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実説古狸合戦(じっせつこりがっせん)第一回


第一回
第二回
第三回
第四回
第五回
第六回
第七回
第八回
第九回
第十回

もどる

第一回

[さて]今回は奇々妙々な講談を御披露に及びまする、尤[もっと]も此[こ]のお話は狸と狸同士と大衝突と云ふことに相成りまして、同じ畜生ながらも善悪邪正[ぜんあくじゃしゃう]を弁別[わきまへ]規律が立ってありまして、これまで伯龍[わたくし]も数多[あまた]のお話を申し上げましたが、これは特にお目先の変ったお話でございます、チョッと見るとお子達へのお伽譚[とぎばなし]かとも思召[おぼしめ]さうが、然[さ]う間違へられましては甚[はなは]だ困ります、これは実際あったことでありまして、只今に到りましても阿州の徳島地方のお方は能[よ]く御存知で居らつしゃいます、本講談の主人公と致しまするのは人間にあらず、狸でございまして、これは阿州勝浦郡[かつうらごほり]日開野[ひがいの]と言ふ所に正一位金長大明神と立派に神に祀[まつ]り篭[こ]めに相成ってございます、伯龍[わたくし]が斯様[かやう]なことを申し上げるまでもございません、其の地の御老人達にお聞きに相成れば能[よ]く明瞭[わか]るのでございます、それを特別に詳敷[くはしく][か]の地にお住居[すまゐ]になって居られまする、藤井楠太郎[ふじゐくすたらう]と云ふ御仁が調べられまして講談風に認[したた]め、原稿として能々[わざわざ]今回大阪の中川玉成堂[なかがはぎょくせいだう]へ寄せられまして、所が中川の主人も到って熱心な方でありますから、それを御覧になりまして、早速伯龍[わたくし]をお呼び寄せになって御相談でございます、伯龍[わたくし]も一応拝見の上、兎[と]にも角[かく]にも講談になるかならぬかは予知[わか]らぬが、講座[いた]に懸けて見ませうと云ふので、その後[ご]藤井氏のお調べになった所を材料[たね]と致しまして一ッの講談に綴[つづ]り諸方ので講演に及んで見ました、所が非常の好人気[かうにんき]喝采を得ましたことでございます、早速玉成堂主人の御所望によりまして、今回例の丸山氏に速記をして戴き、本日より伺ふことになりましたが、此[こ]の講演は狸同士の衝突を言ふのでありますから、其の思[おぼ]し召[めし]で御覧の程を願ひます、

▼奇々妙々…ふしぎな。
▼善悪邪正…善玉と悪玉。
▼規律が立って…規律がただしい。道義をわきまえてらっしゃる。
▼お伽譚…子供っポイむかしばなし。講談にはあまりこの手の話は数多く語られてないので、そのあたりの点を伯龍が解説の部分で断っています。このことから、明治末ごろにはまだ各地で「阿波狸合戦」が講釈師に語られてなかったことも、うかがえます。
▼阿州…阿波の国。
▼日開野…「ひがいの」と「ひかいの」の傍訓が底本では混在していますが、「ひがいの」に統一しました。
▼正一位金長大明神…金長狸の神号。日開野の金長。
▼中川玉成堂…この本の出版社。
▼中川の主人…玉成堂の主人。中川清次郎。
▼講座…高座。「いたにかける」は「舞台で演じる」ことの符牒。
▼席…寄席、講談席。明治のころは講談を専門に演じてる小屋も都会には点在してたくさんありました。
▼好人気…好印象の大人気。
▼丸山氏…速記担当者。丸山平次郎。

一方の主人公たる彼[か]の金長[きんちゃう]と云ふのは、畜生ながらも却々[なかなか]総ての物事に秀[ひい]怜悧[りかう]な狸でございまして、所が其の頃四国に於きまして狸の中での総大将となって居りましたのが、津田浦[つだうら]穴観音[あなくわんおん]と云へる所に棲息[すまゐ]して居ります正一位六右衛門[ろくゑもん]と云ふ狸でございます、これが自分の味方に此の金長を引入[ひきい]れんと致しました、然[しか]るに金長は一旦人間より受けたる大恩を忘却しては相成らぬと云ふ真心を以[もっ]て 、此の六右衛門の許[もと]を去ろうと致しましたる所から、大将の言葉に背いたと言ふ廉[かど]を以て彼[か]の六右衛門と云ふ狸は忽[たちま]ち悪心を起[おこ]しまして、此の金長を今の中[うち]に討取[うちと]って了[しま]はなければ後には自分の官位までも彼[か]れに奪はれることに相成るも計り難いと云ふので、自己[おのれ]は眷属の仲間狸を数多[あまた]集めまして、彼れ金長を夜討[ようち]に致すことになりましたが、抑[そ]も間違[まちがひ]の原因[もと]であります、その中[うち]に彼の六右衛門狸の部下の中[うち]に同じ津田山[つだやま]に住居[すまゐ]を致して居ります、鹿の子[かのこ]と云ふ一匹の小狸、此の者が何[ど]うも六右衛門の処置の宜しくないことを憎みまして、これも却々[なかなか]義心強きものであります所から、捨て置く時は金長狸の一命に関はると云ふので、卒[いざ]事を挙げんと云ふ間際に至って鹿の子が先廻りをして、金長の泊[とま]って居りまするに来[きた]って此のことを態々[わざわざ]返り忠に及びましたのでございまする。金長は自分に従ふ眷属も夥多[あまた]ありまする中[うち][たか]と名前を付けました一匹の狸でございます、此の鷹と云ふ狸は藤の樹寺[ふじのきでら]と云ふ所に住居[すまゐ]を致し却々[なかなか]の剛勇な奴でございまして、数多くの六右衛門の部下を引受けまして必死の働[はたらき]を致し我が主人とも崇めまする金長を一旦其の場を落[おと]しまして、遂には自分は其の所で討死[うちじに]を遂げたのでございます、其処で此の金長は日開野村[ひがいのむら]に立帰[たちかへ]って此の界隈[かいわい]にありまする多くの仲間狸を集め、部下ながらも誠忠なる鷹の復讐を致さんと云ふので逆寄[さかよ]に及んだ所、又六右衛門狸は早くも此のことを知って、自分は四国の総大将と云ふのでありますから、数多の狸を集めまして態々[わざわざ]日開野へ押出ださんとする其の途中、津田山の麓[ふもと]の浜辺に置きまして、最初の衝突より遂に敗を取って此の穴観音に敗走致して逃げ返り、金長勢の逆寄せの為に数度[すど]の戦ひを致し、遂に戦死を遂げたると云ふ、畜生ながらも随分大袈裟[おほげさ]なことをやったものです、だが筋道は略[ほぼ]斯様[かやう]な次第でありますが、それで始めから詳敷[くはしく]お話しをせんと解[わか]りません、

▼畜生…けだもの、動物。
▼怜悧…お悧巧さん。
▼四国…四国には狸たちがいっぱいまつられているという事が、このお話の基盤になっています。
▼正一位六右衛門…六右衛門狸の神号。津田の六右衛門。
▼官位…狸の地位。「正一位」を称するにはこの官位を勢力のある狸からいただくことが必要だったそうで、それがこの狸界の事件のすべての根元になっています。
▼義心強きもの…義侠心があつい。
▼事を挙げん…作戦にとりかかる。金長の寝込みをおそう作戦。
▼森…休んでる宿が「森」というあたりが狸たちの世界ですね。
▼鷹…藤の木寺の鷹。金長のいちの乾分。
▼六右衛門の部下を引受けまして…鷹は夜討ちに押し寄せてきた六右衛門の手勢を一挙に相手に奮戦します。
▼逆寄せ…逆襲。
▼押出ださん…攻め込もう。
▼敗を取って…敗軍をして。
▼穴観音…六右衛門のほこらがあるところ。六右衛門方のおしろ。
▼筋道…おおまかなあらすじ。

頃は天保年間のことでございまして、今でも天保年間のお方は幾らも存命して居られます、よって彼の地の老人達は能[よ]く承知して居られる事実でございます、茲[ここ]に阿波国[あはのくに]は勝浦郡[かつうらごほり]日開野[ひがいの]と云ふ所に大和屋茂右衛門[やまとやもゑもん]と云ふ者がございました、此の人は至って温厚篤実[おんかうとくじつ]な方でありまして、染物業を致しまして奉公人も二三人を召使ひ手広く家業を致して居りました尤[もっと]も夫婦の仲も睦[むつ]まじく此の日開野では大和屋茂右衛門と言へば誰知らぬものはないと云ふ、金満家ではありませんが今日を豊かに[くら]して居りました、所が此の大和屋の宅の裏手に諸道具万端を入れまする一ヶ所の土蔵[どぞう]がございまする、其の土蔵の傍[わき]の方に近頃大きな穴が穿[あ]きまして、何[ど]うも見る所[鼠+晏]鼠[むぐらもち]が堀り上げたと云ふやうな穴ではございません、飛んでもない所へ穴が空いたと主人[あるじ]茂右衛門も不思議に思ひ、マァ何は偖置[さてお]き蔵が傾へてはならぬと云ふので傍[そば]に来[きた]って熟々[よくよく]見ますると、何だか狸の臭気[にほひ]が致しますので、これは全く狸が近頃来[きた]って此の穴を掘って其の中[うち]に棲息[すまゐ]を致すものと見ゆる、困ったことであるが何[ど]うにか致して此の穴を埋[うづ]めたいものであると云ふので家内と相談を致して居りまする、

▼天保年間…1830-1843年。
▼宅…家。
▼染物業…染色、紺屋。お客さんから染物の注文をうけて、藍染めをする商売。
▼金満家…大金持ち。豪商。
▼今日を豊かに…その日の暮らしに困るということはなく、安心して暮らしているさま。
▼諸道具万端…商売や仕事の道具、家財道具など、もろもろの道具。
▼[鼠+晏]鼠…もぐらもち、もぐら。

所が店の奉公人二三人それへ出かけて参りましたが ×御主人貴方[あなた]は其処で何を考へて居らっしゃる 茂右イヤ外[ほか]でもないが此の間中[あひだうち]から此様[こん]な所へ穴が空いたが熟[よ]く熟[よ]く見ると狸の臭[にほひ]がする、何[ど]うしたものであらうと心配をして居るんだ、捨てて置いたら蔵の為[た]めに能[よ]くないと思ふから  ×成程[なるほど]これは全く狸奴[たぬきめ]巣をしたに違ひありません、上から沸湯[にゑゆ]でも[つ]ぎ込んでも[ど]うです、狸を生捕[いけど]って狸汁でもして食べたら何[ど]んなものでございませう、一ッ沸湯[にゑゆ]内部[うちら]へ灑[つ]ぎ込んで見ませうか 茂右これ馬鹿なことを云ふな、其の様なことをするやうなら何も心配はない、併[しか]狐狸[こり]と云ふものは別に[あだ]はせぬものださうだ、此方[こちら]から罪[つみ]も科[とが]もないものを殺すと云ふやうなことをすれば、それが為めに家に[たた]りを生[しゃう]ずると云ふやうなことも時々は聞いて居る、乃公[おれ]の家[うち]へ斯[か]うやって来て自分の棲家[すみか]にしやうと云ふのは、屹度[きっと]我家[うち]繁昌ならしめる[もとゐ]であらう、お前は決して竹等[なん]どを突っ込んだり沸湯[にへゆ]でも[さ]したりするやうな乱暴なことをしてはならぬぞ、日々[にちにち]これへ握飯[にぎりめし]でも持って来て供[そな]へてやって然[さ]うしてマァ自家[うち]を守って貰うやうに養ってやれ、然うすれば又我家[うち]へ人気が集って詰[つま]り商売も繁昌すると云ふやうなものである」 斯様[かやう]に茂右衛門は考へました所から奉公人一同を制しまして、其の後[のち]家内に申し付けて御飯を炊きますと握飯[にぎりめし]を拵[こしら]へ、又は狸の好みまするものを種々様々に拵へて穴の辺[ほとり]へ持って来て供へて置きます、それが何時[いつ]しか失[な]くなりまするのは全く茲[ここ]に狸が棲息[すまゐ]をして居[を]るものと見えます、

▼捨てて置いたら…放っておいたら。
▼巣をした…巣食った、巣をこしらえた。
▼灑ぎ込んでも…「灑」は「注」と同じ意味。
▼狸汁…狸の肉をねぎなどといっしょに味噌煮にしたもの。
▼内部…穴のなか。
▼狐狸…きつねやたぬき。
▼仇…危害をくわえてくる。
▼祟りを生ずる…たたりを起こしてくる。大抵のおはなしの場合、たたりの矛先が向けられて困っちゃうような人間というのは、その原因を自分が造っちゃってることが多いです。
▼繁昌ならしめる…繁昌させてくれる。
▼注したり…流し込んだり。
▼狸の好みまするもの…あぶらあげなど。

一寸の虫にも五分の魂と云ふこともある、斯[か]く致して家の繁昌を念じますると、何[ど]うも不思議なことには、其の月から俄[にはか]に大和屋の宅も商売が忙しくなって参りまして、顧客先[とくゐさき]よりは染物の注文をドシドシ申し込んで参りまするので思はぬ所の利益が上ります、依って主人[あるじ]の茂右衛門は大きに喜んで全く狸のお蔭であると、其の後[のち]は家内に申し付けまして、益々[ますます]此の穴の辺[ほとり]へ種々[いろいろ]馳走を運んでやることになりました、で女房下女に至る迄[まで]も却々[なかなか]炊事廻りが忙しいのであります 女房全体此の穴には何[ど]んな狸が棲んで居[を]るのであらうか、貴方は狸とお見込みが付いたのですか 茂右知れたことを云へ此の臭[にほひ]は何[ど]うしても古狸[ふるたぬき]の種類に違ひない、狐は滅多に此の四国の地には居さうなことはない」 成程狐は四国に居ない、何[ど]う云ふもので居ないかと云ふと空海上人[くうかいしゃうにん]、弘法大師[かうぼふだいし]様が狐を封じられたと云ふことを世俗に云ひ伝へて有ります、四国には決して狐は棲息[すまゐ]をして居りません、其の代[かは]り狸は沢山[たくさん]棲んで居[を]ることでございます、依って狐付きと云ふのはございませんが、或[あるひ]狸付きだとか又は犬神[いぬがみ]付きと云ふのは沢山あります、既に前年伯龍[わたくし]が御披露いたしました松山狸問答のお話にも詳敷[くはしく]述べてあります通り、伊予の松山御領分の中[うち]、彼の九谷熊山[くたにくまやま]と云へる所に中国の総大将とて棲息[すまゐ]を致したと云ふのは犬神刑部[いぬがみぎゃうぶ]狸と云ふ、これは六百年から棲息して居ったもの、それで自分の身長[みのたけ]は四尺もあらうと云ふ、総身には金毛[きんげ]を生じまして尾は二股に分[わか]神通自在を得まして、遂に十五万石の松平隠岐守[まつだいらおきのかみ]御領地を騒がしたと云ふやうな事実もあるのでございます、併[しか]し其の時分とは本講談に申し上げまするのとは、時代が違ひます、何分此等[これら]の狸は最早[もはや]此の世を去って今では六右衛門狸と云ふのが四国では長[おさ]となっております、其処で多くの狸は此の者から支配を受けまして皆それぞれ行[ぎゃう]が満ちました上は官位を授かるのでございます、併し此の大和屋茂右衛門の宅へ来て居りまする狸は豆狸[まめだぬき]であるか貉[むじな]であるか、又は何処に棲息[すまゐ]をして居[を]るものであるか、それが一向解[わか]らぬのでございます、兎[と]に角[かく]に家の繁昌を大きに喜んで日々[にちにち]に供へ物をして居りました、

▼馳走…ごちそう。お供物がおにぎりからどんどんレベルアップしていった。
▼狐を封じられた…弘法大師が「四国に鉄で出来た橋がかかるようになるまで、狐たちは四国へ立ち入ることはならぬぞ」というおさばきを下したため、四国にはきつねたちが住んでない、という昔話が伝えられていました。
▼狐付き…狐憑き。
▼狸付き…狸憑き。
▼犬神付き…犬神憑き。
▼松山狸問答…松山騒動を題材にした講談。隠神刑部という名前の狸がこちらでは登場して化け術をほこっています。
▼中国…中国筋。中国・四国地方。
▼六百年から…六百年以前から。
▼総身…からだ全体。
▼神通自在…神通力を自由自在につかいこなすことが出来る。
▼松平隠岐守様…松山のとのさま。
▼事実もあるのでございます…講釈師みてきたようなナントヤラ。
▼豆狸…ちいさな狸。

所が頃しも天保の十年三月中旬[なかば]のことでございましたが、今では大和屋の宅も四方よりの注文に日々追はるる位、手広く家業を致すことになりました、所が店の職人の中[うち]に亀吉[かめきち]と云ふものがありました、これは丁稚[でっち]の時分から此の茂右衛門に仕へまして、到って正直な人間でありました、当年十八歳となりましたが、茫然[ぼんやり]いたして居ります、余り常[つね]から人仲[ひとなか]へ出ましても物数も云はぬ質[たち]でございます、併し小僧の時分から主人夫婦にも気に入られ、亀吉々々と云って可愛がられて居りましたが、今日しも店の藍壷[あゐつぼ]の片傍[かたほとり]に亀吉は主人に云ひ付かった仕事を致して居りましたが、如何[いかが]致したものでありますか、俄[には]かにブルブルブルと慄[ふる]へ出し、慄[ふる]へながらもスックリと亀吉は立上[たちあが]りました、染物に用[つか]ゐまする二尺ばかりの竹を両手に掴[つか]んで、恰[あたか]御幣[ごへい]でも振るやうな形でブルブルブル慄[ふる]へ上[あが]って居りますから、他[た]の奉公人も大きに驚いた オイオイ亀吉、何[ど]うした何うした、何をするのだ、オイお前怪訝[おか]しな真似をしては不可[いけ]ないぜ」と皆の者は変に思って居りまする中[うち]に、亀吉は其等[それら]のことには頓着せずブルブル慄[ふる]へながら手に持った棒を益々[ますます]振り廻しまして其の侭[まま]奥へやって参りました、今奥の間で諸方から来た注文に就[つい]て忙がしさうに帳合[ちょうあひ]を致して居りました主人[あるじ]の茂右衛門の前に来ますと、それへヒタリッと座りお辞儀を致しました、この様子を眺めて驚いたのは主人[あるじ]の茂右衛門  茂右これこれ亀吉、貴様何をして居るんだ 亀吉旦那様、誠に私[わたくし]は此の度[たび]貴方に厚くお礼を申し上げやうと思ひますので、態々[わざわざ]御当家の職人亀吉殿の姿を借りましたが、此の裏の蔵の傍[わき]地が穿[ほ]れまして穴が空きました、所が其の穴に来[きた]って棲息[すまゐ]を致して居りまする金長[きんちゃう]と申しまする狸でございます、今日は改めて御主人様に日々[にちにち]食物を結搆に致して下さいまする其のお礼に罷[まか]り出[い]でましたお忙がしい中を斯様なことを申して済みません、一寸[ちょっと]お願ひに出ましたやうな訳合[わけあひ]でございます 茂右エエアア何だ、お前は狸だ、偖[さて]は何か此の裏に棲息[すまゐ]をする狸と云ふはお前であったか」と茂右衛門も益々[ますます]驚き、怖々[こはごは]ながら家内を始め奉公人も傍[ぞは]へ来[きた]って亀吉の様子を見て居りますと、主人[あるじ]は事によったら乃公[おれ]何か仇[あだ]をするのではなからうかと思ふに付けて、心弱くつはなるまいと気を励まし

▼天保の十年…1839年。
▼四方よりの注文…あっちこっちからの注文。
▼丁稚…商家で働く小僧さんのこと。
▼人仲…人中。人前、ひとびとの間、世間。
▼物数も云はぬ質…口数がまったく多くない。
▼藍壷…染物につかうための藍の汁をためておいてある大きなつぼ。染物屋さんにはこれが何個も並べてありました。
▼御幣…棒の先に紙で出来た幣などをさげたもの。神主さんがばさばさ振るもの。
▼頓着せず…気にも止めず。
▼奥の間…奥の部屋、奥向き。旦那の部屋。
▼帳合…お金と商品の出し入れなどを帳面の上でつきあわせて計算をすること。
▼地が穿れまして…地面にポカッと穴があいちゃって。
▼何か仇をするのではなからうか…何か危害をくわえてくるんじゃなかろうな。

茂右して何ぞ用があって来たのか、お前には日々[にちにち]食物が給与[あてが]ってあるではないか 金長ハイそれでございますからお礼の為に出ましたのでございます、実に貴方の仰しゃる通りに日々[にちにち]結搆な食物を下し置かれまして、お蔭様に眷属共まで安楽に養ふことが出来まして、有難い仕合[しあは]せ、就きましては貴方のお身の上は充分及ばずながら私[わたくし]が保護を致しまして御当家の商売繁盛を祈るやうに相守りまする、又貴方様のお身を守って居りまするのは昨日今日のことではないのでござりまする、未[いま]だ貴方が彼[あ]紺屋の嘉平治[かへいじ]様のお宅にご奉公中の折柄[をりから]も、及ばずながら私が貴方様の蔭身[かげみ]に纏添[つきそ]ひまして充分に守って居ったことであります、何[ど]うぞ行々[ゆくゆく]は御立派な家業のお出来なさるやうにと多年の間[あひだ]守護致して居りました、然[しか]るに今は斯[か]く立派に御商売をなさいまして、追々お顧客[とくゐ]先も増へて参りまするのは何より結搆、蔭ながら私も喜んで居りますることでございます 茂右何だと、乃公[おれ]が嘉平治さんの家[うち]に奉公して居る中[うち]から影身に纏添[つきそ]って守った、それは可笑[おか]しな話だ、別段これまで私[わたし]は狸等を贔屓[ひいき]にしたこともなければ、何一ッ食物を与へたこともない、畢竟[ひっきゃう]ずる先日[こないだ]穴を見付けたによって、狸ででもあらうと思って奉公人に吩付[いひつ]けて食物を給与[あてが]ってやったのである然[しか]るにお前は前々から私の身体[からだ]を守護して居ると云ふのは何[ど]うも受取れぬ話であるな 金長左様にお疑ひなさるのも御尤[ごもっと]もでありますが、貴方を守護いたして居りますと云ふのは確かな証拠と云ふものがございます 茂右何だ、証拠がある、馬鹿を云へ、して証拠と云ふのは全体何[ど]う云ふ証拠だ、それを話をして見よ 金長それなれば申し上げます、其の証拠と云ふものは貴方が紺屋の嘉平治様の宅にて、今だ御奉公中、左様でございました、年限[ねんげん]は今から三十四五年も前でございましたらう、八月八日のこと、恰度[ちゃうど]嘉平治様のお宅から手失火[てあやまち]がございましたことがございませう、あれは全く裏の物置へ対して放火[つけび]を致したものがあるのでございます、其の節[せつ]貴方は正午[ひる]の仕事の疲れで何にも知らないで、二階の部屋で前後不覚にお寝[やす]になって居りました、下からはドンドン燃えて参りますると、他[た]の奉公人は[きも]を潰[つぶ]して貴方を助ける所か、自分の身を命カラガラ逃げ出したやうなことで、それに貴方は気が付かずして休んで居らっしゃいます、其の侭[まま]に捨て置く時は遂に焼け死んでお了[しま]ひなさるのでございます、だから私[わたくし]はそれとなく、貴方を揺り起[おこ]したのでございますが、幾らお起[おこ]し申しても貴方は夢中でございまして終[しま]ひには堪[たま]らなくなりまして、貴方のお枕[まくら]を蹴り飛ばしましたことがあります、其処で傍[かたはら]の一枚の雨戸を打外[ぶちはづ]しまして貴方の枕元へ投げ付けました、其の物音に気が付いて既に危険[あぶ]ない所を貴方はお逃げなさったことがございませう、彼[あ]れは私[わたくし]が此方[こちら]へと云ふので無理から表[おもて]格子[かうし]破れからお逃がし申したのでございます、それ故[ゆゑ]危ない命をお助かりになりました、それから漸[やうや]う鎮火の後[のち]、仮家建[かりやだち]でございましたが、後[のち]には何[ど]うやら斯[か]うやらお家も以前々々[もともと]通りに普請[ふしん]に相成りました、所が其の後[のち]曲者[くせもの]は彼[か]の嘉平治様のお宅へ両度まで放火[つけび]を致したことがございます、一度は彼[あ]の紺屋の下女に化けまして其の曲者を追払[おっぱら]ってやりました、又一度は炎[も]え上[あが]らんとする所を家内の者を呼び起[おこ]してこれ又危ない所を消し止めましたことがあります、此等[これら]のことを能[よ]くお考へ下さいましたらお思ひ出しにもなりませう其の時分から私[わたくし]は貴方の御気象に見込みを付けまして、蔭ながら守護いたして居りましたのでございます」と意外な話しでございますから茂右衛門も非常に驚きまして、

▼眷属共…乾分のたぬきたち。
▼相守りまする…守ってゆきます。
▼紺屋の嘉平治…大和屋茂右衛門が丁稚奉公をしていた先の主人。ここで年季奉公をこなした後、のれん分けをしてもらって、今の大和屋さんは出来ました次第。
▼受取れぬ…なっとくできない話。
▼蔭身…影身。うしろ。
▼多年の間…長年。
▼年限…年代。
▼手失火…火事さわぎ。
▼前後不覚にお寝み…ちょっとやそっと揺すっても起きないくらいぐっすり眠ってた。
▼胆を潰して…非常にびっくりおったまげて。
▼休んで居らっしゃいます…ぐっすり眠りこけちゃってました。
▼夢中…ほんとうに夢の国の中。
▼格子…木をこまかく組んでつくったもの。
▼破れ…穴。こわれてた箇所。
▼両度…二回にもわたって。
▼下女に化けまして…金長が下女の姿にポンポコドンっと化けて。
▼御気象…気性。性質、人物像、こころのもちよう。

茂右成程然[さ]う云ふと乃公[おれ]が親方の家[うち]に奉公して居た時に、彼[あ]の出火の際、乃公が気が付かずに寝て居る所を誰か乃公を起[おこ]して呉[く]れたのであったが、乃公の枕許[まくらもと]で大きな声で呼んだものがあるので、夢中に彼[あ]の時は部屋から逃げ出して、マ少し火傷はしたものの危ない一命を助かった、成程それから後[のち]二度も放火[つけび]をした曲者があった、偖[さて]は何か彼の時私を助けて呉れたと云ふのはお前か、それはそれは今まで私は其様[そん]なことは些[ちっ]とも知らずに居ったのだ、併[しか]しお前は狸で何と云ったな、名前は  金長ハイ私は金長[きんちゃう]と云ふ狸でございます、当年漸[やうや]二百六歳になります、此の日開野の鎮守の森に棲居[すまゐ]を致して居りまして、此の界隈では多くの藪狸[やぶだぬき]を集めまして其の取締りを致して居りまするものでございまする 茂右ムムウ、偖[さて]は然[さ]う云ふこととも知らずしてこれまでお前に礼も云はなかった、併しお前は畜生ながらも其のやうな心得であれば、私の宅も繁昌、何[ど]うぞ相変[あいかは]らず此の後[のち]も私の家を守護して下さい、其の代り出入の大工に吩付[いひつ]けて彼[か]の蔵の傍[わき]へ一ッの[ほこら]を建てやう、其処でお前を正一位金長大明神と立派に祀って上げやう、何分宜敷[なにぶんよろしく]家の守護を頼みますぞ 金長アアイヤ御主人只今の仰[おほ]せは有難うございますが、其の正一位と云ふ所はチョッとお見合せ下し置かれまするやう願ひます 茂右ホーホー可[い]かんか 金長ハイ私は未[いま]だ官位のない身の上、只其のまま狸としてお祀[まつり]下し置かれますれば有難う存じます、金長明神で結搆でございます其の中[うち]に私も正一位の位は受ける心算[つもり]でございます 茂右ハハァ左様か、それぢゃマァ直[すぐ]にお前の立派に棲めるやうにして上げやう」 茲[ここ]夫婦の者は職人共にも此の話しを致しまして大きに茂右衛門も喜びました、

▼二百六歳…金長の年齢に注意。
▼藪狸…野狸たち。
▼祠…おいなりさんをまつってあるような小さなおやしろ。阿波や伊予には街中や家屋敷にこんな風におたぬきを祀っている風景がよく見られます。
▼夫婦の者…茂右衛門夫婦。

所が此の亀吉と云ふ男は、只正直と云ふのが取柄[とりえ]でございまして、偖[さて]仕事にかかりますると店の数多の奉公人の中[うち]では一番劣る呆痴者[ぼんやりもの]でございましたが、此の金長と云ふ狸が姿を借りましてから後[のち]と云ふものは、生[うま]れ変ったやうになりまして、亀吉の働振[はたらきぶり]は実に眼の転[まは]るばかりの有様でございまして、人から見ると大概十人前位の仕事を致しまする 茂右お前のやうに然[さ]う手取り早くやりなさるが、それで染上[あが]って居るか 亀吉ハイ御覧下さいませ此の通りでございます」 其処で主人は仕事を手に取って見ると立派に出来上って居りまする他[た]の奉公人から見ると仕事が余程出来るのであります、これ全く亀吉の腕前ではこれ程に出来さうなこともないが、金長と云ふ狸が乗移[のりうつ]って居[お]るからで、只始めの程は不思議に思って居りましたが、他の奉公人も皆々変な思ひを致しまして、 オイ迂闊[うっかり]と亀吉を相手にするな、悪戯[からか]ふと彼[あ]れには明神様が付いて居なさるから何[ど]んなエライ目に逢ふかも知れぬぞ」と皆の衆も怖がります、遂[つひ]夜分等怖がりながらも皆々噂をして居りまする ×[あ]の紺屋の茂右衛門さんの宅の亀吉は当時狸が付いて居るさうだが、平素[ひごろ]とは違って大変に仕事が見事に出来る、又彼[あ]の亀吉と云ふ男は今までは殆[ほとん]ど無口で物事も何[なん]にも解[わか]らなかった男であるが、此の頃は何事を尋[たづ]ねても知らぬことはないと云ふ程で、亀吉に聞いてみると何でも詳敷[くはしく]知って居[を]ると云ふのは、明神様が乗移って居[ゐ]られるからである」と人々は非常に評判をするやうになって参りました、

▼明神様…金長さん。
▼夜分…よる。
▼当時…いま、このごろ。

すると後[のち]には其の近傍ばかりでなく近在までも此の噂が立ちまして、[いわし]の頭も信心からと云ふ譬[たと]へもありまするから一ッそれなら亀吉に頼んで見やう、乃公[おれ]は三年以来[このかた]疝気[せんき]で腰が傷[いた]んで堪[たま]らぬ、今[いま][もっ]て癒[なを]らぬが一つ伺って見たら癒[なを]らぬこともあるまいから、一ッ金長狸に指図を願って癒[なを]して貰ひたいものであると態々[わざわざ]乗込んで参りまして亀吉に聞くと、これは然[さ]うしなさい、彼[あ]あしなさいと亀吉から指図をして呉れます、或[ある]ひはチョッと懸合事で行くと云ふに就[つい]ても其の時に斯[か]う話しかけたら宜[よ]いとか、或ひは方角のことを聞けば今日は 東に向って行くのは大きに能[よ]くない先[ま]づ西南の方が極宜[ごくよ]いからとか、応対事なら必ず勝つであるとか、斯う云ふ掛合事には斯うしなさいと、皆その事柄[ことがら]々々によって尋ねる、それに就ての答[こた]へを其の通り守ってやって見ると見事にそれが適当するのであります、併し斯うなって来ると後には五人十人と追々[おひおひ]此の紺屋の大和屋へ出かけて参りまして、[ど]うか明神様へチョッとお伺ひを願ひたいと続々物を頼みに来るものがありますから其の事柄に就て一々[いちいち]物の吉凶を説き示してやるのでございます勿論[もちろん]自分は無欲でありまして幾ら幾らの報酬を受取らなければ教へてやらんと云ふのではないので、其処は其の礼として斯う云ふものをお供へしたいとか云って種々[いろん]な供物[そなへもの]を持って参ります、別に亀吉は自己[おのれ]の利欲にすると云ふ考へは[がう]ございません、只大和屋の奉公人でございまして、自分は夢中になって問はるる侭[まま]に様々のことを饒舌[しゃべ]り立てると云ふのは、これ皆金長狸の云はせることでございまして、

▼近傍…まわり近所。
▼近在…となり町、となり村。
▼鰯の頭も信心から…どんなものでも信心さえすりゃかみさま、というたとえ。
▼疝気…はげしい腹痛などが出る病気。主に下腹部が患部。
▼懸合事…何かをかけあいに行くこと。「懸合」と「掛合」と違う用字が見られますが、同じものです。
▼方角のこと…その日にどの方角に行くとよいとか、どの方角のものは動かしちゃいけないなどといったこと。
▼適当…ぴったり当たる。
▼報酬を受取らなければ…有料でなければ。
▼毫も…ほんの少しも。

[さ]うなりますと此の界隈の人相見[にんさうみ]だとか或[あるひ]易者[えきしゃ]と云ふやうなものは皆不景気[あがったり]でございます、終[しまひ]には此の界隈の人相見等[ら]は到底此処で業を致して居ることは出来ません、所が茲[ここ]に此の日開野にこれまで繁昌いたして居りました人相見の一人で梅花堂法印[ばいくわだうほふいん]と云ふ先生がありましたが、大きに此の金長のことを聞いて立腹いたし、一番その金長と云ふ狸を取って押へてやらうと廃[よ]せば宜[よ]いのに態々[わざわざ]自己[おのれ]は自慢で大和屋へ出掛けて参って却[かへ]って金長狸の為に凹[へこ]まされると云ふお話し、チョッと一息[ひといき]いたして申し上げます。

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▼人相見…人相を鑑定してうらないをするうらない師。
▼易者…『易経』などを基本にうらないをするうらない師。
▼不景気…「あがったり」という傍訓に注意。
校註●莱莉垣桜文(2012) こっとんきゃんでい