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備後土産稲生夜話(びんごみやげいのうのよばなし)第十四回


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第十四回

十八日の昼頃向井次郎右衛門[むかゐじろゑもん]といふ者重兵衛[ぢうべゑ]といふ猟師を連来[つれきた]りて稲生に面会させ次郎右衛門平太郎に向[むか][この]重兵衛は幼[をさな]きより[ひづめ]を掛[かけ][たけ]き獣[けもの]を捕[とる]に妙を得たれば是[これ]までの得物[えもの]は其数[そのかず]しれぬ程なり貴邸[きてい]の変化[へんげ]も又[また]獣の為[わざ]と推察せしにより重兵衛に語り合蹄[あひひづめ]の罠にて生捕[いけどら]んと相談なして連来[つれきた]りしと云[いふ]に稲生は忝[かたじ]けなどし向井に一礼なし後[のち][かの]重兵衛に打向[うちむか]ひ蹄[ひづめ]の工夫を問[とひ]けるに重兵衛進寄[すすみよ][われ]若年[わかきころ]鳳源寺[ほうげんじ]といふ寺にて大般若経の自然[おのれ]と空中へ舞上[まひあが]りしことありしに何等[なんら]の所為[わざ]とも知[しれ]らざるより和尚を初め人々怖[おそ]れ駭[おどろ]きしが其[その]噂高くなり参詣の人さへ来[きた]らざるにより我これを気の毒に思ひ狐狸[きつねたぬき]のなすわざに相違なからんと心つきければ彼[かの]寺院[てら]の裏門前の森の彼方[かなた]へ蹄[ひづめ]を掛[かけ]しにあんに違[たが]はず一頭の毛物[けもの][ひづめ]に掛[かかり]てさけびけるを翌朝見たるに年経[としへ]し古狸[ふるだぬき]にてありけるゆへ捕押[とりおさへ]打殺[うちころ]せしが其後[そののち]は彼[かの]寺院[てら]に変[かはり]しことなくて今に参詣群集なせり経文の空中に舞[まひ]しも全く捕得[とりえ]し狸の所為[わざ]なりき斯[かく]一頭の獣のために衆人[あまたのひと]の難儀に遇[あふ]は残念なることなるべし又先年我ら大坂へ登[のぼり]し折[をり]皮売賈[かはうりかい]の場所へある猟師の持来[もちきた]りし狸の皮は長さ一丈二尺幅八尺に余りしかば問屋[とひや]の主人[あるじ]も珍敷[めづらしき]狸なりと云[いふ]ゆへ自己[おのれ]も又[また]定めし年経[としへ]たる狸ならんと問[とへ]ば彼[か]の猟師大[おおい]に笑ひ貴方[きさま]に似合ぬ目利[めきき]かな此[この]狸は最[いと]若き狸にて生[うまれ]たちの大[おほい]なるものなり狸に限[かぎら]ず獣類[けもの]は種類多くありて同[おなじ]るいにても十種[といろ]あり二十種[はたいろ]あるもありされども此[この]如き狸はまた稀[まれ]なり凡[およ]そ人を誑[たぶら]かす獣は狸にかぎらず一種別にして捕得[とりう]ること難[かた]しと語[かたり]しゆへ自己[おのれ]も此[この]猟師に就[つい]て只管[ひたすら]人を化[ばか]す獣を取得[とりう]る事を尋ねければ彼[かの]猟師重ねていふ人を誑[ばか]す獣は至[いたっ]てかしこし因[よっ]て常に猟師を恐れ深く谷間抔[など]に隠れをりて容易に姿は見せぬなりおよそ其形[そのかたち]常の犬程になりて後[のち]いろいろ況々[さまざま]の形をなして人を誑[ばか]し人を悩[なやま]すと云[いへ]り其[その]狐狸[きつねたぬき]ともに皮厚[かはあつく]毛並あらく捕得[とりえ]ても其用[そのよう][すくな][すべ]て獣を捕[とる]には蹄[ひづめ]を用ゐるが専用なりと教へたり因[よっ]て拙者も是迄[これまで]取得[とりえ]たるは彼[かの]猟師の伝[つたへ]し如くに為[な]して数多[あまた]の獣を獲たるなれば今宵[こよひ]もおん家の怪物[ばけもの]に蹄[ひづめ]を仕掛て取押[とりおさ]へん亦[また][かの]猟師の咄[はなし]に大坂にて天満宮[てんまんぐう]の社[やしろ]の三社に見へしことあり其時[そのとき][われ]夜更[よふけ]て密[ひそか]に彼所[かしこ]に到り蹄[ひづめ]を掛[かけ]おき大[おほい]なる山猫[やまねこ]を得て怪事を除[のぞき]しことありと伝へければ必ず蹄[ひづめ]の仕掛こそよからめとて其[その]手筈[てはづ]にぞ極[きはめ]ける

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▼蹄…狩りのとき等に使われる動物をとるための罠の一ッ。
▼猛き獣…野生の猛獣。熊や猪など。
▼獣の為…向井次郎右衛門は稲生家にたびたび出現していたずらをしているおばけどもは狸や狐と言った動物が悪さをしておるのではなかろうか、と推察している模様です。
▼あんに違はず…案に違わず。おもっていたとおり。
▼皮売賈の場所…獣の革をあつかう市場。
▼常の犬…ふつうの犬。
▼其用少し…その使いみちはすくない。加工がしづらかったり、触感が悪かったりするためか。
校註●莱莉垣桜文(2011) こっとんきゃんでい