こ]せた米は上皮[うはかは]から段々手に掬[しゃ]って他の器に移し、また振り動かしては上皮を掬[しゃ]くいして往くと、最後には小石がゴロゴロと残るので、之れを指頭[ゆびさき]で拾ひ捨てるのである。其の跡に残る所の小石は、どうかすると一升の米の中で、沢山あるのは小[ちいさ]な猪口[ちょこ]の三分の一もあるのがある。斯[か]うして砂と小石を除いた一升の米を再び量ると、二勺より三勺の減りの立つのは敢[あへ]て珍しくないので。で、朝鮮米を御飯に炊くには、是非この笊漉[ざるこ]しを遣らねば、炊きあげて後[のち]何となく喰ひ心地が悪く、為に米の味に於ては左程に不味[まづい]とも思はないが、何[ど]うも喰ふ気に成れいものである。併[しか]し内地に輸入されてゐる米には夫[そ]れほどの混合物は無いやうだが、朝鮮米の特質たる砂と小石はどうしても多いから、随って一般に嫌はれる傾向を有して居るのである。

  そこで此の砂や小石を除去するには、糠篩[ぬかぶるひ]の如きもの、或ひは目の荒い水嚢[すゐのう]の類にて漉[こ]して砂を去り、軽く振って居るときは自然と小石は底部に下[くだ]るものだから、上皮より米を掬[す]くい取りて、底に残る砂や小石を取り去るが、手軽で簡便の一法であるのだ。米を磨ぐ前に此の法を行ふもよろしいが、稍[や]や磨ぎあがって濁水[だくすい]を流すとき、水嚢に米を入れ桶またはバケツの類に水を張り、其の中へ洗米を入れた水嚢を入れ、水の十分に被[かぶ]さる程度でグルグルと静[しづか]に廻してゐれば、砂は荒い目から落ち小石は米より重量[おもみ]があるので下へ淀む処を除くのが好[よ]い。

▼迂遠…めんどうくさい。
▼上皮…上の部分。
▼糠篩…中ぐらいの網目のついたふるい。
▼水嚢…水などを切るときに使う網状の道具。
▼濁水…おこめをといだ時の白いみず。
磨ぎ方

  朝鮮米は内地米に比べて軟弱であるから、磨ぎ方にも注意を要するは云ふまでも無い。然[さ]れど外国米ほど脆[もろ]いものでは無いので、取扱ひにも楽な点がある。余りゴシゴシ力を入れて磨ぐのは好[よ]くない。普通の米を磨ぐと同じやうにして、能[よ]く洗ひ流して濁水の去るを度とする。

一、洗ひあがりたる米を、其の侭[まま]水に浸し置き、炊くとき其の水にて水加減をする好[よ]い。夏季などにて前夜洗ひおきて翌朝炊く時、浸し置く水が腐敗してブツブツ沸いて居る場合には、其の水の侭にて仕懸けると炊いた御飯が速く腐敗するから、ザット一度流して炊くのが好[よ]いのである。全体御飯の出来方は浸した水で炊けば、ふっくりとした御飯が出来るのだから、冬季などは無論この法が好[よ]いのである。

二、磨ぎあげた洗米を、笊[ざる]にあげ置いて炊く時、釜に仕懸けるが好[よ]い。

仕懸け方

  内地米を仕懸けると殆ど同じ方法で好[よ]い、一夜浸し置いた水にて仕懸けるのと、汲[くみ]たての水にて仕懸けるのと、温湯[ぬるまゆ]にて仕懸けるのと、熱湯にて仕懸けるのとがある。

▼仕懸ける…こめを釜に入れる。
水加減

  これも内地米と大差がない。

一、一夜水に浸した米の水加減は、一升の米に対して一升強の水にて好[よ]い。

二、水に浸した米を仕懸ける時、一旦洗って釜中[ふちう]に入るるには、スレスレ一升で好[よ]い。

三、温湯[ぬるまゆ]にての水加減も前に同じ。

四、熱湯にて仕懸けるものは、幾分控へ目に加減するまでである。

火加減炊き方

  等は内地米と別に変[かは]りがない、内地米の御飯を炊くのと凡[すべ]て同じ心持[こころもち]でたけばよい。

火加減炊き方

  火加減、水加減等にて炊き損じツマ米が出来たり、片煮えなんどが出来たときは、小[ちいさ]い茶碗に一杯ほどの湯を、むらす中に振りかけるもよいし、酒ならば猶更[なほさら]妙である。

▼ツマ米…なかまで火が通っていない状態のごはん。
▼片煮え…半煮え。加熱がゆきとどかなかった状況。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい