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実説古狸合戦(じっせつこりがっせん)第二回


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第二回

[さて]前回に伺ひました如く、日開野[ひがいの]の大和屋は日々[ひび]渡世も繁昌いたしまする、又種々[いろいろ]吉凶禍福を伺ひに参りまして、決して報酬を取って饒舌[しゃべ]ると云ふのではない、だから人々が喜んでやって来る、其の都度[つど]亀吉[かめきち]は詳しく述べて教へてやるのでございます、尤[もっと]も此の狸などは年を経[へ]ますると[よ]く人間と話が出来ると云ふことでございますが、茲[ここ]余事[よじ]を伺ひまして恐れ入りますが、これも近き頃のお話でございました、彼[か]八島[やしま]の浦に化狸[ばけだぬき]と云ふのが棲息[すまゐ]をいたして居りました、これは源平の戦[たたかい]のあった頃ほいから近頃まで生存を致して居ったと云ふ、余程の年限を経[へ]ました古狸[こり]でございまして、土地[ところ]の者は宜[よ]く此の事を承知致して徒然[とぜん]の折は此の化狸を手許[てもと]へ呼んで、これに其の時分の話を詳しく聞き取って皆が楽[たのし]みに致すと云ふのでごつざいます、何[ど]うして話が出来るかと云ふと、例へば障子を一枚でも隔[へだ]って置きまして、それで彼[か]の好む食物を調理[こしら]へて与へ、其処で化狸の来[きた]る時を待って種々[いろ]んな話を仕かける、先方[むかふ]でも 「左様でございます、此の八島の浦に源平の戦[たたかひ]のありました時分、未[ま]だ私[わたくし]の小狸の頃でございましたが斯[か]う云ふ戦[たたかひ]がありました、其の時平家方に名を得ました勇士の働振[はたらきぶり]は斯様[かやう]な有様でございました」と種々[いろいろ]な話をしますから、詰[つま]り下手な講釈師から話を聞くより其の方が余程面白いのであります、依って却々[なかなか]化狸は面白い奴であると云ふので、秋の夜長の徒然[とぜん]の折柄[をりから]などに此の狸を手許[てもと]へ呼んで、種[いろ]んなことを聞くものが沢山[たくさん]ありました、

▼渡世…よわたり、商売。
▼吉凶禍福を伺ひ…どの方角が運がいいかとか、どの日が縁起がいいかとかをきいてみる。
▼年を経ますると…年月をかさねると。年月を重ねることによって霊力を得るだとかなんとか俗に言われていますが、このあたりは大陸から伝わって来た考え方で、もともとは細かい年限などの概念はなかったようです。
▼余事…余談。
▼近き頃のお話…ごく最近のおうわさ。
▼八島の浦…讃岐の屋島。平家と源家の古戦場のひとつで、那須与一が扇の的を見事に射落としたおはなしなどで知られています。
▼源平の戦…平家と源家が覇権を争っていたころのもろもろの合戦。
▼年限…とし。
▼徒然の折…ひまなとき。無聊。
▼其の時分…源平時代。

所が此の化狸が或る時何[ど]う云ふものか、何かの間違ひで不図[ふと]人間に纏[つ]いたことがあるのでございます、狐纏[きつねつき]と云ふのは、左[さ]のみのこともありませんが、此の人間の身体[からだ]に狸が纏[つ]いたと来ましたら却々[なかなか]容易なことでは落ちません、マァ石でも投られたとか或[あるひ]は自分の子狸を捕られたとか、何か怨[うらみ]があって其の復讐をすめ為、人間に纏[つ]いて人間を苦しめる、それですから狸が纏[つ]いたと云ふことになると種々[いろいろ]とお呪[まじなひ]を致しましたり又は御祈祷[ごきたう]をしたり護麻[ごま]を上げ、其の中で本人の身体を縛って置いて「サァ何[ど]うだ、愈[いよい]よ落ちるか、落ちんとあれば眼に物見せて呉れん」と其[その]狸馮者[たぬきつき]を責める、すると「落ちます、去[の]きます」と其の時は詫[わび]をして居ながら、御祈祷が済んで終[しま]ふと、又以前々々[もともと]通りに狸纏[たぬきつき]となって了[しま]ふのでありまして、随分此の狸纏[たぬきつき]と云ふものは執拗[しつこ]いものであります終[しま]ひに其の絡[つ]いた人間の命を取るもので充分酷[ひど]く悩ますのまであります、これ狸の性来であります、況[ま]して化狸と云ふ様な奴に取馮[とりつか]れたのでありますから誠に其の親族の各自[めいめい]も此の狸を落[おと]すのに甚だ困りました、所が其の親類の中[うち]に此の化狸の性来を能[よ]く存じて居る者があります、これも暇な時は度々[たびたび]自分の宅へ化狸を呼んで種々[いろん]な話をさせたものと見えまして、お前が然[さ]うして昔から長く棲息[すまゐ]をして居る中[うち]に一番怖いと思ったものは何であったと言って尋ねますと 化狸左様でございます私[わたくし]何も別に怖いと思ったものはありませんが、茲[ここ]数百年棲息[すまゐ]をして居りまする中[うち]に恐ろしい人であったと思ひましたのは、太閤秀吉[たいかふひでよし]と云ふ方が追々[おひおひ]立身出世しまして、天正の十三年から十四年へかけての合戦でございましたが、其の時分此の四国には四国中の総大将と云ふのが長曽我部[ちゃうそかべ]と云ふ殿様が住居[すまゐ]をして居られました、それを秀吉と云ふ人が攻取って自分の領地にしやうと云ふので、四国征伐と云ふものがございました、其の時分の戦[たたかひ]は随分激しいものでありました、マァ四国の長曽我部と云ふ人も強い家臣[けらい]がありました、取分け一番強かったと云ふのは其の長曽我部の御子息に弥三郎信親[やさぶらうのぶちか]と云ふ方がありました、此の人は随分有名な御人[ごじん]でございましたが、彼[あ]の焼山[やけやま]と云ふ城に立篭[たてこも]りまして、上方[かみがた]の同勢を彼処[あそこ]で喰止めて、城中へは一人[いちにん]も入れぬと云ふので、陣所[じんしょ]を構へて居らっしゃいました、所が此の手へ押寄せましたのは彼[か]の秀吉公の家臣[けらい]加藤清正[かとうきよまさ]と云ふ人で、これが大将となりまして大軍を以[もっ]て押向ったことがあります、其の節[せつ]焼山の城から長曽我部弥三郎信親と云ふ若大将が、黒糸縅[くろいとおどし]の鎧を着て甲[かぶと]は被[き]ず、大童[おほわらわ]で目方は何でも二十四五貫目もあらうかと云ふ鉄の棒を小脇に掻込[かいこ]んで、荒馬に打跨[うちまた]がり撃って出[い]でました、加藤清正を敵手[むかふ]に廻して一騎討の勝負を致されましたが、流石[さしも]強勇[がうゆう]の加藤清正も此の長曽我部信親の為には実に危険[あぶな]いぐらゐでした、鉄の棒八双に被[かぶ]ってイザ来[きた]れと云ふなり、加藤様をハッタと睨[にら]んで馬上ながらもスックと鞍局[くらかさ]に立上って両眼[りゃうがん]を轄[かつ]と見開き睨んだ時の勢[いきほひ]と云ふものは人間業とは思はれません、アア世の中には強い人は沢山[たくさん]あるけれども斯[こ]のやうな恐ろしい顔をする人はないと、其の時こそ後にも先にもタッタ一度、アア可怖[こは]いと思ふて傍[かたはら]の森蔭に隠れながらも慄[ふる]へて見て居りましたが、彼[あ]のやうな恐ろしいことはございませなんだ」と終始[しょっちう]話の出る度毎[たびごと]に此の事を化狸[ばけだぬき]が物語りを致しまする

▼狐纏…狐憑き。四国に多く伝わっている「狸」憑きもこれとほとんど同じもの。「とりつく」という意味での「つく」という言葉の用字に「憑」ではなく「纏」や「絡」などといった字が使われていますが、「まとわりつく」という印象からの用字で、特に重要な意味があって「あえて」というほどの用字ではありません。
▼護麻…護摩。祈祷をするときに燃やす経文などを書いた板。「ごまをあげ」は護摩たきをするということ。
▼太閤秀吉公…豊臣秀吉。太閤は関白さまのこと。天正のころ、織田信長の意志をひきついで四国をたいらげるために軍を進めて来ました。この四国征伐のお話は『太閤記』などを通じて当時おなじみになっていたもの。
▼天正の十三年から十四年…1585-1586年。
▼長曽我部と云ふ殿様…長宗我部元親のこと。天正のころ、四国をすべて掌握していたお殿様。
▼弥三郎信親…長宗我部信親。長宗我部元親のむすこ。
▼上方の同勢…大坂から来た秀吉の軍勢。
▼陣所…軍陣。
▼黒糸縅の鎧…鎧につけてある札(さね)を黒い色のおどし毛でつないである鎧。
▼大童…かぶとを着用しないで、まげをとっぱらった髪の毛のままの姿。
▼鉄の棒…かなぼう。
▼八双…八双のかまえ。

其処で今度此の狸絡[たぬきつき]を離脱[おと]さうと云ふに就[つい]ては対手[あひて]が化狸でありますから、これは一番[いちばん]狸を欺[だま]してやらう、イヤイヤ却々[なかなか]狸を欺[だま]す等と云ふことは思ひも寄らぬ、人間が狸に欺[だま]されることは幾らも聞いて居るが、人間が狸を欺[だま]すッてなことは何[ど]うして出来るものか、それは斯様々々にするのだと云ふので、其処で一番化狸が怖がって居る所から思ひついたのでありますが、張像[はりぼて]を以[もっ]て長曽我部弥三郎信親の戦人形[いくさにんぎゃう]を一ッ製作[こしら]へました、それで大きな鉄の棒を八双に振り被って眼を剥[む]いて居ります、其の人形が出来上りますと、次の間に狸絡[たぬきつき]を寝かして置いて唐紙[からかみ][きは]へ来ますと、一[ひい]、二[ふう]、三[みつ]と云ふ掛声で彼[か]の狸絡[たぬきつき]が目を覚ました時を合図に、左右の襖[ふすま]をサッと開きますと、張像[はりぼて]の人形は後[うしろ]人形使ひか゜あって動かし始めますと、一人は人形の声色[こはいろ]を使ひ始めました「ヤァヤァ八島の浦の化狸、正[まさ]に承[うけた]まはれ汝[なんじ]畜生の分際と致して万物の長たる人間に取付くと云ふのは甚[はなは]だ以[もっ]て不埒[ふらち]である、斯[か]く申す拙者[それがし]こそは此の四国に於[おい]土州高知の城主、長曽我部弥三郎信親と云へる者である、速[すみや]かに此の処[ところ]を立ち去れ、左[さ]もない時は汝を其の分には捨て置かぬ、我が鉄棒[てつぼう]を以て只[ただ]一撃[ひとうち]に撃殺[うちころ]して呉れる」と、傍[わき]の方で声色を使って居りますると、張像[はりぼて]の人形を無暗[むやみ]に動かして彼[か]の狸絡者[たぬきつき]に見せました、所が今まで蒲団[ふとん]を被って寝た振[ふり]をして居りました彼[か]の狸絡[たぬきつき]は、胆[きも]を潰したものと見えまして、突如[いきなり]我破[がば]と飛起きまして、畳に頭[かしら]を下げ、非常に詫[わび]を致しまして「[わたくし]は心得違ひを致しました、何[ど]うぞ御勘弁を願ひます」と非常に詫び入りましたから「[しか]らば免[ゆる]してやる、早く離脱[おち]ろ、落ちんと撃殺[うちころ]すぞ、委細承知[ゐさいしゃうち][つかまつ]りました、早速退[ど]きます、離[お]ちますでございますからお助けの程わ願ひます「然[しか]らば早く落ちろ」と頻[しき]りに声色を使って居りまする、人形を揺動[ゆすぶ]り廻すと彼[か]の狸絡[たぬきつき]は其の侭[まま]一間[いっけん]程飛び上ったかと思ひますると、遂にバッタリ其の所へ平倒[へた]って了[しま]って到頭[たうたう]それ限[ぎ]り狸は何処[どっ]かへ行って了[しま]ったものでございます、

▼張像…竹や木などで骨組みをつくってその上に紙などをはってつくったつくりもの。
▼次の間…となりの部屋。
▼唐紙…ふすま。
▼人形使ひ…にんぎょうの操縦士。
▼土州…土佐の国。

此的[こいつ]は全く狸が人間に欺[だま]されましたので、馬鹿々々しいお話しのやうでございますが、[か]が怖いと思って居る所から斯[か]かる姿を致して威嚇[おどか]し付けたのでございますから、これ程ヒドい所の化狸も到頭[たうたう]逃げ失せて了[しま]ひました位のことで、近頃の新聞に出て居ったのを私[わたくし]はチョと見たことがございます、併[しか]し余事を申し上げまして甚だ恐れ入りますが、大和屋の亀吉は決して人を悩ますの人を苦しめるのと云ふことはないのでございます、だから吉凶の判断は遠慮なしにしてやるのでございます、

▼彼れ…とりついてた化け狸。

追々[おひおひ]此の評判が高くなって来まして ×[ど]うだい糞面白くない彼[あ]梅花堂の家[うち]へゆって行けば、詰[つま]らぬことを云って沢山[たくさん]見料[けんれう]を取られるが、金長明神に伺って吉凶を聞いたら無代[ただ]でお指図を下される、又[また]其のお指図が全然[きっちり]的中[あた]るではないが、然[さ]うすると八卦観[はっけみ]などは役に立たぬことを口から出任せに無暗[むやみ]に高慢なことを云って威張って居るんだ、誰が彼奴等[あいつら]の許[とこ]へ行って観て貰う奴があるものか」と段々此の金長狸の評判が高くなって参りまする、所が梅花堂法印は其の様[やう]なことは知りませんから、何で此頃[このごろ]は此の様に渡世が閑[ひま]になったのであらうと不思議に心得て居りまする、所が一日[あるひ]戸外[おもて]から此の梅花堂法印の懇意[こころやす]町内の若い者と見えましてやって参りました 先生今日[こんにち]は大きに御無沙汰を致しました 法印イヤーこれは御町内の若い衆でありますか、サァ御遠慮無しに此方[こっち]へお上[あが]り、アア何を見ますのでありますな、縁談でありますか、運気[うんき]でありますか イヤ冗談ぢゃありません、私は何も別に貴方の方へ見て貰ひに来たのではないのでございます、今日は余り退屈でございまして農業を休みましたから、それで遊びに行く所がないので先生の閑静な結搆なお宅でございますから、それで今日[こんにち]は緩[ゆる]りと遊ばして戴かうと思ひましたので 法印これこれそれは何を云ひなさる、何も静かな所を喜ぶと云ふのではない、今日は何[ど]う云ふものか一向客が来ないのである、それで大きに暇であるから、斯[か]う静かに相成って居るんだ ヘーぢゃァ何[なん]ですか先生、貴方のお宅へ今日は客が来ないから、家[うち]が此様[こんな]に静かになって居ると仰しゃるのですか 法印左様ぢゃ へー然[さ]うでございますか、イヤ今日ばかりではございますまい、ねえ先生、毎時[いつも]此の通りお宅は静かであるのでございませう 法印冗談云ふな、今頃お前達に向って対手[あひて]になって居られる法印[わたし]ではない、平素[いつも]なれば今頃までは百人と二百人表[おもて]から詰め掛けて参って、其の客人達の判断に就[つい]て忙がしいことであるが、今日は何[ど]う云ふものか亡者が来ないで、斯う云ふ工合[ぐあひ]に暇であるだらうと不思議に思って居るんだ ヘーそりゃ妙ですね、ぢゃァ貴方の宅へ日々[にちにち]亡者が来ますので 法印知れたことを云はっしゃい、私の宅へは亡者が戸外[おもて]から舞込んで来なければ今日[こんにち]の渡世が出来ないので ヘイ亡者とは先生何です 法印それはお前達には解[わか]らぬこれは八卦観[はっけみ]の方の符牒[ふてう]だ、総[すべ]て私の宅[うち]へ来るお客と云ふのは自分のことを自分で解らぬので、一ッ先生の所へ行って吉凶を判断して貰ったらこれで落着[おちつき]が着くと云ふので、マァ運気なればこれから開くであらうが、何[ど]うであらう、又方角なれば西は悪いが東の方は開いて居るとか、又縁談なれば此の縁談は整ふであらうか何[ど]うであらうと、皆自分が自分のことが解らぬのだ総て迷ふて来るから私の方ではお客人のことを亡者と云ふのだ ヘー成程[なるほど]、するとお宅は地獄の閻魔[えんま]さんの前のやうなものですね 法印マァマァ云はば其様[そんな]ものだ 所が此の節[せつ]は貴方が好人物[おひとよし]でございますから、何にも御存知なく平気で済まして居らっしゃる、で此様[こんな]にお静かなことになったのです、それ故[ゆゑ]亡者が一人も来ませんでせう、尤[もっと]も来ないと云ふのはね、先生大体此の節[せつ]金長大明神様と云ふのが大流行[おほりうかう]でございまして、他[た]の八卦観の所へ行って宜[い]い加減な口から出放題[でまかせ]なことを聞くよりは、大和屋さんのお宅で以て金長さんに伺って、彼[あ]あせい斯[か]うせいと云ふお指図をして貰ふ方が一番確かだ、又それが屹度[きっと]的中[あた]るのである、此様[こんな]結構なことはないのです、ですから人々は皆[みな][あ]の茂右衛門[もゑもん]さんの宅[うち]へ集って参りますのです、お前さんの所[とこ]へ来れば第一見料が高い、其の上チョッとも合はぬ[よ]い加減なチャランポランを…… 法印オイオイ何を云ふ、チャランポランとは何だ、易[えき]と云ふ者は昔からチャンと極[き]まったもので、私も立派に此の通り昔から伝はって書物に書いてあることを確かに述べるのだから滅多に間違[まちがひ]はない、其の大和屋と云ふのは何だ ヘイ其の裏に祭ってあるのが金長と云ふ先生で、其の先生と云ふのが其の実は狸です 法印[なに]狸ッ  ヘイ 法印狸と云ったら獣類[けだもの]だ、真実[ほんたう]の狸か ヘイ金長と云ふお名前ですが、其の方の云ふことに間違はないのですから、それで決してお礼も何も取ると云ふのではない、無銭[ただ]見て下さいますので 法印[なん]だ狸が物の吉凶を観る、そんなことが解[わか]って堪[たま]るものか それが解るのです 法印人を馬鹿にしやァがる、道理で此の節[せつ]乃公[おれ]の許[もと]へ客が来ないので不思議に思って居たんだ、して其の大和屋と云ふ家[うち]に狸が棲んで居て左様なことを致すのか、甚だ怪[け]しからぬことを致し居る イエそれが出鱈目[でたらめ]な下らないことを云ふのではありません、確かなことを云って下さるのです 法印ムムン人を馬鹿にしやァがる、第一人の商売に妨害を加へやうし云ふ、左様な愚にも就かぬことを信仰すると云ふのが間違って居[を]るんだ、それはそれとして其の狸を乃公[おれ]が取って押[おさ]へてやらう 何ですか、取って押へるとは何[ど]う云ふ工合[ぐあひ]になさるのです 法印馬鹿なことを云へ畜生の分際で易道[えきだう]が解って堪るか、乃公[おれ]が乗込んで参って其の金長と云ふ妖狸[えうり]を取って押へ再び下らぬことを云はなやうにしてやる、お前其の家[うち]を知って居[を]れば案内[あない]をして呉れ そりゃァ先生お止[よ]しなさい、却[かへ]ってお前さんが行って金長狸の為に恥を掻いたらなりません 法印馬鹿なことを云へ、狸如き物が何である、乃公[おれ]が一言[いちごん]の許[もと]に押[おさ]へ付けてやるから貴様案内[あない]をして呉れ

▼梅花堂…日開野村で営業をしてる人相見、梅花堂法印さん。ここからが第二回の本筋のおはなしがはじまります。ヤンヤヤンヤ。
▼見料…うらないの料金。
▼全然…「きっちり」という傍訓に注意。
▼八卦観…易者、うらない師。
▼渡世…しょうばい。
▼懇意い…心安い。懇意のひと。
▼閑静…さわがしくなくて、のんびりしてる。
▼判断…どの方角が運がいいかとか、どの日が縁起がいいかとかを算出して相手に示してあげること。
▼亡者…しんだひと。死んだあと、つぎの世界に生まれ変わるまでのあいだ、六道をさまよってるひとのこと。
▼符牒…隠語。ここでは、易者たちのあいだで「お客」のことを何で「亡者」って呼び方をしているのかということを講釈たれています。
▼閻魔さん…閻魔王さま。亡者たちの生前のおこないを判断して、来世を六道のうちのどこへ行かせるか裁決をくだすおかた。
▼チョッとも合はぬ…ろくすっぽうらないが当たらない。

梅花堂法印は大変に怒[いか]りました其処で近傍[きんじょ]の若い者は此奴[こいつ]ァ面白い、此の先生が出掛けて行ってこれから狸問答[たぬきもんどう]がオッ始まったら面白い事であらう、と随分瓢軽[ひゃうきん]なものもあることであります、其処で町内の若者に案内[あない]をさせて大いに怒[いか]った梅花堂、彼[か]の大和屋の家[うち]へドンドン出掛けて参りました、来て見ると成程噂の如く今は紺屋の仕事場を全然[すっかり]片付け、表の戸を外[はづ]して床[ゆか]を作り毛氈[もうせん]の一ッも敷きまして、三宝[さんぼう]の上にはお供物[そなへもの]等が上[あが]って居ります、其の外[ほか]種々様々の物を並べ、赤飯であるの、油揚[あぶらげ]であるの種々[くさぐさ]の物を所狭しと並べてございまする、彼[か]の職人の亀吉は奥の床の間[とこのま]を背に致して多くの物を前に引付け、尋ねる侭[まま]にそれぞれ応答[こたへ]を致して居ります、却々[なかなか][ど]うも大和屋の宅は大混雑でございます、所へ戸外[おもて]から血相変へてドシドシ駈け込んで参りました梅花堂

▼全然…「すっかり」という傍訓に注意。
▼三宝…三方、三方折敷。おそなえ物をのせるもの。鏡餅のおうち。

法印御免なさい、お前の家[うち]には金長と云ふ溷狸[どぶだぬき]が居[を]るさうな、金長を茲[ここ]へ呼んで呉れ」大変な勢[いきほひ]で而[しか]も顔色を変へて怒鳴って居ります、大勢の者は大きに驚ろきまして、 オヤオヤ彼[あ]れは八卦観[はっけみ]ではないか 何と思って来たのであらう」と皆々呆れ返って見て居ります、其の侭[まま]奥へツカツカと乗込んで参りまして、台所から奥の敷居際[しきゐぎは]に足を踏み入れ、ハッタとばかりに[ね]め付けました、素[もと]より金長狸は「今日は定めて法印と云ふ奴が憤[いきどほ]って来るであらう」と云ふので、前々から覚[さと]ったものと見えまして別段驚きもしません、ヂロリと法印の顔を睨[ね]め付けまして何の用があって来たとは云はないばかり、此方[こちら]は金長が乗移[のりうつ]って居ると云ふ彼[か]の亀吉をハッタと睨[ね]め付けまして 法印ヤァ貴様は金長と云ふ狸か、此処[ここ]へ出ろ」と殴り殺さんばかりの勢[いきほひ]でございますから、傍[かたへ]に控へて居りました主人[しゅじん]茂右衛門は大きに驚ろきまして 茂右アアモシモシお前さんは大層乱暴なお方でございますな、全体案内[あない]も無しに人の家[うち]へ乗込むと云ふのは無法ではありませんか、何の御用があってお出[い]でになりましたのです 法印ハァお前は当家の主人か、私[わし]は梅花堂法印と云へるものである、当家[こちら]には金長と云ふ狸が居て種々[いろん]なことを饒舌[しゃべ]り立てるものだから乃公[おれ]の家の渡世は暇になって了[しま]った、お前はそれを宜[よ]い事にして捨て置くとは何[ど]う云ふものだ、今の中[うち]に其の者を[おと]して了[しま]はんと[しま]ひには其の奉公人の一命に拘[かか]はる、依って早く離脱[おと]して了[しま]ひなさい、追っ払って了[しま]ひなさい」茂右衛門はこれを聞いて益々[ますます]驚ろいた 茂右それは御親切の程は有難うございますが、金長さんは何も悪いことを致すのではございません、私の宅もお蔭で家業は繁昌致し、諸人[しょにん]の病気も助かる、利益にこそなりますれ、何もこれを咎[とが]めると云ふ程のことはありません、お前さんが余計な世話をお焼き下さらんでも宜[よ]いではありませんか、これは私の家で私の勝手でございますから何[ど]うぞ此のままに捨て置いて下さい 法印黙れ、金長と云ふ奴狸[どたぬき]、甚だ野放図な奴だ汝[なんじ]畜生の分際をして当家の亀吉殿に纏[つ]いて諸人を誑[たぶら]かし、又亀吉殿を苦しめると云ふのは甚だ不埒[ふらち]な奴、それが為に此の節[せつ]我が易道の妨[さまた]げを致し、諸人の心を乱す実に容易ならざる所の畜生である、サァ速[すみや]かに立去れ、左[さ]もない時は汝[おの]れを其の分には捨て置かぬぞ」と掴み掛[かか]らんず勢[いきほひ]にて睨[ね]め付けました、

▼溷狸…いきなりひどい呼びつけ方。
▼敷居際…敷居のところ。敷居は部屋と部屋とのあいだの部分、障子やふすまが立ててある部分。
▼睨め付け…にらみつけ。
▼前々から覚ったもの…事前から察知してた。予見しておったのですじゃ。
▼此方…法印のほうは。
▼無法…無礼なこと。
▼落して了はんと…狸憑きがおもくなって、とりつかれたひとが死んでしまったりする、といった俗信を土台にした発言です。
▼諸人…もろびと、みんな。

所が金長はヂロリと法印を睨[ね]め付けまして少しも怖れずカラカラと打笑[うちわら]ひ 金長黙れ、汝[なんじ]何者なれば我が前へ来[きた]って大言[たいげん]を吐くや汝[なんじ]如き者が幾何十人来[きた]ると雖[いへ]ども我が目より見る時は三歳の小児に劣りし奴、我に向って何を云はんとするか、早く此の所を立去れ馬鹿者奴[ばかものめ]」法印これを聞くと大きに怒[いか]りました 法印ヤァ吐[ぬか]したり奴狸奴[どたぬきめ]、汝[おの]れ畜生の分際をして貴[たふ]とき易学のことを心得て左様のことを申すか 金長黙れ、売僧易者奴[まいすえきしゃめ]が何を知って我[われ]に向って無礼を申すか、此の金長は既に二百余年来年を経[へ]しものである、天地間にある吉凶禍福のこと知らずして語らうや、汝[なんじ]如き俗人が易道の奥義を知って堪[たま]るべきや、長居[ながゐ]をすると汝の為に宜[よ]くないぞ、早く此の処[ところ]を立去れッ」とハッと睨[ね]め付けました、傍[そば]に居りました大勢の者はこれを聞きまして 「サァエライことになった、何[ど]うなるであらう」と思って居りますると益々[ますます][いきどほ]った梅花堂 法印ヤァ吐[ぬか]したり畜生奴[ちくしゃうめ]、何を聞[きき]はつって左様な生意気なことを申すか、我が行[おこな]周易[しうえき]伏義[ふっき]神農[しんのう]周公[しうこう]孔子[こうし]の広め給ひし易道なり、又我が国に伝ふる所の理数あって悉[ことごと]く家に奥義あって秘す、汝[なんじ]如き畜生の分際にて知る所にあらず、汝こそ早く此の場を立ち去れ」金長これを聞くと少しも騒がず 金長[なんじ]知らざれば云ふて聞かさん、抑[そ]も易数は河図[かと]の数に起[おこ]り、洪範[かうはん]洛書[らくしゃ]の数に基[もとづ]き未前[みぜん]の吉凶悔吝[きっきゃうかいりん]を知る、これ皆[みな]天地の理にして鬼神[きじん]も及ばざる所を知ること日月[じつげつ]の明[あきら]かなるが如し、これしきのことを弁[わきま]へずして申さうや、汝[なんじ]易学に達し居らば我[わ]が尋ねる所を速[すみや]かに答へよ如何[いか]にや 法印何ッ益々[ますます]生意気なことを申す、汝如き畜生に返答の出来ぬと云ふことがあるか、何でも尋ねて見よ 金長[しか]らば尋ねるが三帰竜[さんきりう]の易、洪範の数より三墳[さんぷん]、五典[ごてん]、九丘[きうきう]、八索[はっさく]の旨を問はん、汝[なんじ]心得て居[を]らば詳[つまびら]かに答へよ」云はれて法印はグッと詰[つま]りました 法印ムムン…………」頻[しき]りに詰[つま]って一言[いちごん]も発することが出来ません 金長サァ何[ど]うぢゃ、返答如何[いか] 法印ムムン 金長ムムンでは解らぬ、何[ど]うぢゃサァ汝[なんじ]知らば速[すみや]かに返答せよ、如何[いかが]である」と詰められて流石[さしも]の法印も真青[まっさを]になって了[しま]ひました、眼を白黒さして豆鉄砲を食[くら]った鳩[はと]同様、面[つら][ふく]らしてグッともスッとも返答することが出来ません、

▼売僧易者奴…いんちきうらない師。「まいす」は「いんちき僧侶」などを意味することば。法印は一応僧侶ですので、混入させたのでしょう。
▼天地間にある…この世にある。
▼周易…易学。
▼伏義…伏羲。大陸に伝わる太古のむかしの王様で、うらないにつかう八卦を考案したと言われています。
▼神農…大陸に伝わる太古のむかしの王様。
▼周公…周公旦。
▼孔子…孔子。
▼河図…竜馬の背中に記されていたものを伏羲がみつけた、と言われてるもので、「八卦」はこれをもとにしたとされてます。
▼洪範…大陸の太古のむかしの王様・禹王が天から授かったというものごとのお手本。
▼洛書…亀の背中に記されていたものを禹王がみつけた、と言われてるもので、「洪範」はこれをもとにしたとされてます。
▼グッともスッとも…うんともすんとも。

此の時[とき]金長はカラカラと打笑[うちわら]ひ 金長馬鹿者奴[ばかものめ]、周易の極意をも知らずして数多[あまた]の人を惑はす云ふ売僧者奴[まいすものめ]、一命の程は助け遣[つか]はす、速[すみや]かに立帰[たちかへ]」と云ふより早く手に御幣[ごへい]のやうなものを持って居りましたが、其の間[あひだ]一間程[いっけんほど]離れて居りましたのに、これを法印の胸の辺[あたり]に差付[さしつ]けまして、ヤッと云って気合を入れて一振々[ひとふりふ]ったかと思ふと、別段法印は亀吉に捉[つか]まへられたのでも何でもないのでございますが、自己[おのれ]の腕は摩痺[しび]れるばかり、逆に捻[ね]ぢ上げられた如く「アア痛い」と顔を顰[しか]めて居りましたが、其の中[うち]に気合をかけてヤッと御幣を引きますと、法印筋斗[もんどり]打って二間[にけん]ばかり横手の台所の際[きは]へ取って投げられたのでございますが、剰[おま]けに庭の押入で腰骨を打ちまして、顔を顰[しか]めて眼を白黒させ、立上[たちあが]ることも出来ないのでございます、主人[あるじ]の茂右衛門始め家内の者、其の他[た]見て居る人々に至る迄[まで]大勢はドッと打笑[うちわら]ひました、真青[まっさを]になりまして法印は体裁[きまり]悪くて堪りませんから這々[ほふぼふ]の体[てい]で逃げ帰って了[しま]ひました、

▼摩痺れる…「摩痺」は「麻痺」とおなじ。
▼筋斗…とんぼきってでんぐり返り。

サァ斯[か]うなると云ふと益々[ますます]世間では評判でございまして、金長と云ふ狸はエライものだ、却々[ますます]感心なものだと云ふので、日々[にちにち]大和屋茂右衛門の許[もと]へ占[うらな]ひ、吉凶のことを聞きに来ると云ふのでございまして、大和屋の宅は店の商売に手を着けて居るより日々[にちにち]の上[あが]り物が多いので、誠に結構なことでございます、そこで幟[のぼり]を染めまして金長明神と云ふ祠[ほこら]の傍[わき]に此の幟を樹[た]てると云ふやうなことになりました、亀吉は頻[しき]りに辞退を致しまして 金長[ど]うか御主人、未[いま]だ私[わたくし]は無官でございますから正一位と云ふやうなことを書いて戴きますと迷惑を致します、 茂右ハァ何[ど]う云ふ訳で、それは書けないのだ、それでは此の四国では正一位と云ふことは一ッもないのか 金長[いえ][さ]うではございません、先[ま]づ此の近郷の中[うち]で数多[あまた]官位を受けて居りますものもございます、其の中[うち]にも此の界隈[かいわい]でございますと、田の浦と云ふ所に太左衛門[たざゑもん]と云ふ狸が居りまする、これが官位があります、チョッとマァ三百歳にも間もない程[ほど]長く生きました狸でございまする、それですから此の近傍[きんぼう]のマァ取締りを致して居りますのでございます、又中の郷[なかのがう]の地獄橋に衛門三郎[えもんさぶらう]と云ふ狸が棲息[すまゐ]して居りまする、これも正二位を受けて居ります、或[あるひ]は日開野[ひがいの]の藤の樹寺[ふぢのきでら]には[たか]と云ふ狸が居ります、これは私[わたくし]幕下[ばっか]でございますものの却々[なかなか]の剛勇でございます、其の鷹と云ふ狸の児[こ]に小鷹[こたか]熊鷹[くまたか]と云ふのが居ります、又中の郷の天神の森には火の玉狸と云ふのが棲息[すまゐ]をして居ります、何[いづ]れも却々[なかなか]勇猛なもので、それから其の森に同じく金の鶏[きんのにはとり]と云ふものがこれは火の玉と兄弟同様の間柄[あひだがら]でございまして随分宜[よ]い顔でございます、又八幡の鳥居前の松の木を棲居[すまゐ]と致して居ります小山[をやま]と云ふ女狸[めだぬき]がございます、随分有名なもので又高須[たかす]には隠元[ゐんげん]と云ふのが居ります、小松島[こまつしま]の光善寺或[ある]ひは薬師寺等にも多く棲居[すまゐ]を致して居りまする、併[しか]し是等[これら]の者は皆私の部下も同様でございまして、田の浦の太左衛門狸は私よりは遥かに上の者でございます、全くこれは吉田神社より官位を授かって居ります、今は二百八十年を経て居るものでございます、其外[そのほか]数多居りますが南方[みなみがた]では此の田の浦の太左衛門と云ふものが我々の中[うち]では総大将をして居るのでございます、我々社会の中[うち]には人間を好[うま]く欺[あざむ]くに妙を得て、それが段々劫を経ますと、何[いづ]れもそれが相当の官位を授かるのでございます 茂右フーン、ぢゃァ何かい人を欺[だま]すと云ふのは矢張[やっぱ]りそれぞれ術のあるものか 金長ヘイヘイ皆それぞれ修業を致して其の上でないと万物の霊長たる人間は却々[なかなか][だま]せぬものでございます 茂右それは面白いな、大体狸に欺[だま]されると云ふのは何[ど]う云ふ呼吸で欺[だま]すのか、一ッお前方[まへがた]の極意を話をしては呉れぬか 金長イヤ御所望とありますならお話申し上げませう」とこれから主人[あるじ]を相手に金長が至極[しごく]面白いお話をするのでございまするが、チョッと一息[ひといき]

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▼正一位と云ふやうなこと…おたぬきさんの祠にたてる幟も、お稲荷さんとおなじで大抵「正一位○○大明神」でしたので、それを言ったもの。
▼太左衛門…田の浦の太左衛門。なまえは田左衛門、嘉左衛門とも。剣術に長けていたとも言われていて、小松島のあたりでは権威のあるおたぬきさまとして登場しています。
▼衛門三郎…地獄橋の衛門三郎。
▼鷹…藤の木寺の鷹。金長のいちばんの乾分としても知られるたぬきで、息子には小鷹と熊鷹という名前のたぬきがあります。
▼幕下…乾分。
▼火の玉狸…天神森の火の玉。火の玉をぽいぽい投げて人間をびっくりさせていたと言います。
▼金の鶏…火の玉狸と兄弟分みたいな間柄、というのは興味深い紹介。
▼小山…おやま。詳しいおはなしは余りわかってません。
▼隠元…高洲の隠元。大入道の姿に化けてひとを化かしてたという話が残されています。
▼我々社会…化け狸の世界。
校註●莱莉垣桜文(2012) こっとんきゃんでい