当世故事付選怪興(とうせいこじつけせんかいきょう) 41-50


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(41-50)

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目口狸 [めくり]

いにしへより蚊に喰はれじと春の夜ばかりは屋根を葺[ふき]しに此[この]畜生[ちくしゃう]近頃出て四季のわかちもなく折角[せっかく][ふい]たやねもめくりちらしていくちァねい

▼蚊に喰はれじ…「蚊に食われぬまじない」というのは夜中にあそぶ「かるた遊び」のこと。
▼四季のわかちもなく…年がら年中。
▼めくり…屋根を「めくる」のと、「めくりかるた」のかけ言葉。

番太狼 [ばんたらう]

草や木の寝る頃にもいねず時を告[つげ]て拍子木をうつ丑の時参り後見[かうけん]やすらん祭には見違[みちがへ]化物

▼草や木の寝る頃…草木も眠るうしみつどき。
▼時を告て拍子木をうつ…各町内の木戸番をしていた「番太郎」のおしごと。
▼丑の時参り…うしみつ時に神社のご神木へわら人形を誰にも見られずに打ちつけて来るというまじない。
▼後見…うしろだて。おてつだい。
▼祭には見違る…お祭りのときは立派なおべべをつけるよ。

榎本の悪鬼 [ゑのきがもとのあっき]

[まなこ]日月[じつげつ]の如く身は魚楽[ぎょらく]に似たりおそろしい

▼日月の如く…ビカビカと眼が輝いてることの形容。古くから鬼や妖怪や大蛇などにひろく使われています。
▼魚楽…歌舞伎俳優。中村助五郎の俳号。主に敵役を演じていました。

鉄火 [てっくわ]

何うりの化[け]して来[き]ぬらん夜蛤[よはまぐり]それは月令[がつりゃう]九月とあればきわめて放し雀[すずめ]うりし商人[あきうど]の品かへたるならん是[これ]は五月[さつき]菖蒲[あやめ]うり[け]してせうふせうふと虚空[こくう]に呼ぶ[竹+塞][さい]に霰[あられ]の音をひびかせざらに銭の雨を降らせ都而[すべて]すべたを此[この]魔道[まどう]へみちびくとしどし[とり]の市に顕[あらは]れ去年川口の道にも見へたり寺なし寺なしと叫ぶはその亡霊[もうれい]を吊[とむら]ふ者もなき故[ゆへ]にや

▼月令…『礼記』のなかの一編
▼九月…「月令」にある「爵入大水為蛤」を引いたもの。9月になると雀が海に入って蛤になるよという説。
▼放し雀…慶弔のとき、善行をつむため雀を放鳥してあげること。
▼菖蒲うり…5月の端午の節句の頃、家に飾ったり、お湯に入れたりするショウブを売る商人。
▼せうふせうふ…「しょーぅぶ、しょうぶ」という菖蒲売りの売り声。
▼[竹+塞]…かるた。かけごと。
▼すべた…「めくりかるた」などで使われる役にならないかるた。
▼としどし…年々。
▼鳥の市…酉の市。
▼寺なし寺なし…寺銭(ばくちの胴元に支払う割前)がない。かるたでふところスッテンテン。

侠 [きゃん]

物をほしがる事[こと]犬神[いぬがみ]のごとくなれば[きゃん]といふ生得[しゃうとく]の敵[かたき]やく小野定九郎[おのさだくらう]屋しき跡[あと]より夜[よ]る夜[よ]る顕[あらは]れ出じま鬘[かづら]往来[わうらい]をなやましすっぱぬきに稲妻の光りをかすり行人[ゆくひと]まごつきおとしたる鼻紙入[はなかみいれ]はした銭などを着服す

▼犬神…四国などに伝わる憑物の一ッ。持ち主の欲しがってるものを持って来てくれたりするところから。
▼侠…侠客やごろつきのことをさして呼ぶ「侠」(きゃん)と、犬の鳴き声の「きゃん」をぬえ合成したもの。
▼小野定九郎…『仮名手本忠臣蔵』に登場する悪役。山崎街道で山賊のような事をしてます。
▼往来をなやまし…通行人たちを困らせる。
▼鼻紙入…おさいふ。
▼はした銭…少額の小銭。

十二挑灯 [ぢうにてうちん]

金竜山[きんりうざん]観世音開帳の度[たび][あらは]る事[こと]竜灯[りうとう]にひとし久しい物さみな客のあぶらなり

▼金竜山…金竜山浅草寺。ご開帳のときに出される「提灯」をもとにしたもの。
▼竜灯…海の中に住んでいる竜神がともし出すというふしぎな光。
▼あぶら…出資。

図外若衆 [づはづれわかしゅ]

身の丈[たけ]六尺八寸[たなごころ]九寸五分足裏壱尺三寸五人増[まさ]目方[めかた]三拾八貫目一度に飯三升を喰ふ

▼掌…てのひらの大きさ。
▼力…ちからもちの度合い。
▼目方…体重。体の大きさも力もごはんを喰う量も物すごいこちら、「図はずれ」というのは「とびぬけて」ということ。

[敝+出][奔+亀] [しゅっぽん]

首たけの淵氷川[ひかは]にも折々[をりをり][いで]はしる其時[そのとき]波濤乱逆[はとうらんげき]

▼首たけの淵…首までつかる深い淵に、アナタに「首ったけ」をかけてつくった地名。
▼氷川…江戸の岡場所のあった場所の一ッ。水辺つながり。
▼はしる…逃げ出すときの「出奔」と、水の中に住む「すっぽん」をぬえ合成したものなのですが、どの程度の速度なのかは不明。
▼波濤乱逆…はげしく波立つ。遊里などで遊女が店から脱走しても同じく大騒ぎ。

天鵞絨娘 [びろうどむすめ]

熊女[くまおんな]は味[あぢは]ひ少し苦[にが]かりしが此度[このたび]のびろふどはまづなで心[ごこと]むくむくとして恰[あたか]蝋虎[らっこ]のごとし座舗[ざしき]も中々[なかなか]面黒[おもくろ]はしらねどもけものは毛物

▼熊女…毛深い女のコ。
▼なで心…さわりごこち。
▼蝋虎…ラッコ。「ビロード」同様に毛皮が珍重されていました。
▼ば…「ばけもの」の「ば」の字。
▼けものは毛物…「ばけもの」の「ば」がどこかにいっちゃうと「けもの」だよ、というくすぐり。

四本脚 [しほんあし]

唐土[もろこし][かなへ]にならって日本[にっぽん]五とくも足三ッにて形も丸き事[こと]久し然[しか]るを世の中物事晒落[しゃ]れるに随ひ五徳も丸くては古[ふ]るし足も三ン本にては気が替[かは]らず足四本ンに化[ばけ]んと云[いふ]鉄物[かなもの]仲間聞之[これをきき]貴様[きさま][ばけ][たま]はば我々も化[ばけ]ん先[まづ]何様[なにやう]に化け給ふと問[とふ][すなはち][ばけ]て答[こた][かく]の五徳

故事付選怪興 終

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▼鼎…青銅などの金属でつくられている物を煮るための容器。脚は3本。
▼五とく…五徳。火の上に鍋や薬缶をかけるときに土台にする鉄製の脚。脚は3本。
▼鉄物仲間…火箸だの庖丁だの鍋だの、ほかのかなもの連中。
▼何様に化け給ふ…いったいどんなふうに化けるんだい。
▼角の五徳…「斯くの如く」(こんなふうにだよ)と「角の五徳」のかけことば。四角くなったので、倒れないように脚が4本になりやした。
校註●莱莉垣桜文(2011) こっとんきゃんでい