其跡[そのあと]より座中照りかがやきし有様[ありさま]誠に日中のごとくなりしがたちまち一疋の狐座席につきて曰[いわく]誠▼見越入道の恨[うらみ]は尤也[もっともなり]我々も其[その]率[をうむね]を言はんとて手を握りし▼鼠の油揚げを喰ひながら語るを聞[きけ]ば火は元[もと]木より生じて水に形を失[うしな]ふ火より生ぜし土は木に其[その]疾気を奪[うば]はる夫[それ]ゆへに▼三百八十四爻[こう]六拾四卦[け]にも▼木生火火生土水剋火木剋土皆[みな]相生相剋[そうぜうそうこく]する謂[いい]なり檜[ひのき]を強くこすれば火を生し火の盛[さかん]にして消[きへ]て残る所は灰と成[なり]是[これ]土にあらずや此[この]論を知らず▼めったむせうに細雨[こさめ]降り物淋しく風[かぜ]静[しづか]なる夜に灯りを見付ると▼夜の殿の御迎燈灯[おむかいてうちん]▼狐火也[なり]とののしる愚知[ぐち]なる哉[かな]我々が其[その]火を点[て]んずるに荼毘場[やきば]から▼骨を喰[くは]へて歩行[あるく]とは浅はかとや云[いふ]べき勿論[もちろん]▼文盲愚昧[もんもうぐまい]の婦女の説とは言[いへ]どつれなき論[ろん]也[なり]夫[それ]は餌餉[ゑがひ]でも仕[し]て有[ある]狐にて食物[くいもの]にとぼしくないゆへにそんな慰みもなさんや食物も喰[くは]ずに▼八ッ下[さが]りに机の上へ乗[あげ]られた▼手習子[てならひこ]を見るやうになんの面白ひことあらん是[これ]も人界[にんがい]の私シを知らざる事よりして如右[みぎのごとく]▼人間万事塞翁[さいをう]が馬する事なす事▼左前[ひだりまへ]▼富[とみ]をつけたら当[あた]らふかと▼三匁七分五厘▼上野[うへの]の清水[きよみづ]の舞台から菅笠[すげがさ]冠[かぶ]って飛んだ気になり取らぬ先から仕案[しあん]を極め三拾両で▼家作[かさく]を仕[し]て跡[あと]六拾両程を拾五両一分抔[など]と山も見へぬ物よろこび▼出鬮[でくじ]の札を行て見る其皃付[そのかほつき]千四五百番当[あて]が違ひアァ運が来ぬと言[いひ]つつ夫[それ]から博奕[ばくち]の▼大三重[だいさんぢう]やぶれかぶれの▼高張りが出ては取られ出ては取られ夜更[よふけ]に帰るうすぐらき小燈灯[こてうちん]に▼鉄火蝋燭[てつくわらうそく]とやらをこしらへて灯[とも]し多葉粉入[たばこいれ]の銭を員[かぞ]へ小雨の降るに▼襦袢[じゅばん]一枚で帰りの鼻唄には明日の米と懸[かけ]る▼日なしに行暮[ゆきくれ]て跡[あと]ゑも先ゑも参りがたくて心に思へど寒さにはたへかね口へ出ずサァ夫[それ]を一町程先からみて色々に考[かん]を付けアレが狐火でござるしかも大キな白ひ狐もふ▼榎[ゑのき]を百度程飛[とび]越した奴で有[あら]ふとの噂から起[おこ]り翌日[あす]は夫[それ]に尾に尾わ付[つけ]て咄[はな]すゆへ実尤[げにもっとも]とうなづき狐仲間の▼化道具[ばけどうぐ]となり替[かは]り形は襦袢ゆへに白く蝋燭でなひものに火を灯[とも]すから火の色も一入[ひとしほ]幽[かすか]なるゆへ尤[もっとも]の言[いい]也[なり]天不言[てんものいはず]人を以言[もっていふ]とはかかることを言[いふ]べきぞよくよく我[わが]論ずる所を聞給[ききたま]へ親は▼爪へ火を灯し骨から油を出して家職を大切に勤[つとめ]らるる息子を▼そそなかしてはよい▼青首が有[ある]の雄鶏[をんどり]が懸[かか]ったとなぐさんで引[ひき]たくる是[これ]を先に言[いふ]人の骨に小便を仕懸[しかけ]るの利に当らんや又[また]人柄[ひとから]の能[よき]に至っては▼内会[ないくわい]とやらをはじめ壱匁逃[にげ]何本突出[つきだ]し▼仲赤[なかあか]の突[つき]ぬけ▼団十郎海老抔[など]とあらゆる弥陀[みだ]の四拾八願も皆[みな]能聞[よくきけ]ば忌詞[いみことば]の読[よみ]くせを知らす物を逃[にげ]る程[ほど]拙[つたな]き事はあらず武ならば敵に後を見せたりと笑ふ女は逃[にげ]ればちちくり逢[あい]の転び寝に親は▼お仕着施[しきせ]の▼勘当なるべし何本突出[つきだ]しも此[この]趣意[しゅい]也[なり]人を独り▼チャアフウにしててらして見ろ突出しものとなる▼むかしよりして▼志津が嶽の▼七本突出しは手柄者と誉[ほむ]れと今の▼突出しは蜜夫[まをとこ]の縁切[ゑんきり]に本亭[ほんてい]の頼みを出した女房も細堀[ほそとふ]程な流れの身となるも此[これ]▼釈迦如来の御導道[ごいんどう]より起[おこ]る仲赤団十海老も如此[かくのごとく]戯場[しばい]の狂言で誉[ほめ]らるるこそ嬉しかるべきに人のなぐさみものとなり▼厄と呼[よば]れて人にいやがられ▼三十三か四十弐かと思へば左[さ]はなくして小娘[こむすめ]裏姥[うらかか]の張箱[はりはこ]の隅に押込[おしこま]れ末は化粧をはがれて歌がるたとなり▼むべ山風と言[いふ]大嵐となる哀れなる哉[かな]▼小倉百首は二条家和歌の祖[そ]定家[さだいへ]卿世々の歌集より勝[すぐ]れしを百首撰むで山庄の詠[ゑい]とせられしをいつの世よりか歌かるたとなりて▼雲の上人▼地下の婚礼の飾り道具となりしを今は横竪[よこたて]月雪花[つきゆきはな]の褒美を付[つけ]て勝負[かちまけ]の論となる俗の内で▼寺を建立し真菰[まこも]にあらぬ盆胡蓙[ぼんござ]を敷[しき]或[あるひ]は箱を入[いれ]て札左廻りに揃ふ物左廻りにならぬうち思ひ切[きる]こそ過改勿憚[あやまってあらたむるにはばかるなかれ]の本文[ほんもん]有[あり]けふは誰[た]が寺翌日[あす]はこれが寺と夜更[よふけ]るまで灯[あかり]の光るをこそ誠に▼墓の火とも名付[なづく]べきかその下品[げほん]に至[いたっ]ては内で拵[こし]らへると▼ゆたぶりが来ると号して[舟+婁][やかた]を借り切り夏は人も行[ゆか]ぬ▼尾久[をく]や綾瀬[あやせ]の芦[よし]の中にて夜を更[ふか]しぬるを筑紫の浦の▼知らぬ火と詠[よみ]しに相当せんや夫[それ]がこうじて口論となり互[たがひ]に丸はだか相光院[そうこういん]の大喧嘩鍋釜[なべかま]棚梁[たなはり]をたたきこわして大平[たいへい]の巻物広げても▼丑満頃[うしみつごろ]さわぎゆへ人は眼[め]が覚[さめ]ても知らぬふりじだんだを踏んで誰も留めてもなく尤[もっとも]の付[つけ]てが無ひゆへ手刃庖丁[でばほうてう]を研[とぎ]すましひらめかすこそむかしは知らぬ武士[もののふ]のこととふ人も無き▼古戦場の火にひとしからん斯[かく]ふ人柄[ひとがら]になる人も振り帰りてつばきをはきかけず親類縁者皆[みな]胡瓜[きうり]を切り茄子売[なすびうり]も店請[たなうけ]を断る女房は蜜夫[まをとこ]をこしらへちちくり逢[あい]ゆへ中宿[なかやど]を付[つけ]て歩行[あるき]何でもつらまへると一仕事[ひとしごと]と仕案[しあん]は克[よけ]れど向[むこ]ふも蜜夫[まをとこ]をする程の男ゆへとらまるやうな仕打[しうち]を働らかずどうぞしてつらまへやうつらまへやうと気をもむ是[これ]を名付[なづけ]て胸の火と号す内へは▼日なし米や真木[まき]やの催促は▼火の車より廻りが早く▼阿鼻[あび]地獄も眼[ま]の辺[あた]り是[これ]こそ化物[ばけもの]とも妖怪[ようくわい]とも言[いふ]べきを雨夜[あまよ]に灯[とも]す狐火とは余り情[なさけ]なき事也[ことなり]▼日照雨[ひでりあめ]が降ると▼狐の嫁入りと▼結納[ゆいのう]もやらぬ先の押推量[おしすいりゃう]▼恋しくば尋ね来て見よとは読[よみ]しは我等[われら]が仲間のこしゃく者の娘▼忠信[ただのぶ]に化[ばけ]た千年[せんねん]経[へ]た夜の殿は義経公の言葉下さる▼眉毛につばきをつけて我々に化[ばか]されんことをはかるより眼前[がんぜん]人に化[ばか]さるることなかれと火の光り幽[かすか]に消失[きへうせ]り
▼アアラ閻浮[ゑんぶ]恋し渠略[かげろう]の夕[ゆうべ]を待[まち]蝉[せみ]の春秋[はるあき]を知らぬも人間有為[にんげんうい]の▼業界[ぎゃうがい]ぞかしとて出たるは腰より下の無き白小袖[しろこそで]幽霊ならめと弐人[ふたり]の者は空恐[そらおそろ]しく▼怖ひ時の仏頼みぞをかしけれ件[くだん]の女細く▼ゑんにやさしき声にてごめんなんしと言[いひ]ながら我をさなき時より聞[きき]はつりたるに▼枝垂柳[しだれやなぎ]の下に髪を乱し▼白無垢一点にて腰より下のなきを幽霊と言[いふ]わたくしも迷土[めいど]から笑ふてをりました皆様[みなさん]のをっしゃる通り皆[みな]我身[わがみ]の上に有[ある]化物を知らず我々が幽霊もその趣意有りわたくしも元▼やんごとなき御方に宮仕へをなして侍[はべ]りきに両親[ふたをや]のまづしきをすくはんと身は▼河竹の浮節[うきふし]繁業[しげきわざ]となりて一夜流れの梶枕[かぢまくら]哀れ人情の拙[つたな]きを物語[ものがた]んと▼長きせる取出[とりいだ]し多葉粉[たばこ]輪に吹[ふき]ながら語るを聞[きけ]ばむかし▼管仲[かんちう]が▼女閭[ぢょろ]七百を開[ひら]きしより後[のち]見ぬもろこし 果▼吉備[きび]の末[すへ]筑波[つくば]の山の陰までも情[なさけ]を商[あきのふ]準縄[てほん]とはなりけらし▼半点朱唇万客嘗[はんてんしゅしんまんかくなむ]との七句誠[まこと]美意とや言[いは]ん我々が好き好んで此道[このみち]に入るにあらず親兄夫弟[しんきゃうてふい]の為に此骸[このからだ]を売[うっ]て▼人参代[にんじんだい]となり又は前の亭主の縁切を勤む孝に売[うり]し骸[からだ]に▼綾羅錦繍[りゃうらきんしう]をまとひ▼呉葉綾葉[くれはあやは]も我々が夜着蒲団に価[あたい]をいとはず斯[かく]二ッ並ぶる▼木地を隠せし塗枕[ぬりまくら]孝に貢[みつぎ]しそのかたはれは親の目を盗み或[あるひ]は親方の眼[まなこ]を掠[かすめ]し不孝の人に枕を並ぶ啌[うそ]は表向[おもてむき]の商売道具▼ちょちょらは其人[そのひと]に因[よっ]て病[やま]ひの積[しゃく]痞[つかへ]を起[をこ]す▼ぬしはおうちさんがありんせうねと言懸[いいかけ]て末は女房よ我妻[わがつま]よと唄はせ七尋程[ななひろほど]有[ある]文[ふみ]は皆▼うそのぜいたくすゑすゑまでも御見捨[おみすて]なくと▼板行[はんこう]に起[おこ]した様[やう]に読めぬ手で書[かき]ちらしそれを▼鼻毛が釣付[つりつけ]られずを不知[しらず]人目を忍び▼中宿[なかやど]をこしらへ或[あるひ]は髪結床[かみゆいどこ]で読[よめ]ぬ癖にふしをつけ何だか用が有[ある]とて晩ほどぜひぜひ御かよひ下されかやうまち参候[まいらせそろ]と言[いふ]にをどろき質屋を拝む様[やう]に言[いひ]て工面十面で身貌[みなり]を拵[こしら]へいきせき来て見ると何のさしたることもなき御用の筋[すじ]今夜はぬしにも言[いは]れまいと思ふて▼七種[ななくさ]を仕舞[しまっ]て貰ふ客人が来[き]んしたからどふぞ名代[みゃうだい]も取[とり]にくかろふから帰[かへっ]てくんなんしそして外[ほか]へ行[ゆき]なんすなよもし行[ゆき]なんすと待[まち]ぶせをと半分聞[きい]て何だ七種[ななくさ]をれにそう言へば言[いい]にどうども仕[し]てやらうものをとうぬが質屋から上ゲ下ゲ仕[し]た事をば店[たな]へ上ゲてぜいたくの巻物[まきもの]サァその言葉が難有[ありがたく]なり七種[ななくさ]をおれに仕舞[しまは]せぬ所がよっぽどあいつき印とうぬが方から道理わつけるぞ客の習らいならめ今は▼襟元の世の中にて寝巻[ねまき]でも立派な女郎は立引が有[あら]ふとて来る客多しまた我仲間では▼指を切るが何両▼爪を放[はな]すが何匁▼髪を切[きる]がいくらと呉服やの▼引札[ひきふだ]の様に直段付[ねだんづけ]を仕[し]て酢を煮立[にたて]▼起請[きせう]は書出[かきだ]し間違ひ▼文殻[ふみがら]は▼高田の新富士を▼張抜[はりぬき]に仕[し]ても余る位也[くらいなり]間夫[まぶ]の文[ふみ]は人目を隠す▼文枕[ふみまくら]と変ず▼外面似菩薩[げめんにぼさつ]と▼竜猛大士[りうもうだいし]の法[のり]の教[をしへ]空恐[そらおそ]ろし少しも酒は呑[のみ]んせんと言[いふ]奴が脇の座敷では▼煮抜[にぬき]玉子を大口に頬張[ほうばり]り蚫[あわび]のふくら煮を笄[かんざし]で喰[くら]ふ其上[そのうへ]にて潤醒[かんざま]しの茶碗酒こん夜の客は▼新五左だから遅く寝る工面の手くだに半切を継いで硯箱[すずりばこ]に揃へて座敷へ持[もっ]て這入[はいり]行灯[あんどう]の灯[ひ]を笄でかき建[たて]るがさいご長ひ▼てに於葉の始[はじま]り草も木も寝[ねる]に傾城[けいせい]▼郭公[ほととぎす]の啼渡[なきわた]る時分客に大いざこざを起[おこ]させて猛[たけ]き武士[もののふ]の疳癪[かんしゃく] 強[つよく]隣座敷の▼二上りの▼忍び駒に流れの苦界[くがい]はてしなくいとしのごのしっぽりは誰[たれ]さん今宵[こよい]はさぞをしげりでありんせうと言[いわ]るるもただ一盛[ひとさかり]其人[そのひと]に末を頼[たのま]んと思へば足の遠ざかるに随[したが]ひまた流れ来る▼ぶらぶらものにさそふ水あらば行[ゆか]んとぞ思ふ替りやすき心は情[なさけ]を商[あきの]ふものにして誠の情[なさけ]を売らずおいらんのことば▼ひし隠しに我[わが]気に喰[くは]ぬ▼傍輩[ほうばい]の難癖[なんくせ]を言[いい]ふらす心の鏡の曇るこそかなしけれ▼上馬啼紅頬[ばにぜうじてこうほうになき]今日[こんにち]ハ漢宮[かんきう]ノ人[ひと]明朝[みゃうてう]ハ胡地[こち]ノ妾[せう]ト平仄[ひゃうそく]せし▼照君[せうくん]もこころの曇霞[くもりかすみ]なく金銀にかかはらず画工[ゑし]の拙[つたなき]き心から万代[ばんだい]の末まで名を四筋[よすじ]の糸に思ひ出[いだ]さるる大真美人[たいしんびじん]も木茘枝[もくれいし]を好[このみ]香[にほい]を留[とめ]て我骸[わがからだ]の悪[あし]き匂[にほ]ひを止[とど]め甚[はなは]だ太り肉[しし]の▼立臼[たちうす]に菰[こも]を巻[まい]た位[くら]いの女なりしも世に▼馬塊[ばくわい]が原の愁眉[しうび]ともてはやし玉の笄[かんざし]を置土産にして使[つかひ]の方士[ほうし]は▼あんけらこんけらと言身[いふみ]で玄宗皇帝に勅答[ちょくとう]なしけり我々が末も祗園[ぎをん]の梶[かぢ]は及[およば]ずながら▼三十字[みそじ]余り一[ひ]ト文字をつらねて今の世も是[これ]を賞美とす▼三国[みくに]小女郎は大の立引[たてひき]もの▼高尾[たかお]は紅葉に錦の浮名を世に包む▼勝山[かつやま]は髪の風に毛筋[けすじ]の匂ひを残し▼上巻[あげまき]は江戸紫の玉川に人のこころも調布[たっくり]の狂言ぜりふには中車[ちうしゃ]が事を言ひ出して▼お屋形女中の涙の種となりけらし▼玉菊[たまきく]が為には七月中のとうろうには▼闇の夜は吉原斗[ばか]り月夜哉[かな]と言[いう]句もかかることを言[いふ]ならん女も名を末代に残して同じ一夜の妻[つま]衣[きぬ]に重々し言の葉を結ぶゑにしが深くなると悪ひさんだんをして乱りな三味線の糸にかかり或[あるひ]は思ふ中を引き分[わけ]られて乞食の身となりぬ近き頃まで誰とやらは▼八橋の十三筋を芦簀張[よしずばり]で調[しらべ]しありさま外見[ぐわいけん]を知らぬ面[つら]の皮千枚の上迄を張抜[はりぬき]しと見へたり其末[そのすへ]に至[いたっ]てはいつぞや下の日待[ひまち]の夜旦那さん方[がた]芸者衆多くの中でこなさんかと言[いう]文句のふしで頬冠[ほうかぶ]り格子[こうし]の先の合言葉たばこをやるから手拭[てぬぐひ]もさらす垣根の垣間見[かいまみ]は▼地廻り株の色事師誰は幾人[いくたり]持って居る己[をの]は何人と言[いう]奴に間夫[まぶ]は勤[つとめ]のうさばらしと道理をつけて誠の誠をつくし内は▼人目の関[せき]をいとひ禿[かぶろ]が口留[くちどめ]は花笄[はなかんざし]の袖の下を遣[や]って当名[あてな]も知れし様[さま]まいる▼こがるるよりの上書[うわがき]もみすの封の破れ安く終[つい]に朋輩[ほうばい]にとくつかれ▼髪結部[かみゆいべ]やには居たたまれずせうことなしの部屋住[ずま]ひ惣じて主人の天空[あたま]の上を▼草履を履ひて勤める商売だから笄[かんざし]で楊枝[やうじ]を遣[つか]ひながら▼籠[かご]の鳥だから仕方が無ひとあきらめる能[よ]ひも悪ひも一時の栄花にて▼新造がとふに立[たつ]と▼鉄漿[かね]初[ぞ]めをこわがって客の少[すくな]ひも▼一夜検校[けんぎゃう]▼半日乞食段々と客が落[をち]るに随ひ▼身上売喰[しんしゃううりぐひ]同前なり其時[そのとき]よふこそ間夫[まぶ]が搆[かま]ふべきや入替への壱ッも引く時は見せの鼻へも来たれどもこっちのからだが白無垢壱枚で現世[げんせ]の幽霊と言身[いふみ]だから恐ろ敷[し]ひことと寄付[よりつ]くものもなしサァ此時[このとき]に成ると人の目に付ひて艶[つやや]かな髪を乱し皃[かほ]も青く見へ一[ひと]しほに化物[ばけもの]の縁[ゑん]によるぞかし女は母の仕付[しつけ]がらにて幼少よりしてきびしからんものならば抔[など]か▼色地獄へ落[おち]ざらんや▼貞女両夫[ていじょりゃうふ]ニ不見[まみへず]と言[いふ]を▼一双玉手千人枕と呼[よば]れしは千人のひらったく言へばなぶりもの也[なり]斯[かく]のごとくならば▼傾情[けいせい]に誠なしと言[いふ]をから一概に覚[おぼ]へて言[いふ]ならんと見ん人もあらんか傾情[けいせい]に誠が有らば運のつき此[この]一句をこころへて勤[つとめ]る身も買身[かうみ]も啌[うそ]は啌[うそ]誠は誠と言[いふ]うちにも我に誠をつくせば外の客にも誠有らんなればやっぱり▼菎蒻[こんにゃく]やのこんにゃくなり▼定家[ていか]卿式子[しょくし]内親王と契らせられ中絶[なかたへ]にし時▼なげくとも恋[こ]ふともあはん道やなき君かつらぎの峰の白雲[しらくも]と詠ぜられぬるを父▼五条三位夫迄[それまで]は世の憚[はばか]りもありとつよく諌[いさめ]られけるを此[この]歌わ御覧じてとても止[とど]まるまじとてうち捨[すて]をかれけるよし歌は恋の中立[なかだち]となりまた俊成[しゅんぜい]卿のをぼしめしも甚[はなはだ]感ずるに絶へたり浮世の[手偏+上下][かせ]ぎ▼今は女が強く成[なり]娘は茶見世[ちゃみせ]▼楊弓場[やうきうば]▼奈良茶やにも女多く錦の織物も▼びいどろの手水鉢[てうずばち]に金魚のをよぐのを菓子を喰ひながら見て来ては咄[はな]しにならず十弐文で▼唐鳥[からどり]を見ては孔雀[くじゃく]の羽根を広げるを見ず▼中洲[なかず]の四季庵[しきあん]を銭なしの光りものは腮[あご]を長くして覗[のぞ]き込む▼あたじけない姑婆々[しうとばば]も七月中頃[なかごろ]施餓鬼船の遊山[ゆさん]は跡の嫁は大船[おうふね]に乗[のっ]た心なるべし▼人に幽霊あり仏に化物あり仏も木地[きぢ]ではありがたみがうすいから金銀の箔に化粧道具の紺青[こんせう]緑青[ろくせう]是皆[これみな]我々がをしろいにひとしからん人の心は木地にして▼田夫[こけ]な者は田夫[こけ]に粹[すい]な奴は粹[すい]是[これ]を神国[しんこく]の正直と言はんに今の世は金銀の上化粧[うはげせう]に野夫[やぼ]も粹となり是がなければ▼二本棒で町[てう]送りになる六塵[ろくぢん]の楽欲[けうよく]皆[みな]厭離[ゑんり]しつべし其中[そのなか]にただやめがたき迷ひの一ッには老[をい]たるも若きも知有[ちある]も愚なるもと書[かき]し▼兼好法師が筆の号[すさみ]思ひ合[あは]せてうれしけれ女は操[みさほ]を守るを専一[せんいち]といへども▼常盤御前[ときはごぜん]は破りながら源家再興の操[みさほ]をあらはす▼巴御前[ともへごぜん]が力自慢は行末[ゆくすへ]がつまらぬもの傾情[けいせい]もその通りかの賎[いや]しき人に枕かはして末は夫婦となりし誠は此道[このみち]に多き女の操[みさほ]を明[あきらか]にする手本ならんや夫[それ]も皆こふいふ意気地[いきぢ]が有[ある]と思ふと大了簡[ををりゃうけん]違ひ毛氈[もうせん]の初開[じょびら]き男は此所[このところ]を考へてよく勘弁有[ある]べき也[なり]▼伯叔[はくしゅく]が首陽で蕨[わらび]を喰[くは]ずの行[ゆき]だをれも賢人仲間のやぶれかぶれ▼楠公[なんこう]中将が湊川の討死[うちじに]は▼芳野の大裏[だいり]へ面当[つらあて]と思ふ一途な物には論は無益[むやく]也[なり]▼紅閨楼[こうけいろう]の妓女[ぎぢょ]に限らず高きも賎[いや]しきも恋は思案の外[ほか]と思ひ給ふと裸地獄の幽霊仲間に成り給ふまま娘は嫁入先[よめいりさき]で▼持参金を鼻にかけず▼傾情[けいせい]上[あが]りは糠味噌[ぬかみそ]へ手を入れた事が無ひと言給[いひたま]ふな▼ドロドロヒウヒウと消へに懸[かか]れば▼見越入道が声でなぜ逆様[さかさま]にドロドロヒウヒウと言[いふ]拍子だと咎[とが]めければ是[これ]は幽霊の出端[では]にはヒウドロドロとひしぎの笛で間に合へども引込みぎはだから逆様にドロドロヒウヒウと無そう多葉粉箱[たばこはこ]の中へ消へ失侍[うせはべ]りぬ