実説古狸合戦(じっせつこりがっせん)第四回


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第四回

[こ]の時金長狸[きんちゃうだぬき]は言葉を続[つ]いで 金長左様でございます、此のお話は又別でございますが、此の前方[むかふ]の中の郷[なかのがう]取上げ婆[ばば]渡世と致して居りまするお虎と云ふ剛情な婆さんがございます、此奴[こいつ]は大体物に恐れぬのでございます、大体狐や狸に誑[だま]されると云ふのは人間の位[くらゐ]が劣って居るので、乃公[おれ]を誑[だま]すなら誑[だま]して見ろと、往来をして居りましても淋[さび]しい所に差懸[さしかか]りますと毎時[いつ]も悪口[あっこう]いたしまして、暗[やみ]の夜[よ]無提灯[むちゃうちん]でも搆はず往来をすると云ふ剛情な婆ァでございます、それですから私共の仲間の中[うち]では強情な婆ァもあればあるもの、彼奴[あいつ]を一遍[いっぺん][だま]してやらうではないかと、斯[か]う云ふ仲間で相談が付きました、所が私共の仲間に火の玉と云ふ狸がございます、又金の鶏[きんのにわとり]と云ふ名前の狸もございます、で是等[これら]の者が相談を致しまして、強情婆ァのお虎を宜[よ]い塩梅[あんばい]に欺[だま]してやらうと云ふので、彼が夜分往来するのを考へて居りましたのでごさいます、所がお虎婆ァは自分の渡世のことですから、何時[なんどき]夜中[やちう]に往来をせんければならぬかも知れません、懐妊[みごもり]の女を引受けて居る渡世ですから、夜分[やぶん]三更過[よなかすぎ]であらうと其様[そんな]ことは頓着がございません、

▼取上げ婆ァ…取上婆。お産婆さん、助産婦。
▼渡世…商売、稼業。
▼剛情…意地っぱり。「強情」と「剛情」と用字の表記ゆれがみられます。
▼乃公を誑すなら誑して見ろ…「化かせるもんなら化かしてみやがれ」お虎ばあさんの狸たちに対する豪胆な挑戦。
▼無提灯…ちょうちんも持たずに。無灯火。
▼火の玉…天神森の火の玉というたぬき。
▼金の鶏…たぬきの名前。天神森の火の玉とは兄弟分のあいだがらなたぬきだと「第二回」で金長に紹介されています。

或時[あるとき]のことでございましたが子刻[よなか]少々廻った頃ほひ、御城下の方から田の浦[たのうら]の方へ用事がありまして只一人[ただいちにん]小川の土橋[どばし]へ対して差懸って参りましたのでごさいます、女の癖に大きな声で唄を歌ひながらやって参りますのを見受けました所から、偖[さて]は強情婆ァのお虎奴[め]、今夜辺[こんやあたり]一ッ欺[だま]してやらうと云ふので、金の鶏と火の玉の二匹で申し合わせまして、恰度[ちゃうど]此の小川の土橋を渡らうと云ふ前の所でございました、彼[か]の火の玉と云ふ奴が得意[えて]のものでございましてチョッと人間の眼には火の玉が転がって歩くやうに見えますので、譬[たと]へば高い所から何か物でも投[ほう]りますと、それが火の玉になって転がり落ちると云ふので、人間は驚いて逃げるのでございます、爾[さ]う云ふことに妙を得た奴でございますから、其処で火の玉と云ふ名前が付いて居ります、此の婆ァを一ッ威嚇[おど]かしてやらうと思ひまして、軈[やが]て道の傍[かたはら]の木の枝の処へ上[のぼ]って参りました、今に来たら火の玉を放り付けてやらうと考へて居ります お虎 アァ酔払った、今夜の産家は却々[なかなか]骨が折れたが、首尾[しゅび][よ]うマァ彼[あ]ァやって乃公[おれ]が手際[てぎは]で生ましてやったが、マァマァ親子共に壮健[たっしゃ]結構だ、亭主が非常に喜んで目出度[めでたい]と云ふので遂[つひ]一杯飲まして呉[く]れたものだから、口当りが宜[よ]いので一杯が二杯と饗応[よば]れて居て、大層遅くなったわい、マァ今日の立計[たちまへ]はこれで結構だが、何[ど]うも酔醒[よひざめ]の水の美味[あじはひ]下戸[げこ]知らずと云ふが、顔にそよそよと吹く風の酔醒[よひざま]しも亦[また]別なものだの……オヤオヤ大変に暗くなって来たぞ、アァ道の様子が全然[さっぱり]判明[わか]らぬ、ハテな此処は確か小川の土橋の前と見えるが、待て待て今夜は格別[とりわけ]寂しい晩だ、今に雨でも降りさうな塩梅、此[こ]のやうな寂しい晩には何[ど]うかすると乃公[おれ]の土産[みやげ]に貰って来た此の肴[さかな]、これを狸の為に取られると云ふやうなことが出来ぬとも限らぬ、お婆さんが明日の酒の肴[さかな]に此の焼物[やきもの]を頂いて帰らうと竹の皮に包んで貰ったのだが、併[しか]し此の辺はエライ悪い奴狸[どたぬき]が棲息[すまい]をして居るさうだ始終悪戯[いたづら]をしやァがって人間を欺[だま]すと云ふことを聞いて居る、ヤイ狸一遍姿を現はして見ろ、他[た]の人間は首尾[しゅび][よ]う欺[だま]し了[おほ]せるかも知らないが、憚[はばか]りながら此のお婆さんばかりは決して狐狸[こり]の為に誑[たぶら]かされると云ふやうなことはないぞ、此のお婆さんが欺[だま]せるものなら欺[だま]して見ろ、奴狸奴[どたぬきめ]が出やァがったら反対[あべこべ]に乃公[おれ]が睨[にら]み殺してやる、それで皮を剥いで肉は狸汁にしてお婆さんのお酒の肴[さかな]だ、欺[だま]すことが出来ないか、ハハァイヤ弱い奴もあればあるもの、お婆さんの威勢に驚いたと見えるわい」 と酔払って居りますから独言[ひとりごと]を云ひつつ一歩は高く一歩は低く千鳥足[ちどりあし]を致しながらも此の所を通りかかりますと、

▼子刻…子の刻、午前0時ごろ。
▼只一人…ひとりっきりで。
▼産家…お産のあったおうち。
▼壮健で…「たっしゃ」は「達者」から。
▼饗応れて…すすめられて。
▼酔醒の水の美味下戸知らず…酔いがさめたあとにグイッとのむ水のおいしさは酒のみじゃないとわからんものヨ。
▼竹の皮…竹が生えてきたときにくっついてる皮をかわかしたもの。お弁当、お菓子、お惣菜など色んなものを包むのに使われていました。
▼狸汁…狸の肉をねぎなどといっしょに味噌煮にしたもの。
▼千鳥足…あっちへふらふら、こっちへふらふら。

[かたはら]の松の木の上から眺めて居りました火の玉狸 「[おの]れ悪[にく]い所の悪口[あくこう]これを見ろい」 とチョッと木の皮だとか、或[あるひ]は小石のやうなものを握って居りましたが、それを彼[か]の通りかかった婆ァの目の前へバラバラ上から撒いたのでございます、すると斯[こ]は其[そ]も如何[いか]に真っ赤に相成[あいな]って炭団[たどん]のやうな火が上から幾個[いくら]もコロコロ転がって落ちます、ヒョイと立停[たちどま]って仰向[あふむ]いて眺めたお虎婆ァ お虎オヤオヤこれは妙だ、此の薄暗いのに上から火が降って来たぞ待て待て、乃公[おれ]も長命[ながいき]して居るものの、雨や霰雪[あられゆき]や氷と云ふものが空から降って来るのは云ふまでもないが、天から火が降ると云ふのは怪[おか]しい、星が降ったりすることはチョイチョイ見たこともあるが、松の木の上から真っ赤になった火が我が眼の前に降ると云ふのは……アァ何ぢゃ下へ陥[お]ちたら消えて了[しま]った、ハハァイヤ判明[わか]ったこりゃァ狸が何か悪戯をしやァがったのだ、ヤイこら狸、そりゃァ何をさらすのだ、此の木の上から火の降ると云ふやうなことがあるか、もっと降らせろ、オヤオヤ落ちて来た、危険[あぶな]い、ドッコイしょ、オヤオヤ、下へ落ちたら消えて了[しま]った、もっと降らせろ、偖[さて]は乃公[おれ]の口の中へでも入れやうと云ふのぢゃなァ、其[そ]んな手は喰[くは]ない」 大胆な婆ァもあるものでございまして、軈[やが]て火の降りまする木の枝下へ来ますると、仰向[あふむ]いて口をアングリ開[あ]きまして お虎サァ降らせるなら降らして見んか」 これぢゃァ、何[ど]うも火の玉も弱って了[しま]ひました、別段火を降らせると云った所で真物[ほんもの]を降らせるのではないのでありますから、顔に当っても熱くも何ともありません、前方[むかう]が乃公[おれ]を欺[だま]し居るなど気が付いて見ると、此方[こっち]はもう欺[だま]せるものではございません、流石[さしも]の火の玉狸もこれが為に茫然[ぼんやり]いたして了[しま]ひました、

▼炭団…炭の粉を、ふのりなどでまるめ固めたもの。火鉢の燃料などに使われます。
▼星が降ったりすること…「ながれぼし」とか「ほうきぼし」といったもの。

すると金の鶏と云ふ狸は 「[よ]し好[よ]しそんなら乃公[おれ]が此奴[こいつ]を嚇[おど]かしてやらう」 と忽[たちま]ち此の小川の土橋[どばし]を三ッ拵[こしら]へましたするとお虎婆ァは お虎[ざま]ァ見ろ、もう得[え]う降らさんか、其様[そん]なことをしたって何の役に立つものか、此のお婆さんは其様[そん]なことを怖がるものぢゃァない、ドッコイしょ、ハテなあ」 と云ひながら沈[ぢっ]と前方[むかふ]の様子を眺めまして お虎待てよ、此の前方[むかふ]は確かに小川の土橋ぢゃ、オヤ此方[こっち]にも橋がある、オヤオヤ此処にも橋がある、こりゃ妙ぢゃ、私[わし]もこれ長年の間[あひだ]中の郷[なかのがう]の方にはお華客[とくひ]があって此の橋は始終渡って居[を]るが、此の川に橋が三ッも架[かか]ってあると云ふ筈[はず]はないのぢゃ、矢張[やっぱ]りこれも狸の態[わざ]であるな、乃公[おれ]をば橋でもない所を橋に見せかけやがって、渡って行く、其の橋が消えて了[しま]ふ、途中で河へ淘然[ざんぶり][はま]る、其奴[そいつ]を見て奴狸[どたぬき]が笑はうと思って居るのだな、馬鹿者奴[ばかものめ]が、其様[そん]なことを喰ふお婆さんだと思って居[お]るか、待て待て」 [やが]て竹の皮包みを手拭[てぬぐひ]で結んだ奴を左の手に提げまして右の手で大地を探って小石を拾ひ、彼[か]の橋を望んで打付[ぶっつ]けまするとドブン……

▼お華客…おとくいさま。
▼始終…いつも。
▼其様なことを喰ふ…そんな手にはまる。

オヤこれは妙ぢゃ、橋の上へ石を打付[ぶっつ]けてドブンと云ふ音がすると云ふのは……違ひない、我が眼に橋と見えて居[を]るが矢ッ張りこれは橋ぢゃない、河に違ひないので、此方[こっち]の橋は何[ど]うであらうか」 と、又小石を拾って投げ付けますとこれもドブンと水音が致しました お虎ハハァ何を馬鹿なことをしゃァがる此の真中[まんなか]は何[ど]うであらう」 と真中[まんなか]の橋を望んで投げ付けまするとこれは本当に小川の土橋、水音も何[なん]にも致しません、橋の上へバッタリ落ちた、確かに自分は手応[てごた]へが致しましたから 「これぢゃこれぢゃ迂闊[うっかり]と両端[りょうはし]を渡らうものんら騒動物ぢゃ、忽[たちま]ち河の中へ陥[はま]って了[しま]う処ぢゃ」 と云ひながらも平気なもので真中[まんなか]にあった土橋をスタスタ渡って行くと云ふ、却々[なかなか]婆ァ大丈夫なもので石橋[いしばし]を叩いて渡ると云ふ譬[たと]へもありますが、此の婆ァ土橋を試して渡るのであります、其侭[そのまま]中の郷の[おの]が住家[すみか]へ帰って了[しま]ひました、此様[こん]な話もあります、それですから火の玉も金の鶏と言ふ狸も此の婆ァを欺[だま]し損なったと言ふので、大層悔[くや]んで居たことがございます、皆それぞれ修行に就[つい]ては種々[いろいろ]のお話があるのでございます」 茂右成程[なるほど]面白いな、併[しか]し彼[あ]の雨降[あめふり]等に往来をして居ると狸が傘[かさ]を奪[と]ったり、又大きな人間を取って投げたりするやうなことがあると云ふ、それは全体何[ど]う云ふ訳であるな 金長左様でございます、それも自分の魂さへ据[す]わって居りますれば、決して其の様なことはないのでございます、茫然[ぼんやり]として居りますから遂[つひ][さ]う云ふ狸の罠に罹[かか]るのでございます、誑[だま]されるやうなことはないかと気が転倒[てんたう]致して、足許[あしもと]が虚[うは]の空[そら]で往来して居らっしゃいますと、其奴[そいつ]を付込[つけこ]んで、狸奴[たぬきめ]が後から歩いて居る其の人の踵[かかと]を踏むのでございます、然[さ]うすると自分の足が前方[むかふ]へ進まんから其の侭[まま]驚いて転倒返[ひっくりかへ]るのでございます、又傘を取る等と仰しゃいますが、傘を上から引張り上げる等と言ふことが出来るものではございません、矢張[やっぱ]り彼[あ]れも往来をして居りますと、傘を頻[しき]りに奪られまい奪られまいと致して下へ下げまする、すると其の前へソッと狸は廻りまして、傘の柄[え]をチョイチョイと下から突上げるのでございます、下から突き上げますと上から取られるやうに思って遂[つひ]には迂路々々[うろうろ]なさいまして、其の傘を取られるやうに思って下をば気をお付けなさいまして、傘の柄の下をウンとお押しなすったら、却々[なかなか]其の傘が取られるものぢゃないのでございます 茂右ハハァ妙なものぢゃなァ、誑[だま]すにも皆それ相当の工風があると見える 金長それで私共の仲間の中[うち]では下手に誑[だま]すのと上手に誑[だま]すのは皆[みな]其の修行の法に依るのでございます

▼大丈夫なもの…胆がふとい。
▼己が住家…じぶんのうち。
▼修行…たぬきの化け術の修行。いかに人間を化かすことが出来るか。
▼狸が傘を奪ったり…さしている傘を上から持ち上げられてしまうという事を狸や狐がやって来る、ということは広く言い伝えられていたようです。また、これとは逆に、傘そのものをおろして来ておどかす、という手口もあったようです。
(参考→和漢百魅缶「こうもりおろし」)
▼大きな人間を取って投げたり…たぬきたちが小さな子供や関取に化けて「すもうをとろう」と近づいて、力自慢などを投げ飛ばしてしまったりした話がいくつも言い伝えられています。
▼狸の罠…たぬきの化かし術。

金長の云ふ話は馬鹿気[ばかげ]た様でありますものの中にはチョッと理に詰んだ所もあります、主人[あるじ]の茂右衛門[もゑもん]を始めとして徒然[とぜん]の折柄[をりから]は此の金長を手許[てもと]へ呼んで色々[いろん]な話を聞いて楽[たのし]んで居りましたが、斯う云ふ次第で大和屋茂右衛門も奉公人の亀吉に金長が乗移ってからと云ふものは呆然[ぼんやり]とした正直者でありましたのが、十人前以上の仕事を一人でやりますし、又色々[いろん]な利益[ため]になることょして呉れるものでございますから、家も追々[おひおひ]繁昌致して参ります、宜[よ]い者が我家[うち]へ来て呉れたことであると、非常に茂右衛門も喜びまして、彼[か]の金長狸を大切に致して、様々の食事を当[あて]がって居[を]るのでございます、それですから茂右衛門の家[うち]は追々と身代[しんだい]が宜[よ]くなって参り何かに付いて都合が能[よ]くなって参りました、

▼理に詰んだ所…理にかなっている箇所。
▼徒然の折柄…暇なとき。
▼身代…財産、資産。

[しか]るに天保の十一年子年[ねどし]四月のことでございました、今日も朝から亀吉は店の職場で仕事を致しまして、頓[やが]て台所へ来て食事を済ました後[のち]、何か考へ事をして居りましたが、ツカツカと立上[たちあが]って変に容子[ようす]が変[かは]ったと思ひますと、奥座敷へ乗込んで参り、主人[あるじ]茂右衛門の前に両手を支[つか]へましてプルプル慄[ふる]へて居りまする、オヤオヤ何だか亀吉が変だと思ひまして、茂右衛門はこれを打眺[うちなが]め、偖[さて]は又金長が何か云ふことであらうと傍[そば]に来[きた]って 茂右オイ亀吉、何[ど]うしたのだ亀吉確乎[しっかり]せんと不可[いかん] 金長ヘイ旦那様、貴方[あなた]に一ッのお願ひがあって改めてお目通りを願ひましたやうなことでございます 茂右ヘーン偖[さて]はお前は金長か  金長左様でございます 茂右して其の願ひと云ふのは 金長それは外[ほか]でもございませんから私[わたくし]も長らくの間[あひだ]御当家様にお世話に相成って、誠に子狸から眷属狸までも数多[あまた]の者が楽々と毎日生活の出来ますると云ふのも偏[ひとへ]に旦那様のお蔭でございます、決して其の御恩は忘却致しません、就[つ]きまして今日[こんにち]改めて一ッのお願ひと申すのは今日[こんにち]より私[わたくし]に永[なが]のお暇[いとま]を戴きたうございます、暫[しばら]くの間[あひだ][わたくし]は旅行を致したい考へでございます、併[しか]し私[わたくし]はお暇[いとま]になりまして御当家様を立去[たちさ]らうとも、眷属狸又は仲間の者に申し付けまして屹度[きっと]御当家様を守りまするやう仕[つかまつ]ります、左様思召[おぼしめし]の程を願ひたうございます」 茂右衛門はこれを聞き 茂右な何[なん]と云はっしゃる、一体お前は私の家[うち]を出て其の旅立[たびだち]をしやうと云ふのは何処[どこ]へ行かっしゃるのぢゃ

▼天保の十一年…1840年。
▼容子…様子。明治ごろはこちらの用字が多く使われていました。
▼眷属狸…金長の乾分のたぬきたち。

金長左様でございます、実の処は御当家様のお暇[いとま]を戴きましたら、彼[か]の津田浦の穴観音と云ふ所に棲息[すまゐ]を致しまする六右衛門[ろくゑもん]狸と云ふのがございます、実は彼[あ]の方へ参りまして官位を授からうと云ふ私の考へでございます、それには暫[しばら]くの間[あひだ]残念ながら彼[か]の土地へ参りまして此の者の手許[てもと]にあって修行を致さなければなりません、大体穴観音に今[いま][あ]の通り能[よ]く人が参詣を致し、大流行[おほはやり]に相成りましたのも其の六右衛門狸の働[はたらき]でございまして、其の六右衛門と云ふものは、私[わたくし]から見ると尚[ま]だ古い、実は四国でも総大将を致しまして、四国の土地に棲息[すまゐ]を致しまする狸は皆[みな]官位を受けやうと思ひますると、六右衛門狸の許[もと]へ参って彼に許[ゆるし]を受けまして、正一位なり正二位なり皆それ相当の位を授かるのでございます、尤[もっと]も昔は此の四国に於きましては伊予国[いよのくに]九谷熊山[くだにくまやま]と云ふ所に、犬神刑部[いぬがみぎゃうぶ]狸と云ふのが棲居[すまゐ]を致して居りました、それは六百年以来の古狸[こり]でございまして、総身に金毛[きんけ]を生じ神通自在、これが四国の総大将でございましたこの犬神と云ふ者が皆の者に官位を授けましたのでございますそれが一度[ひとたび]伊予の松山[まつやま]の御藩[ごはん]十五万石、松平隠岐守[まつだいらおきのかみ]様のお家を騒がしまして、彼[か]の犬神狸を始め多くは討たれました、尤[もっと]も其の謀反人[むほんにん]は奥平久兵衛[おくだいらきうべゑ]、或[あるひ]は後藤小源太[ごとうこげんた]と云ふやうなものもありましたが、これを味方に引入[ひきい]れまして十五万石のお家を横領しやうと致しましたが、悪人等[あくにんら]は遂[つひ]に滅び失せまして、犬神刑部狸も全く芸州広島の豪傑、稲生武太夫[いなふぶだゆう]と云ふ先生の為に亡[ほろ]び失せたのでございます、それですから犬神と云ふものの悪霊が遺[のこ]りまして、其の後[のち]此の犬神馮[いぬがみつき]と云ふものが能[よ]く跋扈[はびこ]りまして人間で居ながら人間に馮[つ]く、悲しいと云っては馮[つ]く随分貴方も御承知の犬神馮[いぬがみつき]と云ふのが遺[のこ]って居[を]ったのでありまする、併[しか]し其の犬神と云ふ者は亡び失せました、其の後[のち]は只今申す津田浦の六右衛門と云ふ狸が三百年来の年長者でございまして、これが四国の大将となりまして、総[すべ]て只今の所ではこれが申すまでもなく正一位の官位を自分が自由自在に致して居ります、それですから私共の仲間で官位を受けやうと思ふ者は、態々[わざわざ]穴観音へ参って六右衛門狸の許[ゆるし]を受け、皆それ相当の官位を授かるのでございます、私[わたくし]も只今では此の日開野[ひかいの]に棲居[すまゐ]して数多[あまた]の眷属狸もございますが、物の押[おさ]へにならうとして見ると一ッは官位を受けませんと、何[ど]うも空[むな]しく此の侭[まま]に終って了[しま]ふと云ふのも残念でございます、それですから当年は彼[か]の穴観音に乗り込んで参り、一度[ひとたび]は六右衛門狸の眷属となりまして、其処で彼が許しを受け、正一位なり正二位なりの位を授かり、其の後[のち]再び彼[か]の地へ立戻って来て御当家様を守護致しますことは必ず忘却仕[つかま]つりません、半期なり一年なりの間は何[ど]うぞ修行中はお免[ゆる]しを願ひたいのでございます」と、事を分[わけ]まして主人に頼み込みます処から茂右衛門は

▼穴観音…津田山のふもとにある観音さまで、どうくつみたいな穴の中にあります。六右衛門がひきいる狸たちのすみかになってると言われていて、このどうくつの中に大きなお城があるとも言われてました。
▼此の者…津田浦の六右衛門。
▼それ相応の位…化け術の技術や、どれだけ人間を化かす能力に長けているかによって、正一位がもらえるかどうか決まっていたようです。
▼謀反人…お家をのっとろうとした張本人。ここでの松山藩の話は「松山騒動」のおうわさを引いたもの。
▼芸州…安芸の国。
▼稲生武太夫…『稲生物怪録』で知られていた武士・稲生平太郎の元服してからの名前で、講談には「稲生平太郎」(参考→「備後土産稲生夜話」)とこの「松山騒動」に登場人物として出演しています。
▼犬神馮…犬神憑。ただし、ここで説かれてる「いぬがみぎょうぶ」から「いぬがみつき」が生まれたという話はこじつけのようです。この講釈にやたらと「松山騒動」の引き事が出て来るのは、当時すでに「松山騒動」のおはなしが人口に膾炙しててよく知られていたからです。
▼眷属…乾分。

茂右それは何[ど]うも要[い]らぬことではないか、仮令[たとへ]お前が正一位と云ふ位がないにしても、今迄[いままで]通り私の家[うち]を護って呉れれば家内は申すに及ばず、土地の者も皆お前を貴[たっと]んで金長大明神と云って、皆々崇[あが]めて居[を]るではないか、左[さ]すれば別段に官位がないからと云って可[い]けないと云ふ訳でもあるまいと思はれる、マァマァ其のやうなことをせずと何[ど]うか此の地に足を止めて居て下され 金長有難うございます、思召[おぼしめし]は誠に辱[かたじ]けなうございますが、狸は狸の又仲間の法もございまして、何分今の処では四国で彼が押[おさ]へに相成って居ります、余り此の六右衛門狸と云ふのは心底[こころいき]の善[よ]くないものと云ふことは聞いて居りますが、併[しか]し大将とあれば其の者に従って官位を授かりまするのが、順当でございますから、何[ど]うか是非共[ぜひとも]に暇[いとま]を願ひたいものでございます 茂右誠にそれは困るぢゃァないか、然[さ]うするとお前さんが留守の間は誰が全体私の宅を守って下さるので 金長それは眷属共に申し付けまして、仮令[たとひ]私が不在中でございましても、御当家を大切に守護致すやう申し付けて置きますから、大丈夫に思召[おぼしめし]下さいますやう 茂右サァお前さんが折角[せつかく]の望故[のぞみゆゑ]仕方がないとは申しながら、何[ど]うも今更[いまさら]お前に別れると云ふのは遺[のこり][お]しい、就[つい]てはお前が此の亀吉に乗移ってからと云ふものは、亀吉も身体[からだ]が健康[すこやか]に相成って斯[か]うやって仕事は人の十人前もして呉れるから、お蔭で家[うち]は仕事が段々捗[はか]が行く、又注文も受けて繁昌して行く、何[ど]うぞマァ成る可[べ]くなれば此の侭[まま]残って貰ひたいものである」 と頻[しき]りに頼み込みましたが、一旦[いったん][か]うと金長は決心致したものでありますから何と云っても止[とど]まりません、其のまま 金長お宅の守護のことは眷属に申し付けて置きまする、御安心を願ひます、これにてお別れを致します」 と云ふかと思へば、職人亀吉はスックと立上[たちあが]って目を吊り上げまして、裏の母屋[おもや]の前へ飛出[とびだ]して参りますると、頓[やが]て其の侭[まま][おもて]へ駆け出[いだ]さうとしますから 茂右これ待たっしゃい、未[ま]だ云ふことがある」 と主人[あるじ]は後[あと]を追駈[おっか]けましたが、入口で亀吉はバッタリ[そ]へ平倒[へた]って了[しま]ひました、

▼心底…心意気。
▼其れ…その場所。

其処で本人を懐[だ]き抱[かか]へまして水を飲ましてやるやら、色々介抱してやりました、すると亀吉は大きな欠伸[あくび]を致し、ゾッと目を開[ひら]いて 亀吉旦那様私[わたくし]は何[ど]うかしたのでございますか 茂右これはこれは狸の名代[みゃうだい]大きに御苦労 亀吉ハァ又狸が馮[つ]いたのですか、厭[いや]なことをするものだ、乃公[おれ]の身体[からだ]に其様[そんな]に度々[たびたび][つ]かれて堪[たま]るものではございません」と亀吉も気持悪く致して居りまする、全く茲[ここ]に永らく乗移って居りました金長狸と云ふものは落ちて何処[どっ]かへ姿を隠して了[しま]ひましたのでごさいます、それですから亀吉の仕事は却々[なかなか]今迄のやうに十人前のことは偖[さて]置いて以前[もと]の亀吉に戻って了[しま]ふと云ふことになりました、惜しいことをしたが、併[しか]し乃公[おれ]の家[うち]は其の眷属共が護って呉れるに違ひなからう、其の中[うち]に又金長が立帰[たちかへ]って呉れるに違ひなからうと云ふので、相変[あひかは]らず彼[か]の裏に建てました祠[ほこら]を大和屋茂右衛門家内の者に申し付けまして粗末にしないやうにお祭りをすることになりました、これ全く金長が大和屋を去って津田浦に修行に出かけたものと見えまする、此の金長が沈[ぢっ]と大和屋茂右衛門の宅[うち]を守護して居りましたら何も云ふことはないが、此の金長が一ッ正一位の位を受けて自分は多くの眷属の長[おさ]と相成らうと云ふ考へから、茂右衛門に暇[いとま]を貰って津田浦の穴観音に棲居[すまゐ]をして居[を]る、四国の総大将と云はるる六右衛門狸の許[もと]に出掛けた所から、茲[ここ]一ッの衝突より大騒動[おほさうどう]を持起[もちおこ]すと云ふ、これからが狸同士のお話と相成りますが、其[そ]は追々[おひおひ]申し上げることと致し、チョッと一息[ひといき]御免を蒙[かふむ]ります。

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▼お祭りをする…お祀りをする。おそなえものやお灯明をちゃんとあげる。
校註●莱莉垣桜文(2012) こっとんきゃんでい