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備後土産稲生夜話(びんごみやげいのうのよばなし)第七回


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第七回

此時[このとき]三の井は隣屋敷の騒動[さわがし]きに不図[ふっと]目を覚[さま]して容子[ようす]を伺[うかが]ふと平太郎の詈[ののし]る声に驚き何事やらんと起上[おきあが]り寝衣[ねまき]の侭[まま]にて表へ出[いで]稲生の屋敷に入[い]らんとせし折[おり][いづ]れよりか来[きた]りけん十一二歳の[め]の童[わらは]権八郎に行違ひさま突然[いきなり]飛懸[とびかか]り咽喉[のど]を押[おさ]へて放さねば権八怒[いかり]て化物の両手を掴み大路へ投付んと為[した]れども身体[からだ][しびれ]身動きさへ出来ざれば歯切[はがみ]をなして呆れたりしが思はず後に倒れ暫時[しばし]気絶なしをり頓[やが]て蘇生[われにかへ]りて四辺[あたり]を見れば妖怪の姿は失[うせ]東雲[しののめ][つぐ]る鶏の声に夢の覚[さめ]たる如く起立[おきあが]り心付て稲生の門[かど]を打叩き声を懸れど答へなき故[ゆへ]裏門[せど]の方より入らんと庭の枝折戸[しほりど]引明[ひきあけ]て椽側[ゑんがは]から登[あが]りたるに平太郎之[これ]を見て[また]妖怪[ばけもの]の来[きた]りしか只[ただ]一太刀[ひとたち]に斬捨[きりすて]と刀を抜[ぬい]て振上れば権八驚き声を懸[かけ]三の井なるぞ稲生氏[うぢ]と云[いは]れて熟々[つくづく]その顔見れば紛[まが]ふ方なき権八故[ゆへ]平太郎力を得て[よく]ぞ来[きた]られたりし三の井氏[うぢ]とて座に即[つか]せて後[のち]怪物[ばけもの]の容子[ようす]を不残[のこらず]語りければ大胆不敵の権八も妖魔の所為[わざ]に恐れをなしたりしが権八もまた先刻[せんこく]此方[こなた]へ来[きた]る折[をり][め]の童[わらは]に出会[いであひ]気絶なせし況[さま]より身体[みうち]へ熱気を生ぜし事を物語りそれより平太郎と倶々[ともども][たたみ][など]引直[ひきなほし]て手つだひしが気分あしく成[なり]りしとて立帰り其[その]翌日より枕に就[つ]き次第に病[やま]い重りしとぞ

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▼女の童…女の子。
▼歯切…歯をぎりぎり鳴らして口惜しがること。
▼東雲告る鶏の声…夜が明けたをしらせるコケコッコーの鳴き声。
▼稲生の門…平太郎の家の玄関。
▼枝折戸…屋敷の庭側の出入口などに設ける小さな押し戸。
▼身体より熱気を生ぜし事…ふしぎな女の子に飛びかかられて体の調子が狂ってしまった様子を語ったもの。
▼畳…部屋の中の畳は「第六回」でぜんぶひとりでに持ち上がってひとっかたまりに積まれてしまっていました。
▼気分あしく成し…気分が悪くなる。
校註●莱莉垣桜文(2011) こっとんきゃんでい