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画本纂怪興(えほんさんがいきょう)

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花車[くはしゃ]
いにしへ三途川[さんづがは]に堕落せし女衆口[しゅがう]地獄のお迎[むかへ]迷土[めいど]使[つかひ]しげければ線香の煙にむせび二六時中が其間身を切りくだく責苦[せめく]に逢ふさま語るもなみだなりけらし

せん香の細き煙を立[たち]かねて此世[このよ]からなる花車[くはしゃ]のくるしみ
読人しらず

▼衆口地獄…衆合地獄。八熱地獄のひとつ。『正法念処経』に曰く、ここには刀葉林という場所があって、刀の葉が生えた樹の上から美しい婦女が呼びかけて亡者をのぼらせる責苦があります。
▼迷土…冥土。ここでは吉原などの遊里。
▼使…生前に罪を重ねた亡者を連れに来るという地獄の「火車」を引いたもの。「花車」は遊里の「やりて婆」をさす言葉。
▼二六時中…一日中。
▼切りくだく…遊里であそびの時間をはかるために使われていた線香を店の者がときどき折って、時間をごまかしてた事を地獄めいた字句にしてつついたもの。
▼細き煙…線香の「煙」と貧しい生活を示す「細き煙」のかけことば。家が窮して吉原に身売りをしました、ということ。

のたまく
口より杜鵑[ほととぎす]を吐[はく]がんばり入道[これ]は口より反吐[へど]とぎすを吐[はく]釘抜 [くぎぬき]のかんばん入道ともいふべきものか嗚呼[ああ]こぢつけなるか

人が酒酒が酒のむさけがまた人をのんではのたまくとなる
少々道頼[しゃうしゃうみちより]

▼がんばり入道…便所に出ると言われていたもので、ほととぎすの鳴き声をさせるなどと言われていました。
▼反吐とぎす…「杜鵑」と「反吐」の地口。「のたまく」という名前は、口から反吐を「のたまわく」する様から。
▼釘抜のかんばん…看板。折助たちの着物のこと。紺看板や茶看板などと色で呼び分けます。紋は釘抜(奴凧でも大体これ)が多かった。画面では橋の上で折助姿の「のたまく」がげろげろげろ。
▼少々道頼…狂歌師。

箱入娘[はこいりむすめ]
対王丸[づしわうまる]折琴姫[おりことひめ]の亡魂[ぼうこん]ならば古葛籠[ふるつづら]に影を隠すべし此[この]唐櫃[からびつ]にこめたるは陰陽師[おんやうじ]安倍[あべ]の保名[やすな]云号[いひなづけ]の信田[しのだ]の庄司[せうじ]が妹姫[いもとひめ]葛葉[くずのは]にてもありぬべし蘆屋道満[あしやどうまん]うらなはすべし

出る出ると音には聞[きけ]ど今に見ぬましゃうの物か箱入娘
伊勢あば介[いせのあばすけ]

▼対王丸…厨子王丸。『山椒太夫』に出て来る人買いにさらわれてしまう少年。対王丸は浄瑠璃の『由良湊千軒長者』(1761)などでの表記。
▼折琴姫…浄瑠璃の『姻袖鏡』(1765)の登場人物。捕方に捜索される時に古葛籠の中に隠れる場面から。
▼陰陽師安倍の保名…浄瑠璃の『蘆屋道満大内鑑』(1743)の登場人物。
▼云号…安倍保名のいいなづけ榊の前。
▼葛葉…榊の前の妹。浄瑠璃などではこれに化けた狐が、保名と恋仲になり結ばれます。
▼蘆屋道満…『蘆屋道満大内鑑』の登場人物。安倍晴明と同門の陰陽師。
▼うらなはすべし…『蘆屋道満大内鑑』で、蘆屋道満と安倍晴明のふたりに流れ着いた櫃に入ってるものを占わせる場面から。こちらの櫃の中身は安倍保名。
▼ましゃうの物…魔性の物。どちらも「出る」とか「居る」とか言われるけどあんまりお目にかかった事はないです、という意味の狂歌。
▼伊勢あは介…狂歌師。伊勢阿婆介。

引込禿[ほみこみかぶろ]
かぶろ菊の性すくすくと[とう]に立[たち]ずっしと立[た]ったる其[その]ありさま[あね]女郎の目にはいとおそろしかるべし

八ッの鐘つき出し頃に見ゆるなり夜は地色[ぢいろ]を引込禿
大屋裏住[おほやのうらずみ]

▼かぶろ菊…花の「かぶろ菊」と「禿」(かむろ)のかけことば。かぶろ菊は秋明菊のこと。
▼すくすくと…かぶろ菊の茎が長いところから。大きいものだと1mちかくまで延びます。
▼姉女郎…新造などの禿より先輩の遊女たち。「引込」というのはお客のよくとれる上玉ということで、お姐さんたちよりもお客をとるようになるということをモトにしたもの。
▼八ッの鐘…午前2時。丑の刻。吉原などではみんなお布団で眠る頃。
▼つき出し…鐘の「撞き」と子供のうちから妓楼で育てられた「突き出し新造」のかけことば。
▼地色…お客以外のイイひと。
▼大屋裏住…狂歌師。狂歌の仲間「本町連」の元老のひとり。

銭首[ぜにくび]
飛脚屋忠兵衛なるものの父孫右衛門罪を侵したる子を助け我身[わがみ]も其場[そのば]を立退[たちのき]下駄をさし傘[からかさ]を履[はき]いといと怖しときうろち に目をまはして空[むなし]くなる其霊[そのれい]銭首といふ者になりてあわてたる人の[ゑり]まつり入[いる]となん

[からかさ]ろくろ首とは引[ひき]かへて是[これ]はみじかきはした銭くび
地引長綱[ぢびきのながつな]

▼飛脚屋忠兵衛…亀屋忠兵衛。浄瑠璃の『冥途の飛脚』(1711)の登場人物。女郎の梅川に入れあげて、店で扱っている金に手を出し、おたずね者となります。
▼孫右衛門…『冥途の飛脚』の登場人物。忠兵衛の実の父親。和州新口村の大百姓。
▼下駄…孫右衛門が雪の降る中、氷にすべって転び切れた下駄の鼻緒を、梅川に直してもらう場面から。傘を履くという姿は、「陳南仙人」などが笠に乗って浪を渡る漢画などから。
▼襟…金のこと。画面では大きな一枚の寛永通宝を襟巻きにした姿が描かれています。
▼まつり入…まきつく。
▼ろくろ首…傘の骨を上にあげる部品の「ろくろ」と「ろくろ首」のかけことば。お金持ちを示す「襟が長い」という言葉を引いたもので、ろくろ首は首が長くなるので襟元も長くてお金持ちだが、文銭一枚じゃ襟元は短いな、という狂歌。
▼地引長綱…狂歌師。

籔にらみ[やぶにらみ]
五雑組[ござっそ]に曰[いはく]麒麟[きりん]戦い日[ひ][しょく]する時[この]怪物日合[ひあはひ]に出[いで][はい]をなす

おそろしき虎は千里の籔にらみ日月[じつげつ]の目はいからさかさねど
人並成貫[ひとなみのなりつら]

▼五雑組…明の国の随筆集。天・地・人・事・物のことをいろいろとまとめた類書。
▼蝕する時…虎が交わると日暈が生じ麒麟が争うと日食が起こるという説を引いたもの。
▼日合…家と家の隙間。日かげ。画面でも蔵と家の間に描かれています。
▼拝をなす…おがむ。日食の様子を直射日光のささぬ場所から観る様子をモトにしたもの。
▼千里の籔…お芝居の世界で、唐土にあるといわれている広大な竹やぶ。虎がいっぱい住んでいます。
▼日月の目…虎のギラギラ光る目のこと。
▼人並成貫…狂歌師。人並貫成。

しわん坊[しわんぼう]
いにしへしわんぼうといひし者有財餓鬼道[うざいがきどう]に落[おつ]欲心[よくしん]業火[がうくは]さかんに燃[もへ]爪は灯心[とうしん]となり身の油は灯油[ともし]となる[ぜに]ほしや金[かね]ほしやと泣喚[なきさけ]びしとぞされども其[その]光り貧女[ひんじょ]の一灯にはおとりしとなり

しわんぼうりん燭台を吹[ふき]けしてわが爪に火をとぼしてぞ出る
高砂浦風[たかさごのうらかぜ]

▼しわんぼう…けち。
▼有財餓鬼道…おかねに対する執着心が大きすぎるひとを餓鬼にたとえたもの。本来は何かしらのきっかけがあれば食べ物を口にする事が出来る責苦を受けている餓鬼たちの世界。
▼欲心の業火…貪欲の心から燃えさかる火。画面では爪の先から業火が吹き出ています。後ちに山東京伝は『化物和本草』(1798)で「爪の火」、『怪談摸摸夢字彙』(1803)で「古銭場の火」という同趣向のおばけを書いています。
▼灯心…あかりをともす芯。
▼身の油…財産。
▼貧女の一灯…自分の髪を売ってようやく買えたお灯明を祗園精舎へささげた女性の話。けちとは真逆の世界ということ。
▼りん燭台…けちをさす「吝嗇」(りんしょく)と「燭台」のかけことば。けちなので燭台はつけません、もったいねェ。
▼高砂浦風…狂歌師。

へまむし与入道[へまむしよにうどう]
世の中を楽にへまむし与入道延越山[のしこしやま]に隠れて[せん]となる彷彿[ほうほつ]たる其姿[そのすがた]身の毛も立[たた]ず恐ろしくも何[なん]ともなし

みこしぢに年をへまむしよ入道星の眼[まなこ]物も夕月
深艸青人[ふかくさのあをひと]

▼楽にへまむし与入道…「楽に経(へ)る」と「ヘマムシヨ入道」のかけことば。「ヘマムシヨ入道」は「へのへのもへじ」のように文字で横顔の坊主を描く文字絵。後ちに山東京伝は『怪談摸摸夢字彙』(1803)で「ヘマムシヨ入道」という同趣向のおばけを書いています。
▼延越山…のしこし山。文字絵。春画ノ非常ニ原始的ナモノデゲス。
▼仙…神仙と化すこと。
▼彷彿たる…ぼんやりした。文字で姿が出来てるのでシカタナイヨ。
▼みこしぢ…越後の方へ向かう「越路」と「見越し入道」のかけことば。画面では巨大「へまむし与入道」に山道をゆく旅人がおどろいている様子が遠見に描かれています。ただし「ヘマムシヨ入道」は左しか向けないため、走る旅人との視線があまり合ってません。
▼物も夕月…「物も言う」と「夕月」のかけことば。星の眼からの縁語。
▼深艸青人…狂歌師。深草青人。緑青人。

山の主[やまのぬし]
前世[ぜんせ]にては餓鬼大将[がきだいしょう]此世[このよ]に生[うま]れて山の主となる手におへぬ化物なり七里[ななさと]これを憎むとなり

[われ]ひとり山の主なるかぶっきりとかく子供を追欠[おひかけ]るなり
紀信俊[きののぶとし]

▼山の主…お山の大将。餓鬼大将とおなじこと。あばれん坊な子供をモトにしたもの。
▼七里…おおくの村々。どこへ行っても。
▼かぶっきり…禿切。きりかぶろ。子供の髪型のひとつ。おかっぱ頭。 ▼紀信俊…狂歌師。

がらくた
死損[しにぞこな]ひのへぼくた[け]してがらくた親仁[おやぢ]となる

用に立[たた]ぬがらくた親仁かうをへて後は其家[そのや]の邪魔となるなり
調面畏[てうめんかしこ]

▼へぼくた…くたびてるもの。
▼かうをへて…劫を経て。ながい年月をへて霊力をたくわえること。画面では巨大なご隠居がお勝手で食物をつまみぐいしてる様が描かれています。 ▼調面畏…狂歌師。

三日坊主[みっかぼうず]
友ぞめき三日ぼうずといへる妖怪[やうくわい]あり清書[きよがき]一度め小僧と姿を変じたちまち秋風[あきかぜ]に乗[じゃう]じて天上[てんじゃう]せしを目[ま]のあたりに見たると武部源蔵[たけべげんぞう]が記録に筆[ひつ]せり

うそ吹[ふき]虎より人のいやがるは三日坊主のおこす秋風
山鳥長尾[やまどりのながを]

▼友ぞめき…ともだちと大騒ぎすること。
▼三日ぼうず…三日坊主。物事をながつづき出来ぬひとをさす言葉をモトにしたもの。
(参照→和漢百魅缶「三日坊主」)
▼清書…習字の清書。
▼一度め小僧…一ッ目小僧の地口。
▼秋風…「秋」と「飽き」のかけことば。手習いしててもすぐに集中力が欠乏しちゃう様。
▼天上…湖や山から竜などが天にのぼること。手習いをほっぽらかしてどこかに行っちゃう様。
▼武部源蔵…浄瑠璃の『菅原伝授手習鑑』(1746)の登場人物。作中で寺子屋の師匠をしている所から引っぱってきたもの。
▼うそ吹し…うなり声をあげること。
▼秋風…虎がうそぶくと風が起こるという言葉「虎嘯風生」を引いたもの。
▼山鳥長尾…狂歌師。

折目高[おりめだか]
石部金吉[いしべきんきち]といへる武士[もののふ]金兜[かなかぶと]をかぶりて死す其霊魂[れいこん]折目高尾[おりめたかお]の山に住[すん]で時としておそろしき姿に現[げん]ずとなん

半月も人の居つがでいやがるは[け]せうやしきと折目高には
埒明兼[らちのあきかね]

▼石部金吉…遊んだりしない、堅い男のひと。
▼折目高尾…物事にこまかく厳しいひとを示す「折目高」と「高尾山」のかけことば。
▼おそろしき姿…画面では首や肘や膝や着物など折れ曲がる箇所に目の玉がある姿が描かれています。(参照→和漢百魅缶「折目高」)
▼居つがで…居ついてみて。
▼化せうやしき…ばけものやしき。「化物屋敷」と「折目高」な人の所とは半月も同居できゃせぬわ、という狂歌。
▼埒明兼…狂歌師。

棒だら[ぼうだら]
唐人之寝言[とうじんのねごと]に曰[いはく]呀[大+口][ふわだら]棒[大+口][ぼうだら]やあ[大+口][だら]棒だら沖中[おきなか]船頭[せんどう]あんぽん丹と云[いふ][大+口][たら]安本丹[あんぽんたん]ともに魚[うお]の名なりされば魚腹[ぎょふく]に葬らるる船幽霊[ふなゆうれい]をいたみその唱哥[せうが]なるべし

ぼうだらにあたり近所はあきはてぬ折々人の生[いき]ぎもをぬく
五月雨兼古[さみだれのかねふる]

▼唐人之寝言…通じぬ言葉。外国語でもわからないのにそれが寝言なら更に意味不明理解不能じゃ、ということ。
▼呀[大+口]…前半は「ふわ鱈、棒鱈、やあ鱈、棒鱈」、後半の「沖中船頭」は船荷を小船に積むひと、「あんぽん丹」は笠子魚(かさご)のこと。「棒鱈」は酔っぱらいのことで、ドロンケンになって意味のわかんないむちゃくちゃな歌を唄ってるひとをモトにしたもの。
▼魚腹…溺死して魚のえさになること。
▼唱哥…法要のときに僧侶が唱える歌。先ほどのむちゃくちゃな歌の文句を船幽霊たちへのおとむらいデスとこじつけています。
▼五月雨兼古…狂歌師。

鯰坊主[なまづぼうず]
日向国[ひうがのくに]宮崎[みやざき]のわたりに此魚[このうを]あり十方内入道[とほうもないにうどう]といへる者破戒[はかい]の罪によりてかくあさましき姿となりたるよしなり彼[かの]宇治拾遺物語に記[しる]せる出雲寺[いづもでら]の別当[べっとう]が鯰[なまづ]になりたる類ならんか

市川[いちかは]ひっ立[たつ]波の底に居て鯰坊主の声ぞおそろし
判事由清[はんじのよしきよ]

▼破戒…僧侶が戒律をやぶってしまうこと。
▼あさましき姿…画面ではなまずの体にお坊さん(芝居の鯰坊主)の頭がついている姿が描かれています。鯰坊主は歌舞伎の『暫』に出て来る悪玉の手先のひとり。山東京伝は『化物和本草』(1798)で「人面の鯰」という同じく芝居の鯰坊主をモトにしたものを載せています。
▼出雲寺の別当…都の出雲寺の別当だった上覚という僧が、夢に出て来た父が転生してなったという鯰を助けずに食べてしまったら骨がのどに刺さって死んじゃった、という『宇治拾遺物語』にある話を引いています。
▼市川の…市川団十郎と「川」のかけことば。団十郎が『暫』を演ずるところから。

東都画者 北尾政美
作者 森羅万象

寛政三辛亥歳初春
書林 江戸本町三丁目 西村源八 版

▼東都…江戸。
▼寛政三辛亥歳…1791年。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい