実業の栞(じつぎょうのしおり)運送店

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運送店

[この]業には汽車積[きしゃつみ]汽船積[きせんつみ]和船積[わせんつみ]といふ別ありて、近来発達せしは汽車積荷なり。郵船会社[いうせんくわいしゃ]通運会社[つううんくわいしゃ]等はその営業者の最も大なるものにして、此他[このほか]市内には日本書籍運輸会社[にほんしよじゃくうんゆくわいしゃ]三立社[さんりつしゃ]三鱗社[さんりんしゃ]槌勝[つちかつ]小林[こばやし]金井[かなゐ]等有名なる店数軒あり。

▲資本金

は市中個人の店にて大[だい]一万円中[ちう]五千円小[しゃう]千円ぐらゐを要し、地方となれば大[だい]三千円小[しゃう]五百円位あらば運転自在なりと。


▲営業振

全国鉄道及び汽船積[きせんづみ]は各駅各港、和船は京浜間及び安房[あわ]上総[かづさ]駿遠豆[すんえんづ]等の漁場より送荷するに止[とど]まり、自然汽車汽船の方[ほう][かち]を占[し]め居[を]れり鉄道積には一二三級と高級品との四種ありて、大凡[おほよそ]一哩[マイル]の運賃百斤[きん]に付き一級二厘二級三厘三級四厘高級六厘にして、運送店の手数料百斤に付[つき]一二級品二銭三級及び高級品三四銭までなり。

▼京浜…東京―横浜。
▼駿遠豆…駿河、遠江、伊豆。
▲荷為換の事

荷為換[にかはせ]といふは、産地の荷主出荷の際、運送店より出荷の証明をとりて、其地[そのち]銀行より其荷に対する価格の金を借受[かりうけ]しむる法なり。運送店にては送状[おくりじゃう]へ右の金を荷為換として記載し、産地より鉄道汽船和船へなり積込むまでの元運賃(俗に之[これ]を津出[つだ]しと云ふ)と又積立てる運賃とを記載し送荷するものにして、此[この]元運賃と積立運賃とは発送地運送店の立替[たてかへ]なり。さて着荷の上は指定運送店にて配達の前、荷為換付の荷物は荷受主へ通知すれば、荷受主は指定の銀行へ為換金[かはせきん]わ支払ひ、引替証[ひきかへしゃう]を運送店へ見するを俟[まっ]て、始めて配達するといふ定[さだめ]なり。されど時には運送店荷受主が平常[へいぜい]の情実上[じゃうじつじゃう]引替証なくして荷を配達し、後にて荷受主銀行へ支払延滞の事ありて、運送店は大[おほひ]に困難する事あり。因[ちなみ]に記す、前記元運賃積立運賃は出荷地運送店の立替なれど、其店小にして元運賃非常に多額なる時は、已[や]むなく之[これ]を着地の店に立替さする事あり、俗に之をマクリといふ。そて此元運賃立替は百円に付[つき]日歩[ひぶ]五銭の割[わり]にて、運送店は利益を申受くるなり。

▼小にして…規模が小さくて。
▲繁忙の時期

は十月より翌年の二月頃までの五ヶ月にして、三四五六月は並、七八九の三ヶ月は閑散の時なりとす。


▲利益

といふは立替手数料配達手数料其他[そのた]の手数料等にて、又鉄道積[てつだうづみ]は運送店より鉄道局社へ支払納金割戻[しはらひなふきんわりもどし]といふ事ありて、三千円まで年に三分[ぶ]三千円以上五分[ぶ]といふ割戻[わりもどし]あり。是等[これら]は鳥渡[ちょっと]目に見えぬ利益なり。猶[なほ]同じ荷物中にても、綿布[めんぷ]鉄器[てっき]薬品等は割[わり]よく、荒物類[あらものるゐ]陶器類[たうきるゐ]は割[わり]悪きものとせらる。


▲雇人の給金

倉方[くらかた]となれば食料つき五円より十円まで、帳簿[ちゃうぼ]荷取[にとり]も略[ほぼ]これと同じく、馬夫[うまかた]車力[しゃりき]等は日雇[ひやとひ]同様にて配達の多少により高下ありて一定せず。

海山を積み重ねたる初荷かな 昇旭

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▼馬夫…馬あるいは馬車に荷物をのせて運搬する労働者。馬方。
▼車力…だいはち車に荷物をのせて運搬する労働者。
校註●莱莉垣桜文(2013) こっとんきゃんでい