備後土産稲生夜話(びんごみやげいのうのよばなし)叙


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相馬の古御所の妖怪京伝翁筆頭[ひったう] に異形を現はし重い葛籠[つづら]の化物豆合巻[まめごうくわん]に三ッ目一ッ目を光らすと雖[いへども][こ]は幼稚児供[おさなこども]の伽譚[とぎものがたり]りに過[すぎ]ず実[げ]函根[はこね]から此方[こっち]には野暮と化物は無[なき]を以て信ずれども猶[なほ]中国筋は其限にあらざるか既に稲生氏の怪に遇[あふ]ありて其事の確実なるは世人の能[よく]知る所なり而して東京[とうけい]にも行灯が天井へ釣揚[つりあが]り茶碗が空中を舞歩行[まひあるく]等の話は間[まま]あり今や究理開明の世なるに何を元素[げんそ]としてかかる変を為[なせる]や知る者なし依て化作氏[かさくし][つと]に此怪の如何を知らんと志ざし遂に備後土産を編したるも氏が化[ばけ]作るの名に適[かな]ふは之[これ]も又彼[かの]妖魔[えうま]の所為[しょゐ]にやあらんか呵々[かか]

明治十七年一月 梅亭金鵞[ばいていきんが]

▼相馬の古御所の妖怪…浄瑠璃や絵草紙に登場する平将門一門が出現させた怪異。山東京伝の『善知鳥安方忠義伝』(1806)の挿絵に描かれた妖怪たちは、土佐家の百鬼夜行絵巻や土蜘蛛草紙をもとに描かれています。
▼京伝翁…山東京伝。
▼筆頭…筆の先。書かれた作物。
▼重ひ葛籠の化物…おとぎばなしの「舌切雀」に出て来るもの。おおきなつづら。
▼豆合巻…子供むけに売られていた普通より小さな寸法の安価な絵草紙。豆本。
▼函根から此方…「やぼとばけものは箱根から先」という江戸のことばを採ったもの。
▼中国筋…中国地方、山陰山陽。
▼東京中…東京にも。in the Tokyo。
▼化作…梅亭化作。梅亭金鵞の門人か。講釈ものの翻刻作品が何点か知られてます。金鵞が『団団珍聞』で使っていた梅亭化三という別号に由来している名前と考えられます。
▼呵々…アハハ。
▼明治十七年…1884年。
▼梅亭金鵞…『妙竹林話七偏人』(1863)や『寄笑新聞』(1875)などが代表作。松亭金水、万亭応賀らに学ぶ。晩年も『団団珍聞』の戯文作者、選者のひとりとして活躍。
校註●莱莉垣桜文(2011) こっとんきゃんでい