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大通俗一騎夜行(だいつうぞくいっきやぎょう)巻之一

巻之一
巻之二
巻之三
巻之四
巻之五

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大通俗一騎夜行 序

四時[しじ][おこなはれ]百物生[はくぶつなり]天何言[てんなにいふ]との言葉[げに]むべなり造物化する其例[そのためし]多し世に行[おこなは]るる怪異[くわいい]の説は細雨[さいう]の夕部[ゆふべ][らい]の暮々[くれぐれ]白妙[しろたえ]にあらはれ出[いづ]る言草[いひぐさ]のみなり斯[かく]戸ざさぬ  御代[みよ][しづか]なれば怪異の有[ある]べきことにしもあらず予[よ]筆に言ひもて行[ゆけ]ば各々[おのおの]世に行[おこの]ふなまめかしきこと亦[また]は名聞[みゃうもん]くるしき言葉つきづきしを拾ひ集[あつめ]て我師[わがし] 鳥山翁[とりやまおう]の画給[ゑがきたま]ひにし百鬼夜行[ひゃつきやぎゃう]の標題にもとづきて一騎夜行と表[ひゃう]す初[はじめ]に優[ゆう]にやさしき男と心も猛[たけ]きいとさうざうしき人玉の盃[さかづき]の底なき[かすみ]汲分[くみわけ]て世の名聞を問答なし次に見越入道の古[ふ]る事[ごと]は芸術も人の上みに立[たた]んことを戒めあやしの狐火に奕打[ゑきうつ]者のひかりかすかな物語は幽霊の話[わ]妓女小鬟[ぎじょせうくわん]の慎みを書[かき]つとひ羽[は]を伸[のす]天狗に定めなき世は槿花[きんくわ]の栄[さかへ]を思ひ合[あは]せ姑獲鳥[うぶめ]の世話[せわ]に処女が糸竹[いとたけ]の音色の乱るるを妬[ねた]皿屋しきの数は女の罪の深きを悟[さと]す狒々[ひひ]の猿知恵はいぶせき名利[みゃうり]の心の花の香[にほ]ひを留[とめ]鬼の空言は但一口[ただひとくち]に空言[くうげん]なる昔語[むかしがたり]を彼是[かれこれ]十種取集[とりあつめ]て教訓の助[たすけ]にもなりなんと世にあらはし侍[はべ]りき僣踰[せんゆ]の罪ゆるしてよかしと其初[そのはじめ]に筆を染[そむ]る事とはなりぬ

安永九
鳳城北根津隠士
裏町斎 志水ゑん十 自序

▼四時行百物生天何言…『論語』にある文句「四時行焉百物生焉天何言哉」を引いて来たもの。「自然は何も言わない、言葉に頼りきるのはいかん」という意味の教え。
▼実むべなり…そのとおりだ。
▼鳥山翁…鳥山石燕。燕十の絵の先生。
▼百鬼夜行…『画図百鬼夜行』(1776)
▼さうざうしき人…騒がしい野郎。
▼玉の盃の底なき…外見はよいけど肝心なところが抜けてるョ。『韓非子』にある言葉。
▼奕打…ばくちをする。
▼妓女小鬟…遊女と雛妓。
▼槿花…あさがお。
▼糸竹…三味線と笛。音曲のこと。
▼皿屋しきの数…皿屋敷のお菊さんがお皿の枚数を数える声。
▼いぶせき…あやしい。うたがわしい。
▼僣踰…でしゃばり。
▼安永九…1780年。
▼鳳城北根津…江戸の根津。鳳城は江戸城のことを唐名めいて言ったもの。

大通俗を謗て樽を枕とす

いつはりのなき世なりせばいかばかり人の言の葉うれしからまじと詠[えい]ぜられぬるも断[ことはり]なる哉[かな]天眼[てんがん]をしらずして[よし]の管[ずい]を持[もっ]て青空[てんじゃう]を覗[のぞ]けば 天の川のちちくり合[あひ]有り地に地廻[ぢまは]ちょんのまあり後世可畏[こうせいおそるべし]とはかかることをや言[いふ]ならん斯[かく]太平の御代[みよ][しづか][いさめ]の皷[つづみ]批謗[ひぼう]の木[き][ひさ]かたの雨あらかねの土万里[まんり]の外の国までも五風十雨[ゆたか]なれば押[おし]くるめて大通にいたらんと心ざす息子株[むすこかぶ]は諸芸を少しづつ覚[おぼ]へ人を眼下[がんか]に見るをもって我心[わがこころ]通なりとす爰[ここ]に同じ流れののらくらものあり所はおたんす町引出し横丁に鍵屋錠右衛門[かぎやぢょうゑもん]と言[いふ]金物や親父は例の銀ぎせる銀の様[やう]だと誉[ほめ]るくらひのあたじけなき[うま]れゆへ身上[しんしゃう]何不足なく暮[くら]しけるに花も一度は散り月も晦日[みそか]はくらやみの如く此世[このよ]十万億土へ店替[たなが]するが否[いな]や御惣領の野良蔵[のらざう]跡をふまへ手習[てならひ]の師匠様で覚へた学文[がくもん]を鼻に懸[かけ]詩歌[しか]連誹[れんぱい][こう]茶湯[ちゃのゆ]生花[いけばな]盆石[ぼんせき]の会に催主補助[さいしゅほじょ]となる侭[まま]だれも野良蔵様[のらぞうさま]と言人[いふひと]なく馬鹿様[ばろくさま]馬鹿様[ばろくさま]誹名[はいみゃう]が通り名になり段々通の魔道[まどう]へ引摺[ひきず]り込[こま]れ丁山[ていざん]は物ごしやはらか花扇[はなあふぎ]は口元がじんぜう[など]と知[しっ]たぶりからくりのはじまり先うらの空地の鞠場[まりば]を崩して別荘を建[しつ]らひ知った自慢の普請[ふしん]の造作[ぞうさく]鼠壁[ねづみかべ]に丸窓[まるまど]三角床[さんかくとこ]に炉[ろ]を切開[きりひら]き三枚折の屏風[びゃうぶ]五分縁[ごぶべり]の畳[たたみ]椽頬[ゑんがは]には蒲莚[がまむしろ]敷詰[しきつめ]床飾[とこかざり]左には雪花堂[せっくわどう]の彫刻[かいはん]せし鳥山先生百鬼夜行の青表紙[あをびゃうし]くり返し貴人高位の御居間と同じき結構なり馬鹿[ばろく]は毎日家職には構はず十露盤[そろばん]開平以上でなければ術にあらずと高ぶり伴頭[ばんとう]任せの投[なげ]やりさんぼう夜遊びがこうじて朝鉢坊主が中食喰[ひるめしく]ひに帰る頃[ころ]目をこすりこすり起[おき]て唐机によりかかり古句[ふるく]を以[もて]手柄[てがら]をせん事を考へ夫[それ]に輪を懸[かけ]唐詩選[とうしせん]で絶句が一二句も切抜[きりぬき]が出来て来るゆへ文徴明[ぶんてうめい]風の石摺[いしずり]を広げ立[たて]て書[かき]ちらしうぬぼれ流の読[よめ]かねぬ手となりけらしまたその頃茅場[かやば][へん]より引越たる浪人に笠野衛守[かさのゑもり]とて眼[まなこ]は蛇[じゃ]の目の如く奥歯に小骨のはさまったる様[やう]に人中で恥をかひても皃[かほ]に紅葉抔[など]とはむかしの事とて白張[しらはり]のやうなる短才文盲ぶ骨[こつ]の生[うま]れ付[つき]なりしが馬鹿[ばろく]は叮嚀[ていねい]にもてなし酒肴を出して饗応す時に衛守馬鹿に問[とふ]て曰[いはく][むか]しよりちと古文真宝[こぶんしんぽう]と言人[いふひと]をば野夫[やぼ]と名づけ[くるわ]の穴とやらを知るものを粹[すい]とやら通[つう]とやらと言[いへ]るがその野夫[やぼ]は身を持[もち]おふせ粹[すい]は身を喰ふ事[こと]眼前[がんぜん]なり如此[かくのごとく]今は代[よ]もおだやかなれば武は下方[しもかた]を専[もっぱら]らにし町人は貴様の様[やう]に文徴明が筆跡[ひっせき]古法眼[こほうげん]の懸[かけ]もの利休の茶酌[ちゃしゃく]と奢[おご]り日々に増長せり此[この]趣意はいかにいかにと宝暦時代に流行[はやり]し真鍮[しんちう]の桜[ばり]で畳を晦日掃除[みそかそうじ][ほど][たたい]て問懸[とひかか]れば馬鹿は手杵[てぎね]張のやに下[さが]扇ばちばちにて錦々然[きんきんぜん]として笑[わらっ]て曰[いはく][それ]非学者論に不負[まけず]との諺[ことはざ]なりおまへも昔[むか]しは武家方なれば黒ひ米の食[めし]を喰[く]ふたお方なれど先[まづ]武家は礼[れい][がく][しゃ][ぎょ][しょ][すう]の六芸[りくげい]を専[もっぱ]らにいたすべきを遊興の皷太皷[つづみたいこ]にうつつをぬかすとの問[とひ]はから一がいの論成[ろんなり]刀は鞘[さや]を出ざるを以[もって][たっと]む鎧[よろい]は神輿[みこし]先払[さきばらい]法師武者を見て初[はじめ]て鎧たる飾立[かざりたて]を知る如此[かくのごとく]なるあいだ今は鎧の飾り様[やう]を剣術師の伝授口伝と成るむかし保元平治より軍初[いくさはじま]大相入道[きよもりにうどう]廿四年が間穏[おだやか]にして寿永文治の兵乱[ひゃうらん]又は南北朝の時分に鎧を着るを伝授せばよき金儲けなるにその時分は今の加州蓑[かがみの]を雪見に着るよりこころ安かりしと見ゑたり世の静[しづか]に随[したがっ]て礼[れい]小笠原と窮屈がり楽[がく]は千部の笙篳篥[しゃうひちりき]を吹立[ふきたて]るを楽[がく]と覚[おぼ]へ其上[そのうへ]を一段やはらげて紫檀[したん]の細棹[ほそさほ]下方[したかた][つづみ]がむかしの胡徳楽[ことくらく]河南浦[こうなんほ]の洗ひ鯉の肴で呑倒[のみたを]れと成[なり]馬はどんな客でも鬼影[おにかげ]のやうによせつけざるふってふってふりぬく妓女[ぢょうろ]を乗[のり]しづめ弓を引[ひく]ことも能登殿[のとどの]は五人張[ばり]に十五束[そく]鎌倉の権五郎[ごんごろう]は眼[まなこ]の矢を抜[ぬか]ずして鳥海[とりのうみ]に返矢[とふのや]を射[い]かけしとは昔[むか]しの力強[ちからづよ]の沙汰[さた]今は五間[けん]間口[まぐち]に裏へ七間[けん]灯篭[とうろう][びん]を尻目に懸[かけ]楊弓[やうきう]の楽[たのし]み矢は一箱の内で五本か三本位[ぐらい]どんと言[いふ]は処女[むすめ]に気をとられて的[まと]にかかはらず誠に鹿を追ふ猟師は山を見ず枕草紙[まくらさうし]は言葉を不読[よまざる]の譬[たとへ][なり][かく]ことは四角な文字は知らずとも御ぞんじかしくを上手ににじくり独り寝の行灯[あんどん]にうっかりと枕淋[まくらさび]しき郭公[ほととぎす][など]と切字[きれじ]もなひ発句[ほっく]を書[かく]裏町[りてう]さんは可愛[かわひ]らしうありんすと言へば姉娼[をいらん][ふみ]の上書[うはがき]を頼[たよら]れ自切[しきり]鼻紙で封じてかよふ神をさらさらとなぐればこんど行[いく]と喰[く]ひものでも有[あら]ふと真実[しんじつ]らしく大恩寺前を人魂の飛[とぶ]やうに段々に礼に来てどふやらぬしをこふ言[いふ]ては御てうし申[まをす]やうでありんすがせんどは御文の上書[うはがき]を大[おほ]きに御世話でありんしたと言[いは]れる数[すう]の道[みち]は十露盤[そろばん]にはづれたるをもって太平の宝とす胸算用[むなさんよう]で大[たい]がいなことをずい流しにす世の人の奢[をご]りも如斯[かくのごとく]我等[われら]をはじめ分限[ぶげん]に応じて此様[このやう]に別荘抔[など]を建[たて]たと思はるるか大の不了簡[ふれうけん][まづ]家を建[たて]るにもどこぞの物数寄[ものすき]な家のこわしを買[かっ]て夫[それ]に手を入れ随分と金安に仕立[したて]内造作[うちぞうさく]其外[そのほか]諸道具も皆おっかぶせものを最上とすそこを穴知りとも通りものとも言[いふ]気生[きおひ][なり]お前も両腰さして歩行[あるか]ずと細身一本落[おと]しざし何か読[よめ]ぬ字の書[かひ]て有[ある]扇ばちばちになり給へ大通になりて夜行する時は百鬼も眼[め]さへぎらす鬼も一口に喰ふ昔男の色狂ひ近き事は白河法皇祗園の社[やしろ]の巽[たつみ]の御所に忍び車の夜[よ]の御幸[みゆき]にあやしの光りもの飛行なしたるを北面忠盛[ただもり]青狩衣[あをかりぎぬ]に上潜[くく]り下に萌黄[もへぎ]の腹巻して細身作[ほそみつくり]の太刀を帯[はい]て此[この]化物を生[いけ]どりけるに社頭[しゃとう]の油つぐ七十斗[ばか]りの法師なりけるよし是[これ]も白河帝の大通にて忠盛が萌黄[もへぎ]仕立[したて]の一肌ぬけた金錦[きんきん]の出立[いでたち]なれば人を殺さず育ててやりし大通心と云[いふ]べし夫[それ]はお先真闇[まっくら]五月雨の物語今はなほさら箱根からこっちに野夫[やぼ]と化物は珍らしく雪国から尊[たっと]き仏の開帳のとし鬼娘の生取[いけど]りを見せて朝参りぬる燈灯[てうちん]見物の帰りも是[これ]がために牛頭馬頭[ごづめづ]の様[やう]な婆々様[ばばさま]も巾着銭[きんちゃくぜに]六道銭[ろくどうせん]に一割を懸[かけ]て見物の声修羅[しゅら]の如くなりしが又上の段を思ひつく奴が出来て似せ鬼娘の替へ玉を橋向[はしむか]に拵[こしら]へて終に正真の鬼娘ははめにつきし発明な世の中なればおまへの様[やう]に一本さして燈灯[てうちん]は不用心と嘲[あざけ]り夜道をすれば百鬼夜行が若[もし]あらば出そふなものと云[いふ][うたがひ]が胸に出来る是[これ][まよ]ひの壱つとなりて襦袢[じゅばん]の干[ほし]たが幽霊に見へ玉杓子[おたまじゃくし]が見越入道に成る鳥山翁[をう]の書[かき]し百鬼前後の扁[へん]も初[はじめ]に松の老木[をいき]夫婦が千[ち]とせを経[ふ]る通[つう]の昔[むか]し物語より書出[かきだ]して生霊[いきりゃう]死霊[しりゃう]の墨の濃[こ]き薄きをあらはして後集[こうしう]に遣[つか]ひ仕舞[しまっ]衣々[きぬぎぬ]の夜明方[よあけかた]あほふ烏[からす]の啼渡[なきわた]る頃[ころ]影も幽[かすか]な言葉のゑんをとりて今年もはやまた拾遺の化物あり必[かならず][かならず]いかいことある物と思ひ給ふな漢帝反魂香[はんごんかう]も色事の一[火+主][た]なれば通の難有[ありがた]さは又格別なりなんでも今夜は内を出たが昏鐘だから根岸[ねぎし]通りをちっとも急ひで敵めがこうかけたらこうかけてと一身不乱に思ひつめて行[いく]から誠に鼻の先へ幽霊が出ても其人[そのひと]の面蔭[おもかげ]ではないかと思ふまま皆[みな]女の様[やう]に見ゆるぞかしと言[いは]れて衛守も此[この]返答に行暮[ゆきくれ]てとむかしむかしのせりふそう言給[いひたま]へば皆尤[みなもっとも]だが壱人夜道を貴公[きこう]の様[やう]に思ふてする社[こそ]百鬼[ひゃくき]の夜行ではなく一騎夜行の馬鹿[ばか]ものなりサァうちくつろひで一献汲[くま]ふと呑[のみ]をれさすればさしをれ呑[のむ]はと二ッ巴[ともへ]に定九郎[さだくろう]が親指のせりふやや盃盤狼籍[はいばんらうぜき]して二人ともに入子枕[いれこまくら]の組合[くみあわ]せ弐人[ふた]り漕[こぎ]出す白川夜船[しらかはよふね]荘子が小蝶の夢ならで鳥山翁[おう]が筆の跡[あと][うらみ]を世に伝ふるをこの草稿[そうし]の発端[ほったん]とはなしぬ

▼いつはりのなき世なりせば…『古今集』に載っている和歌。もしも、この世にうその言葉が無かったらどんなにいいだろう、という意。
▼天眼通…天はなんでもお見通し。
▼芦の管…芦のずいから天を覗く。視界が狭いことを言ったたとえ。
▼ちちくり合…牽牛と織女のラブラブっぷり。
▼地廻り…遊里ぶらつくならずもの。
▼ちょんのま…ちょんの間。一番廉いお遊び。
▼諌の皷批謗の木…大昔、堯(ぎょう)が民からの意見をきくために造らせたという「諌皷」と「謗木」のこと。
▼万里の外の国…諸外国。
▼五風十雨…天下きわめて平和。
▼大通…とてもステキで通なヒト。
▼のらくらもの…この世を茶にして生きてる人。
▼おたんす町…江戸の御箪笥町。
▼銀ぎせる…道楽者のことを「銀煙管」と呼ぶことから引いたもの。銀づくりの煙管がその手の旦那に数寄物として珍重されてた所から。
▼あたじけなき…けちんぼ。この目には銀煙管=丁銀と見えています。
▼身上…財産。
▼十万億土へ店替へ…あの世へ引っ越す。
▼野良蔵…鍵屋の若旦那。
▼手習の師匠様…寺子屋の先生。
▼誹名…俳句の号。
▼通の魔道…あそびの道。
▼抔と知たぶり…丁山と花扇は吉原でも名高かった遊女。丁山は丁子屋、花扇は扇屋の妓。
▼からくり…そろばん勘定のやりくりが大変になること。(柳多留「からくりを子に当てがって若隠居」)
▼鞠場…蹴鞠をたのしむための場所。江戸では一時これが通人の間で流行していて、鞠場を設けた茶屋などもあったソウナ。
▼鼠壁…ねずみ色の土でぬった壁。
▼蒲莚…蒲などで編んだ高級なござ。
▼雪花堂…遠州屋。
▼百鬼夜行…『画図百鬼夜行』(1776)
▼家職…家の稼業。
▼開平…平方根や立方根の計算。
▼鉢坊主…乞食する坊さんたち。
▼唐詩選…唐の国の漢詩をあつめた書物。江戸でも広く読まれていて、詩文はもとより狂詩の題材にもされていました。
▼文徴明…明の国のひと。唐様の書体のお手本となったひとり。
▼石摺…書道のお手本。多くの場合、拓本のように地が墨、字が白で刷られていました。
▼茅場丁…江戸の茅場町。
▼白張…白張り提灯。無表情。
▼古文真宝…宋までの色んな詩文をおさめてある書物。かたくるしいひとのこと。
▼廓の穴…吉原の裏事情。
▼古法眼…土佐光信。足利幕府の御用絵師。
▼利休…千利休。千家茶道の開基。利休の作による茶道具は最高級の茶道具。
▼宝暦時代…安永の頃からみて30年くらい前。
▼張…張(ばり)は、煙管の造りを示すときに使われる言葉尻。
▼晦日掃除…暮れのおおそうじ。
▼やに下り…煙管の先をさげ気味に吸うこと。カッコウツケテル。
▼扇ばちばち…扇子をあけたりとじたりあけたりとじたり。
▼非学者論に不負…議論の相手は無学な者ほど思いもよらぬブチヤグチャな論が飛び出してくる、というたとえ。
▼黒ひ米の食…玄米食。質素倹約が常時のたしなみだった武士たちの主食。
▼法師武者…僧兵。僧兵たちがお神輿をふりかついで大量に都へのぼって来て、色々な要求を強訴しに来たのは鎌倉のころ。
▼保元平治…保元の乱、平治の乱が起きた頃。平家と源家とがそれぞれ武士として表舞台にしばしば顔を出しはじめた時分。
▼大相入道…平清盛。大相は大相国の略。
▼寿永文治…源家が平家をつぶすため、頼朝が幕府をつくるため、合戦をくり返していた頃。
▼南北朝…大和朝廷が南と北とに大分裂して互いに正統を争っていた時分。
▼小笠原…小笠原流の礼式法。
▼笙篳篥…笙と篳篥は雅楽の楽器。
▼紫檀の細棹…三味線。
▼胡徳楽河南浦…胡徳楽と河南浦はそれぞれ伎楽の曲名。
▼鬼影…鬼鹿毛。小栗判官が乗りこなしたという大変な暴れ馬。ひとを食べる程の荒くれ。
▼妓女…女郎。遊女。
▼能登殿…平教経。能登守だったことからの呼び名。平家のなかの弓の名手。
▼鎌倉の権五郎…後三年の役の時、鳥海三郎に目に矢を射込まれた。
▼楊弓…楊弓場。的屋。小さな弓を的にあてて女の子とたのしむお店。
▼枕草紙…春画な絵草紙。
▼御ぞんじかしく…御ぞんじとかしくはどちらも女性が手紙に書くときに使う独特の形の字体があります。
▼独り寝の行灯…女郎が部屋になかなかやって来ない、という状況。部屋の行灯に落書きをしたり、抜いた鼻毛をくっつける事が、暇つぶしとして行なわれていたソウナ。
▼裏町さん…裏町斎は燕十の号。
▼手…字の書きぶり。あんたの書く字は。
▼文の上書き…おてがみの清書。
▼鼻紙…みす紙。
▼かよふ神…こいぶみ。
▼大恩寺前…吉原の裏手にあたる地名。辻斬り強盗や人魂など怖いものが出るという噂の絶えなかった場所。
▼せんど…このまえ。
▼胸算用…胸のうちだけで暗算すること。
▼ずい流し…ずいっと流してしまうこと。
▼分限…もってる資産。
▼こわし…廃材。
▼おっかぶせもの…贋作。
▼穴知り…物事のウラオモテをよく存じておる。
▼両腰…大小の刀。りゃんこ。
▼さへぎらす…見ることはない。
▼鬼も一口に喰ふ…『伊勢物語』などにある鬼に女があっという間に食べられてしまった話を引いたもの。鬼一口。
▼色狂ひ…色事ごのみ。昔男というのは在原業平のこと。
▼北面…北面の武士。
▼忠盛…平忠盛。
▼社頭の油つぐ…祗園社の灯篭に灯油をついでまわっていた油坊主をみんながおばけと勘違いしていた、という『平家物語』などにある話。
▼五月雨の物語…『源氏物語』の雨夜語りを引いたもの。
▼箱根からこっちに……「やぼとばけものは箱根から先」を引いたもの。
▼雪国から尊き仏の開帳…安永7年(1778)に江戸へやって来た善光寺の出開帳。
▼鬼娘…見世物にかかっていたもので、鬼のような姿の娘が何でも食べるという悪食のありさまを見物に見せていました。
(参照→和漢百魅缶「おにむすめ」)
▼牛頭馬頭…地獄に勤めている獄卒たち。
▼六道銭…あの世へ持っていく銭。俗に三途の川の渡し賃。
▼修羅…修羅道。阿修羅たちが毎日連夜、いくさをしている世界。
▼橋向ふ…安永年間の鬼娘の興行は両国橋の江戸側で行なわれていたので、橋向うというのは本所側。
▼はめにつき…凋落しちゃう。
▼襦袢の干たが幽霊…物干にぶらさげたままの白い襦袢を、夜にフッと幽霊と見間違えるといったもの。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも出て来るお古いところ。幽霊が白っポイものとして捉えられていた事の一ッとして注意。
▼玉杓子が見越入道…見越入道の首の伸ばした形を、杓子の形に比したものですが、どちらかというと「みこし」ではなく「味噌こし」になるんじゃないかとも思うものなり。
▼前後…『画図百鬼夜行』(1776)と、その後編『今昔画図続百鬼』(1779)のこと。
▼夫婦…石燕の『画図百鬼夜行』(1776)の陰の巻のはじまりは木魅(こだま)で、相生の松の精の老夫婦を描いています。
▼生霊死霊…石燕の『画図百鬼夜行』(1776)の陽の巻のさいごは生霊、死霊、幽霊の三ッです。同書で死霊の絵の骨書きを薄墨で刷り出していることを引いたもの。
▼衣々の夜明方…石燕の『今昔画図続百鬼』(1779)のさいごに日の出が描かれているのを引いたもの。
▼あほふ烏…からすの鳴き声は朝のしるし。
▼拾遺…『今昔百鬼拾遺』(1781)のこと。
▼いかいこと…ご大層なこと。
▼漢帝…漢の武帝。寵愛していた李夫人(りふじん)の面影を反魂香で呼び寄せた故事で知られています。
▼反魂香…ひとの魂を呼び戻すというふしぎなお香。石燕は『今昔百鬼拾遺』(1781)で反魂香を描いています。
▼根岸…江戸の地名。燕十の住んでた土地。
▼一[火+主]…香をたてること。遊郭であそびの時間を計るのに使われていたお線香を引いてきたもの。
▼盃盤狼藉…どんちゃん騒ぎの酒宴。
▼白川夜船…おおいに眠った。
▼小蝶の夢…『荘子』にあるもので、夢を見ているあいだ胡蝶になったというもの。

人界に因る見越入道

去る程に弐人[ふた]りなから高鼾[たかいびき]の枕元にあやしき物音して咄[はな]し声有[あり]両人は目を閉[とぢ]てうつつ心に聞[きき]ぬるに初[はじめ]にゆるぎ出たるは大童子格子に紫の丸ぐけを前で結び一座を白眼[にらみ]し其[その]光りあたかも姿見の鏡の如くさて各々[おのおの][われ]化物の随一見越入道と号して怪異[くはいい]正座[せうざ]を穢[けが]す阿呼[ああ]残念成[なる]は末世[まっせ]の凡夫[ぼんぷ]から一通りに我[われ]のみを見越入道と覚へて己[おのれ][おのれ]が身の上に見越入道の有事[あること]を知らず如何[いかん]となれば闇の夜に古木[こぼく]の杖を突[つき]せんせうらしく人の後[うしろ]から見越ゆへに名とすと聞[きく]我是[われこれ]を聞[きい]て腹の皮をでんぐり返して笑ふたりまだちと利口らしき奴は青鷺[あをさぎ]が帯の上へ泊[とま]ると見越さるると云[いふ]馬鹿もの有[あり][なん]ぞ今時そのやうなまだるい事で人が化[ばか]さるるものにあらずむかし大宮人[をうみやひと]臥猪[ふすゐ]の床[とこ]を恐ろしがりし猪を吸物になし白鷺も振袖の塩梅[あんばい]よしとなる花に帰る雁金[かりがね]水に住[すむ]泥亀[すっぽん][いづ]れかへ這入[はい]らざらんやと書[かき]しもむべ也[なり]今時青鷺位[ぐらい]の化物[ばけもの]人をたぶらかす事なるべきや我[わが][くも]る心よりして見越見越と呼[よば]庭の松の木に混[こん]じて甚[はなはだ]迷惑なり我身[わがみ]つめりて人のいたさを知り己[おの]が身の臭[くさ]きを知らざるぞかなしけれ先[まづ]今の業界[きゃうがい]をつらつらをもん見るに家業を脇にして遊びを専一[せんいち]となし其上[そのうへ]子曰[しのたまはく]でもちっと斗[ばか]り読[よみ]かぢるがさいご物を知らぬ人は風塵[ふうじん]の客と見やしみ晋朝[しんてう]風の卓犖不羈[たくらくふき]が面白みが厚しと号して放蕩の友は誠の朋友にあらず学者は学者のやうながよしと飽魚肆不知嗅[ほうぎょいちぐらくさきことをしらず]段々それがこうして老子をちと読習[よみなら]ふと知恵出有大偽[ちゑいでてたいぎあり]と言文[いふぶん]を聞[きき]はつり知恵は偽りの始[はじま]りとのろまの玉子焼と成[なっ]牛の刀を用[もち]ひられざる憂[うれい]を去りしと身は隠逸[いんいつ]を表に飾りまた人が見下[みくだ]したくなり歌学を少し耳にはさみ今は歌道も手爾於葉がむづかしく諸人[もろびと]と言[いふ]つらぬることかならず貫之[つらゆき]が古今集に別勅[べつちょく]を蒙[かうむ]りて千首といへども千九拾九首あり其中[そのなか]糸くずの歌と難[なん]ずれども紫式部が総角[あげまき]巻には貫之が此世[このよ]ながらのわかれをだに心ぼそきと引用[ひきもち]ひたりと言聞[いひきか]せまた連歌[れんが]は格別いたしよひものにて一躰やはらかに仕立[したて]をおもといたすと高ぶる是[これ]はまた人柄[ひとがら]も能[よ]く聞[きこ]ゆるが此下[このした]に今[いま]流行[はやる]見へ通とて誹諧[はいかい]に評持[ひゃうもち]の名をおも入[いれ]に書[かか]せ代物[しろもの]は手放すにをそく座席に居ぬ人の句を難[なん]じあれは古句遣[ふるくづか]武玉川[ぶたまがは][ばか]りを買[かひ]こんで置[をく]の一枝選[いっしせん]も聞[きく]が違[ちがっ]て来たの誰[た]れが通り句はむかしの童[わらべ]の的[まと]にありありと有[ある]とむせうに我斗[わればか]り上手の様[やう]に口をしゃべり二句言[いひ]か三句言[いひ]の誹席[はいせき]で句を書付[かきつけ]執筆[しゅひつ]に渡し前の宜[よろしき]ところへ御加入[かにう]と筆太に右と言[いふ]字の不届[ふとどき]さうぬもやっぱり刀の錆[さび]は刀より出[いづ]とやらにて古句遣ひなるべしとり分[わけ]て此[この]道は人を誹[そしる]を手柄[てがら]の様[やう]に覚へて発句[ほっく]はお下手[へた]古句[ふるく]は上手[ぜうず]で例の本から抜[ぬき]さしの十七字拙[つたな]く風雅の面白みを失[うしな]ゑり銀ぎせるやに下[さが]に至[いたっ]ては着物のごとき羽織を着[ちゃく]し細身の大小いかつげにさしこばらし弐三人連[つれ]て三日は大師[だいし]八日は薬師[やくし]と日を定めて地蔵娘[ぢぞうむすめ]へ腰を懸[かけ]ては若[もし]六道能化[ろくどうのうけ]の導[みちびき]も有[あろ]ふかと皃[かほ]を見詰[みつめ]て茶をがふがふと呑[のみ]ながらそろそろ遊町先生[ゆうてうせんせい]帰りませうと言[いふ]が二時[ふたとき]ぐらひその時兼平[かねひら]ではないが娘こころに思ふは箒木[ほうき]が目立[めだた]ずは建[たて]たきぐらいなるべし斯[かく]茶やに長居[ながい]をする輩[ともがら]同じ面長[おもなが]片足上へ上[あげ]て居る奴旅は道連[みちづれ]世は情[なさけ]一河[いちが]の流れも他生[たせう]の縁[ゑん]なればともどもに芝居咄[しばいばなし]でもするかと思へば左[さ]にはあらずあいつ斗[ばかり]あの娘が先度[せんど]はおかたじけと言[いっ]たからは何をやったかがてんが行[ゆか]ず互[たがい]にをかしな眼付[めつき]そしてきせるの毛彫[けぼり]藤の丸こいつ少し嗅奴[くさきやつ]と感[かん]を付[つけ]て疑へばこちらの二才もやっぱりその通り多葉粉[たばこ]が無[ない]とて貰らって呑[の]んだか多葉粉箱の比翼紋の片われはあの男が羽織の紋所と敵[かたき]を尋[たづ]ねるやうな注文にて皆[みな]行過[ゆきすぎ][ゆへ]物をも言[いは]ず娘のそばに草ざうしを読んで膝[ひざ]へでも手を遣[や]る事を見へとすそれがこうじて後[のち]には地蔵の証文[せうもん]も高利の催促に辛[から]き目に逢へども世間知りの味噌咄[はな]山下の咲玉[さきたま]やは少[ち]と色が白からふものならどうもいへぬの地蔵娘がもちっと太ると閻浮檀金[ゑんぶだごん]よりうつくしいと世話にもならぬよまひ事[ごと][それ]を商[あきな]ふ娘[むすめ][なん]ぞこいつ鼻毛な奴と思はざらんや人になぶらるるを商売として情[なさけ]を売らずして人をたらす夫[それ]に鼻の下の童子格子を染[そめ]出して茶屋知り自慢の高咄[たかはな]し是等[これら]もやっぱり中見越入道[ちうみこしにうどう]と言[いふ]べき仕打[しうち]のその中にまた三味線を弾き身振りを覚[おぼ]へちと細長ひ声できぎす啼[な]でも唄ふ奴は西川風は昔[むか]しの手で面白くなし六三郎[ぐらい]なものはござらぬ我等[われら]杵屋[きねや]を此頃[このごろ][もらい]ましたと先祖より伝はりし苗字をば明渡[あけわた]しとやら除[の]き渡しとやらに仕[し]竹格子の浮住居[うきずまい]末は芸者となりて成りて拳番[けんばん]の居候が茶屋の聟[むこ]となりついに粹[すい]自慢の船底[ふなぞこ]で落[をち]て誰れ引き上[あげ]る碇綱[いかりつな]もなく一生身振[みぶり]声色[こはいろ]で喰[くわ]ふと思ふとも年が古くなるに随ひ人が用ひぬからまたふりつけ師と化[ばけ]て家主[をうや]の娘を放蕩[どら]ものにし地主[ぢぬし]の妹も船芸者[ふなげいしゃ]と成る六段目の切[きり]に店[たな]を追[おわ]れて末は土場[どば]の夜浄瑠璃[よじゃうるり]か祗園囃子の合[あひ]の杭[くさび]を弾ひて渡世とするもじたい人中[ひとなか]で弾[ひか]れぬ芸に年が寄るに随ひ引摺[ひきずり]女房に米を仕懸[しかけ]てあてがふゆへ手が強[こわ]く成[なっ]て米櫃[こめびつ]を噛[かぢ]ると評判されて短冊紙[たんざくがみ]が御酒[みき]の口を売るやうになるも初[はじめ][ぶけ]の時[とき]朋輩[ほうはい]の外[ほか]を克付逢[よくつきあ]へば勤まれども此[この]扶持切米[ふちきりまい]が無[なけ]ればをれは立派に暮[くら]すと言[いふ]高慢から起[おこっ]て斯[かく]のごとし始[はじめ]にもいふ通り少し儒[じゅ]の端[はし]を覚[おぼ]えるとからすてっぺんに仏法を誹[そし]る是[これ]非学の始也[はじめなり]其謂[そのいはれ]は仏法も用明帝[ようめいてい]厩戸皇子[むまやどのわうじ][のとき]大連[をうむらじ]と大いざこざを出[しで]かして取立[とりたて][たま]ふ程のことなればむせうに悪く言[いふ]も経文論記のことを言[いわ]ずむせうに末世[まっせ]の坊主[かこ]ひ者をするのやれ般若湯[はんにゃとう]を呑[の]むの天蓋[てんがい]碁石[ごいし]袋足袋[ふくろたび]を常の喰物[くひもの]に仕[し]て山様[やまさん]と言[いふ][をくりな][をとり]羽織を来て医者化[ばけ]事は悪く言[いへ]ど何[なん]ぞ法を謗[そしらん]や已[すで]妻子珍宝及王位[さいしちんぼうきゅうわうい]臨命終時不随者[りんみゃうずいじふずいしゃ]との仏の金言[きんげん]を思ひ合せて見よどんなあたじけない奴が死んでも金魂[かねだま]と人魂[ひとだま]が道行[みちゆき]を仕[し]ながらも飛[とば]す此世[このよ]で位[くらい]三公に連[つら]なりし御方[おんかた]もやっぱり御供[おとも]なしの独り旅二世も三世もと書[かい]起請[きせう]を当事[あてごと]に添[そう]た女房は夫の死んだ当座は人見せに涙は手拭[てぬぐひ]をぬらしてふけども相応な男をこしらへて牛に馬を乗替[のりか]へました前の亭主は喰物好み勝負好酒の上が六ヶ敷[むづかし]と八百八品程[ほど]難癖[なんくせ]を付[つけ]て此世[このよ]にしゃあしゃあまじまじと仕[し]て居れど起請[きせう]の神の御罰もなひと思ふが当違[あてちが]ひ末は置き去りにされて人のすすぎ洗濯をして浮世を暮[くら]しかねせうことなしでも坊主となる是[これ][すなはち]神罰の顕然[けんぜん]たる所也[ところなり]相対死[あいたいじに]を仕[し]たればとて未来で半座を分[わけ]て弐人[ふたり]でふらつく蓮の葉の上九尺弐間[くしゃくにけん]の店[たな]を持[もっ]て誰[たれ]が店請[たなうけ]に成[なっ]たやら極楽の十七屋から飛脚が来[こ]ぬからほんの当仕舞[あてしまい]やみの夜[よ]の鉄砲[なり]誠や空[くう]に入[いっ]て空[くう]に帰る愛別離苦[あいべつりく]は高ひも低ひも同じ掟[おきて]夢幻泡影[むげんほうやう]の消[きゆ]る所は電光石火[でんこうせきくわ]の如しとは有[あり]がたき事なるべきを空即是色[くうそくぜしき]五十余帖の色事の大序と見破り黄金不多交不深[をうごんをうからざればまじはりふかからず]とむせうにちんふんかんを専[もっぱら]として楽[たのしみ]を極[きは]めて命長きに及[しか]ずとやたらに呑喰[のみく]ひ聖人の心ざしを茶に仕[し]て始皇帝もどきに自由にならば不老不死の薬でもとりに遣[や]り度[たい]こころでしかつべらしく孔子顔回[がんくはい]は早夭せしを惜給[をしみたま]ふむべなる哉[かな]聖と呼[よば]れても回の如く四十の花の盛[さかり]を見ず盗跖[とうせき]は寿長して八十の雪転ばしを見るとまた口もへらずに四角な咄[はな]しこそ論語読[よみ]の論語知らず是[これ]もやっぱり後[うしろ]から帯へ泊[とま]る青鷺の見越入道を見下す長咄[ながばな]し諺[ことわざ]に言[いふ]ごとく鳥なき里の蝙蝠[こうもり]も破れ扇を見てもその面影に見ゆる情人眼中[じゃうじんがんちう]西施[せいし]をいだすの言葉思ひ合[あは]せてことはり哉[かな]多葉粉[たばこ]輪に吹[ふく]太羅宇[ふとらう]の煙[けぶり][かすか]に消へ失せけり

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▼童子格子…太い格子縞。浄瑠璃などで酒呑童子の着物として使われていた模様。絵草紙では見越入道の着物として長らく使われています。(狩野家などの絵巻物では着ていません)
▼丸ぐけ…中に綿を入れた帯。
▼化物の随一…おばけの親玉。ばけもの尽しなどの絵草紙では古くから言われているもの。狩野家の絵巻物で見越入道が一番はじめに描かれることが多いからとの説もありますが詳しいことは不詳。首の伸びていない見越入道を見誤って、後年ぬらりひょんがこの地位についたとも考えられます。
▼見越入道…ひとを後ろから見越しておどろかしてくるおばけ。
(参照→和漢百魅缶「みこしにゅうどう」)
▼正座…首座。
▼青鷺…見越入道の正体といわれていた化け動物の一ッ。ほかに正体だとされていたものは狐や狸や川うそ、いたち。
▼大宮人…都の貴族。
▼臥猪の床…萩の花。『徒然草』にある「おそろしき^のししも臥^の床といへばやさしくなりぬ」という文を引いたもの。
▼鍋…みんな鍋の具。いのしし鍋。さぎ鍋。がん鍋。すっぽん鍋。
▼庭の松の木…塀をとびこえて枝を生やしてる木。見越の松。
▼我身つめりて…みずからを抓って。
▼業界…境涯。みのうえ。
▼子曰…『論語』などの漢籍。四書五経。
▼風塵の客…ごみのようである。
▼卓犖不羈…何にも束縛されない身の上。
▼飽魚肆不知嗅…塩魚の店のひとは魚くささを知らぬということ。孔子のたれた言葉で「悪友といると悪事がわからぬ」というたとえ。
▼老子…道家の開祖。その言葉を記した書物として『老子道徳経』などがあります。
▼知恵出有大偽…老子のことば。「大昔は人間たちが素朴で平和だったっけど、人間たちの知恵が発達するに従って自分たちで色々と枠をつくっていった」といった意味。
▼のろまの玉子焼…ばかでかい。「のろまのたまご」はドジっ子という意味なり。(諺語大辞典「ノロマノ卵 魯鈍漢の子弟といふ義」)
▼牛の刀…「牛刀で鶏を割く」を引いたもの。
▼隠逸…かしこき隠者。
▼手爾於葉…てにをは。
▼貫之…紀貫之。『古今和歌集』の選者。
▼糸くずの歌…『古今和歌集』にある「糸によるものならなくに別れぢの心細くも思ほゆるかな」という歌。『徒然草』にこの歌が俗に「歌屑」と呼ばれていたという事が記されているのを引いたもの。
▼紫式部…『源氏物語』のことをさしてます。
▼貫之が此世ながらの…『古今和歌集』にある「糸による物ならなくにわかれ路の心ぼそくも思ほゆるかな」という紀貫之の歌を引いた表現。例の「歌屑」と同じような内容ダ。
▼古句遣ひ…むかしのひとの句の焼き直しを得意技とす。
▼武玉川…むたまがわ。連歌をあつめて出版されていた『誹諧武玉川』のこと。
▼刀の錆は刀より出る…「身から出た錆」と同じ意味。
▼銀ぎせるやに下り…道楽もの。通人。
▼着物のごとき羽織…丈が地面につくほど長い羽織。通客の間で流行った服の好み。
▼さしこばらし…しゃっちょこばらす。
▼地蔵娘…水茶屋の娘。逆さまに地獄娘と言うと裏で密かに売色をしていた娘のこと。
▼六道能化…六道の間の輪廻からひとびとを救うこと。お地蔵さまのこと。
▼兼平…藤原兼平。雨にぬれてしまっている観音像に笠をかぶせてあげている玉照姫の姿を見初めて恋をした、という尾張の国の笠寺の話で有名。
▼片足上へ上て居る奴…水茶屋の床几に片足を組んで座る格好。カッコウツケテル。
▼芝居咄…芝居のうわさ。
▼先度はおかたじけ…このまえはどうも。
▼藤の丸…紋の一ッ。藤の花をまるくあしらったもの。
▼嗅奴…「こいつ水茶屋のあの娘と少しあやしいな」とうたぐってかかっている様子。
▼二才…青二才。若者。ひよこな通人。
▼多葉粉箱の比翼紋…刻みたばこを入れて置く箱。比翼紋は自分と想い人の紋をふたつ並べておくもの。
▼草ざうし…草双紙。
▼見へ…見得。
▼地蔵の証文…「かすときの地蔵顔かえすときの閻魔顔」というたとえを引いたもの。
▼味噌咄し…失敗談。
▼閻浮檀金…天竺に伝わるありがたい黄金。
(参照→和漢百魅缶「しょうごんじゅ」)
▼鼻毛な奴…手玉にとりやすいバカ。水茶屋の娘に熱をあげて通いつめる通人たちのうちのオトコの悪い部類。
▼きぎす啼く…地唄の『雉子』の歌詞。地唄はしぶ好みな選曲。
▼西川…舞踊の流派の一ッ。
▼六三郎…二世杵屋六三郎。長唄の名手。
▼杵屋…長唄三味線の流派の一ッ。
▼貰ました…免許をもらった。
▼竹格子の浮住居…苦界の暮らし。
▼芸者…男芸者。幇間。様々な芸をしてお座敷をにぎやかす芸人。散々な道楽の果てにこういう境遇になるひとが多かったところから。
▼拳番…見番。芸者をお座敷に斡旋する店。
▼茶屋…引き手茶屋など。妓楼へ遊びに行くお客さんを斡旋するお店。
▼船底…いちばん底の底。
▼身振声色…声色屋。役者のものまねをしてまわる大道芸人。男芸者と同様に散々な道楽の果てにこういう境遇になるひとが多かったところから。
▼六段目の切…さいごのさいご。大昔は浄瑠璃が六段構成だった所から。
▼引摺女房…あんまり家事せぬおかみさん。
▼扶持切米…家の禄高にあわせて幕府から旗本と御家人に支給されるお米。
▼すてっぺん…最初っから。
▼用明帝…用明天皇。聖徳太子の父親。
▼厩戸皇子…聖徳太子。
▼大連…物部氏。仏法を国に取り入れるべきか否かという事について、これを賛成する蘇我氏と反発する物部氏が互いに争い、激しく抗争を繰り広げました。
▼囲ひ者…おめかけ。
▼般若湯…お酒。
▼天蓋…たこ。
▼碁石…貝。
▼袋足袋…いか。
▼諡取…あだ名をつけられる、ということをお寺さまっポク言ったくすぐり。お寺の名前には山号がついているところから山さま。
▼医者化て…昔のお医者は頭をまるめていた事から、なまぐさ坊主たちは医師に変装して遊郭や岡場所などへ遊びにいっていました。
▼妻子珍宝及王位臨命終時不随者…『大集経』にある文句。家族も財宝も名誉もすべて死んでしまえば消えちゃうものであるという教え。
▼金魂…金霊。ひとの家に福を授けていくという金の精霊。石燕は『今昔画図続百鬼』(1779)でこれを描いているほか、後につづくこの手の絵草紙でも大体のものに「かねだま」は登場しています。
▼三公…太政大臣、左大臣、右大臣。
▼独り旅…どんなに高貴なおかたでも、死ねばひとりぼっちであの世に行かねばならぬわい。
▼起請…起請文。神様に約束を誓って、それわ破ると神罰がくだるというもの。
▼喰物好み…食べ物のより好みがうるさいョ。
▼勝負好…ばくち好きなんだョ。
▼酒の上が六ヶ敷ひ…悪い酒だョほんとに。
▼せうことなし…しょうがない。
▼でも坊主…どうしようもないから坊主にでもなるか。
▼顕然…あきらかにあること。
▼相対死…心中。
▼未来…来世。
▼蓮の葉の上…極楽浄土の分譲地。
▼九尺弐間…長屋のひと部屋の間取り。ひと所帯。
▼十七屋…飛脚屋さん。十七夜の月を立待の月というところから、たちまち届くという洒落。
▼やみの夜の鉄砲…とんと見当がつかない。
▼夢幻泡影…世のすべては、幻や泡のようにはかないということのたとえ。
▼五十余帖…『源氏物語』のこと。
▼大序…ものがたりのはじまり。発端。
▼黄金不多交不深…財物をもっているひとのもとに人は集まるということ。張謂の「題長安主人壁」という漢詩に出て来る文句。
▼ちんふんかん…ちんぷんかんぷん。
▼不老不死の薬…始皇帝が各地へ不老不死の仙薬の材料を探させたことを引いたもの。
▼孔子…儒学の開祖。この言葉を記した書物として『論語』などがあります。
▼顔回…孔子の門弟のひとり。孔子の言葉を一聞いて十知るほどの門人でしたが、若くして亡くなりました。
▼盗跖…孔子の友人の弟で、九千人の手下を従える大盗賊。
▼鳥なき里の蝙蝠…大者がいない場所で威張っている小者のこと。「破れ扇」は「蝙蝠扇」からの面影の連想。
▼西施…絶世の美女。呉の夫差(ふさ)をその魅力で惑わした。「情人眼中出西施」は「恋しいお方はうつくしい」という意味のたとえ。
▼太羅宇…羅宇の部分が太い煙管。
校註●莱莉垣桜文(2010) こっとんきゃんでい