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大通俗一騎夜行(だいつうぞくいっきやぎょう)巻之三

巻之一
巻之二
巻之三
巻之四
巻之五

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殺生を戒しむる河童

其次[そのつぎ]に出[いで]たるは雛店[ひなたな]禿人形[かぶろにんぎゃう]の如きもの座中を白眼[にら]んで大胡座[おうあぐら]をかき水は直[すなを]にして東流し人の心は曲[まが]れるよりして其[その]形の写りがたきを恨むと言[いひ]ながら我も河童[かっぱ]と号して一方の化物大将にして水中[みづのなか]へ人を引摺り込[こむ]とは言へど目前に河童有り如何[いかん]となれば第一野夫[やぼ]な息子の紫服紗[むらさきふくさ]子ノ曰[しののたまわく]を包んで後生大事と師匠様へ行奴[ゆくやつ]石部金吉[いしべきんきち]で悪[わる]ひといつしか長歌[ながうた]の大とら本又は紅葉集[こうやうしう]も人柄[ひとがら]がよすぎるとて義太夫の抜本[ぬきほん]は大坂やが板行[はんこう]が克[よ]ひとて終[つい]どんぶり鼻紙袋丸角[まるがく]へ誂[あつら]へさせ大坂雪駄[おほさかせった]変じてかやわた黒に履替へ夫[それ]がこふじて踊り子を鯲[どぜう]と覚える船の遊びが面白[をもしろく]すでに[舟+婁]船[ろうせん]を浮[うかめ]汾河[ふんが]を渡ると漢の親玉も言[いひ]しとて帯の化物を見るやうな光る奴と霞を汲めば時ならぬ茂字喜久[もじぎく]も盛[さか]りにして大橋の梅裏[ばいり]が身振[みぶり]を詠[なが]むサァその仕舞[しまい]は表裏[をもてうら]の楼番[やぐらばん]も勤[つとめ]仕舞[しまい][すそ]つぎは千種[ちぐさ]で醒[さめ]やうが早ひと佃田[つくだ]の新四間[しんしけん]へ飛ぶ皆[みな]水辺[すいへん]よりして水際[みづぎは]の能所[よいところ]を引摺[ひきず]り廻るこれを河童とも河啌[かわうそ]とも言はん段々水練上達して喜奴太夫が浄瑠璃は荒御霊[あらみたま]を語た程有て面白ひの和重[わぢう]はどふ仕てもうれものと言[いふ]ことを覚へ向ふ島河西太郎[かさいたろう]に晒落[しゃれ]て生洲[いけす]の鯉には彼[かの]通力を得し仙人を素足[はだし]にし錦作りの差身[さしみ]では顔回[がんくわい]が瓢単[ひゃうたん]酒を底をはたかせ頂上へ登り詰て終[つい]七生[ひちせう]の勘当に後生の道にも入らず乳母[うば]が在所の居候となりて一生の遊興を考へ初[はじめ]て河童に引摺りこまるることを知るまた小娘や後家の類も此[この]化衆[ばけしう]に逢[あふ]こと有[あり]その初[はじま]りは先[まづ]芝居を進め込み今日は東の三[まで]貸り切り翌日[あす]人の目をこする時分からうづらでの見物むせうに笄[かんざし]の紋や娘が誹名[はいみゃう]を付きたがる様になると帰りには吉町[よしてう]へこける是[これ]我々が仲間は前後[まへうしろ]をねらふてくすぐると言[いふ]は此所也[このところなり][すで][もろこし]にても楚の范増[はんぞう]項羽[こうう]に引摺り込[こま]れて張良[てうりゃう]が計策に落入る范増も楚は天下を取るまじきを知れどやせ我慢は貧から起[をこ]り一度[ひとたび]約束仕たからせう事[こと]がないとあきらめる今時[いまどき][なん]ぞそのやうな野夫[やぼ]なことを言[いは]んや娘を片付るとも姑[しうと]の少[すくな]ひ所抔[など]と己[おのれ]が方[ほう]から姑に不孝をさせるさんだん先頃堅く約束は仕たがあっちは小舅[こじうと]が多ふござると変替[へんか]へをなすうちに仲人[なこうど]がごねると閻魔様に舌を抜[ぬか]るる商売なれば早速聞出[ききだ]して千両屋敷が拾五ヶ所両替見せに酒見せ向ふの呉服見せも番頭の後見[こうけん][など]と面白く言[いひ]かけ持参金が百両と言[いは]れて親父やる気になり妙義の神託[しんたく]大師様の御鬮[みくじ]とさわぎ立[たち]十弐文のをひねりで[めとぎ]くり返させいづこも同じ言[いひ]ぶんなれば吉日を撰んで向ふへやった所が両替やは隣の内向ふの木綿店[もめんだな]も其通[そのとお]りこっちのうちはかけだをれのいざこざ商売の煮売[にうり]酒や娘は色盛[いろざかり]の過[すぐ]る時分まであまやかして育てそして振袖[ふりそで]も似合ぬと言所[いふところ]の嫁入なれば爰[ここ]を大事と貞女両夫不見[ていぢょりゃうふにまみへず]と言事[いふこと]力弥[りきや]か下歯の様にあきらめ仲人に引摺り込[こま]れたももっけの幸[さいわ][これ]河童の惣元〆[そうもとじめ]とも名付[なづく]べし是に限らず無益[むやく]の殺生を好み巣立の鳥を取り張網[ひるてん]を張[はっ]て其[その]親鳥を〆殺[しめころ]しないし高はごを懸[かけ]て連[つらな]る鳥を待[まち]ぶせをなす何[なん]ぞ物を知る人のすることにあらん焼野[やけの]の雉子[きぎす][よ]るの鶴子[つる]を思はぬはなきぞかし況[いはん]や物言[ものいは]ぬ鳥類を篭[かご]に入置[いれをき]て其[その]苦しみいかならんや雲井[くもゐ][はるか]に飛行[ひぎゃう]なしけるを狭ひ篭の中に三光の夜飼は油火[あぶらひ]の費[つひへ]を厭[いと]はず人柄[ひとがら]ぶる者は釣[つり]を好み網を引きて楽[たのし]みとす朝早く霧霞[きりかすみ]を受[うけ]て疾気[しっき]を受[うけ]立釣[たちづり]を仕ては其骸[そのからだ]の冷[ひへ]ることを知らず大公望[たいこうぼう]が釣[つり]は周の助けとなる是は思案の有[ある]ことならんが今の世は夫[それ]を家職にする者は鳥を取[とれ]ども魚[うお]を釣[つれ]ども[魚+亶][うなぎ]やが[魚+亶][うなぎ]を裂[さく]に同じからんや慰[なぐさみ]に無益[むやく]の殺生をして短じかき脇差[ひこ]は小尻が兀[はげ]ても構はねど釣竿は黒く仕[し]て夕日に輝き[ゑ]さ箱の金物[かなもの]は鶴亀の有[ある]持仏様で光る[それ]がちと止めになると[ちん]を飼[かっ]子を取り[あるひ]は鼠を色々な色にして売買す鼠は昔[むか]しより鼠色なるを以[もっ]て通り名となりしを立派な箱に入[いれ]て是を売[うっ]て慰みの元手[もとで]とすなんぞ蟻の思ひも天へ上らば其罰[そのばち]を蒙[こうむ]らんや中頃までは新造より外[ほか]に鼠をば飼[かは]ぬもののやうでありしを松風[まつかぜ]の鬮[くじ]の飾り道具と成り石見銀山[いわみぎんざん]も是が為にお冷飯を喰ふ国に盗人[ぬすびと]家に鼠と譬[たとへ]しを箱に入れて買[かっ]て置くは盗人をとらへて見れば我子也[わがこなり]との言の葉あらん孔子[こうし][むまや][やけ]たるに馬を聞[きか]ずして人に怪我はなかりしやと問ひし人情の程[ほど]論語の端でも読[よみ]し者は一入[ひとしほ]慎しむべし[はと]に三枝の有礼[れいあり][からす]に反哺有孝[はんぽのこうあり][たか]の山に住時[すむとき]足のつめたきを厭[いと]はんとぬくめ鳥をなし朝其鳥[そのとり]を中空[なかぞら]へ飛出[とびいで]て放すに其鳥[そのとり]東へ飛べば其方へ三日づつ行[ゆか]ずと聞[きく]また猛[たけ]き狼[をうかみ]も喰ひ殺せし獣[けだもの]を中秋[なかあき]に祭[まつる]と聞[きく]物言[ものいわ]ぬ鳥類獣類さへ如此[かくのごとし]人間なんぞ無益[むやく]の殺生を仕て鳥魚[てうぎょ]を苦しむそんなら[魚+亶][うなぎ]を買[かっ]ても喰[くわ]ぬか鯉鮒[こいふな]の味を知るまいと言[いふ]ならんか銭[あたい]を出して向ふの取[とっ]た物を買へば是は咎[とが]にならず親の目に精進[せうじん]すると言[いふ]も左の如し一がいに肴[さかな]を喰ふたとて由良之助[ゆらのすけ]が言[いひ]し如く判官殿が蛸に成[なる]まいし位[ぐら]いで仏の邪魔にもなるまいが夫[それ]わ免[ゆる]すと今の生[いき]た物を殺したがる無益の殺生をなす故也[ゆえなり]慈悲有[ある]人は鳥を放し[魚+亶][うなぎ]を放す[その]川下に待[まち]ぶせして網を張る是を人界の河啌[かわうそ]とも言[いは]んか仏法にも殺生[せっしゃう]偸盗[ちうとう]と戒しめられたり釣[つり]すれども昌平卿[せうへいきゃう]の親玉も慰みに是をとりて遊べと教[をしへ]しや斯[かく]見破ぶると大道廃有仁義[だいどうすたれてじんぎあり]を悪く聞[きき]そこなふに同じからん畜生を飼[かっ]畜生道へ導[みちびか]れ釣網を垂れて三途の川を游[およが]んより武ならば文武両道を心ざし夫[それ]相応の遊び有[ある]べし又博奕[ばくゑき]を打つより殺生の方が増しならんかとゆるしたら逃口上[にげこうじょう]だと云[いわ]ふが両様とも眼前河流れは河で果[はて]諺も有[ある]ぞかし泥亀[すっぽん]に拝まれた晩に夜着のいらぬことも無し玉子酒を仕て呑んだとてその様に違ひもなし主命親兄[しうめいしんきゃう]の薬喰[くすりぐひ][など]ならば格別法外の楽[たのしみ]をすることなかれ皆[みな]了簡違ひから起[をこる]ものなり其所以[そのゆゑん]は七月お寺から棚経が来るとやれ御前の御布施とさわぎ立[たち]陀阿[だあ]の御通りに宿鬮[やどくじ]をするやうにののめけどもあれは若[もし][ををやけ]の御法度の宗門が有[あら]ふかと言事[いふこと]を改[あらため]に来る勘弁を知らず又頭痛のするにも百万扁[ひゃくまんべん]をくって若者[わかいもの]は横鉢巻婆々様[ばばさま][たち]も上着を脱[ぬい]で大汗に成って南無阿弥陀仏を高声にせり立[たて][ち]ときめ細かな小娘には大きなる数珠の総[ふさ]の廻って来るのをぶっ付[つけ]て少し斗[ばかり]の千話[ちわ]をなすを音頭の坊主も責念仏[せめねんぶつ]に成ると[ふだ]をくり返す手の鬧[いそ]がしさ三段めの切りが引き入る様[やう]な所で落[をち]をとる役に立たぬものだから是を名付[なづけ]て河童の塩漬[しほづけ]と言[いふ]と笑ひながら消失[きへう]せけり

▼雛店…雛人形をあつかうお店。
▼禿人形…おかっぱ頭な髪型をした子供姿のお人形。河童たちの髪型からの連想。
▼河童…川に住んでいるというおばけ。水遊びをしている子供を川底に引きずり込むなどと言われていました。
▼化物大将…おばけたちの顔のひとつだった。
▼子ノ曰…『論語』などの漢学の本のこと。
▼師匠様へ行奴…学問所へ通うひと。
▼石部金吉…物事に対して全てがカタイひと。
▼義太夫の抜本…浄瑠璃の一部分だけを抜粋して載せている本。
▼どんぶり…更紗や緞子などの高級豪華な布を使った袋物。
▼鼻紙袋…紙入れ。お財布などに使ったもの。
▼丸角…丸角屋次郎兵衛。日本橋にあった袋物の店。ここの店の品は旦那衆たちの持ち物として人気がありました。
▼やわた黒…八幡黒。真っ黒く染めた革製品。山城国八幡の名産。
▼[舟+婁]船……楼船。やかたぶね。
▼汾河を渡る…「汎樓船兮濟汾河」という漢の武帝の詩「秋風辞」の文句を引いたもの。
▼茂字喜久…竹本文字太夫と竹本喜久太夫のことをさしたものか。
▼千種色…うすいあさぎ色。
▼河啌…川獺。河童と同様に水辺に現われてひとを化かすと言われてた事からの登場。『画図百鬼夜行』(1776)にも描かれています。
▼向ふ島…向島。
▼河西太郎…葛西太郎。隅田川のこと。
▼顔回が瓢単酒を底をはたかせ…孔子が顔回を樊丹老祖のもとへ食物を借りにやらせたとき、老祖がひょうたんを渡してくれたことを引いたもの。乞食をすること。
▼七生の勘当…きつい勘当。
▼東の三…芝居小屋のさじきの席番号。
▼人の目をこする時分…夜もまだ明けないくらいの早朝。むかしの大芝居はこのくらいの時間から出発する一日がかりの観劇でした。
▼うづら…芝居小屋の土間席のこと。料金は、さじきより安い。
▼吉町…日本橋の芳町。安永の頃は芝居小屋や陰間茶屋が建っていました。
▼唐…唐土。大陸では。
▼范増…楚の国に仕えた軍師。漢の劉邦を討つ機会をたびたびうかがっていましたが、実をむすばせることが出来ず、役目を退いて失意のうちに世を去りました。
▼項羽…楚の国の王。范増はちょっと頼りのないこの主君にイライラしっぱなしでした。
▼張良…漢の国に仕えた軍師。項羽から劉邦を護った、范増のライバルのひとり。
▼せう事がない…仕方がない。
▼さんだん…算段。けいかく、もくろみ。
▼閻魔様に舌を抜るる商売…仲人口というのは往々として相手の短所はかくしがちである、というのはもうこの時代からのお決まり。
▼両替見せに酒見せ向ふの呉服見せ…両替店、酒店、呉服店。
▼持参金…結婚のとき相手の家へと贈るおかね。ここでは破咯の金百両。
▼蓍…うらないのときに使う竹の棒。筮竹。お見合いなどの日取りをみてもらうこと。
▼隣の内…となりの家。
▼かけだをれ…お客のつけが踏み倒されまくっているような経営状態。
▼煮売酒や…煮売酒屋。焼きどうふなどをお醤油などで煮たものをおかずに出していた安い飲み屋。酒屋とは大違い。
▼振袖も似合ぬ…振袖が似合うのは若い子。似合わぬというのは、年増の部類に進出しておるョ、ということ。
▼貞女両夫不見…『説苑』にある「忠臣不事二君 貞女不更二夫」などがモト。離婚再婚はいたしませぬということ。
▼力弥…大星力弥。『仮名手本忠臣蔵』の九段目の「浪人しても大星力弥、行儀といい器量といい幸せな婿を取った、貞女両夫にまみえず、たとえ夫に別れてもまたの殿御を設けなよ」といったせりふから引っぱって来たもの。
▼もっけの幸ひ…事故中の幸せ。
▼無益の殺生…「むえき」でなく「むやく」という読みに注意。
▼巣立の鳥…巣から出て来たばっかりの小鳥。
▼焼野の雉子夜るの鶴子…どちらも小鳥を親鳥が必死にまもるさまを示したことば。
▼三光…うぐいす。鳴き声を「ひーつきほし」と聴き表わすところから。
▼油火の費へ…照明のための費用。三光を夜鳴かせてみせるために光を消費してるノサ、というくすぐり。
▼大公望…太公望。針のついてない釣棹をさげていたところに周の文王の一行が通りかかり、周の国の軍師として召し抱えられました。
▼餌さ箱…釣りの時に使う木製の箱で餌や糸、仕掛けなどを入れて置きます。
▼夫がちと止めになると…飽きて、やめる。
▼子を取り…狆の仔犬を繁殖させること。樋口二葉の『家庭新話』(1906)にある記事によれば、狆は京都の産がいちばん良く、江戸産のものは余り高級ではなかったとも。
▼色々な色にして売買す…ここで言われている鼠は「はつかねずみ」で、真っ白い毛並のものや、いろいろなぶち模様が出た鼠が愛玩用として種類によってはかなりの金高で取引されていました。『珍翫鼠育草』(1787)という手引きの本なども出版されていました。
▼中頃…すこしむかし。
▼新造…新造女郎。遊女たちのあいだでもこの鼠を飼うことが流行していました。
▼石見銀山…ねずみとりの薬。
▼国に盗人家に鼠…害悪となる敵。
▼盗人をとらへて見れば我子也…古い冠付の名句。「盗人をとらえて見ればわが子なり切りたくもあり切りたくもなし」
▼鳩に三枝の有礼烏に反哺有孝…鳩や鴉でもみんな親鳥への礼儀と孝行をするのじゃよというたとえ。
▼ぬくめ鳥…鷹が自分をあっためるためだけにさらってくる湯たんぽがわりの野鳥。
▼由良之助…大星由良之助。『仮名手本忠臣蔵』の五段目で蛸の肴を食べさせられるところを引っぱって来たもの。
▼鳥を放し…鳥屋から買って来た鳥を空へと放すこと。善徳を積むことを示すために、善徳を積むことを示すために、お葬式のときなどに行なわれていました。
▼[魚+亶]を放す…うなぎ屋から買って来たうなぎを川などに放すこと。寺社の門前などで行なわれていました。川啌…の部分は、放されたうなぎがまたうなぎ屋さんに回収されてることをくすぐったもの。
▼殺生偸盗…「ころし」と「ぬすみ」。
▼昌平卿の親玉…孔子。『論語』にある「子釣而不綱 弋不射宿」を引いたもの。孔子も釣りや狩りをダメとは言ってない、というくすぐり。
▼大道廃有仁義…老子のおことば。
▼畜生道…六道のひとつ。生前の罪の度合いによって動物の姿に転生してしまうという世界。
▼三途の川…地獄へ向かう途中にある大きな川。この世とあの世のさかい。
▼博奕…ばくち。かけごと。
▼河流れは河で果る…「川だちは川で果てる」を河童めかして言ったもの。得意なもので自らの最期をつくってしまうという意味。
▼玉子酒…お酒に玉子と砂糖を加えてあたためた飲み物。宿直や風邪ひきなど体をあたためたいときによく飲まれます。
▼棚経…お盆に坊主がお経をあげに来ること。
▼陀阿…しんだひとのこと。
▼ののめけども…さわぎたてる。
▼百万扁…百万遍。念仏を唱えながら大きな数珠をたくさんのひとでたぐり回すもの。もちろんここでは本来の百万遍ではなく、車座になってみんなでわぁわぁ言いながらやる別のもの。
▼札をくり返す…キレイな色のついたカルタを出したり引っ込めたり。
▼三段めの切り…いちばんいいところ。

威猛に詈る天狗

[みな][いわ]るる通り人間に化先生[ばけせんせい]多しと言[いひ]ながら出[いで]たるは手に羽扇[うせん]を持[もち][かほ]赤く木の葉の衣に両[ふたつ]の翅[つばさ]生じ鼻高しと見ゆるは御神輿[おみこし]の先ばらいをする猿田彦[さるたひこ]とも言[いい]つべし是[これ]正敷[ただしく]天狗[てんぐ]ならめと思ひしに違[ちが]はず皆々の論に生じて我も天狗の申[まうし]ひらきを致さん先[まづ]浮世に[きゃん]と言ふ人柄者[ひとがらもの]生じて人を苦しむ其[その]有様[ありさま]を見るに夏冬かけて藍返しの三重染[さんぢうぞめ]茶返しの広袖[ひろそで]に細き丸ぐけを〆[し]め横の広き口の多く有[ある]下げ多葉粉入[たばこいれ]下駄は黒塗にして鏡の家と光るを履[はい]て何か片言交[かたことまじ]りの巻舌で。とほふとてつもなひ。なんのこったへ。をいらに借すめへ。コレヘ。夜盗[よとう]の上前[うはまへ][かか]が下前[したまへ]糠袋[ぬかぶくろ]にも仕て遣[つか]ふ男じゃねへぞ。コレ権八[ごんぱち]よしゃれ。つがもねへ。此[この]酒やが此[この][きをい]の。吉水[きっすい]是又[これまた]の。陣太皷様[てんつくさま]に借[かさ]ねへと言[いっ]ちゃァ。咄[はな]しを画[ゑ]に書[かい]て張付[はりつ]けあげたやうなこったがいごかねへと言[いっ]ちゃァ。お宗旨[しうし]高祖日ねん様がござったら格別念仏無間禅天魔[かくべねつぶつむげんぜんてんま]草履隠[ぞうりかくし]じゃァ有[ある]めいし。居[い]ごかねへとっちゃァ。市谷[いちがへ]の河岸端[かしっぱた]に有る大きな黒石[くろぼく]が。池のはたに羽根を切られて思案も無く残[のこっ]た白鳥か。曽我のぎょろう時ぶねが前へ。へいった貧乏神かとほうもねへ狂言の様だが伊達[だて]が関[ぜき]が五人どりを仕たやうなもんだぞ。をいらはナ強[こは]ひ事といっちゃァ鉄砲玉のじゃきじゃき汁は。もふ[酉+(僕−にんべん)][かび]がはへて喰へねへから。弐朱銀の香の物にあぶりこの付焼[つけやき]鉄棒[かなぼう]を二ッに引っ裂ひて蒲焼[かばやき]に仕て喰[くっ]た男だぞ是[これ]見ろ七本卒塔婆[そとわ]に天霊[しゃれこうべ]だぞつねにうぬら一刀三礼[いっとうさんれい]仕たとって御開帳[ごけいちゃう]はならねへ克[よく]おがみやァがれと言[いふ]うち。同気相求むる奴等[やつら]が来て連[つれ]て行きつまる所が酒屋から伴頭[ばんとう]のぶ調法で酒三升に鰹[かつほ]が弐本サァその酒を喰らいあばれ騒ぐ有様[ありさま]犬神人[つるめく]共が集[あつま]りて正月二日に興行する天狗酒盛[てんぐさかもり]とも言[いわ]ん酒が廻って来ると又喧嘩の口開[くちびら]きと成[なる][まづ]なり形を見よ晒[さらし]の手拭[てぬぐひ]小人島[こびとじま]の褌[ふんどし]より長く拾遺集[しういしう]玉川にさらす手作[たつくり]さらさらにむかしの人の恋しきやなぞ。と詠[よみ]にしさらしを勿体[もったい]なくも頬冠[ほうかむ]りになし髪は水髪[みづがみ]にかたいてう。とて銀杏[ぎんなん]でも生[な]れば魔除[まよけ]と成れど則[すなはち]此者[このもの]魔道の根本[こんぽん]ならめ法に背き人にいやがられ湯を忠度[ただのり]で這入[はい]り廻り髪結[かみゆい]のちと才三[さいざ]。もどきに色男が廻りに成ると利鬼[けぢめ]て見たがる廻りも鬢盥[びんだらい]へ疵[きず]でも付[つけ]られるが損だから髪の壱ッも結[ゆっ]て遣るとサァをれはあいつを利鬼[けぢめ]て髪を結[ゆわ]せたと力む酒や質屋は元より無尽[むじん]の裏屋を尋ねて防ぎと号して是を贓[ゆたぶ]る終[つい]には天の責[せめ]に辛[から]き目に逢あい[]天の狗[いのこ]と成る能[よく]思ひ合[あは]せて見よ身体髪膚受父母不敢毀傷[しんたいはっぷをふぼにうけてそこないやぶらざるを]孝の始[はじめ]と教へられしにその体を煙管[きせる]でさへ捨[すたっ]毛彫[けぼり]を彫り貴人高位が能[よ]きものなら召[めす]べきに大広袖を着し夫[それ]でも芝居でする清盛[きよもり]は大広袖を着ると言[いふ]で有[あら]ふが夫[それ]は作者の心持[こころもち]にて場を広く見せる趣意を知らず下々[げげ]なるもの塗下駄を履き高官の下駄[ぽくり]は金箔でも置[をか]んや評判記では無ひが【悪口言[わるぐちいひ]】沓[くつ]を見ろ中を錦で張[はる]ではないかと言[いふ]ならんが是は令義解[りゃうぎげ]と言書[いふしょ]に委[くはし]く有[ある]かく読[よむ]べし神事[じんじ]には大和錦[やまとにしき]仏事には河内錦[かわちにしき]と生駒山[いこまやま]を隔て織[をる][これ]陰陽[いんやう]の道理にして職原抄[しょくげんせう]等のむづかしきことなれば筆にもらず丸ぐけは女より外[ほか]に〆[しめ]まじきを是も夕部[ゆうべ][はたけ][あま]がのを無利に取って来たと力むやっぱり逢対[あいたい]の盗人[ぬすびと][なり]是此世[これこのよ]だから済[すむ]が未来でならぬ身持[みもち]だから我々が仲間是[これ]を戒めんが為[ため]四条院の御宇[をんとき]南都[なんと]の家々に未来不[みらいふ]の三字を書[かき]相模入道を踊らせたるも仏法最初の御寺より菊水[きくすい]の出るを知らせん為也[ためなり]人間の天狗となりてをれ程[ほど]強ひ者は無ひと言[いふ]と其鼻[そのはな]を捻[ねぢ]りて両の翅[つばさ]を羽階〆[はがいじめ]に逢[あふ][さて]彼等[かれら]が仲間で大きな声で何[な]んぞ出来ると洗垢離[せんごり]を始め大天狗小天狗と呼[よば]るる迷惑静[しづか]に口の中[うち]で言[いっ]ても神を納受なさるべきを大きな声で鳴り騒[わめ]き末は水懸論[みづかけろん]を仕て声の枯れる程[ほど]騒ぐ煮奴豆腐[にやっことうふ]で酒を喰[くら]ひつまる所が湯やのけんひきと成るこいつらが脊中[せなか]に彫りし天霊[しゃれこうべ]の如く天窓[あたま]本多[ほんだ]に根をてっぺんへ上げて結ふた色男も灯篭鬢[とうらうびん]結綿島田[ゆいわたしまだ]で多くの人に惚[ほれ]られた女も髪を天窓[あたま]へ噛[かぢ]り付[つく]やうな風[ふう]の男も表[をもて]は坊主で医者の真似を仕て女郎買[ぢょろかい]に歩行[あるく]摺子木[すりこぎ]も皆[みな]天霊[しゃれこうべ]と成ると同じ事是が色男是が色取り娘と分[わか]りもせねど侠[きゃん]となりて彼[かの]彫物[ほりもの]を仕た男は人も行[ゆか]ぬ原へ骸[かばね]を捨[すて]られて跡方[あとかた]もなく[こわ]い犬の餌食と成る酒を呑んで酒に呑[のま]れ酒のさの字は酒屋のさの字と唄ふ誠に気違ひ水の渡し守となる女の茶碗酒を呑[のみ]少し人の肩に懸[かか]り帯も解[とけ]二布[ふたの]のちらちら見ゆる様[ざま]何と是をどんな虫の能[よ]久米の仙人に見せても通を失ふべきや男はくだらぬ事を言[勹+言][いひつの]りて樽拾[たるひろ]ひの調市[でっち]箒木[ほうき]を立[たて]られ[あるひ]草台[ぞうり]に三升屋[みますや]の功能を見せしむ坊主の喰らひ倒[だをれ]は輪袈裟[わげさ]に衣を袖畳[そでだたみ]に仕て首へ懸[かけ]てしゃ枯れたお経声で帰るとは婚礼の忌詞[いみことば]でござりますとと様の御手づから子安の守りを下されし初孫の皃[かほ]見せるのが孝行とをっしゃったのをよふ覚へてをりますると如意輪観音の様[やう]な有様[ありさま]生き如来のお宗旨でも有難みが薄からん秋風の吹[ふく]に付[つけ]ても穴め穴めと言[いひ]提重[さげぢう]の小町を見よ薄[すすき]や茅[かや]の中の行倒[ゆきだを]れずいぶん侠天狗[きゃんてんぐ]とならぬうちに裏店[うらだな]又は博打者の子も瞽叟[こそう]が子に[しゅん]有るまま斯[かく]身持不埒[みもちふらち]の親を持[もて]ば其子[そのこ]としてはあの人の子には能[よ]ひ人柄[ひとがら]と誉[ほめ]られ給へ孔明[こうめい][さっ]姜維[きゃうい]有れば其父[そのちち]の業界[きゃうがい]を受継[うけつが]んと思ふは天霊[しゃれこうべ]となりても行方[ゆくかた]なく人が腰を縮[こご]めるとをれが強ひからと思ふと大の了簡違ひなりと羽扇[うせん]に乗じて雲井[くもい]遥かに行方を見失[みうしな]ひぬ

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▼化先生…人間のようだが立派に本物のおばけ以上に妖怪妖怪している御仁。
▼羽扇…はねうちわ。天狗たちが持っている道具のひとつ。本来は軍師などの持ち物。
▼猿田彦…『古事記』などにも記されているかみさま。鼻がとても大きく、その姿を模したお面をかぶった人間が祭礼行列の先触れとして矛や大きな御幣を持って歩くのは、お祭りの時によく見られる風景でした。
▼天狗…山の中に出るおばけで様々な神通力を持っています。仏法を妨げる魔物とも。
(参照→和漢百魅缶「てんぐ」)
▼侠…威勢のいい勇み肌なおにいさん衆のような性格のひとたち。
▼返し…小紋を染めた上にもう一度全体を染めた布。
▼広袖…袖口が全部あいている着物。丹前。
▼鏡の家…鏡入れ。鏡を入れて置くもので外側が黒漆などでつやつやに塗られていました。
▼夜盗…どろぼう。
▼嚊が下前を…おかみさんがしたにつけてるヤツを。「夜盗の上前」と対句にしたしゃれ。
▼糠袋…米ぬかを中にいれてあるふくろで、お湯で体を洗うときにつかうもの。ここでは体を洗うための道具という意味。
▼つがもねへ…大したことない。ばからしい。
▼いごかねへ…動かない。
▼高祖…宗派をおひらきになった坊主。
▼草履隠…こどもの遊びのひとつ。
▼池のはた…池之端。上野の不忍池のほとり。
▼曽我のぎょろう時ぶね…曽我五郎時致(そがのごろうときむね)のこと。
▼狂言…歌舞伎狂言。お芝居。
▼伊達が関…三都で評判をとった大力無双の関取。安永5年(1776)に改名をしていてこの本が書かれた当時は谷風の名で活躍しており、後に横綱をとるまで出世しました。
▼鉄砲玉のじゃきじゃき汁…天狗たちがみんな日に三度、熱鉄をのまなければいけないという責苦を引いたもの。
▼弐朱銀…一両の6分の1の価値のある銀貨。
▼あぶりこ…炭火のうえにおいてものを焼いたりするときにつかう金網。
▼七本卒塔婆…埋葬のあと、7日ごとにお墓に1本立てていき、49日目に丁度7本目を立てる卒塔婆。ここではそれと頭蓋骨を描いた刺青。
▼うぬら…おまえら。
▼一刀三礼…仏師が仏像を彫るときに行なったというもの。
▼犬神人…つるめそ。京に住んでいた弓や沓づくり、あるいは葬儀を仕事にしていた人々。
▼天狗酒盛…犬神人たちが愛宕寺で行なっていた酒盛のこと。ここでは大騒ぎな酒盛。
▼なり形…容姿やら服装。
▼小人島…小人国。背たけが9寸ほどの人々が住んでいるという東のほうにあるという国。
▼玉川にさらす手作…多摩川の布さらしのことを詠んだ和歌。作者は不明。
▼水髪…あぶら等を使わず水でととのえた髪。
▼いてう…銀杏。いちょう髷。
▼魔道…仏法促進を邪魔する魔物。天狗道。
▼忠度…無銭入浴。平忠度(たいらのただのり)から出来たしゃれ言葉。
▼才三…髪結い才三。浄瑠璃の『恋娘昔八丈』の登場人物。
▼鬢盥…髪結いの道具箱。
▼無尽…無尽講。みんなで出し合った金を抽選などでもらい受ける、ということをしていたもの。
▼天の狗…天狗の字を分解して訓ませてみたもの。『日本書紀』では旻という坊様が「あまつきつね」と言っていますが、それは流れ星をいう「天狗」を倭語にしただけで、これはまた全然のべつもの。
▼身体髪膚受父母不敢毀傷孝の始…『孝経』にある文句「身体髪膚受父母不敢毀傷孝之始也」を引いたもの。親からもらった体には傷一ッつけるもイケナイことだという教え。
▼毛彫…細かい線彫りをほどこした細工。ここでは刺青の彫りのこと。
▼清盛…平清盛(たいらのきよもり)。
▼評判記…芝居の俳優たちの演技についての感想を独特の文体で記した冊子。
▼悪口言…評判記にいくつも存在している特定の人格のひとつ。
▼令義解…律令のうちの令についてを記した本。儀式の際の礼服についての有職故実も多く記されています。
▼神事…「しんじ」でなく「じんじ」という読みに注意。
▼職原抄…北畠親房がまとめた有職についてを記した本。
▼女がのを…女がつけてたのを。
▼南都…奈良の平城京。
▼未来不…天狗が家々に書いてまわったという文字。『東鑑』の天福2年(1234)3月の文にあります。
▼相模入道…北条高時。天狗たちがとりまいて闘鶏や田楽舞に興じさせたと言われています。
▼湯やのけんひき…湯屋の肩癖。「けんびき」は肩こりのこと。湯屋などで多く売られていた肩こりのために貼る膏薬のこと。
▼本多…髷の結い方のひとつ。細く長くこれを結うのが安永のころ通人の間で流行しました。
▼灯篭鬢…くじらのひげなどで鬢を横に大きくふくらませる髪型。
▼結綿島田…結婚前の娘が結っていた髪型。
▼医者の真似をして…吉原などへ女郎買いに来る僧侶がつかった変装。医者も僧侶と同様に頭を剃髪していたので着物さえ替えてしまえばおんなじような見た目でした。
▼強い犬…『九相詞絵巻』などに出て来る野ざらしになった死体の肉を食べに来る野犬たち。
▼気違ひ水…お酒の異名。
▼二布…こしまき。
▼久米の仙人…きびしい修行を経て通力自在となった仙人でしたが、空を飛んでいるとき川で洗濯をしていた娘のふとももに目がとまったと同時にすべての通力を失って地面に墜落してしまいました。
▼樽拾ひの調市…酒屋の小僧さん。からになった酒樽や酒瓶を回収するのも主な業務。
▼箒木を立られ…ほうきを逆さに立てて置くのは長尻の客を帰すまじない。
▼草台に三升屋…ぞうりにお灸をすえて置くのも長尻の客を帰すまじない。三升屋平右衛門は「団十郎もぐさ」のお店。
▼とと様…父上どの。
▼子安の守り…安産のおまもり。
▼生き如来…生きてて触れる如来さま。
▼秋風の吹に付ても穴め穴め…野ざらしになった小野小町のどくろが歌ったという歌。
▼提重…私娼のひとつ。
▼瞽叟…舜の父親。舜の異母弟である象をかわいがっており、象たちと共に舜をことあるごとに殺そうとしていました。
▼舜…古代の帝。堯のあとつぎとして選ばれ、天下に善政を敷いたと言われています。
▼孔明…蜀に仕えた軍師。
▼姜維…魏のちに蜀に仕えた軍師。孔明歿後の軍略を受け持ったが敗軍する。
校註●莱莉垣桜文(2011) こっとんきゃんでい